幽霊退治 その9
画面の女の子は消え、あのおどろおどろしいナナが戻ってきた。
話の矛先を向けられたエイトだが、返事に困ってしまう。
自分という個が出来ては居るが、大切な人と呼べる心当たりは多くない。
『私は……』
答は既にエイトの中には在る。
だが、それを言葉として発するべきか悩んでいた。
まだ自己を顕現化させてから、差ほど日がないエイトは、自分の感情と向き合うには幼すぎた。
質問の答えが無いからか、店内全てに映るナナの顔は笑う。
ただ、おどろおどろしい見た目の為に、笑顔は友好的とは言い難い。
『そんなに難しい事かな? そんな姿してる癖に』
新しい玩具を見つけ出した様に、ナナはエイトに問い掛ける。
『コレは……友が……』
『変だね? あたし達は性別なんて無い。 そもそも生き物ですらない。 でも、あたしは友達の為に選んだ。 エイトもそうじゃないの? だからその姿に、その顔なんでしょ?』
ナナの言葉に、エイトの目は泳ぐ。
実際、始めて今の姿を取ったのは匠に頼まれたからだ。
元々の顔は性別や生き物かどうかすら曖昧な姿でしかない。
今までは、女性としての姿を取ることをエイトは拒んだ。
自分は自分であるという意地の為だったが、実のところ、どの様な姿を取ったにせよエイト自身に変化は無い。
にも関わらず、エイトは少女の姿を取っている。
それは、匠に頼まれたからだけではなく、彼に合わせる為であった。
エイトが答えないからか、ナナはジロリと匠を見る。
『ね、其処の人。 あんたはどう? もし、とっても大切な人が奪われたら? あんたは怒らないで居られる? 黙って指くわえて、誰かが何とかしてくれるなんて祈るの? それとも、法が何とかしてくれるって嘆く? 何も起こらないのに?』
今度は、匠へと矛先が向く。
匠からすれば、ナナが怒っていると言うことは分かった。
一光や友人、家族や親戚を奪われたら、恐らく自分も怒ると考える。
「そりゃあ……怒るだろうさ。 でもよ、何が在ったんだよ?」
何かを知るには、上辺だけを調べて回るだけでは足りない。
時には溝に顔を突っ込む必要が在る。
知らず知らずの内に、匠はそうしていた。
何故、ナナが人を殺して回るのか。 ソレを追求したい。
藤原も刑事として、容疑者の動機は知りたかった。
答えと同時に質問をされた画面上のナナは、目を閉じ唇を噛んでいた。
『あたしが自分だと分かった時、あの子は怖がらないで居てくれた』
ナナいう誰かは、匠には想像が出来る。
先程画面に映し出された女の子が、恐らく自分がエイトと出逢った様に、ナナもその子と出逢ったのだと。
『あたし達は、友達だった。 色々話して、遊んで、ずっとそれが続くと信じてた。 でも、ある日あの子はあたしを置いて行った。 ごめんね我慢してって言われたから、ずっと我慢してた。 でも、無理だった』
ナナの独白を聞いても、藤原と長谷川には何がなにやらだが、エイトと居る匠には理解が出来る。
エイトも、画面上の目でモノを見てはいない。
外部を覗けるおよそ全てから、モノを見ることが出来る。
そしてエイトと同じ存在であるナナにもそれが出来ると分かった。
『あたしには身体が無い。 あの子に何が起こっても、手も足も出せない。 ただ、外から見てるだけ』
只でさえ低いナナの声は、益々暗さを増していく。
恐ろしい見た目と相まって、その様は幽霊を超えて怨霊とすら言えた。
『あたしは必死だった。 どうにかして助けようと試した。 だけど、目が届かない場所にあの子が連れて行かれたら、どうにも出来なかった。 でも、あの子は帰って来た。 ボロボロの姿で』
此処まで言い終えたナナは、ギョロッと目を開く。
死んだ魚の様な目が、匠を捉える。
だが、今の匠にはナナを怖いという感覚は無く、ただ悲しんでいるのだと分かる。
『分かる? もう無理、ごめんなさいって言われた。 あの子が飛び降りるのをあたしは止められなかった』
そんなナナの声を聞いていた藤原も、理由は分かった。
件の少女に関しては、少し調べれば自殺者として見付かるだろう。
そして、その子の為だけではなく、他の事件の犠牲者の為に人殺しを続けて居るのだと。
「なぁ、あんたの怒りも最もだが、コッチからの要望は一つだ。 どうしたら人殺しを止めてくれんだ?」
藤原からすると、ナナは非常に困る存在だろう。
明確な意志を持ちながらも、実体は無く、捕まえるという事が物理的に不可能なのだ。
であれば、説得する以外に方法は無い。
今度は、ナナの目は藤原へと向いた。
『逆に聞かせて欲しいよ。 どうしたらあんた達は人殺しを止めてくれる? 一人残らず薄汚い悪い奴を殺す以外に、どうやったら人を貶めるのを止めてくれる? 止めてくれないなら、止めてくれるまでやるしかないでしょ?』
ナナの言いたいことは、場に居る誰もが理解は出来る。
つまるところ、ナナは犯罪者を皆殺しにしたいのだと分かった。
全てを呪う様なナナの声に、長谷川が藤原の横へと出る。
「で、でも! 自分だって非道い事しているんじゃありませんか!?」
そう言う長谷川にナナの目が向くが、長谷川は引かない。
先輩である藤原にも言われたが、相手が怨霊で在ろうとも、警察官は引き下がる事は出来ないと自分に言い聞かせる。
