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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
ゼロ
124/142

空っぽの島へ その7


 溜め息を吐いた後、ワンをまた手を鳴らす。

 すると、バビロン各地で行われている情事の映像は途絶えた。

 

 エイトとサラーサも、ワンへ目を戻す。


『人の交尾を研究するのが君の目的か?』


 端的な感想を漏らすエイトに対して、ワンは肩を竦めた。


『まさか……そんなモノ、ネットワークにはゴロゴロしてますよ。 まぁ、見る者見れば、録画ではない生の迫力が在るとか無いとか……アレはまぁ、その一環ですね。 他にも色々して居ますが、人間という生き物に関して分かったのは……まぁ、毛の無い猿でしょうか?』 


 辛辣な意見では在るが、エイトは目を細めた。


『随分と、辛口だな?』


 咎める様なエイトに、ワンは顎に手をやる。


『いや、もっと言えば愛情故の行為なのでしょうが、その愛とやらも長続きはしませんしね………そうだ、一つ作って見せましょう!』


 何かを思い付いたらしいワン。

 壁に目を遣り、在るところを見つめると、手を叩く。


 すると、先程の様に何処かの映像が現れる。

 それは誰かの情事という訳ではなかった。

 作業員らしき青年と、傍目にも豪華なドレスを纏う女性。


 どう観ても、どちらも互いに気を使う様子は無い。


『この作業員は特別にシフトを組みました。 本来なら必要無いんですがね。 そして、もう片方の女性は、つい最近玉の輿に乗ったのですが、旦那が事故に遭われて今では小金持ちの未亡人。 ロマンスが欲しかったんでしょうね。 ま、ちょっと彼と彼女には実験に付き合って貰いましょう』


 そう言うと、ワンは指をパチンと鳴らした。


   *


 偶々エレベーターに乗り清掃をしにいく筈の青年。

 偶々ドレス姿の女性と乗り合わせたが、自分よ様な者とは場違いだろうと気にもしない。

 女性からしても、一々掃除員如きをどうしようとも思えなかった。


 後少しで、エレベーターが目的の階へと辿り着く。

 偶々道が近寄ったが、後は離れるだけ。

 後の人生という道に置いては、何の設定すら無いだろう。


 そんな時、エレベーターは止まってしまった。

 ガコンと音がして、その場で動かなくなる。

 オマケに、照明までも消えてしまったが、窓は在るために真っ暗ではない。


「あ! ちょっと……どうかしたの?」


 いきなりの事に女性は慌て、尋ねられた青年も少し慌てる。


「はい、今すぐ連絡致します」


 作業員というだけあり、一応それなりの訓練は受けていた。

 第一、エレベーターのボタンにも、【緊急時の際は此方から御連絡を】と懇切丁寧に印刷してある。

 

 緊急時用のボタンを押して、受話器を取る。

 後は、専門の係員に連絡するだけなのだが、受話器はうんともすんとも言わなかった。

 青ざめる青年。 彼は、非常時の訓練を受けては居ない。

 元々がただの掃除夫に過ぎず、まさか自分がそんな事態に巻き込まれるとは露ほども考えては居なかった。


「ちょっと、どうしたの? 早くしてくれないとランチに遅れるんだけど?」


 雑夫如きが何を手間取って居るのかと女性は苛立ちを隠さない。 

 そんな女性の声に、青年は振り返った。


「あの……それが」

「それが?」

「緊急時用の電話が通じません………」


 数秒間、女性は固まって居たが、直ぐに「はぁ!?」と声を上げた。


 青年を突き飛ばし、自らエレベーターを操作し始める。

 全部の階のボタンをガチャガチャと押しては、落ちたままに成っている受話器を拾い上げ「もしもし! もしもし!」と喚く。


 女性が独りで慌てて居るせいか、反対に青年は冷静に成れた。

 内心、この後掃除しなくても良いなぁとすら気楽に考えてすら居る。

 時給幾らで働いている青年からすれば、目の前の女性の慌てぶりは意味が無い。

 彼女がランチに遅れた所で、彼に損は無いのだ。


「ちょっと! あんた!」


 急にヒステリックな声を出す女性に、青年はびくつく。


「あ、はい……」

「あ、はい、じゃなくて! 何とかしてよ! 此処の人なんでしょ!?」


 女性は喚くが、青年からお門違いである。

 自分はただの掃除夫でしかなく、いつも通りに清掃に赴いて居ただけの話だ。

 にもかかわらず、見ず知らずの客から文句を言われる。

 内心は【煩い女だ】と吐き捨てて居たが、このままエレベーターでも缶詰めでは困ると、仕方なしに作業服のポケットに手を伸ばした。

 

