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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
一光
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価値観の違い その3


 慌てたノインに気圧された結果、匠は図らずも一光とエイトの後追いをして居る。


 それに対して、匠の鼻がウームと唸った。

 ただの買い物である以上、それを追い掛け、わざわざ潜入工作員スパイの真似事をしなければ成らないのかと。

 

 独りで唸っていても始まらないと、匠はバッグへ手を伸ばす。

 バッグの蓋であるジッパーを開く。 

 すると、中から小熊の上半身が飛び出して来た。


『くわぁ! 狭いのです! ん? 何か……用ですか?』


 一光のバッグに比べると、匠のソレは酷く狭いのか、ノインは文句を垂れながらも、何か在ったのかと匠を窺う。

 

「思ったんだけどさ、俺……後を追う必要在ったかなぁ?」


 そんな匠の声に、小熊は腕を組む仕草を見せる。

 元々の腕が余り長くない以上、胸の前で手を合わせている様にしか見えないが、それなりの形は取れていた。


『……貴方も案外と言うべきか、鈍いお人ですね』


 小熊の辛辣な声に、匠はムッとしてしまう。


「んだよ、どういう意味よ?」


 眉間に皺を寄せる匠の衣服へ、小熊は片手を伸ばす。


『それは洋服ですね?』

「あん? そりゃあまぁ、和服じゃあねぇわな」

『揚げ足取ってる場合ではないのです! とにかく! 何故人は服を着るんですか!』


 小熊はビシッとポーズを決める。

 バッグから上半身を覗かせている以上、些か迫力には欠けていた。


「そりゃあオメェ、素っ裸で走ればとっ捕まるだろう?」


 フフンと笑う匠に、小熊はいよいよ頭を抱えた。

 匠の答え自体は間違いではないが、そんな意味で問い掛けたつもりは無い。

 もしかしたら、コイツはただの馬鹿なのではと訝しむ。

 小熊の鼻がウンウン唸り始めたからか、匠はフゥと息を吐いた。


「悪かったって。 軽い冗談だろうに。 まぁ、お洒落っちゃ、人に見せる為だわな。 世の中探せば、自分に見せる為って奴も居るだろうけどさ」


 頭を抱えていた小熊だが、そんな匠の声に、少しは安心したのか腰に手を当てる。


『其処まで分かって居るならば、誰の為なのかは……分かります?』


 小熊の問い掛けに、匠は口を噤む。

 本心から言えば、【俺の為】とも言いたいが、其処まで匠は自信過剰ではない。


「そりゃあ……お……」

『ともかく! 僕が言いたいのは、どうせなら俺もついて行くぜ! ぐらいの事をいって欲しいのですよ』


 匠の言葉を遮って、ノインはそう言った。

 小熊の声に、匠はグムムと怯むが、小熊は止まらない。


『僕は別にご主人と貴方が付き合おうとも構わないと思ってます』

「あー、はい……はい?」

『何かおかしいですか? 健康優良な男女が一組に成り、後生に遺伝子を残すためにせっせと励む。 別に可笑しい事でもないのです』

「あー、い、いやー……うん……あ、まぁ」 

『僕のご主人の何が不満ですか?』


 プンプンといった小熊だが、匠は益々怯んだ。

 ノインの云うことをそのまま鵜呑みにするのであれば、一光とサッサとくっ付いて子作りに励めと言ってる様にしか聞こえない。

 不満と言われたが、匠の中に一光への不満は無かった。


 それどころか、出来ることならそうしたいという願望も在る。 

 

 薄衣の扇情的な姿の一光が、ベッドに腰掛け手招きをする。


 そう思うと、匠の喉は唾を飲み込みグビリと動いた。

 現実にタクシーの中に一光は居ないのだが、匠の妄想の中には居る。

 普段ならば、元気の良い姉さんといった一光が、想像の中では一変し、匠の浴煽を煽った。


『こら! 何を考えてるんです!』


 小熊の声がピシャリと匠を打ち、妄想を跳ね飛ばす。

 匠は、慌てて平静を装った。

 

「う? あー、今後の世界情勢に付いて、思案を……」

『分かり易い嘘を……鼻のした伸ばして説得力無いですよ?』

「うぉあ! そんな訳ねーだろ!」


 ノインの声に、匠は慌てて自分の唇の上を触る。

 ソレを見て、小熊は肩を竦めてゆったりと首を横へ振る。


『……それ、してる時点でそう言う事を考えていた証明ですよ?』


 小熊に一本取られ、匠は思わず拳を軽く上げ震わせる。

 悪ガキならば、この場で一発拳骨をくれてやる所だが、そうも行かない。

 振り上げた拳を何処へ下ろそうか悩む匠。

 プルプル震える匠に、小熊は関わらない。


『話が反れました。 結局のところ、貴方はご主人をどう思ってるんです?』


 そう言われた匠の震えは止まった。

 怒りは何処かへ吹き飛び、ただ迷いがだけが在る。


「……一光さんかぁ……ウーム」


 唸る匠に、小熊はビシッと指差す。 

 無論、実際には指が無い為に腕を伸ばしているだけだが、それでも匠はウッと呻く。 


『そんなんで雌を捕まえられますか!』

「うぃ!? 雌っておま……」

『お黙りなさい! だいたい、ウジウジ悩んでるからご主人も、さぁどうぞと言えず、貴方も歩み寄らない! そんなんでは夫婦になれません! 貴方も雄ならば、俺に付いて来いぐらい言ってあげてください!』


