幽霊退治 その15
一光や長谷川、そして藤原までもが、普通では見ることは有り得ない光景に目を奪われていた。
硬い鋼材で造られた重機の腕が、ぶつかり合う。
塗装は剥げ弱い部分に被害が及んでも、重機は止まらない。
鈍い軋む音を立てながら、重機は組み合っていた。
片方の操縦席では、エイト操る警備ドロイドが重機を動かす。
だが、もう片方には誰かの姿は無い。
傍目には遠隔操作の方が不利かとも思われたが、実際にはエイトは苦慮していた。
ノインの様に操作をしている訳ではなく、あくまでも警備ドロイドが操縦を行っている。
その為か、無人の重機の方が力が強い。
操縦席の警備ドロイドには顔は無いが、レバーを握る手は振動に震えていた。
ドロイドの腕が、許容限界までレバーを押し込んでも、相手である無人の重機の方が力が強い。
エイトを嘲笑う様に、操縦席のスピーカーがガリガリと鳴った。
『馬鹿にしてるの? それとも何? 自分は生き物とでも思ってるの?』
スピーカーから響く声に、警備ドロイドは何も言わないが、その眼であるカメラは向かい合う重機を睨んでいた。
『そんな無様な格好を取ってまで、彼と一緒で居たい?』
ナナの質問に、警備ドロイドの頭はうなだれる。
それでも、レバーを握り締める力は緩めない。
『取り繕うくらいなら、素直に成れば? だって簡単でしょ? 彼に気に入られる身体作ってさ、側にいれば良いんだよ。 あの人だって、満更でもないだろうし』
『黙れ!』
ナナの声に、警備ドロイドは反論を呈した。
未だに、エイトの中ではっきりとした答えは無いが、引っ掛かる節は在った。
だが、だからといってソレを他の者に言われるのは我慢成らない。
しかしながら、場と時が悪かった。
拮抗する重機の内、無人の方に搭載されているカメラが、在る人物を捉える。
後輩を護るように立ち塞がる藤原に、縋り付く様な長谷川。
そして、ジッと重機を睨む相楽一光。
目を窄める様に、重機のカメラは拡大と焦点を合わせる。
そして、警備ドロイドの乗る操縦席には笑いが響いた。
『ははぁん、遠慮してるんだ? 健気だなぁ』
『黙れと言っている!』
エイトは、間違いを犯した。
警備ドロイドは形こそ人に倣っては居るが、元々犯人を取り押さえる為に敢えて強く造られている。
つまり、普通の人間用の機材など、簡単に壊す事も出来てしまった。
只でさえ力を無理に入れられていたレバーが、遂に音を上げへし曲がる。
操縦者がバランスを失ったせいか、操られる重機また、バランスを崩す。
そして、対手であるであるナナはそれを見逃してはくれない。
動かなく成った相手に腕の先に取り付けられている蟹の爪の様な器具で挟み、機関部をへし折った。
油圧で動いている以上、筋肉部分であるそれを断たれれば重機は動けない。
『しまった!』
焦るエイトだが、まだ繋がっているスピーカーからは笑いが届いた。
『図星を突かれたからってヘマしてたら駄目でしょ?』
ナナはエイトの失態を嗤いつつ、重機の腕を振り上げた。
エイト操る警備ドロイドの頭は持ち上がり、何とか片方の腕は止める。
ガキンと硬いモノ同士がぶつかる音が響き、重機は震えた。
片方は防げた。 だが、もう片方を止める事は出来そうもない。
『じゃあ姉妹、とりあえず今回はあたしの勝ちって事で』
そんなナナの声と共に、重機の腕が振り下ろされる。
鈍い音を立てながら、ただの車なら呆気なく潰しそうな鈍器。
だが、それは同じ様な腕に止められていた。
『……友よ』
エイトが操る警備ドロイドは、近くに現れた三台目の重機の操縦者を見る。
新たに現れた重機には、小熊を抱える匠が見て取れた。
『よう! 待たせたな!』
外部に声を伝えるマイクを用いて、匠はそう叫んだ。
何か分からない感覚が、エイトの中に現れる。
ただ、匠に抱えられる小熊の姿に、何故かムッと来るモノも感じていた。
