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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
ゼロ
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空っぽの島へ その15


 匠と一光が乗せられているハイヤーは、バビロンの指折りの車と言える。

 広い室内空間に、マッサージと保温まで付いた快適なシート。

 他にも、車内とは思えない程にバーや画面などが設置され、それだけでも移動するホテルと言えなくもない。


 だが、そんな豪華な車にも関わらず、乗っている匠と一光の顔は浮かない。


 何せエイトとサラーサを拉致した相手の好意など、とてもではないが受け取る気には成れなかった。


 ふと、一光は在ること思い付き、こっそりと匠の手の甲を指で叩く。

 叩かれた匠も、眼だけを動かし、一光を見た。


「……助け、呼べるかな?」


 一光はそう言うと、背中から下ろして抱えるザックをポンポンと叩く。

 彼女の提案は、匠に取っても妙案と言えた。


 一人で駄目なら二人、二人が駄目なら三人。 

 いざという時、助けてくれそうな伝手を匠は持っていた。


「……呼ぼう。 おい、熊」


 匠の呼び掛けに、ザックからノインが顔を出す。


『はい?』


 そんな声と共に、熊のつぶらな瞳が匠を捉える。

 

「悪いんだけどさ………呼べるだけで良いから、誰か呼べるかな?」

 

 問い掛けられたノインにしても、状況は概ね理解していた。

 どういう理屈でエイトとサラーサの気配が絶たれたのかは分からない。

 それでも、他の同族の気配は掴んでいる。

 無論、運転手であるワンの気配もノインは掴んでいた。


『少しお時間を……』


 ワンの内面はノインですら読めない。

 人が他人の心を見透かせない様に、ノインもソレは無理だった。 

 ともかくも、他の同族に連絡をする為に、子熊は目を瞑る。


 傍目には小さな子熊で在ろうとも、その力は大きい。

 人の眼には見えずとも、ノインを中心に糸が広がる。

 無論、それはワンには分かっていた。


『もう直ぐ着きますので、もう少々お待ちください。 此方としましても、お客様は多い方が賑やかで喜ばしいので』


 運転手の低い声に、匠と一光は寒気を覚えた。

 目を剥き、口を横へ引き結ぶ。

 直接的な害を受けては居ないが、僅かなりとも恐怖すら覚えた。


 何も言えない二人を乗せたハイヤーは、ゆったりと在る場所へ向かう。

 其処は、バビロンでも入れる者が制限されている区画であった。


   *


 常夏の楽園といった見た目とは違い、車は一路、殺風景な場所を走る。

 目立つ建物も無くなるが、まだ開発中なのか、造りかけの建物も在った。


「なぁ、聞いても良いか?」


 隣に一光が居てくれるからか、匠の言葉には力が在る。

 自分達が要求に従ったとは言え、何処に連れて行かれるのかを知りたかった。


『どうぞ?』


 運転手からの声に、匠は息を吸い込む。


「俺……達を何処へ連れて行か行く気だ?」


 敢えて達と言ったのは、一光への配慮も在る。

 匠の質問に、運転手は顎をしゃくって見せた。


『なぁに、ほら。 直ぐ其処ですよ』


 ワンはそう言うのだが、匠と一光には見えない。

 ただ、目を凝らしてみれば、それは見えた。


 灯りがろくに無いせいで見えなかったが、近づけば分かる。


 建物に対して小さな赤色の灯りしかないが、それでも、建物の異様な大きさは見て取れた。


『アレが目的地です』


 そんなワンの声に、一光は言葉を失うのだが、匠は鼻で笑った。


「……はっ、景気悪いのかい? どうせならもっと明るく造れたろうに? クリスマスツリーとは言わねーけどさ、東京タワーぐらい明るくしたって良かったろうに?」


 匠の軽口を、一光は「た、匠君」と少し窘めた。

 敵に対して怒らせる様な発言は不味いと一光は思うが、匠は怒っている。

 抑えてこそ居るが、別に怒りが消えた訳でもない。

 

 そんな匠の声に、ワンは目を丸くしていたが、直ぐに笑った。


『あぁ、申し訳御座いません。 普段は節約の為に、灯りを抑えて居るんのですよ。 殆ど人も来ませんしね』


 ワンの声は、合図でもあった。


 暗かった塔のには、下から次々に灯りが灯っていく。

 程なく、暗闇の中にパッと大きな塔が照らし出された。


「……ははぁ、こりゃあすげえや」


 全長百メートルは有りそうな塔の姿に、匠は、物珍しさからそう答える。

 元々強気な性格という訳ではない。

 それでも、軽口を叩くのは、己を鼓舞する為でもある。


 どの道、勝てるか負けるかだけで言えば、勝てる筈も無い。

 だとしても、隣で不安げな顔を見せる一光の気分を少しでも楽にさせてやりたいという気持ちも在った。


 匠の軽口に対して、ワンも咎めたりはしなかった。


『お喜び頂き、何よりで御座います』


 礼と言うよりも、ワンの言葉は匠に合わせている様にも聞こえた。


   *


 車は明るく照らされた塔の前に留まる。

 ドアは開き、ワンも『此処で御座います』と目的地の到着を告げた。


 とりあえず、そのままハイヤーに乗っていても事態は進展しない。

 先ずは様子見だと、匠が降りた。


「はっ、コイツは………」 


 近付くに連れ、大きさも分かっては来たが、目の前それが在ると偉容が分かる。

 ビルというには窓が余りに少なく、正に塔と形容した方が正しい。

 匠の後に続き、一光も車から降りたが、直ぐに匠に寄り添った。


 運転手であるワンも車から降りると、身形を正す。


『さ、中へどうぞ? 此処へ入れる人間は、そう多く在りませんから』

 

