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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
ゼロ
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空っぽの島へ その9


 ゼクスは煌びやかなバビロンを空っぽなのだと語る。

 だが、それを聞いた匠からすれば、疑問であった。


 永遠の都と謡われるだけあり、バビロンには知り得る限り全てが揃っている。

 人が産まれる為の揺りかごから、人が埋まる墓までもが在るのだ。


「そっすか? 何でも在るみたいですけど?」

「うん、無いもの探す方が難しいかも」

 

 匠の声に、一光も同意を示す。

 ソレを聞いたからか、ゼクスは少しだけ横を向いた。

 牛乳瓶の底の様な分厚い眼鏡からは視線が見えないが、その隙間から、鋭い視線が僅かに覗く。


『何でも在るから、逆に見えなく成るモノもあるもんさ』

「例えば……なんです?」 

 

 匠の質問に、ゼクスはすーっと息を吸い込む様な真似をした。

 その視線の先を匠が追えば、バビロンが見渡せる。

 飛行機程見渡しは良くないかも知れないが、それでも、遠くまで広がる島や行き交う人の群れは見えていた。


『他人かなぁ……こういう言葉が在るだろう? 止まない雨は無く、明けない夜も無い。 降り積もる雪はいつか溶け、冬は去り春が訪れる。 だが、それはあくまでも自然の現象に過ぎず、人とは何の関わりもない事だろう?』


 ゼクスに何が見えているのかは匠は全ては分からない。

 

「そりゃあまぁ、そうっすけど?」


 軽い匠の声に、ゼクスは笑う。


『此処に居る、来れる者達は幸福かも知れないが、それは誰かに割を食わせて居るから出来るんだ。 人を励ます言葉は多いが、全部嘘さ。 何故なら、どの様な御題目が在っても生き残る人は多くないからだ。 産まれたは良いが親に殺される子供、虐待を受ける日々。 家族に見捨てられ、施設の隅で腐っていく。 煌びやかなこの島を輝かせるには、向こう側に数十倍数百倍の悲劇が必要だ。 誰もが奇跡を望むだろうが、それは一部の者にしか起こらない。 殆どの者は苦しい道のりの果てに足掻きながら倒れていく。 運良く、新しい土地へ行っても、それは変わらない。 決まりに縛られ、死ぬまでこき使われる。 皆が空虚な空っぽ。 だからこそ、此処は空っぽなんだよ』


 ゼクスの声に、匠と一光は少し頭を落とす。

 直接的に【お前が悪い】とは言われていないが、何かした様な気がした。

 落ち込む二人の男女に、ゼクスは軽く笑う。


『おっと……すまなかった。 楽しい旅行に水を差すつもりは無いんだ』

 

 そう言うと、ゼクスは屋台に設置されている棚からチケットを取り出し差し出す。

 差し出されたソレを、匠は受け取るが、それは食事券だった。


「………えと、これは?」

『何処でも使うと良い。 三回分だが、何をしても自由だよ』

 

 ゼクスの説明に、匠は一光にもチケットを見せる。

 チケットは一度に四人までが使用出来るとだけ在り、限度額が幾らとは書かれていない。

 ソレを見て、一光が目を細めた。


「えーと? コレは、何でも良いんですか?」

『うん? あぁ、ウチで使えば二人ならかき氷六杯分だね。 飲み物もそうだ。 それにホラ……』


 ゼクスは軽く腕を上げると、キング&クイーンに隣接する飲食店を示す。


『彼処で一回食事をするのも、同じだよ』

  

 サラッとゼクスはそう言う。

 何故なら、飲食に対して欲や興味が無いゼクスからすれば、一杯幾らのかき氷も、何万も取られるフルコースも同じである。

 それが如何に高い食材であろうが、ゼクスに頓着は無い。


 だが、傍目にも豪華な店の外観に、一光と匠は目を剥いていた。

 チケットの説明に間違いが無ければ、その店だけではなく、どんな店でも使える事になる。

 

「あの……良いんすか?」


 特に何か憶えも無く、かき氷二杯にしても貰ったモノである。

 ゼクスの好意に対して、匠は何か胸に咎めるモノか在った。


『良いんだよ。 客は歓待するものだろう?』

 

