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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
セブン
29/142

幽霊退治 その13

「なんだ……こりゃあ」


 藤原の目は、長谷川のタブレットに注がれる。

 それを誰が撮っているにせよ、目に映る光景は異様であった。


『現在工事中です! 危険なので重機の近くには入らないでください!』


 大型多目的重機が発するその音声は、工事中に危険を促すアナウンスに違いはない。

 大型トラック等にも、時折巻き込み防止の為にその手の機能を積んだモノは珍しくはなかった。


 だが、危険を抑制する為のアナウンスは、何の役にも立ってはいない。


 邪魔な車を退かし、重機はただ進む。

 

 そうする内に、警察署にも映像とは違う実際の音が聞こえてくる。

 人々のざわめき、機械の駆動音、そして、何かが潰れる様な音。 


 それらを聞き取った警察官達は、音の方へと顔を向けていた。


 遠くからだが、確実にそれは近付いてくる。


「やっべえ……橋本の野郎。 玩具の兵隊じゃなくて戦車でも借りてくれば良かったのに」

  

 素直な愚痴を述べる藤原だが、長谷川も内心同意していた。

 人の上半身を象った様な重機は、ガタガタと履帯を進めてくる。


 ソレが真っ直ぐ警察署を目指しているのは、明白だった。


「冗談じゃねぇぞ。 あんなモンどうやって止めろってんだ?」

「と、とりあえず自衛隊にでも」


 思い付いたままを云う長谷川に、藤原は首を横へ振った。


「バカ言うな。 今から呼んだっていつ来るか分からん。 それに、あれは全部で三個も来やがるんだぜ? 市街地にミサイルぶっ放す訳にもいかんだろ」

「でも、どうすれば」   

  

 長谷川の悲痛な声に、藤原は【逃げよう】と言いたかった。

 何せ手元には大型重機を止める機材が無い。


 一応、警察官は拳銃という武器を所持しては居る。

 ただ果たして、小口径の拳銃が如何に役立つのかは不安でしかない。

  

 何も思い付かない警察官。 それでも、重機は無情に進む。


 無論、ズンズンと進む重機の前に喜んで実を差し出す様な酔狂な者は居らず、道路上を走っていた車ですら、重機は容易く退かしてしまう。


『現在工事中です! 付近の方は注意してください!』


 見た目に似合わぬ声を重機は発する。 それは警察署にも届いていた。

 

 此処でようやく、藤原はナナが何故【殺す】ではなく【潰す】という言葉を選んだのかを理解した。

 事故を装ったりせず、真っ向から潰しに掛かる。


 ただ、方法がわかった所で落ち着いている場合ではなかった。


「長谷川、どうする? とりあえず……狙われてる奴ら避難させる事を頼んでみるか?」


 既に勝負を投げている藤原からすれば、最善の策を提案した。

 だが、長谷川は首を横へ振る。


「それは……不味いかと」

「なんでだ?」

「だって……ナナはゲームに勝つつもりで居ます。 でも、もし、それを無視して私達が逃げたら、ナナは平然と逃がした人達を殺すでしょう。 此方がルールを無視したら、向こうも無視してくる。 だって、その気に成ればいつだって殺せるんですから。 二十四時間、三百六十五日、いつでも」

 

 長谷川の声に、藤原は「なんてこった」と呟き頭を痛める。

 無論、今すぐ狙われている物達を逃がす事は出来るかも知れない。

 

 が、その方法が難しい。 


 近年の車両、乗り物等は、安全保障の為に必ず在る程度の機械が搭載されている。

 そして、それらを操る事はナナには容易い。


 もしくは、インターネットや機械の無い環境へと標的とされた人達を逃がすのも無理に思えた。

 その気に成れば、一人の人間を追い続けるのはそう難しくはない。

 衛星、電話、ありとあらゆる機械と繋がりを絶ったとしても、場所さえ分かればミサイルを撃ち込めば良い。


 地上が無理なら空中か地中、もしくは水中だが、機械無しでは生きることすら難しいだろう。

 

 である以上、なんとか勝つしか道はない。


「ってもよ、どうやったら……」


 思案する藤原だが、ふと「おーい」という声に気付いた。

 

