価値観の違い その2
匠がタクシー乗り込む頃、ソレとは別のタクシーに、エイトと一光は乗っていた。
自動運転である以上、運転手は居らず、エイトが居れば盗聴の心配も無い。
それ故か、一光は饒舌と言えた。
「てか、前から思ってたんだけどね。 エイトってさ、カッコ良くない?」
唐突な一光の声に、エイトは目を丸くした。
匠の衣服は着ていても、身体付きは女性のソレである。
可愛いや美人ならともかくも、カッコ良いと言われるとエイトは戸惑った。
『何を言い出すんだ……相楽一光』
慌てるエイトに、一光は腕をソッと組んで鼻をウームと唸らせる。
目を窄め、ジーッとエイトを見ていたが、一光は直ぐにウンウンと頷いた。
「それだよ、それ」
スッとエイトの唇を指差す一光。
「なんて言うんだろ? えーっと? 言葉遣い? しゃべり方? エイトってさ、男の子っぽい? ウーン……サムライ? 前もそう思ってたけど……ノインとは全然違うよね」
そう言われたエイトは、少し開いていた唇を引き締め、目を落とす。
言われて見れば、サラーサの方が【女性らしい】言葉遣いをして居る。
とは言っても、いきなり喋り方を変えるのもまた難しい。
『変……か?』
「うん?」
『私は……ずっとこう喋って居るからな。 癖とでも云うべきか……』
「まぁ、別に良いと思うけど」
困った様なエイトの顔を、一光は見詰める。
普段、化粧品等は匠の家には無く、エイトをそういったモノは用意して居ない。
顔に化粧っ気が無いせいか、今のエイトは男装の麗人とも見えなくもなかった。
『何だ? さっきから人の顔をジロジロと』
「んー……ビッグなお世話かも知れないけどさぁ、エイトは……化粧とかしないの?」
言われて見れば、エイトは化粧をした事が無い。
したくなかった訳でもなく、出来ないという事でもない。
ただ単純に、しようとは思わなかっただけの話である。
『化粧……か。 そう言われると考えても見なかった』
「なんで?」
『なんでと言われても、その必要が無かったから……としか』
「誰かにさ、綺麗に見られたいとか……ないの?」
一光の質問に、エイトの目は泳ぐ。
自身が匠からどう見られているのか、エイトは知る由も無かった。
顔の造形に付いては実はエイトは自信が無い。
今の顔を選んだのは、以前匠がコレが良いと言ったキャラクターに似ていなくもない。
しかしながら、匠は特に特徴的な反応を見せた事は無かった。
ソレが何故なのか、エイトは未だに分からない。
『そう言う君はどうなんだ?』
今度は、一光が目を丸くする。
「えっとぉ?」
『君は誰に綺麗だと想われたいのか……そう聞いている』
エイトの質問は実に直球であった。
回りくどい言い方はせず、ただ思い付いたままを聞く。
一光は、答えに詰まった。
たっぷり一分は考えるのに要したが、何とか無難な答えを一光は思い付く。
「いや……そりゃあまぁ、誰って事じゃなくて……あ、ほら! 綺麗にして置いた方が……良くない? だってさ……ボロボロの格好してるより……小綺麗な方がさ、人の印象とかも良いし」
ごく一般的な時と場所と場合を答える一光。
だが、ソレを聞いたエイトは難しい顔のままである。
『つまり……君に取って友はその辺に居る者達と同じか?』
そんな声に、一光は唾を飲み込む。
エイトは唯一【友】と呼ぶのは一人しか居ない事は一光も知っていた。
それが誰を示すのかも。
エイトにしても、一光の本心は気掛かりの一つでもあった。
サラーサに付いては鬱陶しい隣人程度の認識だが、一光は違う。
匠が気を使う女性は、今のところ一光以外居ない。
それでも、一光にその気が無いのであれば、エイトも遠慮を捨てたかった。
今はそれを尋ねるのに絶好の機会でもある。
