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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
ゼロ
131/142

空っぽの島へ その14


「なんだ………こりゃ?」


 便せんの内容に関して言えば、冗談としか思えない。


 何故なら、物理的にエイトを閉じ込めるという事は人類は不可能である。

 元々身体は無く、在るのは意識のみ。


 未だに幽霊というモノが捕獲されていない様に、ソレと同じ様な存在であるエイトとサラーサを捕まえるという事は先ず無理であった。


 だが、未だに二人が菅谷見せないという事実が、便せんの中身に信憑性を与える。

 どの様な方法にせよ、二人が何者かに捕まった事を示していた。


「……くっそ……」


 高級なシャンパンだろうが気にせず、乗った瓶ごとトレイを放り出した匠は、一光が居る部屋のドアに手を掛けていた。 


  *


 バンと派手な音を立てて部屋のドアが開かれる。

 

「……きゃ……て、匠君?」

 

 思わず悲鳴を上げ掛けた一光ではあるが、待ち人の真剣な顔に胸を手で抑え、小熊は慌ててザックに身を隠す。


 バスローブ姿の一光は髪は艶を増し、肌も上気し僅かに覗く胸元が悩ましい姿だが、今の匠はそれに気付く余裕が無い。


 手に持ったビニール袋を床へ放り出すと、肩をいからせる。


「……くっそ」

「ち、ちょっと……どしたの?」


 唐突に悪態を吐き、妙に苛立つ匠に、一光は心配そうな声を掛けるのだが、匠は、何も言わず握り締めていた便せんを差し出す。 

 余程強い力で握られたせいか、便せんはすっかりクシャクシャに潰れて居たが、少し伸ばせば読めなくはない。


「………嘘、何これ?」


 文面を読んだ一光も、思わず口を手で抑えていた。 

 チラリと目を上げ、匠を窺えば、辛そうな顔が見て取れる。


 顔をしかめていた匠は、急に苦く笑った。


「……変だな変だなぁとは、想ってたんだよ。 彼奴等、ホントなら捕まる筈も無い。 とっとと近くに居るんじゃないかって……」

    

 辛そうな匠に、一光は便せんを放り出した。

 ベッドから立ち上がり、匠を支える様に抱く。

 細い腕に、匠は少しだけ頭から血が下がる。


「一光……」

「どうするの?」


 真摯な声に匠も思案をする。

  

 エイトとサラーサを捕まえる程の相手を向こうに回し、自分に何が出来るのかと。

 通報する事も出来るが、意味が無い。

 そもそも二人に戸籍は存在せず、現実に居る人間ではないからだ。

 そんな人間を探してくれと頼んだ所で、請け負ってくれる保証は無い。


 ましてや、相手はバビロンの従業員にわざわざ招待状を渡せる人物である。


「……午後の、六時……だよな?」


 確認する様な匠に、一光は「うん」と頷く。


 二人揃ってチラリと部屋に備え付けの時計を見る。

 短針は午後四時の辺りであり、予定の時間まではまだ間が在った。 


 とはいえ、こんな時では二人共その気も起きない。


「着替えるね……これじゃあ、流石に行けないから」 

 

 一光の恥ずかしそうな声に、匠はようやく彼女の格好に気付いた。

 よくよく見れば、今の一光は実に扇情的である。

 匠は唾を飲み込むのだが、そんな匠を軽く指先で突っつく。


「ね、着替えるんだけど?」 


 そんな声に、匠はハッとして居た。


「あ、悪い……」


 慌ててバスルームなりトイレへ駆け込もうかとする匠に、一光は微笑む。

 

「……見てたって良いのにね……でも、匠君らしいのかな」


 ぼそりとそう呟くと、荷物から適当な衣服を探し始めた。


  *


 一光に遠慮し、バスルーム前の脱衣場に駆け込んだ匠。

 脱衣場とは名ばかりで其処は広く、洗面所も併設されている。

 ふと、匠は在るモノを見つけた。


 風呂に入って居た以上、脱いだモノは残される。

 洗面台の天板は広く、其処には一光が脱いだ衣服が残されていた。

 ソレを見て、匠は首を横へ振る。


「馬鹿だよなぁ俺って……相棒があぶねーってのにさぁ」

 

