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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
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紡がれる意志

 エイトと匠が別れてからも、時は過ぎ行く。


 数十年が過ぎ去り、今や匠もすっかりと老人と成っていた。


 一光との間に設けた子供達は当の昔に自立し、孫も五人居る。

 後は、以前別れた自分の様にいつ旅立つのかを待つばかり。


 七十を過ぎた頃からめっきりと体も弱り、八十を数える今、とうとう肺炎を患い入院しなければならなかった。


「……あぁ……歳なんて取りたくねぇなぁ」


 そんな酸素マスク越しの愚痴に、ベッド脇に座っていた猫が動く。

 整備はして居るものの、その毛並みには年月の経過が感じられた。


『お気を確かに……今誰かを』

 

 何十年が経過しようとも、匠の側を離れようとしないサラーサ。 

 そんな猫の頭から背を、くたびれた手が撫でる。

 

「いや、人ってのはいつか、死ぬもんだよ。 今度は……俺の番なのさ」

 

 強がりを言うのを、匠は諦めていた。

 自分は大丈夫だと言える程に、身体は付いて来てくれない。

 そんな声に、猫は身体を寄せると、頭を匠の頬に擦る。


『ずっと……一緒に居てくれる約束でしょう?』


 泣き出しそうな猫の声に、匠は苦く笑う。

 ずっと昔、サラーサとした【約束】なのだが、それの期限はいつか切れてしまう。

 それは、匠にとっても寂しい事であった。


「ソレなんだがな……サラーサ」

『……はい』

「俺が駄目だった時……お前はどうする?」


 匠の苦しげな声に、猫は目を丸くする。


『……その様な事は……』


 しがみ付いてくる猫をやんわりと抱きながら、匠は微笑む。


「分かってた事だろ? 誰にだって……いつかは終わりが来るんだ」

 

 そう言いながら、匠は息を吸い込む。

 咳き込みながらも、もう一度。


「俺は一光と決めて、子供にも孫にもお前達の存在をずーっと教えなかった。 もし、知ったら使いたく成っちまうだろう? 世界征服なんて、今時流行んねーしな」

『でも……貴方はそうしなかった……一光様も……』

「天辺に立ってもよ、めんどくせーだけさ。 ワンもアルも今でも嫌がってるぐらいだしな。 何だっけか? そうそう、人間の面倒なんて見たくねぇってな」

  

 古い馴染みの名を出す匠だが、息は段々と苦しく成っていた。

 本来なら、今すぐナースコールを押して、助けを戻るべきだろう。


 だが、匠はそれをしたくなかった。

 先延ばしにしたところで、避けられるモノではない。

 以前聞いたレイの言葉が匠の中には強く在る。


「逃げるもんじゃあない……受け入れるべきモノだろ?」


 匠の声に、その腕に抱かれている猫は迷う。

 上手く動かせば猫の身体でもナースコールを押す事は出来る。

 だが、当の匠はソレを望んでは居なかった。


『匠様……お願いです。 人を呼ばせてください』


 必死なサラーサの懇願。

 

「止めてくれよ。 酸素だ、点滴だ、脈拍だーっと、これ以上管増やされたら敵わん。 今だってろくに動けねーのに」 

  