 小柄な体格に似合わず、ガンガンと押してくるノインに匠はまたしても気圧される。


「え、てか、お前は良いのかよ……それで?」


 思わず、匠はノインにそう尋ねる。

 尋ねられた小熊は、首を傾げていた。


『良いも悪いも……それが生き物なのでは?』


 小熊の声に、匠は鼻を唸らせる。


『僕は……ご主人の支援サポートをする事は出来ますよ? でも、逆に言えばそれだけですから』


 ノインは、急に肩の力を抜いてうなだれる。


「おいおいおい、どうしたってんだよ……熊」


 何事かと匠は少し慌てた。


『もしですよ? 僕もエイトの様に、ご主人の望む理想の姿を手に入れたらどうなると思います?』


 思わせ振りな小熊の声に、匠はムッと鼻を鳴らした。

 エイトにせよ、サラーサにせよ、外見上は素晴らしい。

 よく知っているフィーラ、フェムにしてもそうだ。


 以前の事件はともかくも、アルの会社の製品の出来は云うこと無い。


「……そりゃあ……一光さん喜んでくれるんじゃ……」

『本当にそう思います?』


 匠の声に、小熊はジーッと匠に目を向ける。

 普通の生き物とは違う、つぶらな目が匠を見ていた。


 小熊という生き物が実在し、匠も動物園でソレを見た事も在る。

 実物と比べると、目の前の小熊が本来の生き物とはかけ離れて居るのだと分かった。

 違和感は在るのだが、別に嫌ではない。

  

 匠は、ふと想像する。 


 一光にしても、好きなキャラクターや理想と呼べる姿は在るだろう。

 それが何なのか迄は分からないが、あれやこれやと考える内に、別のモノが見えた。

 

 それは、怯え慌てる一光である。


 匠の脳裏に浮かぶ一光は、何を見て居るのかは分からないが、怯えているのは直ぐに分かった。

 顔を強ばらせ、腕で身体を護るように庇い、目は震える。


 必死に思考を巡らせる匠は、何が一光を脅かしているのかが知りたい。

 後少しで、それが何なのか掴み掛ける匠は、自分も何かを見た記憶が在る。

 それが何なのか、一瞬見えた気がした。


『はい! はーい! 私も! 匠様の理想に成ります!』


 ポケットから響く声が、匠の思考を妨げる。

 場の空気など知ったとこではないサラーサの声に、匠はハッとし、小熊は肩を落とす。


「うーん……ちょ、熊。 すまん」

『はいはい……分かってますです』  


 詫びる匠に、小熊は渋々といった様子でバッグへ戻っていく。

 ノインに感謝を感じつつも、匠はスッとスマートフォンをポケットから取り出した。

 特に操作しても居ないのだが、既に画面上ではサラーサが待機している。


「あの………サラーサさん?」


 恐る恐る声を掛けてやれば、画面上のサラーサは目まぐるしい動きを見せる。 

 その様は、こんな小さい画面では狭いと言わんばかりだ。

 

『私も匠様が望まれる姿成るのは吝かでは在りませんよ! どんな姿にも成りましょう! スレンダーからふくよか! 小柄から大型ロボットまで! それだけではありません! 犬でも猫でも、私は構いません!』


 見上げる程の献身的なサラーサに、匠は頭が下がる。

 以前、自分助ける為に必死に成ってくれた事に間違いは無く、匠もサラーサにはそれなりに恩義を感じていた。


「いやー……サラーサさんは、そんな無理しなくとも……」


 謙遜する匠に、画面上の丸顔らフフン不敵に笑った。


『そんな他人行儀な……ご安心ください!』


 丸顔に手が現れ、それは親指を立てて見せた。


『私はどの様な格好もして見せましょう! メイドでも、ドレスでも! ペットでも何でもござれで御座います!』


 サラーサの声に、匠の脳裏に何かが浮かぶ。

 首輪をして、身体のラインを強調する様なタイツ。

 そして、耳に加えて尻尾が生えた少女。

 それは、何時しか見たエイトを想わせた。


「うーん……まぁ、その時はほら、頼む……かも知れないから……さ」

『あ! 着いたみたいですよ?』


 とりあえずお茶を濁そうとした匠に、サラーサの声。

 タクシーの窓から外を見れば、其処は大型のショッピングモールだった。 


  *


 料金を支払い、タクシーを降りる。

 車内とは違う開放感に、匠はウーッと背を反らし筋を伸ばした。


「あー、こんな所来るのもひっさしぶりだなぁ」


 どうせなら誰かと来たい匠だが、その願いは既に叶ってはいる。

 傍目にはたった一人でショッピングモールへ訪れた匠だが、バッグには小熊、スマートフォンにはサラーサと、騒がしいのが控えていた。


 サラーサへの相談は後に回し、とりあえずバッグから小熊の頭を出させる。


「よ、熊。 俺は何処へ行きゃ良いんだよ?」

『とりあえずご主人を探してみたらどうです?』


 スパイの真似事をしろ云う熊の声に、匠は気が進まない。

 それでも、タクシーの中で聞かされたノインの声が、匠の背を押していた。

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