幽霊退治 その5
「ホントに助かりました、ありがとうございます」
深々と頭を垂れる老婦人に、匠は満更でもない思いを感じる。
ド派手な立ち回りも胸躍る冒険だが人助けはそれ以上に気持ちが良い。
「いえいえ、今後とも宜しくお願い致します」
「宜しくお願いしま~す」
丁重な田上と、出来るだけ丁寧を装う匠。
そんな二人の耳に、パタンとドアの閉じる音が聞こえた。
一仕事終えたのは良いが、田上はどうにもスッとしない顔を覗かせる。
「おい匠。 お前どうしたんだよ?」
「どうしたって……なんすか?」
匠の声に、聞き耳を立てられては困ると田上は車を指差す。
それに対して、匠は特に反論は無かった。
サッと車に乗り込み、次の場所へと車は動き出すが、田上は匠を見ていた。
暫くの間は、見られるに任せて居た匠だが、先輩の訝しい自然は辛い。
「えーと、あの……田上さん?」
「お前さ……アレ、どうやった?」
いきなり核心を突かれた匠の目は泳ぐ。
匠からすれば、何とか誤魔化したいが、よい言い訳が出て来ない。
「いや、実は何かしようと思ったら……勝手に直って…」
「惚けんなよ? コッチだって電気で飯食ってんだ。 ド素人以下のお前にウイルスの対処なんて出来る訳ねーだろ?」
田上は決して匠を馬鹿にしている訳ではない。
いきなりの仕事で自分にも無理なことを匠がして見せた。
それ自体は悪い事ではない。
電器屋としては、お客様に喜んで使って貰えるのが本分である。
だが、今後とも何かしら起こった出来事に対処するに当たり、匠に頼りきりという事はしたくなかった。
職人の庭に勝手に足を踏み入れたのは、匠である。
である以上、相手の矜持に報いねば成らない事は分かっていた。
「それなんすけど、先輩、パソコンの事覚えてます? この前、先輩がパソコン組んでくれましたよね?」
「おう? まぁ、中古の部品やらなんやらと色々突っ込んだが結構動くだろ?」
バイト代わりにその手の仕事も引き受ける田上からすれば、相手が後輩で在ろうとも仕事は仕事であった。
「あのパソコンの部品……何処で手に入れたんですか?」
匠の質問に、田上は眉を寄せる。
「なんださっきから? そりゃあお前、あんな低予算で高性能だろ? それこそ裏に転がってる様な奴からオークションで競り落とした中古とか、色々だよ」
田上の説明に、匠は、打ち明けるべきかを悩む。
間接的とは言え、在る意味エイトの親はこの田上と言えるだろう。
彼があの怪しいパソコンを組んでくれなかったのなら、エイトとは出逢えては居なかった。
自動運転で在れば、仮に田上が気絶しても事故の心配は少ない。
それに、エイトが居てくれれば、安心感は倍に増す。
「ちょっと待ってください」
そう言うと、田上の横で匠はポケットを覗き、なにやらボソボソと話す。
端から見ていれば、奇異な光景だが、田上は鼻を唸らせるだけであった。
「先輩……あの、驚かないでくれます?」
「あん? おい、一応断って置くが俺は同性愛者じゃあないぞ? 付き合ってくれますなんてのはごめんだぜ?」
田上の茶化す声に、匠は「そうじゃないです」と断りを入れた。
サッとポケットからスマートフォンを取り出す匠。
その画面は、勝手に灯る。
『こんにちは! 初めまして! エイトと申します!』
携帯端末に自己紹介されると言うのは、電気に携わる田上とは言え初体験と言えた。
画面に映る白黒の歪な丸顔に、田上は目を剥く。
「あ、あー……良くできたアプリだな? あんま、可愛くはないが」
とりあえず現実的な既決を導き出した田上はそう言う。
滑らかに喋るソフトと言うのも、無いわけではない。
事実、彼の店の棚にもその類のモノは少数ながら置いてある。
だが、田上の声を聞いた携帯端末は、その画面に映る顔を少し歪めた。
『製作者に恩は感じるが、いきなり初対面の者にそれは失礼ではないか?』
嗄れ声ながらも、キッパリとした言葉に、田上は目眩を覚えた。
「は? いや、あれ? それ、は……喋るのか?」
『そんなに驚く事かな? インコでもオウムでも喋るだろう?』
エイトの完璧が応答に、田上は固まった。
頭が真っ白に成ってしまった先輩に、匠は笑う。
「あー、まー、そう言うことでして。 先輩がアレ作ってくれたお陰で、俺はコイツと出逢えましてね」
そう言うと、匠は画面を少し指で擦る。
その手つきだけ見れば、画面上のエイトを撫でて居る様にも見えた。
『あ、コラ! 何をする! 人前だぞ!』
急な事に驚いたのか、画面上のエイトはクルクルと回った。
ただ、声色は嫌がっていると言うよりも、ただ驚いて居るようである。
それが、益々田上を混乱させた。
機械に魂が宿るという事を、田上も想像していた事は在るが、いざそれをまざまざと見せつけられた。