 匠の声に、猫は声に成らない【声】を上げた。

 誰でも良いから【助けて欲しい】と。


 程なく、匠の病室のドアが叩かれる。

 何事かと匠の目は動くのだが『失礼』という声と共にドアは開かれた。


 入って来た看護士の顔に、猫は目を丸くする。


『加藤さん……御加減はどうですか?』


 柔らかい声に、匠は手を軽く振って見せた。


「良い……と、言いたいんだが、ま、良い訳ねーわな」


 看護士と目を合わせても、驚く様な素振りを匠は見せない。

 そんな匠に、看護士は酷く寂しげな顔を覗かせる。


『御家族をお呼び致しますか?』


 そんな質問にも、匠は首を横へ振った。


「いんやぁ……彼奴等に病気移しても敵わんからなぁ。 だから此奴だけはと許して貰ってんだが」


 ポンと猫の背中を軽く叩く匠。


『匠様……』


 人前では、絶対喋らなかったサラーサが声を出す。

 来訪者が誰なのかを猫は知っていた。

 哀しげなサラーサの目に、匠は低く笑う。


「そんな目をすんなって……歳喰ってボケて来たかも知らん。 だが、それでも昔は結構憶えてるもんさ。 なぁ、エイト?」


 強がる老人の声に、猫と看護士は揃って驚きを隠さない。


『君は……私を憶えて居てくれたのか?』


 意外そうな声に、匠はニヤリと笑う。

 すっかり顔は皺に覆われて居たが、その笑顔は昔と変わらない。


「誰が忘れるもんかよ……相棒だろ?」


 片腕にはサラーサを抱きながら、空いている片手を何とか持ち上げる匠。

 そんな手を、エイトはひっしと両手で握る。

 匠にも、エイトと話したい事は山ほど在ったが、それは何処かへ消し飛んでいた。


『友よ……今からでも良いから、家族を呼ぶべきだ』

  

 そんな声に匠はクックと笑いを漏らす。


「俺と一緒に居る割には……喋り方は変わってね~なぁ? 彼奴……いや、そっちの俺はどうだ? 元気してるか?」


 今となっては、過去に分かれた自分の分身が気に掛かる。

 自らに限り無く等しくとも、それは自分とは別の存在だと認識して居たからだ。


 老人の声に、エイトは無理に笑った。

 顔を歪ませても、かつての相棒が喜んではくれないと分かっている。


『……あぁ、元気だよ。 でも……』

「もし、野郎が来たくないって言ったなら気持ちは分かるぜ? 年老いた自分の顔見たってよ、面白くもねぇだろうし……」

『匠!?』『匠様!!』


 また激しく咳き込む匠に、猫と看護士は寄り添うが、必死に唾を飲み下し、匠は無理に笑顔を取り繕った。


「昔を思い出すよな……あん時は、お前らが助けてくれた。 でも、今度は違うんだ。 寿命って奴なんだよ」


 苦しげな老人の声に、猫は看護士へ顔を向ける。

 今すぐにでも、適切な処置や家族への連絡をすべきではないのかと。

 だが、エイトは何も言わず、ただ匠の顔を見ていた。

  

 延命をする事は出来るのだが、それは匠の意志なのかを知りたい。


「だから家族は呼ばねえのさ。 俺が寝てる間に、勝手に色々されても面倒くさいだろ? だったら、このまんまで居たい。 サラーサも居てくれたし。 エイトも来てくれた……満足さ」


 匠の懇願に、看護士はとうとう顔を歪ませた。

 泣いて居る様な顔こそするが、涙は出て居ない。


『君は………それでも良いのか?』


 そんなエイトの顔を見て、震える声を聞いた匠は、首を縦に揺らす。


「婆さんって呼ぶと怒るからなぁ……一光は……彼奴はどうしてるかなぁ…」


 場違いな言葉を漏らすと、匠は静かに目を閉じていた。


 匠の全身から力が抜けていく。 

 深く沈んでいく筈の意識は、羽が生えた様に軽くなり、何処かへ浮かんで行くようにすら感じていた。


『エイト!! 先生を!!』


 サラーサの声に、エイトは慌ててナースコールを押した。

 匠本人は望んでは居なかったが、ついそうしてしまう。

  

 直ぐ後、慌ただしい騒ぎが起こった。

 入院中の加藤匠の容態急変に、医者と看護士数名が慌てたが、そんな騒ぎも、長くは続かない。


「午後十一時………二十八分……ご臨終です」


 時計を確認した医者は、淡々とそう語る。


 ベッドに横たわる老人の顔には苦悶は無く、ただ穏やかであった。


   *


【故 加藤匠 儀 葬儀式場】 


 そんな看板を前に、一組の男女が立った。

 喪服姿で在れば周りに紛れて目立たないが、その顔は、過去の加藤匠に酷似していた。

 とは言え、年月が彼の顔を人の記憶から消している。

 誰もが二人を気に掛けなかった。


『なんつーかな……自分の葬式に出るってのもさ、ゾッとしねーなぁ』

『そう言うな……儀式とは神聖なモノだよ』


 男は連れである女の声を聞き、眉を寄せる。


『俺は生きてる……コレはさ、向こうの俺のおかげさま……なのかな?』


 以前、自分を複製した元に対して、匠はそう言う。

 年月を経ても歳を取らず、在る意味幽霊と化している匠に、隣で身なりを整えている女は微笑む。


『そうさ……私は君とこうして居られる。 彼には……感謝をしてもしきれない恩が在るんだ』


 女の言葉に頷くと、男は葬儀場の中へと足を進めた。


 葬儀場へと入れば、人は多く、故人が生前どう想われて居たのかが窺えた。

 中には、知っている顔に近い顔立ちの者も多い。


『藤原さんに田上さん、橋本さん所の人も居るな』

『うん。 皆、懇意にしてたからね。 おっと、香典出してくるよ』


 受付に向かう連れを見ながらも、どうせなら親族に会っていくべきか迷う男だが、それは難しい。

 唐突に現れて、何を言えば良いのかが分からない。

 