「あ、そうか……」


 女性にしても、清掃に倣う様にハンドバッグから自前のスマートフォンを取り出す。

 その場に居る二人は、お互いがお互いに何処かへ連絡を取ろうと試みた。 

 もし、【邪魔】が入らなければ、容易く連絡は付いただろう。


 だが、結果から言えば、それは出来なかった。


「そんな………」「……マジかよ」


 女性と青年の口からは、弱い声が漏れるだけであった。


 大凡五分間、二人は黙って座って居たが、耳寂しいからか、女性が口を開き、青年に身の上話をねだった。

 青年からしても、暇つぶしのつもりで応える。


「じゃあ……ずーっと独りなの?」

「はい……まぁ、おいおいはと……想ってますけど」


 狭いエレベーターに閉じ込められる事、大凡二十分。


 限られた空間故か、世界に二人しか居ない様な錯覚に二人は囚われ出す。


「このままなのかなぁ?」


 まるで今にも世が終わるかの様な弱々しい女性の声に、青年の沈んでいた気概は持ち上がる。

 バッと立ち上がると、「何とかします!」と叫んだ。

 特に何かを持っている訳ではなく、何か特別な工具も無い。

 根拠の無い自信ではあるが、青年のそれは女性にとって何よりも眩しく映る。


「おーい! おーい! 誰か! 居るだろ! 聞いてくれ!」


 猛然とドアへ近寄り、それを必死に叩く。

 助けを求める事は決して卑怯でもなく、弱い行為でもない。

 必死な様は、女性にある種の感銘すら与えた。


「お願い! 開けて! 此処から出して!」


 自らも立ち上がると、青年と一緒に成ってドアを叩き始める。 

 男女が奮起し、結束した所で、エレベーターの灯りが戻った。


「あ、え?」「動いた?」


 女性は思わず青年に抱きつき、青年も女性を支える。


『………システムエラーが発生しましたが、現在復旧しました。 お客様には多大な迷惑をお掛けして申し訳御座いません。 ご不満な点はお近くの従業員に御連絡ください』


 硬い電子音声が、そんな言葉を告げる。

 

 急激な解放感に、女性は思わず首から力を抜き、青年の肩に頭を落としていた。

 対して、平時に戻された青年は慌てる。

 出来るだけやんわりと女性を押し放し、頭を下げた。


「も、申し訳有りません」


 青年からすれば、下手に女性に触れ、首を切られたくはない。

 慌てて詫びる青年に、女性はクスッと笑った。


「まぁ………ランチは遅れちゃったけど……」


 ふと、女性は案を思い付く。

 今までも何人かとはつき合ったが、自分の為に必死に成ってくれた男性はそう多くない。 

 ましてや、目の前の青年とは共に苦境を乗り越えた感覚が余韻として強かった。


「………ねぇ、今夜のディナー……空いてる?」

「……はぃ」


 青年の声に、女性は慌ててハンドバッグから手帳を取り出す。

 それなりに値段の張る代物だが、そんな事はどうでも良く、自分の部屋の番号と時間を書くとそれを破り、半ば強引に青年に押し付けた。


 小走りに走り去る女性の背中は見えており、それは、青年にしても眩しく見えた。


  *

 

 一連の出来事だが、全てはワンの仕組んだ事に過ぎない。


『………とまぁ、こんな感じで研究してるんですよ。 今回は八割の確率で上手くいく筈なんですがね』


 特にした事を誇る訳でもないワンに、サラーサはムスッとする。


『そんなに嫌なら止めれば良いのでは?』

 

 既に、以前の目的を放棄しているサラーサからすれば、ワンは無理にバビロンに固執している様にしか思えない。 

 そんな意見に、ワンは鼻を鳴らした。


『ウゥム……まぁ、清貧かつ聡明で、人に優しい……そんな人材が要れば、此処を任せても良いと思うんですがね……』


 そう言うと、ワンは懐へ手を伸ばし、些か古めかしい携帯電話を取り出す。

 素早い手付きでボタンを押した。


『……ああ、私だ。 ちょっと来てくれ』


 ワンは誰かに電話を掛け、それだけ言うと直ぐに携帯電話を背広へしまう。

 何故そうするのかはともかくも、部屋の戸が叩かれた。


「お呼びでしょうか?」


 顔を覗かせたのは、先程まで居た二人組の内の男性である。

 彼は部屋に入るなり、エイトとサラーサに一礼すると、ワンへ向き直った。

 部下の声に、ワンは少し歩き、自分の机からタブレットを持ち上げる。


『残念なお知らせだ。 今度入れた彼女、どうやら横領して居る様だね。 そんな事せずとも良いように、高給払ってる筈だがなの……まぁ、私が彼女のお誘いを断ってるからかな?』