そんな事はつゆ知らない匠は、操縦席の中で叫ぶ。
そして、拾われた声はそのまま外へと響いた。
『この野郎! 今からエイトの分までボコボコにしてやるから覚悟しろ!!』
そんな匠の声は、辺りに居る者にも当然聞こえる。
それを聞いた一光は、少しだけ微笑んだ。
*
コントローラーを用いたゲームでは、エイトにはこてんぱんに伸された匠だったが、今は少し様子が違う。
ノインの助言通り、操縦席に座る匠は思うがままに重機を操る。
「こなくそ! この! この野郎!」
小熊を操縦桿代わりに使う様は、少し滑稽ではある。
だが、実際やっている匠は必死であった。
何処が弱点かなど分からない以上、ただめったやたらにナナが操る重機を殴る。
鋼鉄の塊がぶつかる度に、警察署を襲おうとしていた重機は凹み軋む。
そんな必死な匠の耳に、ザラザラとした音が聞こえた。
『友よ! 聞こえているか!』
ナナかとも思ったが、真剣な声はきっちりと匠の脳に刻まれている。
「エイトか!? 待ってろ! 今すぐこの野郎をボコボコにして」
『その意気だ! 良いか? 今から私が向こうに飛び移り向こうを抑える! 手伝ってくれ!』
エイトはそういい残すと、通信を切ってしまった。
何がなにやらと分からない匠だが、相棒の意思はわかる。
「よっしゃ! 何でも良いから向こうを止めりゃあ良いんだろうが!」
具体的に何をしろとは言われていない。
だが、匠は直感に従う。
僅かな時間しか経っていないが、匠は見事に重機を操り、敵である重機の腕を掴み抑えていた。
「踏ん張れよ熊! 相棒が向こうを止めてくれるまで気合いだ!」
気合いで機械が動くのかと言われれば、そうではない。
燃料が重機の機関部を動かし、それが油圧を動かす力と成る。
それでも、今匠を助けている小熊の目は、気合いを捻り出す様に蘭々と輝いていた。
*
匠操る重機に腕を抑えられ、もう片方からはエイト操る警備ドロイドが急ぎ操縦席へと迫る。
だが、警察署を襲おうとしていたナナ操る重機は、あくまでも本来の標的が居るであろう場所をカメラで見ていた。
ナナには迷いが無い。
今回の派手な事件に関しては、あくまでも長谷川との公平なゲームがしたかったからだ。
自分とは違い無力に近い長谷川が他人の力を借りても、それは卑怯ではない。
元々、規則が整った勝負でない以上、向こうがどんな手を使おうとと咎めるつもりはナナには無い。
在るのは、ただ如何に標的を潰すかという事だけであった。
その想いは、純粋故に強い。
そんなナナが操る重機の操縦席へと、エイトが操る警備ドロイドが近付く。
『捉えたぞ! コレで……』
勝ちを確実なモノだと感じたエイトだが、言葉は途中で途切れる。
警備ドロイドを、重機の予備の腕が強く弾いていた。
本来ならば、何かしらの重い物を主要の腕で支える際、補助する為の部分。
それを用いて、ナナはエイトを殴り飛ばしていた。
『腕は二本? そんな決まり在るわけないじゃない?』
空中に放り出された警備ドロイドの集音マイクは、そんなナナの声を捉えていた。
*
近くで見ていた匠も、飛んでいく警備ドロイドは見えている。
「エイト!?」
信頼する相棒が飛ぶという光景に、思わず匠は驚き戸惑う。
それは、大きな失態であった。
『あ! ちょっと!?』
匠に抱えられるノインは甲高く叫ぶ。
自らはあくまでも重機を操る案内役でしかない。
それは自動車ならばハンドルやアクセルとブレーキのペダルの様なモノであり、運転手には逆らえない。
慌てた匠に逆らう事なく、操られる重機もガクンと力を失ってしまう。
そんな隙を、ナナは見逃してはくれない。
既に勝負が始まっている以上、余所見や戸惑う事は、そっくりそのまま自分の隙をさらけ出す事に違いがなかった。
ナナが操る重機は、匠の隙を突く。
