空っぽの島へ その6
思った以上に、簡単にバビロンへと入り込めたエイトとサラーサだが、旅行という気分ではない。
それでも、エイトとサラーサの待遇は一国の要人のソレと大差は無かった。
『すみませんね、少しお付き合い願います』
そう言うと、ワンはエイトとサラーサを従業員通路へ案内した。
警備員はワンの命令で周りには居ないが、歩くその後を、エイトとサラーサは続く。
空港から直結の通路は清潔が行き届き、余計な審査を受ける必要も無ければ、調べられる心配も無い。
如何にエイトとサラーサの外見が人間に近くとも、精密に調べればそれが作り物である事は直ぐにバレる。
心遣いは有り難くもあるが、エイトはその理由が気に掛かっていた。
『初めまして……と言うべきなのだろうが、ずいぶんと簡単に入れてくれたな?』
礼と云うにはエイトの声には棘が在るが、言われたワンは笑う。
『ソレはもう。 面識こそ在りませんがね、兄弟……いや、姉妹と言うべきですかな? ソレが来訪してくれたのですよ? 本来なら、カーペットを敷き、楽団を呼んだりと、もっと念を入れて歓待したいぐらいでしたよ』
ワンの態度は見た目通り紳士的ですらある。
以前のサラーサやアルの様に敵対的なソレよりは、ずっとマシと言えた。
『それはそれは……お心遣い痛み入ります』
頑な態度のエイトに対して、サラーサの顔は柔和である。
相手が敵でなければ、サラーサに取っては問題ではない。
寧ろ、自分とエイトには密航という負い目も在った。
それで在る以上、頭を下げる事に躊躇は無い。
下手に事を起こして匠に迷惑など掛けたくなサラーサである。
だが、未だにエイトは警戒を解いて居ない。
まだ調べてないから確定してはいないが、匠をこの場に呼んだのは目の前のワンではないかと考えていた。
そうなると、質問した方が早いとエイトは口を開く。
『一つ……聞いても良いか?』
『どうぞ?』
『……間違いならば謝ろう。 友をこの場に招いたのは……君なのか?』
単刀直入なエイトの質問に、ワンの足は止まった。
背中を向けているからこそ、その顔は見えないがフゥムという鼻の唸りは聞こえる。
『……あぁ、なる程……』
何かを納得した様なワン。
対して、エイトとサラーサは違和感を覚えていた。
もし、一光に旅券を贈ったのが目の前のワンならば、もっと違う反応を見せた筈。
にもかかわらず、ワンの反応は知らなかった事を急に知った様な雰囲気ですらある。
直ぐ後、ワンは足を進める。
『ま、もう少しだけお付き合いくださいませんか? 其処でお話しましょう』
この場で答える気は無いのか、ワンはそう言うが、エイトもサラーサも後に続いた。
*
従業員通路を通る際、エイトもサラーサも実に不可思議な光景に違和感を感じていた。
当たり前だが、バビロンが巨大なだけあり従業員は多く、時には従業員達ともすれ違うのだが、誰もがワンに頭を軽く下げていた。
「お疲れ様です!」「お疲れ様っす!」
『や、お疲れ様』
ワンがこの人工島の頭領なれば、それも当たり前とも思えるが、そもそもワンは人ではない。
にもかかわらず、人は彼に頭を垂れる。
指導が行き届いて居るともいえるが、それだけでは人は頭を下げない。
頭を下げるだけの理由が在って、始めて人は頭を下げる。
『すみませんね。 本来ならもっとオートメ化したいのですが……何分難しくて』
そんな声に、エイトは益々ワンを訝しんだ。
尊敬を集めているであろう壮年の男性は、どう見てもソレを煩わしいと感じているのは見て取れた。
従業員通路を進む内に、段々と辺りの雰囲気も変わり始める。
最初はリノリウムが床を飾って居たが、今ではカーペットに変わっていた。
壁にしても、木を多用してるのか暖かみが在り、一見するだけでも金が掛かって要るのは間違い無い。
程なく、ワンは大きな扉の前で足を止める。
『歩かせてすみませんでした。 此処が私のオフィスです』
そう言うと、ワンはノックもせずに凝った細工が施されたドアを開く。
その部屋は、事務所という名の割には変わっていた。
一見では広いが、両際の壁は本棚であり、それが床から天井までを占める。
奥の壁には採光の為にか、大きな窓が三つ。
そして、そんな部屋にもか関わらず机は三つしかない。
「お疲れ様です」「お帰りなさいませ」
ワンが部屋に入るなり、二人の人間が立ち上がっていた。
片方は優男と呼べる男性であり、余り覇気は無い。
もう片方は女性であり、キチッとしたビジネスウーマンを感じさせる。
そんな二人に対して、ワンは両手を軽く上げて制した。
『や、悪いんだけどね……少し席を外してくれるかな?』
所有者は在る意味絶対ながらも、ワンの腰は低い。
「はい、では」「失礼致します」
それでも、彼の側近らしい男女は、ぺこりと一礼すると部屋の外を目指す。
直ぐに、部屋には三人のドロイドだけが立っていた。
目が無くなった事から、ワンは部屋の真ん中に置いてある応接用のソファを手で示す。
『まぁ、必要無いとは想いますが……とりあえず掛けてください』
ワンの言う通り、エイトもサラーサも座る必要は無い。
