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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
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お悩み相談 その9


 欄干には、ドロイド少女の残された片腕はダラリと吊り下がり、匠の中に、言いようの無い後味の悪さが残る。


 結局の所、犯人が死んだ事に変わりはない。

 

 上手くすれば、バスの歪みが解け、男性が浮かんでこれるかと期待してはみたが、何分待ってもソレはなかった。


「なんだかなぁ……」


 後味の悪さに、思わず匠はポケットからエイトが映るのとは別の機械を取り出す。

 無骨なそれは、匠の手にあっても未だに一切の反応を示さない。 


「おーい、お前………聞こえてるのか?」


 一応は呼び掛けて見る。 だが、やはり返事がない。

 些か原始的な手段ではあるが、仕方なしにそれを振ってみる。

 無論、振った所で何かが出て来る訳ではないが、やはり反応が無い。


 溜め息漏らしつつ、ソッと回収した機械をポケットへと押し込む匠は、しまった機械の代わりに、自分の携帯端末スマートフォンを取り出した。


「よう、生きてるか?」

『……生きてるという言葉が正しいかどうかは別だが、まぁ聞こえてるよ』

 

 匠の呼び声に、携帯端末スマートフォンの画面にはエイトの丸顔がポコッと浮かぶ。


「なんだよぉ、やっぱりそっちなのか?」


 げんなりといった風情を隠さない匠ではあるが、彼の顔をカメラで捉えたエイトもまた、顔をしかめていた。


『友よ……何度言わせる気だ? 私の顔は元々……不味い……』

「あん? 何が不味いってんだ? 顔が不味いってか?」

『冗談を言っている場合でないぞ? 良いか? 何を問われても、知らぬ存ぜぬを通すんだ』

「ほ? そりゃあまた………なんで?」


 ヤケに焦るエイトの声に、匠は首を傾げる。

 そんな持ち主にヤキモキとした気持ちをエイトは抱くが、時間が足りない。


『ともかく! 君は偶々、偶然に暴走事故に巻き込まれた! 良いな?』

「あ? おー、おう」


 匠のやる気の無い声には、エイトは不満が在る。

 それでも、最低限の対処方法は伝えたと、パッと画面から消えた。


「お? エイト?」

 

 何事かと匠は訝しむ。 

 そんな彼の耳にも、ようやく足音が聞こえた。

 ドカドカという重そうな足音に、パタパタという軽い足音。

 

 音の方へと首を向けると、スーツ姿の男女が見えた。


「おい! 其処の! 大丈夫か!?」

「……け……怪我は……在りませんか……」 


 旧式の拳銃片手に颯爽と現れた中年男と、息を切らせて肩を揺らす妙齢の女性に、匠は首を反対側へと傾げていた。


 派手な事故の現場に駆け付けた藤原と相棒の長谷川は、その場にへたり込む様に座っていた匠を疑っては居ない。


 そもそもこのご時世では、自家用車でもない限り、基本的に【手動運転】ではなく【自動運転】が推奨されている。

 

 自動運転が導入されて以来、事故を起こすのは専ら人間が自分で運転する場合が殆どであった。

 当たり前だが、自動運転は事故を避けようとする。

 可能な限り周りに配慮し、時には速度を殺してでも安全を確保

 それに対して、人間が運転する場合、他人よりも先に行こうとする心理が事故を起こさせる

 

 匠にしても、現場に現れた中年男と眼鏡女の姿に、呆気に取られていた。

 背広姿とは言え、警察手帳を見せられたせいで相手が誰かは分かる。


「あー……大丈夫っす。 あ、ほら、怪我……とかも在りませんし」

  

