幽霊退治 その12
匠とエイトがゆったりと夜を過ごした翌日。
別の二人組である藤原と長谷川は、眠そうに欠伸をかみ殺していた。
「あー、おはようございます」
「うっす」
駐車場で顔を合わせた長谷川と藤原。
二人とも、ナナが来るという事実から、少し顔が固かった。
「今日なんですよね」
「まぁ、彼方さんがせっかちでいきなり予定を早めない限りは、一応安心っちゃ安心だがな」
今度は大きく欠伸をする藤原に、長谷川はムゥと唸る。
先輩には緊張感が足りないと窘めようとするものの、警察署に近づいて来るモノを見た長谷川は其方に気をやる。
欠伸を終えた藤原と、長谷川は異様なモノを見ていた。
駐車場へと搬入されるのは、バスかトラックを改造した様な異様な車両。
一見しただけでは、何の為の車か分からない。
「なんだ、ありゃあ?」
「あー、見たこと在るような無いような」
珍しい車両に眠気を忘れて子供の様にソワソワする藤原に、長谷川は記憶を探る。
そんな二人の元へと、橋本が姿を見せていた。
「や、おはようございます」
階級の割には偉ぶらない橋本に、藤原と長谷川は揃ってぺこりと頭を一応下げる。
「なんだよ警視。 遊んでて良いのか?」
茶化す藤原に、橋本は部下の言動は咎める事はせず、息をフゥと吐く。
「白々しい。 爆破予告なんて意味無いって昨日言ってたじゃないですか。 だったら、僕が会議に参加してたって意味ないでしょ? 犯人……は、出て来そうも在りませんし」
裏を知らされた橋本も、既に爆破予告犯人探しは諦めている。
藤原がそれを誰かにさせたにせよ、実際ソレよりも大事なことが在った。
「じゃあ、アレは?」
スッと怪しい大型車両を指差す長谷川の声に、橋本はフフンと笑う。
「あれが有れば、殺人鬼が戦車でも持ってこない限り問題は在りません!」
橋本の声に合わせる様に、大型車両の横が段々とスライド式に縦に開いていく。
開いた其処からは、片側だけでも数体の人型の何かが見えた。
ウンと鼻を唸らせる藤原の見ている前で、人型の頭は持ち上がる。
目なのか、カメラらしい部位の横が赤く光り、ソレは歩いて見せた。
そんな機械を見た長谷川は、目を細める。
「アレは、自動の警備ドロイド……でも、まだ実験用じゃあ」
長谷川の目に映る白黒に塗装されたドロイド。
以前、匠とエイトが見た様な人型のソレとは違い、警備用だと言われたソレは、実に武骨であった。
腕や脚、胴体には銃弾を弾く為なのか装甲板らしきモノあり、筋肉の代用なのか銀色に輝く筒。
端から見ると、近寄り難い異様を放つ。
「スンゲーな橋本。 あれ、自動で動くんだろ?」
「そうですね。 まぁ、まだまだ改良の余地は在るそうですが、ま、警察署を警備させるっていう実地試験みたいなもんです」
橋本の声に、藤原の鼻を唸らせる。
「へへぇ……それじゃあ、その内どころじゃあなく俺なんか首にされそうだな。 あんなのが出て来たら、飯の食い上げに成りそうだぜ」
藤原はそういうが、橋本は首を横へと振る。
「此からは人間はデスクワークに専念する。 と、言いたい所ですが、アレはただの機械ですからね。 細かい機微や隠れた何かを見付ける。 そんな閃きは在りませんし、まだまだ現場から人が居なくなる事は無いですよ」
ガチャガチャと動く警備ドロイドを見ながら、橋本はそう言う。
あっという間に整列し、警察署の守りを固めるドロイド達。
「でもまぁ、不眠不休、給料は要らず、病気も無い、ちょっと壊れても修理して直ぐに現場に復帰。 その内、簡単な警備とかはアレに変わると思います」
「玩具の兵隊さんに護って貰うのか」
嘆息を漏らす藤原だが、長谷川がウンと鼻を鳴らして橋本の肩を叩いた。
「で、でも橋本さん! アレ不味いんじゃあ?」
警備ドロイドを訝しむ長谷川に、橋本は眉を片目を窄める。
「不味いって……長谷川さん。 アレ新品も新品ですよ? ほら、まだ塗装だって剥げてませんし」
「そうじゃないんですってば」
長谷川は、辺りを見渡す。
遠くの方や警察署の窓からは、警備ドロイドを珍しそうに見る目も在るが、三人の会話を聞いている者は見えない。
それでも、長谷川は橋本の耳に口を寄せた。
「不味いんですってば。 下手すると、アレも全部操られちゃうかも」
長谷川の意見に、橋本もナナがどの様な存在なのかを思い出す。
それでも、橋本は軽い笑みを崩さない。
「御安心を、長谷川さん。 そりゃあ、普通の車とか機械なら、遠隔で操れてしまう事も在るでしょうが、アレは一応外部からは操作出来ない設計なんです。 いわゆる、単独孤立って奴ですね」
橋本の声に、藤原は眉を寄せた。
「おいおい警視、オッサンにも分かるように頼むぜ?」
年下の会話について行けない藤原は、話の補足を頼んだ。