 ほんの一瞬とは言え、匠は一光の裸体を想像していた。

 そんな時ではないと分かっていても、先程までソレばかりを考えて居た事に変わりは無い。 

  

 グッと身体を回し、洗面台へと向かうと、蛇口を捻り水を出す。

 匠は、冷たい水で顔をガシガシと洗い始めた。

 肌から伝わる冷水の冷たさは、匠の頭を少しは冷やしてくれる。


 息を吐き出し、水を止めると、備え付けのタオルを手に取った。

 

 まだ顔には水滴が残されて居たが、見えない訳ではない。

 タオルには、丁寧に凹凸で文字が記され【Babylon】と読める。

 

 クリーニングはしっかりと施され、清潔なタオルには間違いない。

 それでも、匠はソレを投げていた。

 敵だと確定した訳ではない。 だが、ソレを使うのは躊躇われた。

 自分のシャツで顔を拭うと、匠は一光の合図を待つ。


 いきなり脱衣場を出て、着替えを覗く様な真似はしたくない。


 一光の肌に興味が無い訳ではないが、今はエイトとサラーサの事が匠の頭を占めていた。


 想像したところで、どうやって二人を抑えたのかが分からない。

 途方もない力の持ち主が相手なのか、未知のテクノロジーを用いる様な相手なのか。

 どちらにしても、そんな奴が相手では何が出来るのだろうと悩む。


 そして、一番匠を悩ませるのは、わざわざ向こうが呼び出しを掛けて来た事であった。

 エイトとサラーサが欲しいのであれば、匠を呼び出す必要は無い。

 寧ろ、二人をさらうよりも匠を拉致した方が遥かに容易いと言える。


 適当に縛り付けた匠に銃を突き付け、【こうしろああしろ】と脅す。

 そうなれば、如何にエイトとて従わざるを得ない。


 だが、向こうはそれをしなかった。 それだけに、匠は寒気すら覚える。

 つまりはソレほどの事が出来る力が向こうには在るという証明に他ならない。


 唐突に、匠は肩の力を抜いた。


「……力んだって、仕方ねぇだろ」


 怒り心頭では駄目だと自分に言い聞かせる。

 下手に怒って居れば、一光に当たり散らし兼ねない。

 状況が分からない時は、焦ったり怒るよりも、落ち着く方が大事であった。


 匠が丁度落ち着いた所「着替えたよ」と声が掛かった。


  *


 脱衣場から出るなり、匠には一光の姿が目に入る。

 シャツにジーンズ、スニーカーと、見た目よりも動き易さを重視した服装に、彼女なりの配慮が見て取れた。


 せっかくの旅行なのに、問題に巻き込んでしまい、匠の中には申し訳なさが募る。


「ごめん」と声を掛けて、床に放り出していた中身入りのビニール袋を拾う。


 如何に焦って居たとは言え、一光の前で苛立ちを見せたことに変わりは無い。

 スポーツドリンクのボトルを袋から出すと、それを差し出す。


「落としちゃったけどさ……袋の中だから、汚く、ないと思うんだ」


 心底すまないといった匠の声には、一光もホッと出来た。

 緊張感故に忘れて居たが、喉が乾いて居た事を思い出す。


「………もう、飲みもの買うだけなのにさ、ちょっと遅くない?」


 悪戯めいた笑みを浮かべながら、一光は匠にそう言うと、差し出されたペットボトルを受け取り封を切る。

 ラッパ飲みで、中身を三分の一ほど飲んだ。


「……あぁ、生き返るわぁ……」


 一光の柔らかい声に、匠も釣られて笑った。


「悪かった……ちょっと混んでてさ」


 真っ赤な嘘だが、それを飲み込めない程に一光の器も小さくはない。


「いいよ、でも……」


 何とか緊張感を解そうと努める一光ではあるが、不安は無くなる訳ではない。

 そんな一光を、匠は包むように抱く。


「……匠君?」

「相棒のピンチなんだ……少しだけ、待ってくれるかい?」


 少し前まで、何をしようとして居たのかを思い出す一光は、ソッと匠を抱き返した。


「……少し、だけだからね?」

 

