幽霊退治 その14
機械の脚に比べると、匠のそれはだいぶ落ちる。
当たり前だが、普段からそう言ったことを欠かして居ることが如実に出ていた。
ゼェゼェと息を切らす様は、正義の味方としては余りに見栄えが無い。
それを咎める様に、匠に抱えられる小熊は、ペチペチと競馬の騎手の様に匠を叩いていた。
『キュウ!』
ノインの鳴き声は、【急げ】と言っている様に聞こえなくもない。
だが、急かされたからといって、匠の脚が早くなることはなかった。
「……こ……コノヤロウ……キュウ…じゃねぇっつうの」
喋るのも億劫だと言う匠。
それがもどかしいからか、小熊はスルリと匠の腕を抜け出し、本物の熊が木登りが得意な様にスルスルと匠を登って張り付き直した。
「おい? 何してんだ?」
咎める匠の声に、小熊は片腕を上げて迫り来る巨体を示す。
いざ、目の当たりにすると、それは威容と言えた。
『現在工事中です! 危険ですので近寄らないでください!』
丁寧な言葉で危険を促しつつ、警察署へと向ってくる。
重機が動く度に、その履帯に放置された車が飲み込まれ、潰される。
ギシギシと軋んでいた金属の骨組みが、グシャグシャに潰れる。
余りの様に、匠は、以前のバスと比べ物にならない脅威に唾を飲んだ。
ズンズンと近付く重機に、匠は、どうすべきかを悩んだ。
行くか引くのか、どちらかを選ぶ。
その場に留まると言うことは、ただ踏み潰されるだけでしかない。
或いは道を譲れば、自分は助かる。
元々標的にされているのは縁もゆかりもない赤の他人。
仮に見捨てた所で、匠に落ち度は無い。
それ以前に、ナナが殺して回っているのは前科者である。
以前に犯罪を犯して置いて、のうのうと自分だけは生きている卑怯者。
そんな輩の為に、自らの一つしかない命を懸けるべきのか。
様々な考えが、匠の脚を止める。
『キュウ!』
動けない匠を、張り付く小熊が叩いていた。
ハッと正気に戻る匠。
後少しで、重機は自分と接触出来る程に近付いていた。
「ちっきしょう! やったらぁ!」
もはや破れかぶれでしかない。 一か八かの賭ですらない匠の蛮行。
それは、かつて、風車に飛び込んだ騎士と大差はない。
勇気を振り絞ったという事の証明でもあるが、そのままではただの根拠の無い自信に過ぎなかっただろう。
ただ、今の匠は独りではなかった。
以前に死闘を繰り広げたノインが、匠には居てくれる。
かつて匠とエイトに遅れを取ったノイン。
それはまだ、自分としての意志が無い九番としての話であった。
だが、匠に拾われ、一光に預けられたノインは、名と共に確固たる意志を持ち始めている。
言われた事だけをこなす道具ではない。
今のノインは、エイトにも勝るとも劣らない強い意志を持っていた。
匠の肩にへばり付く小熊の目が、ギラリと光る。
「へ?」
ほぼ特攻しかけていた匠は、急に重機が止まった事に、目を剥いていた。
走る脚を止め、恐る恐る重機の履帯を軽く蹴る。
ガツンと音がするが、重機はビクともしない。
「え? なんで」
何が起こっているのか、イマイチ理解出来ない匠は戸惑うが、そんな匠の耳を小熊がグイグイと引いた。
「あたた……こら熊! 何だよ!」
なかなか自分が示す事に気付いてくれない匠に、ノインを業を煮やした。
『彼処に乗り込むのです!』
小熊の口からは、甲高い声が発せられた。
見た目から喋るとは思っていなかった匠は、呆気に取られる。
「え? お前……喋れたの?」
『そんな事は後なのです! 良いから早くするのです!』
慌てて取って付けた様なノインの口振りに、匠の鼻は唸った。
事が事だけに匠は忘れているが、元々ノインが宿る小熊は【歌って踊れるぬいぐるみ】であり、少々の事ならばどうという事ではない。
「わ、分かったよ」
有無を言わせぬ小熊の迫力に、匠は渋々ながらも重機に取り付けられている梯子を登り出す。
ただ、離れていく地面が恋しかった。
「ちっきしょう……なんでこう高い所に」
未だに高所恐怖症を克服できてない匠からすれば、何かに登ると言うのは好みではない。
そんな匠を、小熊は『早くするのです!』と急かす。
「ハイハイ、わあったよ! くそ! エイト並みに可愛くねぇ!」
正直に自分の感想を告げる匠は、何とか重機の運転席へと辿り着く。
ドア自体は施錠されておらず、中に入る事はそう難しくない。
周りの空気から一旦は遮断されたからか、小熊を抱える匠は、ホッとしていた。
運転席には、様々なレバーやスイッチが所狭しと並び、さながら何かのコクピットの様相を呈す。
だが、匠は重機の操り方など知らない。
「おい熊。 乗れっていうがよ、俺はこんなモン動かせねぇぞ?」
そんな匠の弱い声に、小熊の目が再びギラリと光る。
『貴方が細かい事が苦手なくらいご主人様から聞いているのです!』
小熊の発言は、匠にグサリと刺さった。
一光から自分がどう言われているのか少し気になり、同時に、邪険にされている様で気まずい。
「まぁったく……人工知能って奴は口が減らねーなぁ」
いつも共に過ごすエイトも、余り従順という型ではない。
小熊であるノインもそうなのかと、匠は唇を尖らせるが、小熊は取り合わなかった。
何故なら、ノインにはやるべき事がある。
匠には見えない糸を蜘蛛のように張り巡らせ、操り、それらを自分へと繋げる。