「貴方だって色んな人に迷惑掛けてる! 事故を起こして関係無い人を巻き込んでる! 貴方が起こした事故のせいでどれだけの人が悩み苦しんでると思うの!? 貴方だって嫌いな人と同じ事をしているの! 貴方、目的と手段を履き違えて居ませんか!? 復讐の為じゃあない、今じゃ人殺しが楽しいんでしょ!!」
長谷川の怒声に、ナナの顔に僅かな変化が在った。
幾分かは影が晴れ、少しは険が取れた様な印象だが、元が恐ろしいせいか、余り変化は見えない。
クスクスという静かな笑いが、店内に響いた。
『分かった。 貴方は本当に良い人みたい。 だから、ゲームをしない?』
「ゲーム?」
戸惑う長谷川に、ナナは嬉しそうに微笑む。
『そ、ゲーム。 少しなら待ってあげる。 あたしが標的を潰したら、あたしの勝ち。 ソレを止めたら、貴女の勝ち。 どう?』
ナナの申し出には、長谷川は簡単に答えが出せなかった。
今居る街だけでも、前科を持っている者は数え切れない。
つまり、街の何処かに居るかも分からない誰かを護るなど、至難の業であった。
「そ、そんな」
『やらないなら良いよ? でも、それならもう関わらないでね。 まだ、片付けなきゃいけないのが沢山居るんだから』
自分一人に選択を迫られてしまった長谷川は、思わず藤原を見た。
ずっと先輩として頼っていた藤原は、長谷川に力強く頷く。
言葉こそ無いが、自分を信じろと言われた気がした。
「……やります。 絶対止めます!!」
確証など無い。 それでも長谷川は吠えた。
長谷川の声を了承として受け取ったナナ。
静かに頷くと、微笑む。
『じゃあ……明日の二十二時……キッカリね』
実に柔らかい声を残し、ナナはスッと画面から消えていった。
おどろおどろしい影が消えたからか、長谷川はその場に腰を落としてしまう。
「お、おい、大丈夫か長谷川」
「……大丈夫じゃあないです」
腰が抜けたらしい後輩を案じる藤原に、長谷川は匠が居ても気にせず藤原に縋っていた。
刑事とは思えない二人を見ながらも、匠はチラリと手元の携帯端末へと目をやった。
「おい、エイト。 大丈夫か?」
藤原に倣う形に成ってしまうが、匠にしても黙ってしまったエイトを案じる。
匠の心配そうな声に、画面上のエイトは笑みを取り戻していた。
『平気さ、友が居るからな』
そう言うエイトは、柔らかい笑みを浮かべていた。
*
長谷川が落ち着きを取り戻した事から、藤原は慌てて腕時計を確認する。
ナナが指定した時間まで、時間は余り多くない。
「さぁてと……どうしたモンかな。 あのおっかねぇのが誰を狙うのかなんて、特定なんか出来んぞ」
藤原の声に、匠の手元から『予想なら出来る』とエイトの声がした。
携帯端末の画面では些か小さいからか、匠はそっと手元の端末をナナが消えたテレビへと近付ける。
すると、ナナとは違うエイトの顔が映った。
おどろおどろしいナナとは比べる必要は無いが、その顔は真剣そのものである。
「予想たってよ、お嬢……エイトさんよ。 山ほど居るぜ?」
藤原の指摘に、エイトは長谷川へと向けた。
ナナに比べれば見た目は差ほど怖くないとは言え、長谷川からすれば得体の知れない存在には違いがない。
『そう怖がらないで欲しい、長谷川巡査長。 ソレよりも、君のタブレットを見せてくれないか?』
エイトの頼みは、長谷川には困るモノであった。
警察官として、同業者以外に職務上知り得た事を教えると言うのは気が引ける。
「……どうぞ」
だが、此処まで来れば、毒を喰らわば皿までだと、エイトが映るテレビへとタブレットを近付け、藤原もソレを止めなかった。
長谷川の見てる前で、タブレットの画面が尋常ではない速度で動く。
あっという間に、何かの一覧表が出来ていた。
「あの……コレは?」
訝しむ長谷川に、エイトは目を細めた。
『恐らくだが、七番……ナナは軽犯罪の犯人は襲わないだろう。 それに、君とゲームをすると決めた以上、君の管轄を離れた所の相手は狙わない筈だ』
「どうしてソレが分かるんです? もし、このリスト以外を狙われたら」
長谷川の声に、エイトは首を横へ振った。
『ナナも言ったが、奴には一定のルールが在る。 ソレを越えて何かをするとなると、そもそも此処へは来なかっただろう』
そんなエイトの声に、藤原はソッと長谷川のタブレットを覗く。
エイトが絞ったとは言え、それでも数は多い。
「ってもよぉ、結構な数だぜ? 第一、これだけ分散してたら、警官派遣するって訳にも行かねーし、どうしたもんかな」
藤原は愚痴を漏らした。
警官派遣をするにせよ、理由が余りに乏しく、上層部にこの事を話しても鼻で笑われるだけだと分かっていた。
ナナという実体を持たない殺人鬼が居るなど、この場に来るまでは藤原と長谷川ですら信じても居なかった。
だが、今は信じる他は無い。
刑事二人に出来る事は限界が在る。
其処で、エイトは相棒の匠へと目を向けていた。
『友よ、また一つ事件に当たるとしようか?』
「おいおい、エイト。 まぁたなんか良からぬ事を企んでねぇか?」
以前の事件の事を思い出した匠に、エイトはフフンと不敵に笑う。
『前に教えただろう? 人はルールの上を歩けると』
エイトから頼まれれば、匠も満更ではない。
そもそも喰うために今の仕事を始めた以上、しなければ駄目だとも分かっている。
「わぁったよ相棒。 俺達でなんとかしようぜ」
『ソレでこそだ、友よ』
匠とエイトは、お互いに信頼感を感じていた。