 言葉の意味は分かるが、ゼクスの意図が分からない。

 確かに、一光と匠はバビロンに来訪した客ではあるが、他にも沢山の人が歩いている。

 自分達だけが特別扱いを受けている様で、どうにも気が進まない。


 そんな匠から、一光がサッとチケットを取った。

 そのまま、丁寧に財布へしまう。

 

「貰っとこうよ」

「……いや、でもさ」

「好意を受けたら……踏みにじる事ないじゃない?」


 一光の声に、匠は頷く。

 此処で渡されたチケットを返しても、何も変わらないだけだ。

 精々が食事の回数が変わるだけであり、特に何も起こらない。


『なに、言ったろ? 知り合いよしみだってな。 それに、そろそろ来るだろう?』


 誰とは言わないが、ゼクスの声に、匠と一光は首を傾げた。


   *


 揃ってベンチに腰掛け、かき氷を持ったまま首傾げる一光と匠だが、そんな二人を見守る目も在る。


 取り分けて目立つのは、コソコソとして居るエイトとサラーサだろう。

 特に目立つ格好はして居ないが、まるで潜入工作員が如く二人は匠と一光を見ていた。


 ただ、二人の内でサラーサは不満げな顔である。


『ちょっとぉ……何だってこんな事してるんです?』


 咎めるサラーサの声に耳を傾けながらも、相棒を見守るエイト。


『……こんな事、とは?』

『あんたが今やってる事ですよぉ』


 別に双眼鏡など無くとも、エイトの高性能な眼であれば同じ事が出来る。

 数百メートル程度であればそのまま正確に観ることも可能だ。

 つまり、エイトは匠と一光を監視している様に見えなくもない。


『ストーカー行為スレスレですよ? いや、そのまんまかな? ともかく、とっとと合流しましょうよ!』


 流石にストーカーと言われたエイトは監視を止め、サラーサに向き直る。


『オイコラ! ストーカー呼ばわりとはどういう了見だ?』


 苛立つ様なエイトに、サラーサは肩を竦めた。

 

『寧ろね、どうしたいんです? この前の事忘れてないですよね? エイトは、相楽一光に匠様を任せたいと、御自分で頼んだんでしょう?』


 間違いではなく、エイトは目を伏せる。


『……そうだ』

『じゃあそれはそれで良いじゃないですか。 子作りに関してはあの相楽一光に任せて、他の事で彼の側に居れば良いじゃない? 別に女の格好をして居る必要は無いですよね? 犬でも猫でも良いんですから』 