妙な気分を田上は感じる。
自分が組んだパソコンには、奇妙な部品が山盛りとは言え、まさかここまで異様な事態が起こるとは想像すらしていなかった。
「……っ……なんだよ。 あーあ、こんな事なら、アレお前にやるんじゃなかったわ」
技術者としては勿論、田上の本音が漏れた。
だが、今は仕事中である以上、あまり他の事にも構っては居られない。
「ともかく、ソイツがさっきの何とかしてくれたんだろ? そんなら、今度からお前……いや、お前らウチで働くか?」
田上もまた、商店を営む主である以上、優れた技術者は確保して置きたい。
どんな事態で在ろうとも、対応出来るので在れば店の繁盛に繋がる。
技術者である前に、商売人でもある田上は案外強か者と言えた。
「良いんですか?」『おう、それは助かる!』
ほぼ同時に反応を示す匠とエイト。 それを聞いた田上は苦く笑った。
「なんつーんだろな? 娘を嫁にやっちまった親父にでも成った気分だぜ。 ともかく、仲良くな?」
『勿論ですよ!』
田上の声に、返事を返したのはエイトである。
喜んで居るのを示す為なのか、クルクルと回る。
奇妙な出逢いに、田上はやれやれと首を横へと振っていた。
*
田上に取って、匠とエイトのコンビは実に良い新人と言えるだろう。
いつもであれば、独りで何もかもこなさねば成らなかった。
エアコンの整備や、洗濯機の調整など、中には独りでは骨が折れる仕事もある。
体を使う仕事に関しては、匠は意外と頼りに成った。
何をするにも先立つモノは必要であり、その為にも、匠は田上に従事し、多少の事ではへこたれない。
その他に、頭を使う様な仕事の場合はエイトが役に立ってくれる。
多少の問題であれば、田上でも何とか成るが、より深い専門的な事でも、エイトはあっという間に苦もなく解決してくれる。
実に有り難い新人だが、賃金が一人分で済むと言うのも田上に取っては大きかった。
初日はお試しだった筈が、いきなり雇用へと昇格。
そしてそれは、匠とエイトに取っては願ってもない話だろう。
無論、エイトがその気に成れば何処かの大企業にも匠を入れる事は可能だが、あんまり目立ちたくないという主の声に文句は無い。
エイトからしても、大々的に自分を打ち出し、祭り上げられる事を拒否していた。
*
数日後。
田上電気店の店員兼、作業員として働く匠だが、いつもの様に問題解決の為に車で移動していると、渋滞に巻き込まれていた。
「まぁた工事ですかね?」
そう言うと匠に、田上はソッと窓から頭を出して先を覗く。
何台もの車の先では、派手に事故を起こしている車両が見えた。
「いや、事故みたいだぜ?」
そんな田上の声に、車に備えられた画面にはエイトの丸顔が映る。
『全く持って解せないな。 何故自分で運転したがるんだ?』
そんなエイトの声に、匠と田上は揃って肩を竦めた。
二人からすれば、エイトに任せている方が断然楽である。
事故を起こすのが、専ら人間が運転するからだという事は、匠と田上にも理解出来た。
「まぁ、なんつーんだろな? アレだよ。 自分が生きている実感?」
「人はね、機械を支配してるっていう実感が欲しいんだろうね」
匠と田上の言葉を聞いたエイトは、画面の中で横へとクルクル回る。
『妙の話だな。 車とは移動の手段に過ぎない筈。 それ以上でも以下でもない』
エイトの感想に、匠は笑う。
実質的には、エイトからすると運転していてもそれはゲームと大差が無いのだと教えられていた。
匠がレースゲームをするとの、エイトが実際の車を動かす事には差がない。
敢えて差があるとすれば、現実の車は壊れてしまうということだけである。
「ま、良いさ。 テレビでも見て暇つぶししようぜ。 エイト、テレビに回してくれ」
匠のお願いに、エイトが移っていた画面はパッと切り替わる。
だが、其処でも事故のニュースが流れていた。
「おーおー、コッチでも事故、アッチでも事故。 忙しないねぇ」
既に悠々自適に成りつつある田上は、そんな感想を漏らす。
だが、匠は妙な感覚を覚えていた。
事故自体、恐らくは世界中で多発している事に間違いは無い。
ただ、喉に引っ掛かる魚の骨の様に、何かがつっかえていた。
『まぁ、少しゆったりと構えていてくれ。 まだ少し掛かるからな』
車を操っているのがエイトだからか、ニュース番組の音に混じってそんな声が車内に響く。
匠と田上を乗せた車は、事故の為に片道通行と成った道路を走るのだが、その際、匠は見ていた。
警察官達が忙しそうに車を誘導する中、事故を起こした車の横で、茫然自失と座り込む女性。
そして、シートで覆われ隠されてこそ居るが、大小二つの転がるモノを。




