空っぽの島へ その10
自分と同じ飛行機に乗った以上、エイトとサラーサの到着は同時であると匠は疑わない。
それに間違いは無いが、そんな二人が自分を遠くから見ている事には気付けなかった。
二人を案ずる匠ではあるが、ふと、隣に居る一光が静かな事にも気付く。
何か在ったのかと、チラリと窺うと一光は手にチケットを持ったまま唇を少し横に伸ばしていた。
「あれ? 一光さん?」
ほんの少し前までは、はしゃいで居た彼女が急に静かに成った事を匠心配するが、一光はチケット目を落としたまま、口を開く。
「……やっぱりさ、寂しい?」
「へ?」
「匠君さ、ずーっとエイトと一緒だったよね?」
「うん、まぁね」
匠の声に、一光は落としていた頭を上げた。
ただ、その目は匠ではなく遠く広がるバビロンを見ている。
「私はさ、楽しいんだよ」
「うん」
「なんて言うかね、こんな所に来るのも初めてだし、あのブランドショップも楽しかったよ? まぁ、モノは買えなかったけどさ……」
実際には小さい品程度なら買えたのだが、小物の二、三品を買っても仕方ないだろうと二人は手を出して居ない。
だとしても、楽しかったという一光の言葉に嘘は無かった。
買えなくとも、二人で巡り一喜一憂する。
それが一光にとっては楽しかったのだ。
「匠君は?」
「……俺?」
「楽しかった?」
一光の質問に、匠は「うん、結構ね」と苦く笑う。
下手にサラーサが近くに居たならば、アレもこれも買えたかも知れないが、それは何か違う考えた。
無論、ショップ街の名前通り予算を気にせず王様と女王の如く振る舞えばそれは楽しいかも知れないが、匠はそれを求めて居ない。
「こう言ったらさ、覇気が無いって怒られるかも知れないけど……」
「うん」
匠の声に、今度は一光が聞き役に回る。
「……別にさ、俺は……買えなくても良いんだよね」
「う、ううん」
少し悩む様に鼻を鳴らす一光に、匠は苦く笑う。
「まぁ、やっぱりほら、彼処に行ける人達みたいにあれこれってポンポン買ってやれれば良いんだけどさ……それやったら、あっという間にスッカラカンだからね。 でも……」
「……でも?」
「一光と居られるのは楽しいよ? 嘘じゃない」
一光はハッとした様に顔を上げ、匠の顔を見る。
すると、匠もまた一光の方をジッと見ていた。
数秒間ほどお見合い状態だったが、一光はすっと目を落とす。
直接的な言葉を貰えた訳ではない。
それでも、一光はホッとした様な気がした。
「なんか………うん、そうだね。 私はさ、匠君はエイトの事が好きなんだと想ってたから」
何かを打ち明ける様な一光に、匠の鼻も唸った。
エイトが好きかと問われれば、そうだと答える事は出来る。
だが、果たしてそれが男女のそれかどうかと問われると答えるのは難しい。
匠に取って、エイトは相棒であり、仲の良い友である。
人生の伴侶かと言われると、ソレとはまた違う。
それを超えた仲であり、互いに想い合っていた。
「彼奴は、なんて言えば良いかな……ただの友達って云うわけじゃなくて……」
「いいよ、言わなくて」
「え?」
「だってさ、別にエイトって人の格好してなくても良いんでしょ?」
言われてみれば間違いではない。
エイト達の本体は幽霊の様なモノであり、何に入るかで見た目が決まる。
スマートフォンならばスマートフォン、小熊ならば小熊、人型ならば人型。
つまり、何に入るかで姿は変わる。
だが、一光は違う。 人であり、女性である。
「もしさ……この先も、楽しいと想うんだ。 ちょっと煩いサラーサとか、説教好きなエイトとかさ、賑やかだと思わない?」
そんな声に、匠は未来に想いを馳せる。
多少は騒がしく、慌ただしさも在るかも知れないが、賑やかな未来。
それも悪くないと想えた。
「うん、なんだか騒がしく成りそうかな?」
「良いじゃない、楽しそうで。 鬱々してるよりも、よっぽど気が楽だよ。 あーあ、また煩いなぁってね」
朗らかな空気に、匠と一光の手が近付く。
それは、スッと触れあっていた。
だが、何を想ったのか一光の背負うザックから小熊が半身覗かせる。
『酷い! 僕は置き去りですか!?』
一応は一光を立て、匠を応援団するつもりであったノインだが、会話の中に自分の名が出ないからか、はたまた、放置に飽きたのかたまらず顔を見せた。
「あ、あー……すまんすまん、お前も居たんだよな、熊」
「ごめん。 いやー、だってさ、ノインは別にずっと居るでしょ? 」
詫びる匠に、殆どずっと一緒にいる一光からすれば衣服程に小熊は身近な存在である。
『あんまりです! 必死にお仕えして来ましたのにぃ……』
今にも泣き出しそうな小熊に、匠はソッと空いている片手を伸ばす。
一光も、体を傾けて匠を手伝っていた。
「悪かったって………怒るなよ熊」
匠の膝にポンと置かれたノインだが、頬に手を当てままフンフンと鼻を鳴らす。
「ごめんごめん、謝ってるでしょ? ね? 期限直してさ」
一光もまた、空いている片手で小熊を撫でる。
ノインに詫びる匠と一光だが、その手は離れなかった。
「とりあえずさ、何か食べに行かない?」
「ん?」