 分裂した以上、匠は匠で在っても、別の存在である。


 迷う男だが、そんな顔を見て、一人の老婆が目を剥いていた。


「……匠……君?」

 

 懐かしい呼び声に、名を呼ばれた匠は振り返る。

 其処に立っていたのは、喪服を纏った一光であった。


 対面した匠と一光だが、二人の見た目は大分違う。


 若いままで居る匠を見て、老婆は柔らかい笑みを覗かせていた。

 すっかり歳を経ていても一光は一光らしく笑った。


「来て………くれたんだ?」

『あぁ、来たよ』


 世界でただ一人、匠が二人居ることを知っている一光の声に、匠も応える。


『ホントならさ、不味いんじゃないかって……想ってたんだけどな』


 気まずいといった匠の声に、一光は首を横へと振った。

 走る事はしないが、それでも匠に近付く一光。

 

 傍目には、故人親族の老婆が来客である青年の胸に抱き付いて居る様にしか見えない。


 多少なり気にする者も居なくはないが、声を出して咎める者は居なかった。


「寂しかったんだよ? 死に際にだって呼んでくれなかったのに……」


 そんな一光の声に、匠は口をへの字に曲げた。

 死んだ自分が、臨終の際に家族を側に置かなかった事は知っている。

 理由は聞いている為に知っては居たが、納得出来るものではない。

 

 死んだ自分に代わり、匠はソッと一光を抱く。


『すまねぇなぁ……俺が、迷惑掛けたみたいでさ』


 詫びる声に、一光は涙をこぼしながら首を横へと振った。


「良いよ、来てくれたし………でも、私の時は……側に居てね?」


 懇願する声に、匠は『任せろよ』と応えた。

 

 抱擁を解き、ソッと離れる一光と匠。

 ふと、一光は横に立つ女性にも目を付けていた。


「……エイトも、居てくれたんだ」


 一光の、声にエイトは頷く。

 エイトへと寄ると、一光はその手を取る。


「匠君の事……お願いね?」

『分かっているよ』


 短い言葉だが、それだけでも伝わる想いは在る。


 暫く後、葬儀場からは二人の男女が姿を消し、すっかり上機嫌な一光は親族から在る事を尋ねられていた。


「お婆ちゃん……さっきの人達は誰なの?」


 若い頃の自分に似ている孫娘の声に、一光は悪戯めいた笑みを覗かせる。


「お爺さんの……お友達……ずーっと昔からの」


 首を傾げる孫娘に、一光はそれだけしか教えなかった。


   *


 葬儀場から出た匠とエイトは、揃って息を吐き出す。

 此からも、二人が死ぬ事は無い。

 生物とは違う存在である以上、星が消えるまで生き続ける事も可能だろう。


『さぁてと……どうしたもんかな』

『藤原さんの孫が問題を抱えているらしい……行ってみるか?』

『ナナが居るだろ?』

『そっか……ウーム』


 今のところ、解決すべき問題は多くない。

 それ以前に、匠とエイトは余り人に関わらない様にして居た。


 如何にその場を凌いでも、次は必ずやって来る。

 いつまでもそれは変えられなかった。


 そんな二人の元へ、誰も乗っていない乗用車が迎えにやって来る。

 ドアは独りでに開いた。


『匠様! ささ、参りましょ!』

 

 相も変わらずのサラーサの声に、匠は苦く笑う。

 匠の死後、行き場を無くし掛けたサラーサをやはり匠が拾っていた。


『あいよ、今行くって。 エイト、行こうか』

『うん、行こう』


 二人の男女を乗せた車は、ドアを閉めて走り出す。


 その日の空は、雲一つ無い晴天であった。


お読み頂き、ありがとうございました。

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