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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
一光
114/142

価値観の違い その8


 急病を引き起こし、倒れた男性を乗せて走り出す救急車を、匠とエイトは見送る。

 慌てはしたが、とりあえず救命措置は功を奏した。

 

 遠ざかる救急車のサイレンに、匠は深く息を吐いた。


「ずあぁぁ……なんか……すっげー疲れた気がする」

『まぁ、良いじゃない。 人助けに成ったんだし』

 

 労うエイトに、匠は苦く笑った。


「んー……まぁ、助かると良いんだけどな」

『……ん、そうだね』


 匠とエイトの声を聞いた一光は、何とも言えない気持ちであった。

 一文の得にも成らない事に必死になり、互いを労い合う。

 

 ふと、一光は自分の事をこっそりと恥じていた。

 あの場では、実の所、一光は特に何かをしようとは思えなかった。

 何故なら、そもそも倒れた人間を助けた所で何の得にも成らない。

 仮に倒れた人物が何処かの大金持ちならば、或いは命の恩に対する謝礼金も期待出来るかも知れないだろう。


 だが、損得勘定はともかくと、実際には何もしなかった。

 あの場に集まってた人達と同じ様に、その他大勢と化していた。

 

【誰かが何とかしてくれる】【自分は特にする事は無い】


 今更に成って、そう考えていた一光は自分を恥じた。

 匠とエイトが居なければ、あの男性死んでいたのだろうと。

 そして、仮に他人が死のうがどうとも想わなく成っている自分を。


 悩む一光を、匠はすまなそうに見る。

 直ぐに、すまなそうな顔を見せた。


「……あ、ごめん一光さん。 時間取らせちゃって……今からでも良ければさ、どっかで……」


 自分がした事を誇らず、ただ匠は一光に詫びた。

 それを受けて、一光は顔の前で手を振る。


「いいよぅ、別に……なんか、お腹空いてないし」


 緊迫感を味わったせいか、今の一光か、空腹感は失せていた。


「ソレよりも……ノイン、居るでしょ?」


 そう言うと、一光は自分のバッグをスッと手に持つ。

 匠もそれを受けて、自分のソレを開けていた。

 開けられた匠のバッグから、ノソノソと小熊が顔を覗かせる。


「ほら、コッチおいで」


 一光の声に、ノインはバッグからバッグへと移る。

 特に何かを言った訳ではないがすまなそうな顔にも見えた。

 ノインをバッグに収めた一光は、自分の買ったモノが入った袋を持ち上げる。

 それは、これから帰る支度にしか見えない。


「……えと、じゃあ」

「うん、また……誘うから……あ、今度はさ、匠君かエイトが誘ってくれても良いからね?」


 戸惑う匠に、一光はそれとなく【帰る】と言う。

 それを聞いて、匠は【送る】と言うべきか【待って】と言うべきか迷う。

 今は一光の元へ戻りはしたが、小熊からは散々言われてしまったからだ。

 

 怖じ気は在る。 それでも踏み出さなければ始まらない。


「……あ、じゃあ送るよ」


 匠の声に、一光は足を止め、クルッと踵を返す。


「そう? 別に……」

「いや、ほら、タクシーでもさ、同じ距離なら……ついでだし」


 一光からすれば、求愛とは言い難い匠の声。

 それでも、悪い気はしない。


「……しょうがないなぁ」


 言葉では仕方ないという一光だが、その顔は微笑み、声色は柔らかモノだった。


   *


 帰りの車内。 後部座席は少し狭かった。


 というのも、本来なら人間四人がゆったりと座れる筈なのだが、わざわざ後部座席に一光、匠、エイトと三人が並んだからだ。

 特に真ん中の匠は、窮屈な想いである。

 一光とエイトは細身であり物理的に狭いという事はない。

 だが隣に一光が居るという感覚に、匠は慣れていなかった。

 

「とにかくさ、今度付いて来る時はさ、ちゃんと言ってね?」

「面目ない」


 事実、一歩間違えれば匠の行動はストーカー行為と差が無い。

 一光が許してくれたからこそ、何の問題にも成らないが、逆に言えば、一言通報されれば匠は捕まるだろう。 

 

 見かねたエイトが、一光に目を向ける。


『一光。 そう責めないでやってくれ』

  

 エイトからすれば、ずーっと近くに匠が居たことは知っていた。

 敢えてそれを黙認していたのはエイトである。

 

「まぁ、怒ってないけどね。 気を付けなよって事……ね、匠君?」

「はい、肝に命じますです」

 

 端から見れば、匠は一光の尻に敷かれて居るようにも見える。

 それでも、当の二人が満足げならばと、エイトは何も言わなかった。

 匠を任せたいと頼んだのは、他でもないエイトだからだ。


 雑談を楽しむ内に、タクシーは一光の店兼、家である相楽商店へと辿り着く。


『目的地に到着しました!』

  

 エイトとは比べられない硬い声が、ドライブの終わりを一光に告げた。

 どうせなら、匠を家に誘うべきか迷う一光だが、今は別に良いと考える。

 焦る必要など、既に一光には無い。


 ドアを開け、タクシーから降りる一光は、匠とエイトに手を振る。


「じゃ、またね?」


 そんな声と共に、ドアは閉じた。

 一光を残し、走り始めるタクシー。

 

 それを見送る一光だが、急にバッグがモゾモゾと蠢き、バッと小熊が顔を覗かせる。


『くわぁ! あの腰抜けめ! 僕がアレほど言ってやったのにぃ!?』 

  

 何とか一光と匠をくっ付けようと画策したノインからすれば、計画の失敗に頭を抱える。

 