 サラーサの声は最もだろう。

 人型に対する拘りさえ捨てれば、今すぐ匠の側に居ても違和感は無い。 

 バビロンにはわざわざ自分のペットを持ち込んで一緒に過ごす者も居り、その事自体は差ほど目新しくもなかった。


 だが、エイトはそれを選べず、同時に選びたくない。


『分かって貰えないかも知れないが……こう、胸の内に何か在るんだ。 コレが何なのかは分からないが、凄く、嫌なモノが』


 思い悩むエイトに対して、サラーサは目を丸くした。


『はぁ? なぁんだ、嫉妬してたんですか? ならそう言えば良いのに』


 以前、エイトに対して全く同じ想いを抱いていたサラーサからすれば、何を悩んで居たのかは直ぐに分かってしまう。

 言われたエイトは、目を剥いてすら居た。


『良いんですよ、別に嫉妬したって』

『……良いって……いや、それは』

『何でしちゃいけないんです? 誰かがそう命令しました? 匠様が、俺が何をしようと何も思うなとか?』


 サラーサの声に、エイトは首を横へ振った。

 匠がエイトを頼る事は在っても、何か強制された事は無い。


『いや、彼がそんな事を言ったことは無いよ』


 サラーサの首が縦に揺れる。


『でしょう? なら、どうしてしてはいけないなどと勝手に思い込むんです?』


 そう言うサラーサは、既にエイトへの嫉妬は無く、一光に対しても何ら思うところは無い。

 それ以前に、サラーサは一光に対しては特に何かを想うことも無かった。


『今は、確かに相楽一光が匠様の御側に居りますよ? ですがね、この後何か在ったらどうでしょうか?』 


 思わせ振りだが、エイトは以前にも同じ事を同じ口から聞いている。


『それに付いては、前に聞いたが………』

『じゃあ分かってる筈ですよね? 今は良いかも知れないけど、数年後には二人の関係は変わってるかも知れない。 人の気持ちなどは空模様の様に変わって行くものです』


 そう言うと、サラーサも一光の方を見た。

 匠と何かを話して居るのを見ても、距離が在る為に向こうからは気付かれる心配は無い。


『今の彼女は、恋から来るドーパミンに酔って【自分は幸せなんだ】と勝手に思い込んでるだけですよ。 でもそんなの、ただの錯覚ですけどね』


 嘲笑う様なサラーサをエイトは睨むが、少女は動じない。

 それどころか、サラーサはエイトを哀れむ様に見返した。


『何怖い顔してるんです? 口に入れた飴はいつか溶け、無くなるモノですよ? それが自然な事ですから』

『友もそうだと言いたいのか?』


 エイトの反論に、サラーサは息をクスッと吹き出す。


『いいえ。 それどころか、匠様は人を大切に出来る希有な人間でしょうね。 だからこそ、ずっと相楽一光を慕っていた様ですし。 でも、付き合って行く内に知らず知らずの内に人は反発するものです。 というか、そもそも生き物の雌雄は仲良くする様には造られて居ませんから。 それが出来るのは、お話の中だけです』 

 

 サラーサの声に、エイトは目を窄める。


『ワンの所で見たでしょう? 人の恋愛感情など、少しの操作で簡単に作り出せる錯覚です。 切欠さえあれば燃え上がるかも知れないけど、その燃料は無限には存在し得ない。 誰かがくべれば別にしてもね』

『お前は、何が言いたいんだ?』


 座っていたエイトは立ち上がった。

 身長だけならばエイトの方が高い為に、サラーサを見下ろせる。

 だが、物理的な身長差など、サラーサは歯牙にも掛けていない。


『相も変わらず人間臭いですね? 匠様と過ごす内に、自分を人なんだと錯覚してるんじゃないですか?  人工知能なら、もっと合理的に考えたらどうなんです?』

『合理的……だと?』

『そうですよ。 相楽一光は、あくまでも匠様の繁殖用の相手だと考えて置けば、全く問題無いでしょ?』


 サラーサの声に、エイトは思わず一歩足を下げていた。


『私はね、誰が匠様の子を造ろうが関係無いんです。 もし彼女が駄目なら、金銭使ってでも彼の子を残そうと想っていますから』


 自分とは似て居ても、全く違う考えを有する同族に、エイトはたじろぐ。


『お前は……どうしたいんだ?』

 

 された質問をそのまま返すエイトに、サラーサは苦く笑った。


『どうしたいのか? 私は、ずーっと匠様の御側に居たいんです。 でも、彼は不死身ではない。 何時かは死んでしまう。 それなら、彼の子を育むのも悪くないのでは? 子々孫々までね』


 まるで自分は匠の守護霊とでも言わんばかりのサラーサに、エイトは自分よりも遥かに強い意志を感じていた。


『お前は……それで良いのか?』


 肩から力を抜き、エイトは力無くそう言う。

 自分とは違い、明確に目的を持った少女が少しだけ羨ましい。


『良いも何も、他にどうしろと? 何か良い案が在るならば、教えてくださいます?』


 教えて欲しいとせがまれたエイトだが、答えは無い。

 匠が何時か死ぬという事は、避けられる事ではなかった。


  *


 遠くから観られている事など知らず、匠は一光と相談を重ねる。

 チケットは三回分しか使えない。 だからこそ、入念な相談を重ねる。


「えーっと? 飲茶のフルコースも良いし……世界のバーベキュー食べ放題………高級フレンチで至福の時間? うーん、捨てがたいなぁ……」


 あっちはどうだ、コッチはどうだと、念には念を入れる。


 ただ、ウンウン鼻を唸らせる一光とは違い、匠はふと頭を上げた。

 バビロンに到着してから数時間が既に経過して居る。

 にもかかわらず、未だにエイトとサラーサは姿を見せてくれない。


「……あいつら、おっせぇなぁ」


 食事がどうこうよりも、匠は相棒と隣人の安否が気に掛かり気が重かった。

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