 何事かと見れば、其処には女性を伴う匠が居た。

 作業服姿の青年が、この時ばかりは天使にも見える。


「いやー、すみません遅くなりまして」


 ぺこりと頭を下げる匠に、同じ様にぺこりと頭を下げるのは一光。

 そんな二人を見て、長谷川と藤原は少しだけ気が楽に成るのを感じる。


「来てくれたのか……正直、打つ手無しだったんだ」


 藤原の声に、長谷川も同意はするが隣の女性には見覚えは無い。


「あの、其方の方は?」

「あ、どうも。 相良一光です」

 

 危機的な状況にも関わらず、一光の挨拶はおっとりとしている。

 身形から態度に致まで場違いだが、一光にしがみ付いている小熊の姿が、よりソレを強く感じさせた。


『友よ! 呑気に挨拶しとる場合ではない!』


 唐突に、匠のポケットからはそんな怒声が飛ぶ。

 その声には、藤原と長谷川には聞き覚えが在った。 

 

 エイトの慌てた声に、匠もオッと呻いてポケットから携帯端末を取り出した。

 画面こそ小さいが、其処に映る少女は憶えている。


 ただ、映るエイトの顔は非常に険しい。


『長々と話をしている暇は無い! 役割分担をするぞ!』


 エイトの怒声には間違いはない。 

 警察官達が呆然と立ち尽くす間も、匠と一光が藤原と長谷川に挨拶をしている間にも、大型重機はその足を止めては居なかった。


『藤原警部補! 私達で何とかナナを食い止めてみる。 だが、駄目だったらサッサと逃げるのだ! 良いな?』


 エイトの指示はこの上単純でしかない。

 それに対して、一光はウンと鼻を鳴らす。


「えっとぉ、私は?」


 小熊を抱える一光は、自分にも何か出来ないのかと問う。

 だが、画面上のエイトは首を横へと振った。


『君には危ない真似をさせたくはない。 何か在ったら友が悲しむ』

   

 エイトの声に、匠も異論は無かった。


「一光さん。 頼むよ」


 匠が真摯にそう言うと、一光は深呼吸をする。

 無理に付いて行き、足手まといには成りたくはない。

 だからこそ、一光は自分が抱いていた小熊をソッと匠に差し出し、匠もノインが宿る熊を受け取った。


「一光さん」

「難しいことは分かんないけど、その子、ちゃんと返してね?」


 名残惜しむ声に、小熊はビシッと小さな手を挙げ敬礼を一光にして見せた。


 何とも言い難い光景に、藤原と長谷川も意見は挟まない。

 何故なら、今のところ頼れそうなのはエイトも匠だけだった。


「お前らこそ、無理すんなよ」

「すみませんお願いします」

「頑張って!」


 藤原と長谷川、そして一光の応援を背に、匠は近付いてくる重機を睨んだ。

 

 以前、名も知らない男を追い掛けた時の感覚が戻ってくる。

 それに任せて、匠は問題トラブルを解決する為に歩き出していた。

 