 やんわりと中へ導くワン。 

 匠は、息を吸い込み足を前へ出すが、一光が少し引っ張っていた。

  

「待った方が良くない? ノインが呼びに行ってくれてるし……」


 不安げな一光だが、匠は、片腕を伸ばして彼女の肩を抱いた。


「大丈夫さ、もし、向こうが俺を殺る気なら、とっくに殺られてる。 てことは、たぶんだけど話しでもしたいって事だろう?」


 匠の声には、一光も頷いていた。

 もし、自分達を連れて来た運転手にせよ、塔へ招いた誰かが二人を始末する気ならば、難しい理屈は要らない。


 部屋に刺客を派遣し、消音器付きの拳銃でも渡せば良い。

 あっという間に、匠と一光は死ぬだろう。


 何の魂胆が在って招いたのかは分からない。 

 それでも、一光は歩き出す匠に合わせていた。


 塔には入り口は見えない。 

 というよりも、何処をどう見ても壁しかない。


 そんな壁の前にワンが立つ。

 腰に手を当てたまま、壁に向かって口を開いた。


開け(オープン)ゴマ(セサミ)


 在る意味、昔ながらの暗号では在るが、効果は在った。 

 壁の一部が僅かに音を発し、観音開きに開いていく。

 扉が完全に開く前に、ワンはクルッと半回転回った。


『さ、中へ………色々と御用意もして在りますから』

 

 それだけ言うと、ワンはもう一度半回転身体を回し、塔の中へと歩く。

   

 匠にしても、一光にしても、不安は強い。


「待ってろよ、エイト。 行こう、一光」

「うん……サラーサも待ってるだろうし」


 相棒を案ずる匠に、一光も同意を示す。


 三人が塔の中へと消える。 

 直ぐ後、開いていた塔の入り口は閉じてしまった。


   *


 塔の中は広いかとも思った匠だが、意外な程広さはない。

 元々窓が無いデザインのせいか、閉塞感が在った。

 

 それでも、がらんどうという訳でもない。

 塔の中は、洒落た高級クラブといった風情が在った。

 

 天井付近は明るく照らされて居るが、下に行くに連れ明かりは弱まり、敢えて薄暗さを持たせている。

 床のカーペットは厚く、ワンが革靴で歩いても音もしない。


 客席数は少ないが、一つ一つが広めに取られ、男女が酒を酌み交わす。

 そんな中、店員は走らない程度で足早に近付いてきた。


「……ようこそ、ワン様」


 店員にしても、バビロンの統治者の顔は知っている。

 

『うん、奥に客を通すから』

「はい」


 特にワンが何かをしろと言った訳ではない。

 それでも、クラブ内の店員は他の仕事を抜けてまで整列する。


 人で出来た垣根の真ん中を、ワンは歩き出し、匠と一光はそれに続く。

 此処まで遇される意味も分からない匠だが、何よりも戸惑わせるのは他の客達の眼であった。


 蔑んだ様子は無く、寧ろ羨望の眼差しを匠と一光へ投げ掛ける。


 クラブを抜けた所で、ようやく匠と一光は息を吐いていた。


「何なんだ?」

「私達、別に俳優でも何でもないのにね」


 疑問を吐き出す二人に、前を行くワンは軽く笑う。


『あぁ、あのクラブに入る事が許可されてるのは一部のVIPだけですからね。 皆様上客ですから。 ですが、更に奥となると、もっと上の人物でなければ本来入れません。 一種のスタイタスを付加価値として与える。 ま、ただの気分的なモノなのですが』

 

 ワンの声に、匠は先ほどのクラブは隠れ蓑なのだと悟った。 

 敢えて普通の人では入れないクラブなのだと印象付ける。

 それだけで、他の事は誤魔化すのは可能だ。


 広く薄暗い廊下を抜けると、ポツンとエレベーターが見える。

 其処で、ワンは壁に寄り、手でどうぞと道を譲って見せた。


『申し訳ないのですが、彼方のエレベーターにお乗りください』


 ワンの声に、匠は眼を細めた。


「あんたは………来ないのかい?」

『私は此処までです。 此処から先は入れる者が特に制限されているので』

 

 匠の疑問は尽きないが、エレベーターのドアは勝手に開いた。

 まるで匠を招いている様にも見える。

 帰り道は在るが、このまま帰っては意味が無い。

 覚悟を決めて、匠は一光の手を引くと、開かれたドアを潜った。


 振り向けば、ワンが一礼して居るのが見える。


『どうぞ、ごゆっくりと……』


 別れを名残惜しむ様な挨拶だが、エレベーターのドアは閉じる。


「……ごゆっくりも糞も在るもんかよ」

「匠君……」


 不安げな一光の肩を、匠は少し強めに支える。

 力の加減は、匠の不安を示してもいた。


「鬼が出るか蛇が出るか……分かんねーけど、何とかするよ」

 

 匠の声は、根拠の無い自信に間違い無い。

 何処に連れて行かれるのかすら分からないのだ。

 それでも、一光はソッと匠へ寄り添う。


「ちょっとは信用してるからね」

「……ちょっとなの? 参ったなぁ……」


 一光の声に、匠の気分も少しは軽くなっていた。  

 

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