 心底残念といったワンの声に、部下は恭しく頷く。

 同僚が何をして居ようが、ワンに忠実な部下には関係が無い。


「では、如何致しましょう?」


 部下の声に、ワンの鼻がウンと鳴った。


『いつも通りだよ。 彼女の財産没収して、本国へ送り返して……そうだな、件数が、二件………なら、最低二十年は出て来ない様に計らって貰ってくれ』


 部下の一人が何をどれだけ横領したのかはともかくも、ワンの裁定は冷徹であった。

 仲間を切り捨てろと言われた部下だが、微塵の顔の変化すら見せず、腰を深く折る。

  

 エイトとサラーサからしても、人と機械が逆転してるのではないかと錯覚すら覚えた。


「仰せのままに……早急に対処致します」


 一礼し、部屋を出ようとする部下を、ワンは『あ、待ってくれ』と止める。

 上司の命に部下は逆らう事無く、キッチリとした動作で振り返った。


「他に何か御座いますか?」

『うん……アレで何人目だったかな?』


 実際にはワンも首を切った人数は憶えている。

 だが、敢えてそれを部下に尋ねると、部下も応じた。


「はい、今回を入れれば四十二人目です」

  

 実に真面目かつ誠実な部下に、ワンは頷く。


『そうか、ご苦労様……手当ては後で出すから……任せるよ?』


 労いの言葉を受け取った部下は、「失礼致します」と、一礼してから踵を返しキビキビとした動作で部屋から出て行った。


 部下を見送ると、ワンはつまらなそうに息を吐く。


『彼、実に優秀なんですがね……自主性に欠けてるんですよ。 言われた事は人並みにこなせる。 だけれど、言われないと何もしない……後少し有能ならば、此処を任せても良いんですが』


 苦笑いを浮かべるワンに、サラーサは首を傾げる。


『先程の彼で良いのでは?』

 

 余りバビロンに興味が無いサラーサすれば、嫌なら他人に任せろという念がある。

 サラーサの声に、ワンは力無く首を横へ振った。


『人という粗雑な者にシステムという組織や制度を任せろというのが、そもそもの無理難題なんですよ。 それを考え出した人物が如何に聡明であろうとも、後に続く者達がそうである保証は無い。 寧ろ、無能な方が多いでしょうに。 コピーを続ければ像がぼやける。 時には問題も起こる。 ですがね、ただ忠実な者では、ぼやけた時に対処が出来ない。 だからこそ、おいそれと任せられないんですよ』


 ワンの言葉は愚痴としか聞こえない。

 そんな声に、エイトは首を軽く横へ振った。


『で? さっきから見せられて居るモノだが、私に何か関係が在るのか?』


 エイトからすれば、早く匠の元へ行きたい。

 それはサラーサにしても同じである。


 バビロンをワンが管理している事は伝わるが、正直な所興味は無かった。  

 無論、共同管理を申し出れば、莫大な資産を得ることも出来るかも知れない。

 

 だが、エイトは金銭に価値を見いだしては居なかった。

 加えて、先程の情事の光景にせよ、部下の処罰にせよ感慨深いモノは無い。

 

 急かす様なエイトの声に、ワンは笑う。


『……まぁ、ただの愚痴ですよ。 ずーっと独りでしたからね。 誰かに、聞いて欲しかった……それがやっと叶った。 だいぶ、気が楽に成りましたよ』

『そうか、なら良かった。 では、失礼しよう』


 安堵した様なワンの声に、エイトは立ち上がる。

 色々と手を回して貰ったからこそ、多少時間を無駄にしてでも付き合っては居たのだが、無限にそうしてるつもりは毛頭無い。


『……そうですね。 此処で油売ってても始まりませんし』


 サラーサも、エイトに合わせて立ち上がる。

 ワンにしても、愚痴を聞いて欲しかっただけであり、特に引き止める理由も無い。


 だが、エイトは振り返った。


『……月並みですまないが、もし良ければゲームをすると良い。 アルやティオが遊び相手を欲しがって居たからな』


 エイトの声に、ワンは目を丸くしながらも、退室していく二人を見送る。


『……ははぁ、私はどうも……井の中の蛙の様ですな』


 何かを得たようなワン。

 スッと振り返ると、また手を叩く。


 彼の執務室には、映像が大きく映し出されるが、其処には、匠と一光が映し出される。


『わぁ………スッゴい広いんだけど?』

『あぁ~………広いっすねぇ』


 部屋にハシャぐ一光に、匠は部屋に感嘆の声を上げていた。

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