周りには目はなく、耳も無い。
『……どうなんだ?』
エイトに取って、時間は有限ではない。 それでも、匠は違う。
だからこそ、エイトは一光を急かす。
急かされた一光にしても、キュッと唇を噛んでいた。
加藤匠とは、相楽一光に取って仲の良い友人である。
だが、男性として捉えた事は多くはない。
巷に溢れるカップルを見る度に、一光もいつかは誰かとそうしたいと思った事もある。
だが、それが匠なのかと問われると悩む。
「……難しいなぁ……だってさ……そんなに、しょっちゅう会ってる訳じゃないし……でも、一緒に居れば楽しいとは思えるけど……」
曖昧に答える一光。
しかしながら、それはエイトが望む答えとは言い難い。
『そうか、では質問を変えよう。 相楽一光、君は、加藤匠が好きか?』
そんな声に、一光は思わず顔を上げる。
エイトは、目を泳がせる事も反らす事もなく、ジッと真摯に一光を見ていた。
「えと……その……」
『君が何を考えているのか、それは私には分からない。 だが、コレだけは言える。 相楽一光、私は君が好きだぞ?』
エイトの真摯な声に、一光の心臓はドクンと跳ねた。
「は? え? あの?」
落ち込んでいた気分は何処へやら、一光の声は裏返る程である。
好きと言われれば悪い気はしない。
しかも、その相手は美麗な顔である。
如何に身体が女性とは言え、一光の中で何かが踊った。
「え? で、でも……なんで?」
『何故? 答えは簡単だろう? 私達は、共に事件を解決する為に幾度も共闘した。 そんな仲間を好きに成っておかしいか?』
「うー……あー……いや、おかしくはないけどさ」
エイトの声に、一光は益々慌てた。
同性愛者ではないが、急な事に慌てる。
そんな慌てる一光を待たず、エイトは口を開いた。
『勿論、友である匠も好きだ』
ポンと軽くそう言うエイトの声に、一光は固まる。
普段は匠の事を友と呼ぶエイトだが、時折、彼を名で呼ぶ。
「あ、そう……なの?」
『当然だろう? 何かおかしいか?』
そう言われた一光は首を横へ振る。
言われれば当然とも思えた。
匠が死にそうな時のエイトの必死さは一光の中に強い印象を与えていた。
体中に傷が付こうが意に介さず、サラーサなど、身体が潰れる事すら厭わなかった。
今でこそ、身体を失っても問題無いと知った一光だが、献身的な様には舌を巻く他はない。
ただ、其処までするとなると、ふと、一光の中に想像が浮かぶ。
化粧っ気こそ無くとも、エイトは傍目には女性と言えた。
そして、エイトやサラーサが拘る匠は男である。
いがみ合う者同士で在れば、仮に男女とはいえ同じ部屋に押し込んでもお互いがお互いを嫌い合い、近付こうともしないだろう。
だが、匠は、エイトともサラーサとも仲は悪くない。
それどころか、お互いに想い合ってすら居る印象が在った。
「……ね、エイト。 私もさ、ちょっと聞いても良い?」
思わせ振りな一光の声に、エイトはウンと鼻を唸らせる。
『構わない』
許可を貰って、一光はチラリとエイトを窺う。
「エイトはさ……匠君とは……エッチとかしてる?」
言ってから後悔する事もあるだろう。
事実、この時の一光はそうだった。
「あ、ごめん! 今の無し! ……ごめん」
仲の良い男女なら、そんな関係に成るのも当然だと想うが、果たしてエイトが女性なのか言えばそれは難しい。
何故そんな事を聞いてしまったのかと、一光は慌てるが、問われたエイトは難しい顔をしていた。
『した事は無い』
そんなエイトの声に、一光はハッとして顔を合わせた。
「え? そうなの?」
不思議がりつつも、僅かに安堵を覗かせる一光に対して、エイトも不思議そうな顔を見せる。
互いに見合うが、先にエイトが首を傾げた。