 口約束を交わす匠と一光だが、そんな二人を、ザックから顔を少し覗かせた小熊が見守っていた。


   *


 時間は過ぎ、時計の針は六時近くを示す。

 予定の時刻が近付くに連れ、匠と一光の話は段々と少なく成っていた。


 便せんには迎えを寄越すと在ったが、どうなると二人は小熊を抱え静かに待つ。


 程なく、部屋に備え付けられている電話が鳴った。

 一光ばビクッと震えるが、匠はそんな彼女の肩をソッと抑えて落ち着かせると、電話を取りに向かう。


 受話器を取るなり、息を吸い込み、静かに吐く。


「………はい」

『お忙しい所申し訳在りません。 加藤様のお部屋で間違いないでしょうか?』

  

 電話の相手は、実に丁寧な口調で確認してくる。

 

「はい、そうですけど」

『此方はホテルのフロントで御座います。 加藤様、ご予約のハイヤーがお待ちして居ります』


 当たり前だが、匠にはそんなモノを予約した憶えはない。

 それが向こうが寄越した迎えなのだと察する。


「すみません、今いきます」

『いえ、ごゆっくり……失礼致します』


 電話の丁寧な挨拶に、匠はソッと受話器を置いた。

 ふと、背中に暖かさを感じる。


「誰から?」 

 

 心配そうな一光の声に、匠は「迎えが来たみたいだ」と答えた。


 覚悟は出来て居たつもりだが、やはり、不安は強い。

 だからか、一光の手が背中から匠を抱き、匠もその手に自分の手を重ねる。


「行こう」

「うん」


 小さく確認し合う二人に、一光に背負われるザックから小熊が顔を出す。


『御安心めされい! 僕が付いています!』


 自信満々といった小熊の声に、二人の不安も少しは晴れた。


   *


 エレベーターを降り、ホテルの広いロビーにたどり着いた匠は、一光の手を引いて真っ直ぐに大きな出入り口を目指す。

 不安は無くなった訳ではない。

 だとしても、相棒と隣人を見捨てたくはない。


 ホテルマンの一礼を受けつつ、ホテルの外へ出る。

 日が落ちたせいか、若干涼しい風が匠と一光を撫でた。

 

 電話での話に嘘は無く、道路には一台のハイヤー。

 大仰なボディに、外観こそ派手な装飾は無い。

 そんな車のドアが、ゆったりと独りでに開いた。

 

 特に声は掛けられては居なくとも【乗れ】と言われている様にも感じる。


 意を決し、匠は一光を伴ってハイヤーへと乗り込んだ。


 大仰な見た目通り、室内は広いのだが、余計な椅子は取り払われ空間が確保されている。


『どうぞ、腰を下ろしてください』

 

 そんな声には、匠は聞き覚えが在る。

 眼を細め、ルームミラーを窺えば、運転手は匠に便せんとシャンパンを届けにきた壮年の男であった。


「……あんた」


 訝しむ匠に対して、運転手はスッと少し頭を下げる。

 

『それほど御時間は取りません。 直ぐに到着するので、どうぞ座ってお待ちください』


 誘拐犯の一味にしては、慇懃な態度に、匠と一光は従った。

 逆上し、運転手に詰め寄る様な真似はしない。

 意外にも二人が大人しく座ったからか、運転手であるワンは笑う。


『お飲み物はご自由にどうぞ……ですが、向こうでも軽いお食事を御用意しているので、余り飲み過ぎない事をお勧めします』


 そう言うと、ワンは車を操作し始める。

 普段とは違う仕事に、面白みを感じていた。

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