『ご主人もご主人です! どうして帰しちゃったんですか! まぁ、雄が雌に迫るのが道理ですがね、少しは雌からも寄ってあげないと! あのヘッポコ雄じゃダメダメです!』


 居なく成ったことを良い事に、匠への愚痴を漏らすノイン。

 そんな小熊の頭に、ポコッと優しい拳骨が落ちた。


「こら、そんな風に言わないの」

『………いや、しかし』

「何が何でも今日、どうこうしなくても大丈夫でしょ?」

『それは……まぁ……』


 拳骨を落とした小熊の頭を、一光はソッと優しい撫でる。


「大丈夫なんだってば。 だってさ……」

『……だって……何です?』

「ううん、何でもない……」


 ノインの質問をはぐらかす一光だが、その顔には余裕が窺える。

 本心から言えば、一光はエイトを強力なライバルなのではないかと想っていた。 

 だが、それはただの杞憂なのだと既に分かっている。

 

 匠に取って、エイトは何処まで行ってもただの【相棒】なのだと。

 

「さぁて……晩御飯用意しないとね」


 そう言う一光の声は軽く、鼻歌すら聞こえてきそうであった。


   *

 

 一光を降ろし、タクシーに残っているのは匠とエイト。

 いざ二人きりにされると、匠はオッと唸る。


「あ、わりぃ……狭いだろ?」


 後部座席のド真ん中に居る以上、それでは、エイトの分が狭くなる。

 慌てて横へ行こうとする匠はだが、それを細い手が捕まえていた。


『私は構わないよ?』


 エイトの声には媚びる色が在る。

 それを聞いて、抑えられる匠は腰から力を抜いた。


「そっか」


 とりあえず腰を落ち着けた匠ではあるが、何を話せば良いのか迷う。

 飲食店での一光とエイトの話は不本意ながらも聞いてしまって居た。

 それを思い返すと、何を言えば良いのかが分からない。


 匠が黙ってしまったからか、エイトが口を開く。


『今日……私と一光の話……聴いてたんだろう?』

「……あぁ、聞いてた」

『どう思う?』

 

 問われた匠は、聞いた話を吟味する。 

 自分がいつの日か死ぬ事は分かっているが、一光とくっ付けという事については、迷いが強い。


「……なぁ、エイト。 俺はさ」

『うん』

「えーと……その…」


 何かを言い掛ける匠。 後少しで、答えが聞こえる筈。


 だが、匠のポケットからは、『ちょっとお待ちを!』と無情な声が響いた。

 ソレを聞いて、エイトはこめかみを抑える


『なんだ、ソイツも来てたの………』

「あ、やべー……」


 ついつい忘れて居たのは内緒にし、匠は慌ててポケットからスマートフォンを取り出す。

 ポケットの中という狭い空間から解き放たれたからか、画面がパッと灯る。

 其処には、この世の終わりだと言わんばかりの顔を浮かべるサラーサが居た。


『酷いです!? 匠さま!? コレほどまでに誠心誠意お仕えして居るのにぃ……私は不要な存在なのですかぁ?』


 画面上で泣き崩れるサラーサに、匠は眉を寄せる。

 見ている限り、そのままの勢いで崖から飛び降りそうな雰囲気すら在る。

 

 無論、画面の中でサラーサが崖から取り降りようがマグマに突っ込んだとしても、何の問題も無い。

 それでも、サラーサの悲しげな嗚咽は、匠を戸惑わせる。


「あぁ……悪かったよ、なんか埋め合わせするからさ……な? 泣くなよ」

 

 泣きはらすサラーサを慰めんと、匠はそう言ってしまった。


 途端に、スマートフォンから鳴り響いていた嗚咽はピタリと止まる。


 画面上のサラーサは、スッと顔から手を離すのだが、手という覆いの下では、実に妖しい笑みが在った。

 

『……そうですかぁ……それを聞いて安心ですぅ……では、この次の仕事終わりでも、休日でも、お付き合いくださいな。 あ、勿論、その時は私達だけですけどね? 私の時は駄目ですからね? 他のが居るとか』


 そんな声に、匠はしまったという顔を浮かべ、エイトはやれやれと肩を竦めていた。


   *


 とりあえずは自宅に帰り着いた匠とエイト。

 荷物を全部持とうとする匠を、エイトが支えた。

 

「お? エイトさん?」

『全部持つことはないだろう? そもそも、殆ど私のモノだし』

「ままま、良いからさ」 


 匠はそう言うと、荷物を持ち上げて見せる。 

 口では言わないが、【こんなモン軽い】と示したい。

 

 本質的に自分が女性かどうかはともかくも、【女の子扱い】される事に、エイトも悪い気はしなかった。

 アパートの階段を上がる匠の後に続くエイト。

 ふと、自分を見る。

 衣服も変え、靴も変え、軽い化粧もして居る。

 後は下着も変えれば、立派な女性に見えなくもない。

 

 一光には【匠を預けたい】とは言ったものの、内心、後悔が拭えない。

 今からでも、どうやって自分が匠の側に居られるのかを模索した方が速いのではないかとすら考える。

     

 何か良い方法はないものかと考えるエイトの肩が、ポンと叩かれた。


「おい、どした?」

『ふぇ? あ、いや』

「おいおい、珍しいなエイト。 お前もポカーンとする時って在るんだな」


 珍しいモノを見たといった匠に対して、エイトはまたも目を丸くした。

 ほんの数瞬だが、エイトは周りを見失っていた。

 

「とにかくさ、家に入ろうぜ?」

『匠様! いい加減早くしてくださいまし! こんな窮屈な所では困ります!』

「……あー、はいはいすみませんね、サラーサさん」

 

 ピーチクパーチクと、小鳥の如く煩いサラーサは別にして、エイトは匠の後に続いた。

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