「かき氷食べたらさ……なんか、余計お腹減っちゃて」
「あー、うん。 チケットは後でも良いから、とりあえず軽いモノでも見て回ろうか?」
軽い話し合いを終え、匠は小熊をヒョイと持ち上げると一光のザックへ戻す。
二人から詫びを貰ったからか、ノインからは特に文句は無い。
「行こうか?」
「ん、行きましょう」
バビロンに来る前、匠と一光の距離は少し離れていたが、今は肩が触れ合う程に近く、その手は重ねられている。
「じゃ、かき氷頑張ってください」
「ごちそうさまでした」
二人の声に、ゼクスは軽く手を振って二人を見送った。
*
匠と一光が遅めのランチを取ろうと歩く中、別の場所でも二人組が歩いていた。
エイトは二人の邪魔をする事を嫌がったが、サラーサには関係が無い。
『な、なぁ、止さないか?』
『何言ってんですか? あんな遠くから監視してて、もし何か在ったら急には対処出来ませんよ? 近くに行かなくては、近くに』
サラーサにはエイトの様な嫉妬は無く、ただ単純に匠の身を案じ手居るだけである。
だが、エイトからすれば一光の邪魔はしたくない。
『まぁ、それは困るが……』
事実、以前にも匠が倒れるのを間近で見ていた事はエイトに取っては苦い記憶である。
『じゃあ良いじゃないですか。 何もわざわざ接近して、こんにちは~とは言いませんよ。 コソコソしながら見守れば良いのです!』
行動に躊躇が無いサラーサはエイトにとって厄介な種でもある。
しかしながら、この場に連れて来て貰った事に変わりは無い。
である以上、強気に出ると言うのも気が引けていた。
急ぐサラーサと困るエイト。 だが、唐突に道が塞がれる。
「こんにちは、あの、お暇ですか?」
そんな声に、エイトはまたかと顔をしかめた。
何回目なのかは数えて居ないが、エイトとサラーサはよく声を掛けられる。
と言うのも、二人は頓着をして居ないが、傍目には美麗な姉妹に見えなくもない。
それなりに着飾った妙齢の女性と小柄な少女は、在る意味魅力的ですら在る。
しかしながら、今は場と空気が悪かった。
もし普段通りならば、サラーサの対応は柔らかいモノだったかも知れない。
だが、今のサラーサは焦っている。
人への配慮は宇宙の彼方へすっ飛んでいた。
『………邪魔だ、退け』
そう言うのは、小柄ながらも能面の様な冷たい顔と声のサラーサ。
単純明快な言葉に、声を掛けて来た男は青い顔で慌てて二人に道を譲った。
道が空けば、またズンズンと進むサラーサ。
それに対して、エイトはすまなそうな顔で男の横を抜ける。
『なぁサラーサ。 もう少し柔らかい対応は出来ないのか? 声は掛けられたが別に何かされた訳でも在るまい?』
自分が大人らしい格好して居るからか、思わずサラーサを咎めるエイト。
そんな声に、少女の足は止まった。
匠との距離はまだ遠いのだが、今の言葉は聞き捨て成らないモノがある。
『だったら貴方が付き合ってやれば宜しいのでは?』
突き放す様なサラーサに、エイトは少し呻く。
『私は匠様を案じて居るんです。 だから急いで居ます。 こうしている事自体、本来なら時間の無駄なのですがね、敢えて時間を割いてます。 その上でお聞きしますがね、エイト』
まくし立てるサラーサの声に、エイトは小さく『何だ?』と返す。
『結局、貴方はどうしたいんです? さっきははぐらかした事はどうでも良いですが、貴方は何をしたいんですか?』
何をしたいのかと問われると、エイトの答えは一つしかない。
元々エイト達には明確が目的は無かった。
生き物の本来の目的は、自己の遺伝子を後生に残すことである。
他の事に関して言えば、生きていく上で必要なら行うだけだ。
個体として生きるのが難しい生き物は群れを為し、巣が必要ならソレを作り、生きる為なら他者に寄生もする。
だが、エイト達にそれらは必要無かった。
自分を存在させ続ける為ならば、少量の電源と小さい入れ物さえ在れば良い。
それさえ在れば、自己を保存し続ける事は出来る。
それでも、匠の側から離れたくないのは理由が在った。
孤独感はエイト達にも在り、それは身を切る程に辛い。
具体的な痛みが在るわけではないのだが、恐怖ですらあった。
それを緩和し、誤魔化す方法は在る。
何かに没頭するか、誰かに寄り添えば良い。
以前には銃器の販売に没頭していたサラーサは、今では匠の側に居たがった。
『………前にも、貴方は隠れて居たくせにわざわざ匠様の元へ現れた。 あの時の貴方は本当に強かったと今でも思って居ます。 ですが、今の貴方は酷く矮小に見える』
傍目の体格はエイトの方が上である。
だが、今のサラーサは小柄な体格など似合わない程に大きく見えていた。
『彼の側に居たければ居れば良いじゃないですか? 何を迷うんです?』
『……それは、そうだが』
一光への遠慮は、未だにエイトを縛っている。
自分が余計な事をすれば、彼女と匠の間に水を差すのではないかと。
エイトにはエイトの意志があるが、それはサラーサにも明確に在った。
『こういうは可哀想ですけどね、私達は人には成れないんですよ? 分かっていますよね?』
サラーサは、あっさりとエイトの悩みを切り捨てていた。