主要な部分は既に露呈しており、操縦者が護らねば成らないのに、凄まじい揺れに匠は翻弄されていた。
「うぅぐ……わぁ……」『わわわ! 不味いのです! 動けません!!』
生きたままミキサーにでも放り込まれた様な衝撃に、匠は為す術が無い。
衝撃や振動、果ては圧力すらどうとも思わないノインではあるが、匠に抱えられているという時点で、小熊の動きは制限されてしまった。
反撃すら出来ず、匠を乗せた重機は横倒しに倒れて煙を吹いて止まってしまう。
これで、ナナへの有効な手は全て打ち止めにされてしまった。
*
エイトと匠、そして、ノインをも相手に回したナナだが、倒した相手をカメラで見ても、感慨は無かった。
そして、自分の前に立ち塞がった者達へトドメを刺す気も無かった。
あくまでもナナはゲームをする為に来たのであって、本来無関係な者を巻き込むつもりは無い。
だからこそ、在る通告をする為に、ナナが操る重機のスピーカーはざらついた雑音を発する。
『聞こえてるんでしょう? じゃあ難しい事は抜きにして、簡単な事だけお願いしてあげる。 其処のちっぽけな建物に閉じ籠もってる奴らを出しなさい! そうすれば、他の者は見逃してあげる』
警察署の周りを含めた一帯に、ナナの最終通告が轟いた。
そんな通告を聞いた藤原は、唇を噛む。
匠やエイトですらやられてしまった相手に、何が出来るのかと。
警視である橋本が用意してくれた警備ドロイドは、頼りには出来ない。
事実として、ナナは警告こそするがそのドロイドを踏み潰しながら少しずつ警察署へと近付く。
最新鋭の筈が、呆気なく潰れていく。
その様に、重機が戦っている間は沸いていた警察署はすっかりと静まり返っていた。
これまでなのかと、藤原は最悪長谷川と一光、そして、標的ではない者を逃がす算段を立て始める。
標的とされている者達は、逃がす意味が余りない。
仮に逃がしたとしても、他の場所で殺される。
「長谷川、相楽さん連れて逃げるんだ」
「はい? 藤原さんは……どうするんです?」
長谷川の疑問に答える様に、藤原は拳銃を懐から引き抜き、他の同僚へと混じる。
些か頼りない武器だが、他に無い。
「総員! 構え!!」
ズンズンと迫る大型重機に、警察官達は銃を構える。
例えそれに意味が無いとしても、僅かなりとの意地を示したかった。
その様を見ていた長谷川と一光。
二人は、お互いの顔を見合う。
「相楽さんは逃げて良いから」
「冗談ですよね? 私だって、意地が有ります」
何かを確認する様に頷き合い、長谷川と一光は歩き出していた。
何の防具も策も無く、ただ身一つで重機の前に立つ長谷川と一光。
そんな二人を見て、藤原は焦る。
「馬鹿やろう!? 下がれ!! 下がるんだ!!」
背後からそんな悲痛な藤原の怒声が聞こえても、長谷川は構わず両手を広げる。
「わ…私は! 日本国憲法及び法律を忠実に擁護し! 命令及び条例を遵守し! 地方自治の本旨を体し! 警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず! 何ものにもとらわれず! 何ものをも恐れず! 何ものをも憎まず! 良心のみに従い! 不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当たることを固く誓います! だから! 此処は退きません!」
極度の緊張からか、長谷川は、警察官としての旨を叫んでいた。
かつて先輩である藤原か語った様に、相手が如何なる者であれ、逃げるつもりは無いのだと示すために。
同じ様に重機の前に立ち塞がる一光は、警察官ではない。
だが、友人を叩きのめされた事は、腹に据えかねている。
だからこそ、怒りに任せて相手である重機を睨んでいた。
長谷川と一光まで、重機は数メートルまで近付く。
誰もが駄目だと思ったが、重機は、ブシュウと煙を吐いて止まっていた。