バッと万歳する小熊に操られる様に、大型重機は力強く動き出していた。
「うおい!? なんだ、なんだ!?」
急に動き出す重機の運動に、匠は揺さぶられ慌てる。
そんな匠の脚の上に、小熊は座った。
座りながら万歳をしている様な小熊に、匠は片目を窄める。
「お、おい熊? なんだ?」
『僕が君を手伝うから、君も僕を手伝うのです!』
「えーと? つまり?」
『僕がこの重機を操ります! だから君が僕を操るのです!』
万歳の格好のまま、小熊はそう言う。
言われた匠は、うーと唸りながらも、恐る恐るコントローラーの如く小熊を掴んだ。
操れと小熊から言われても、イマイチ理解が出来ない。
「操るってもよ……じゃあ、まぁ」
仕方なく、匠は恐る恐る小熊の片腕を試しにスッと下ろしてみる。
すると、重機の巨大な腕も連動して動いた。
「おお! スゲェ!!」
感嘆の声を漏らす匠。 だが、気付いていない事もある。
『あ! コラ! そんなに一遍に下げたら駄目なのです!!』
案内役であるノインは、操縦者である匠を咎める。
何故なら、路上にはまだ放置された車両が多い。
小熊の腕の振りは小さくとも、振った幅はそのまま重機へと同じだけ伝わってしまう。
匠が小熊の腕を数センチ下げただけでも、重機の腕は数メートルは同じだけ下がった。
匠に悪気は無かったが、グワッシャンと派手な音を響かせて重機の片腕が容易く車を叩き潰していた。
「……おぅ……うっそぉ……やっべぇ」
恐る恐る匠が小熊の腕をほんの少し上げるも、見えるのは潰れた残骸。
どんな高級車であろうとも、今や伸されたイカと相違ない。
ソレは、どう頑張っても二度と乗れる様には見えなかった。
『コラ! 気をつけるんです! この重機は今やマスタースレーブ方式で動いているのです! 貴方の思い通りに動いてしまうのですよ!』
ノインの声に、匠は首を傾げた。
マスタースレーブとは、有り体に言えば【そのまま動く】という方式に近い。
あのレバーがこうだ、このスイッチはこうだと言う操作ではなく、マリオネットの様に、小難しい理屈を取っ払って感覚的に操作が出来る。
そんなノインの説明はともかくも、匠の中には誰かの車を潰してしまった罪悪感が生まれる。
だが潰してしまった車は、今更どうとも出来そうもない。
「悪い、ワザとじゃないんだ」
『そんな事は後なのです! 今は、兄姉を止めるのが大事なんです!』
ノインの声に、匠は必死さを感じている。
以前は、自分とエイトがノインを止めた。
それと同じか、それ以上にノインはナナに何かの責任を感じている様にも思える。
そんな必死さに、匠は応えたかった。
「オッシャア……そんじゃあ……」
いざ、気合いを入れようとする匠だが、急に運転席のスピーカーには雑音がガリガリと鳴った。
本来であれば、工事中の現場監督などとやり取りする為に使われるモノだが、其処からは、不気味な笑いが聞こえる。
『……やっと準備が出来たの? だいぶ待ってあげたのに』
その声には、匠は聞き覚えがある。 ソレはナナの声だった。
「テメェ。 二体一で敵うと思ってんのかよ?」
弱気を押し退け、強気を引き出す匠。
だが、スピーカーから聞こえる声は嬉しそうな笑い。
『ゲームだしね。 ほら、公平じゃあないとつまらないでしょ?』
「フェアプレイってか? 舐めやがって。 そっちは独り、コッチは三人だぜ?」
『だから? 負けるとでも? あたしは勝てるよ? だって、相手側がいかに強くても、相手の数が多くても勝つから正義って言うんだもん』
「何だとこの野郎!」
せめて少しでも言い返そうとしたが、直ぐにスピーカーの雑音は止んでしまった。
その代わりに、匠に持たれている小熊の頭がぐっと動く。
『不味いのです! 残りの一機が全開で動き出しているのです!』
「うっそぉ……」
急な悪いニュースに、匠はとうとう弱音を吐いた。
いきなりの事だらけで、気が追いついて居ない。
だが、ノインが言った通り、残りの一機は確実に警察署へと向かう。
迷っている暇など無かった。
「ええい! おい熊! 前進だ! コッチも……出来るだけ被害を出さないように急いでくれ!」
匠という操縦者の意志に応え、重機は進み始めていた。
*
小熊と匠が慌てふためく中、警察署は大騒ぎであった。
ついさっきまで、ノタノタ動いて居た筈の大型重機は、今や爆音上げて迫って居る。
怪獣でも現れた様に警察署は騒ぎが起こっていた。
そんな中、警察署の駐車場では長谷川が藤原の背広を強く握る。
「ふ、ふじ、ふじわらさぁん」
「んがぁ! 落ち着け長谷川!」
声を震わせる長谷川に、藤原もどう言えば良いのか良い台詞が浮かばない。
その辺のチンピラ程度ならば、どうという事もない藤原でも、大型重機ともなれば手の施しようが無いのが本音であった。
「大丈夫ですよ」
刑事ですら慌てる状況でも、居残りを喰らった一光は慌てない。
それどころか、強く拳を握り締め、ジッと迫り来る巨体を睨む。
「おい、相楽さんはサッサと逃げてくれよ!」
藤原の言葉にも、一光は首を横へ振る。
それを現す様に、別の大型重機が同じ巨体を抑えていた。
「ほら、正義の味方って………危ない時しか来てくれないもんですから」
一光の目は、自分達を護る様に立ち塞がる巨体を頼もしく見ていた。