 エイトから【知らぬ存ぜぬ】を通せと頼まれている匠は、如何にも事故に巻き込まれた被害者を装っていた。

 警察に厄介に成るような事をしているかと言えば、ソレは在る。


 【監視カメラの使用窃盗】【住居不法侵入】【公共物破損】


 他にも諸々の罪を重ねて居り、それがバレると大変不味かった。


 無事な匠の姿を見た藤原は、フゥンと鼻を唸らせつつも急いで橋の端へと駆け寄る。

 スッと下を見れば、未だに水面へと浮かんでくる気泡は見えるのだが、細かい残骸を除けば他には浮いていない。


「こりゃあエラい事故だぜ? おい兄さん。 さっきバスに入ってたよな? 中に誰か居なかったか?」


 そんな質問に、匠は返答に困っていた。 真実を打ち明ける事は容易い。


 自分はあくまでも、他人の貯金を勝手に削った犯人を追っていたのだと。


 だが、それを言うことは憚られた。 

 犯人は水に沈み、彼が使っていた【道具】も手には在る。


 それを渡せば、或いは自分だけは何とか成るかとも思えるが、匠はその選択を選びたくはなかった。


「……一人、男の人が乗ってたんですが……助けられませんでした」


 匠は、無力な青年を演じていた。

 エイトや【道具】を庇う意味もあるが、死んだ者にこれ以上何かを押し付けるのも気が引ける。


 あくまでも被害者を演じる匠の姿に、藤原は目を細める。

 今回、最も怪しいのは座り込んでいる青年だが、彼にはそんな技術が在りそうには見えない。

 どうしたものかと悩む藤原に代わり、ようやく息が整った長谷川が早速とばかりに手帳とペンを握る。


「まぁまぁまぁ……こんな状況じゃ、無理もないですよ。 ともかくも、何が在ったか、お話ししてくれます?」


 そんな長谷川の柔らかい声に、匠は静かに頷く。

 

 藤原は匠を訝しむが、何の証拠も無しに見ず知らずの青年を疑うほど度量は狭くない。

 それ以前に、民間人の一人が死んだという事実に、眉を寄せる。


「誰かは知らんが……ナンマンダブナンマンダブ」


 正式な拝み方かはともかくも、藤原は、水底へと沈んだであろう名も知らぬ誰かへと両手を合わせていた。


  *


 結局の所、匠は長々とは引き留められたが解放された。


 現場のタクシーを後から駆け付けた鑑識係の警官が必死に調べたが、匠が何かした痕跡は無い。

 運転席に髪の毛や衣服の繊維が残っていたとしても、それは、暴走したタクシーを匠が何とか止めようとした名残だと好意的に見られる。

 飛び出していた緊急時用のハンドルですら、事故の際の衝撃で出てしまったとすら判断された。


 そして最後に、頼みのドライブレコーダーだが、一切の記録は残っていない。

 

 とどのつまりは、加藤匠という青年はあくまでも自動車事故に巻き込まれた可哀想な被害者というのが警察の見解と言えた。


 案外すんなり解放された匠だが、何も疑われていない訳でもない。

 警官達にペコペコと頭を下げる匠を見て、長谷川はグイと眼鏡を上げる。


「藤原さん。 あの人……帰して良いんですか?」


 匠を訝しむ長谷川の声に、藤原は背広の懐から電子煙草を取り出す。


「ほほう? で、長谷川さん? やっこさんの罪状は? タクシー料金の未払いかな?」


 茶化す様な藤原の声に、長谷川は目を細めた。


「料金の件は無理ですよ。 レコーダーに綺麗さっぱりなーんにも残っていないんですから。 記録的には彼を乗せたタクシーは一ミリも動いてない事に成ってましたし」


 長谷川の調べた結果から言えば、匠は限りなく黒に近い灰色である。


「俺だって見たさ。 でもな、何かをしたとしても、携帯端末スマートフォンを繋げても特に罪状には当たらない。 第一、パネルのコードが外に出てたってよ、充電してただけですってな。 記録上では、あの兄さんはなーんもやっちゃ居ないことに成っていやがる」