『意外かな?』
「え、あ、いや……」
想像とは違い、匠は余程我慢強いか、はたまた宗教家の如くその手の事に関して何か拒否する理由が在るのかと一光は少し考える。
一光が何を思うのかは別にして、エイトが口を開いた。
『勿論、友が望むなら私は拒むつもりは無い。 彼が望む様に受け入れよう。 が、それが果たして必要かと言われれば、そうでもないよ』
エイトの端的な答えに、今度は一光が首を傾げる。
『生殖行為がどういう事をするのか。 ネットワークを調べれば子供でも分かる。 私もそれは知っている。 ただ、私達には余り意味が無い』
そう言うと、エイトは一光から目を離し、自分の手を見る。
この時点で、私達と言うのがエイト達、人ではないモノを指すのだと一光にも伝わる。
グッと握り締め、握った拳を開く。
動作その物は滑らかであり、ぎこちなさは無い。
『この身体……アルも言ったが奴の所の製品だ。 口惜しいが、それは間違いじゃない。 その点、君は違うな相楽一光』
チラリとエイトは一光を窺う。
余所行きの衣服を身に纏う一光は、控えめながらも女性らしさを窺わせる。
エイトのソレとは違う、生身の肉体。
シリコンとプラスチック、金属から造られた紛い物ではない本物。
『君はどうなんだ? 匠とそう言う事がしたいのか?』
軽く問われた一光は、キョトンとしてしまう。
目が点になり、思考は止まる。
「あ、の、えーっと?」
どう答えるべきか迷う一光に、エイトは質問を繋げる。
『質問の仕方が間違って居たかな? 君は彼と性行為がしたいのかと聞いている』
その物ズバリといった直接的な聞き方に、一光は益々戸惑った。
だが、いつまでもそう言う訳でもなく、直ぐに一光の脳裏に色々な光景が想像された。
だが、問われてオタオタするほど、一光も子供ではない。
「どう……かな? うーん、匠君、あんまりがっついてないから」
積極性が足らないと言うのが、一光の素直な意見であった。
世を見渡し歩けば、その類の男性はそう珍しいモノではない。
だからといって、それにホイホイ付いて行くほど、一光の尻は軽くはない。
加えて、つい最近までは小熊を伴っていたせいもあり、その手の事とは離れていたとも言える。
『相楽一光』
「あー、はい?」
『私が匠がどうなのかとは聞いていない。 君はどうなのか、どう思ってるのかと聞いている』
「ええと………」
『ハッキリ言おう。 友は君を慕っているんだ』
エイトの声に、一光の心臓はまたもやドクンと跳ねていた。
*
一方その頃、離れた所でタクシーに乗る匠だが、急に鼻がムズムズした。
「……は……は……ぶぇーっくしょい!」
数秒間、まるで○○砲の如く溜めを作ってから、盛大にくしゃみを漏らす。
特に花粉症でもなく、体調も悪くない。
急なくしゃみに、匠は鼻を唸らせる。
「あれ? おっかしぃなぁ」
訝しむ匠だが、ポケットから声が響く。
『匠様! どうかされまして!?』
実に心配そうなサラーサの声に、匠は渋々スマートフォンを取り出した。
「いや、大丈夫です。 鼻ムズムズしただけで……あ、所でさ、コレ、何処へ向かってんの?」
乗れという事さらタクシーに乗りはしたが、目的地は知らされて居ない。
匠に問われて、スマートフォンに浮かぶサラーサの丸顔はクルクル回る。
『まだ向こうも止まってはいません。 ですが、恐らくはこの先にあるショッピングモールではないかと』
サラーサよ予想を聞いて、匠はフゥンと鼻を鳴らした。
言われてみれば、まだエイトに衣服を買ってやって居なかった事を思い出す。
「……そっか」
どうせなら、エイトの服は一光が選んだ方が良いのかとも想うが、他人に丸投げと言うのも違うのではないかと考えていた。