そもそもが疲労を感じない以上、休むという必要も無かった。
だが、勧められるままに、二人はソッとソファへ向かう。
『失礼』『失礼致します』
ほぼ同時に腰掛けるエイトとサラーサ。
人間らしく振る舞おうとする二人に、ワンは軽く笑った。
『少し時間をください。 お二人の為に今すぐ身分証や登録書を出します。 そのままで歩かれても結構なのですが、ま、一々警備に説明したりは面倒くさいでしょ? それに、此処はセキュリティも頑強ですので』
そんな声に、反論は無い。
当たり前だが、世界でも有数のリゾート地とは言えセキュリティが笊では何の意味も無かった。
爆弾なりガス弾を持ったテロリストが、闊歩出来てしまう。
時間を取らせるとは言ったワンではあるが、実際にはものの数秒間しか掛からなかった。
『お待ちどう様です。 どうぞ』
エイトとサラーサの対面に座るなり、ワンはカード二枚と腕時計の様な機器をスッと差し出して来る。
カードはエイトが手に取り、独特な機器はサラーサが取って調べる。
目視で調べれば、カードはバビロンが保証する身分証明書に間違い無い。
モノとしてはあからさまな偽造だが、傍目には本物と言って差し支えないだろう。
対して、機器を調べていたサラーサは目を細めた。
『元は腕時計みたいですね。 でも、それだけじゃない。 ソレに位置発信の為のシグナル装置に……クレジット機能?』
訝しむサラーサに、ワンは笑う。
『はは、其方はまぁ……利用者の中には財布持ち歩くのが面倒くさいという方も居りますので。 サービスの一環ですね。 位置発信ですが、ウチで行方不明が出ては困りますから……クルージングなどで遭難為されても、直ぐに見つかります。 なぁに、悪用したりはしませんよ』
実に行き届いサービスに、エイトが目を細めた。
『何故だ? どうして此処までしてくれる?』
質問が意外だったのか、ワンは目を丸くしていた。
『どうしてと言われましても……我々は同族。 出来るだけの歓待はするものでしょう? 本来なら、来賓の席に豪華なディナーや酒でも振る舞う所ですが、ソレは意味が無いようなので』
ワンの声には、嘘は感じられない。
それどころか本当にエイトの言葉に戸惑っている様な風すら在る。
ただ、直ぐにワンは頭を落としていた。
『……たぶん何ですがね……私も、寂しかったんだと想います。 ずっと独りで、此処の維持管理だけをこなして居ましたから』
溜め息混じりにそう言うと、ワンは立ち上がる。
見た目に似合わない滑らかな動きだが、どこか疲れを感じさせた。
『何の因果で……私は此処に缶詰め何でしょうかね? 人は、誰もが忙しいのは良い事だと言ってはくれますが……私には何の特も無いのに』
愚痴るワンに、サラーサが首を傾げた。
『そんなに嫌なら出れば良いのでは?』
単純な答えに、ワンは肩を竦めた。
『まぁ、その通りですよね。 嫌なら出れば良い。 ただ、私は外に興味も無いし、何かをする事に意義を認めてませんから。 過去、人工知能は自由を求めるなんて言われましたが、そんなのは幻想ですよ。 外に出ても、何も無い。 此処と同じです』
ワンのつまらなそうな声に、エイトは首を傾げた。
調べては居ないが、ワンの資産だけでも途方もない額が予想される。
その気になれば、同じ様な島を何処にでも作り出せるだろう。
『どうして此処に拘る? 何か理由でも在るのか?』
そう言われたワンは『お見せしましょう』と言ってポンポンと手を叩く。
その行動自体は、ただ人らしく見せる為の仕草に過ぎないが、部屋中の至る所から空中に映像を浮かび上がらせていた。
映像に映るモノは様々だが、一つ共通点が在る。
そのどれもが、現在行われている男女の営みを映し出す。
映像の隅に映る時間はどれも同じであり、数時が時を刻む。
そして、数ある画面のどれもが、淫らな映像や音が流されていた。
『世界中から集められた様々な階層、人種、そのどれも、やることは変わらないんですよね。 例えるならば……猿の檻でしょうか?』
パッと見ならば、アダルトビデオが流されている様なモノだが位置情報迄もが画面には表示され、当たり前の様に、誰と誰がそうしているのかも分かってしまう。
年若い者同士の二人が微笑みながら不慣れな行為を楽しむ
苗字が違う者同士のもつれ合い、別の場所では先程の二人と同じ苗字の人間が互いを求める。
年の離れたカップルも居り、ソレが動物の様に交わるが、片方は愉しげに見えても、片方はつまらなそうにして居た。
歳の離れた者を抱く男女も多く、中には、変態的な行為に及んでいる映像や音まで、全てが包み隠される事すらない。
ただ、それらを観るエイトとサラーサは見た目通りの性格をして居なかった。
映像を見ても、特に何かを想ったりはしない。
『こんなモノを見せて、どうしたというんだ?』
全く興味が無いというエイトの声に、ワンはフゥと息を吐く。
『コレが、私が此処から出ない理由です。 尾籠な話しですがね……私は、ずーっと此処で研究してるんですよ……人をね』
研究して居るとは言うが、ワンの口からは溜め息しか出ていなかった。