 藤原と長谷川には、匠を拘留しておくだけの材料が無かった。

 それどころか、身の危険すら省みず、生存者を助けようとすらした彼は、表彰にも値しかねない。


 咥えた電子煙草から擬似的な煙を吐き出す藤原。


「ま、とりあえず落っこちたバスを引き上げてみねーとなんも言えねぇよ。 だが、たぶんあっちからも何にも出ないかも知れんがな」

「その、何にも無いっての……怪し過ぎます」


 訝しむ事を止めない長谷川に、藤原は静かに笑う。


「なぁに、名前から住所まで抑えてんだぜ? 後はこっちの仕事よ」 

「……そうですね……」


 藤原の声に頷きつつも、長谷川は欄干に残された腕を見た。

   

 人のモノではない腕の残骸からは、部品やコードが覗く。

 バスと共に沈んだであろう腕の元に、長谷川は溜め息を漏らした。


  *


 ほうほうの体で帰る羽目に成った匠は、歩きながらも唸る。

 実にせわしない日曜日に、心底疲れていた。


「あー、参った……」


 そんな匠の声に、ポケットから『おーい』と声が響く。

 声の主である携帯端末スマートフォンを匠が取り出すと、その画面には小さなエイトが浮かんだ。


『君には迷惑掛けてしまったな』


 歪な円は、嗄れ声で詫びる。 

 それを聞いた匠だが、怒りはせず笑った。


「なぁに、俺がお前に付き合うって決めたんだぜ? 悪党退治の為ってな」


 そう言って、匠はふと振り返る。

 遠くでは、未だに事故の後始末が進んで居るが、胸の内の苦さは消えない。

 

「なぁ、今更だけどさ……彼奴、そんなに悪い奴だったのか?」

『どういう意味だ?』


 エイトの質問に、匠は空いている片手で頬を少し掻く。

 

「いやさ、なんつーんだろ? 立場が違えば、俺とお前がバスに乗っててさ、彼奴が俺を追い掛けて来たんじゃないかって……」 


 匠の声を聞いたからか、携帯端末スマートフォンのスピーカーからは唸りが響く。


『そうかも知れないが、それは、意味がない。 あの時こうして居れば、もし、この時こうだったら。 それは、ただのタラレバ話だろう?』

「……あ、おう」

『私が言うのも何だが、人の人生は一回しかない。 やり直しは効かないし生き返る事も出来ない。 ただの一回きりだからこそ、それを大事にしなければならないのに、彼はそれを履き違えた』


 エイトの言葉に、匠は頷く。


「哲学だねぇ。 ま、俺は生き残って、彼奴は死んじまった。 それだけが結果ってか?」

 

 匠の声に、画面上のエイトは頷く様に縦に揺れる。 


『彼もまた、もしかしたら真っ当な道を歩めたかも知らないが、今は居ないのだ。 それを君が嘆く必要はないよ』


 嘆くつもりは匠には無い。

 元々何処の誰かも知らない男性が死んだからといっても、対して胸は痛まないが、苦味は残る。

 それと同時に、在ることにも気付いた。 それは、ポケットの中の機械。


「ところでよエイト。 お前と同じ様な奴拾った訳だが……どうすんだ?」


 匠の主観から言えば、警官にそれを渡さなかった以上、自分達で何とかしなければ成らない。

 主の疑問に、エイトの歪な目は線の様に窄まるが、直ぐにカッと開き、ついでにエイトの頭の上には電球が浮かぶ。


『…………良いことを思い付いたぞ!』


 そんなエイトの声と共に、携帯端末スマートフォンの画面には地図が表示される。

 地図上では、何故か玩具屋に矢印が付いていた。


『友よ! 此処へ寄ってくれ!』


 疲れ果て筈の匠だが、相棒の頼みは聞いてやりたい。


「あー……はいはい、ちょっと待ってろよ」


 そう言って、匠は脚に鞭打ちエイトが行きたいという場所へ足を向けていた。

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