「もう、藤原さん。 アレは、要するにラジコンじゃあないんですよ」
「ほう?」
「つまりですね、決められた動作以外はせず、外からの侵入みたいなのにも操られずに安心って事です!」
「へーすげーんだ?」
分かっているのか分かって居ないのか曖昧に藤原。
そんな先輩に、長谷川はムッとしつつも頬に空気を溜める。
そんな藤原と長谷川に、橋本は生暖かい目線を向けていた。
二十二時に、何かが来るという事は知っている。
だが、橋本も藤原と同様に何も起こらない事を願っていた。
朗らかな三人組。 そして近くで立ち番を始める警備ドロイド。
そんな光景を、橋本の上司である須賀警視正が忌々しく見ていた。
*
夜の十時が来る前に、匠とエイトにもやるべき事がある。
ナナ対策として、相楽一光からノインの力を借りようと、匠は相楽商店へと急ぐ。
もう直ぐ店に着くという時、匠の鼻はウンと鳴る
匠が到着するよりも早く、店の戸を閉める一光が居たのだ。
「あ、たくっち……丁度良かった」
戸締まりを終えた一光。 彼女腕には小さな小熊。
「あぁ、一光さん。 エイトから連絡行ってると思うんですが」
「うん。 聞いてる。 少し危ないかも知れないけど、ノイン居るし。 ね?」
コアラの様に一光に張り付くノインが操る小熊は、『キュウ!』と鳴いた。
小熊が音を発する事自体は驚くに値しない。
元々、歌って踊れるアニマルという商品なのだ。
匠が気にしたのは、如何にも一光が付いて来ると言わんばかりの態度だからだろう。
「あの、一光さん? ノインを貸して貰えるって………」
「うん。 だからね、この子心配だから、私も行くよ?」
一光の返事に、匠は慌てて上着のポケットから携帯端末を取り出す。
「おいおーい! エイト!」
匠の声に、画面には少女のエイトが姿を現した。
『なんだ友よ?』
「なんだ、じゃあないだろ? なんで、一光さんまで?」
エイトを咎める匠に、「私が頼んだんだよ」という返事が届く。
返事の主である一光に、匠は信じられないといった顔を見せた。
「いや、でも……一光さんは」
「大丈夫だってば。 たくっちはエイト、私はこの子」
一光の声に呼応する様に、彼女に張り付く小熊は、パッと片腕を上げる。
ただ、傍目には小さな小熊でしかないノインでは頼り無い。
「まぁ、応援頼みに来た訳だから……でも、良いのかなぁ」
友人の安全を気にする匠の声に、画面上のエイトは頷く。
『案ずるな友よ。 以前とは各段の変化を見せている。 言われたからするのではなく、自ら行う。 それをノインは持っているさ』
断言するエイト。
それを聞いた匠は、一光と小熊へと目を戻す。
「じゃあ、臨時で申し訳ないのですが、お手伝いをお願いします」
ぺこりと頭を下げる匠。
「はい、承りました」と、一光は返事を返していた。
*
ナナが予告した時間は、近付きつつある。
既に警察署にはある程度の人数は保護しており、漏れた部分に関しては何人かを派遣し、いざという時は連れてくる算段も出来ている。
だが、ゲームを受けた長谷川は不安であった。
「ホントに、大丈夫ですかね?」
腕時計をチラチラと気にする藤原に、長谷川はそう言う。
藤原も、時計を見るのを止め、顔を上げた。
「なぁ長谷川。 万全の布陣……と、言いたい所だが完璧ってのは無理難題だな。 前みたいに、パトカー操られたら漏れた奴らの安全は保証出来ん」
残念そうな藤原の声に、長谷川は「そんなぁ」と嘆息を漏らす。
出来れば、被害者を出したくない長谷川だが、藤原も同じであった。
「ただな、俺は想うんだよ。 死んだ主に義理立てする様な奴は、たぶんだが正攻法で来るんじゃないかってな」
意外にも、ナナを信用する様な藤原の口振りに、長谷川は目を窄める。
「でも、正攻法ってのは何なんでしょうかね?」
「さぁな、ソイツは俺にもわからん」
お互いに疑問を呈す藤原と長谷川。
そんな二人目に、バタバタと慌ただしい動きが見えた。
制服を纏った警官達が、慌てて何処かへ行こうとする。
「おーい、何が在った?」
適当な一人を捕まえ、藤原が尋ねると若い警官は顔を青くした。
「藤原さん! なに言ってるんですか!! 今、工事に使われていた大型重機が街で暴走して大変なのに!! それも、三機もです!! コッチに来るって大騒ぎなんですから!!」
慌ててパトカーへと駆けていく警官達。
話を聞いた藤原と長谷川は、顔を青くする。
「正攻法って、文字通りかよ」
自分で言った事ながらも、藤原は顔を歪めてしまう。
隣では、長谷川が何か情報を得ようとタブレットを弄っていた。
高速化されたインターネットは、生放送映像を映す。
其処には、街を闊歩する大型重機が人々の悲鳴と共に映し出されていた。