  *


 事に当たり始める匠だが、それをジッと見下ろす目も在った。


 警察署内は戦争でも始まった様に騒がしい。 

 それでも、橋本は困った顔で窓の外を見ていた。


「あー、参ったなぁ。 あれなら装甲車でも頼むんだった」


 それは無理だと分かっていても、橋本はそう呟く。

 他は慌てても、元々の性格なのか橋本は慌てずにフゥムと鼻を鳴らす。


 そんな彼の後ろでは、須賀警視正が彼方此方に電話を掛けまくっていた。


「良いからヘリを寄越せ! 何台か在るだろ!? 今すぐは無理? 馬鹿なことを言ってるんじゃない!」


 そんな須賀の怒声に、橋本は芽を細める。


 自分の上司がヘリを横瀬と喚くのは、殺人鬼の標的を逃がす為のモノではなく、自分逃げ去る為だと知っているからだ。

 保身は勿論、現職の警察官としての立場すら考慮していない上司に、橋本はつまらなそうな顔をしていた。


「そんなんだから、だぁれも付いて来てくれないんですよ」


 そう言う橋本だが、その声は余りに小さく、周りも騒がしい事も加わり、誰かに聞かれる事はなかった。


  *


 橋本に見られている匠も、遠くの視線には気付けない。

 それ以前に、そんな事を考えている余裕は既に無い。


 段々と、着実に大型重機は前と左右から近付いて来ていた。


「こりゃあ参ったぜ。 どうすりゃ良い? エイト」


 匠の声に、携帯端末スマートフォンに映るエイトは在らぬ方を向く。


『二手に分かれて当たるしかない。 よし、友よ。 前に使ったアレをやるぞ』

「アレ? アレってなんだ?」

『どれでも良いからそこらに突っ立っている人形が在るだろ。 それに私を近付けてくれ』 


 エイトの声に、匠は以前少女型を相棒が操って見せたことを思い出す。

 なるほどと言いながら、匠はコッソリと警備用のドロイドへと近付く。


 警備ドロイドにしても、匠が近付いて来ても動かない。


 確認出来る範囲では、作業服姿の青年は携帯端末スマートフォンと熊のぬいぐるみしか持って居らず、武器の類は窺えなかった。


 だからこそ、匠は平然と警備ドロイドへと触れる程に近付ける。

 匠の手に在る携帯端末スマートフォンが警備ドロイドへと触れる。


 その途端に、一体のドロイドがガクンと電源が切れたように動きを止めていた。


『よし! 案外手間取ったが問題は無い様だ! 友よ、ソイツの胸の辺りには証拠押収用の隙間が有る、其処へスマートフォンを押し込め』


 エイトの助言に従い、匠は動きを止めたドロイドを具に見る。

 よくよく見れば、確かに何かを入れて置ける様な空間。


「ほんとに大丈夫かよ、えぇい、仕方ない」


 少し心配は有るが、迷っている暇は無いと警備ドロイドの中へと携帯端末スマートフォンを入れる。

 すると、ぐったりとしていたドロイドが、再起動した様に動いた。

 その頭はグリッと動き、頭のカメラは匠を捉える。


 普段見慣れぬ厳めしいドロイドの睨まれるが、匠は慌てない。


「お、おい? エイト?」

『案ずるな、聞こえているよ』


 本来は警備ドロイドである以上、声質はお世辞にも良いとは言えない。

 だが口調だけでそれを誰が喋らせて居るのかは分かった。


「コイツはまた、物騒なモンに入ったもんだぜ」

『無駄口は後だ、友よ。 私は右、君とノインは左だいいね?』


 野太い声に、匠は親指を上げ、小熊は片腕をパッと上げる。

 仲間の声を聞いたからか、警備ドロイドは持ち場を離れてズカズカと歩き出す。


『そっちは任せたからな!』

「おう! ソッチもな!」


 掛け声こそ立派ではある。

 

 ただ、ガチャガチャと走る警備ドロイドと、小熊を抱えた作業員という光景は、些か非現実的シュールであった。


  *


 警備ドロイドの脚は人間早く、エイトが宿るソレは圧倒的な巨体を前に対峙していた。


『現在工事中です! 付近の方はご注意ください!』


 相も変わらず、大型重機は安全を促しつつ前へ進む。

 邪魔な車両は退け、ガードレールなども意に介さない。

 

 あくまでも標的が居る警察署へと向かう。 


 逃げ惑う人達を避けつつ、いよいよエイトは大型重機と後少しという所まで来ていた。


『すまないが、友の手前退く訳にはいかん』


 そんな言葉を発した警備ドロイドは、悠然と前へ進む。


『現在物資を運搬中です! ご注意ください!』


 実際に大型重機はモノを運んではいない。

 それでも、声に合わせてその大仰な腕が動く。


 それは金槌か何かに見立てられ、狙いは警備ドロイドであった。


 躊躇い無く振り下ろさせる重機のアーム

 アスファルトを容易に砕き、その下までもを抉る。


 ただ、怯えが無ければそれは酷く遅く、避けることも容易い。


 エイト操る警備ドロイドは、バッと跳ぶと、その腕に組み付いていた。


『一度に三個を操るのは大したモノだが、その分鈍い』


 誉めつつも、同時に相手を罵る。 

 実際、エイト操る警備ドロイドは、シャカシャカと虫の様に重機の腕を這って本体へと近付いて居た。


 遥かに小さい相手に張り付かれた重機は、今の今まで悠然と進んでいた筈のだが、急に身を起こし暴れる。

 それは、近寄る虫を払おうとする様に似ていた。


 近くの建物を少し抉り、意地でも警備ドロイドを払おうとする重機。

 だが、大きさの差は如実であり、エイトは苦もなく本体へと辿り着いていた。


『やはりな。 人質を取らない所は評価しよう』


 本来は人が乗り込み操作するのだが、運転席には人の姿は無い。

 だからこそ、警備ドロイドは躊躇い無く運転席のドアを引き剥がしてその身を中へと潜り込ませていた。


  

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