表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
103/142

水と油 その24


 拉致された状態から脱したとは言え、匠の容態は芳しくはない。

 ノインを庇うだけで精一杯であり、意識も定かとは言えなかった。


 誰かに名前を呼ばれて居るのは分かるが、返事が出ない。

 

 小熊が自分を必死に揺らして居るのは分かる。 

 フゥと息を吐いた匠は、そのまま目を閉じてしまった。


『こら! 寝てはいかんのです! 起きるのです!』


 一光から頼まれているノインは必死に匠を鼓舞するが、返事は無い。 

 車から匠を出したくとも、小熊の身体では無理がある。

   

 どうしたものかとノインが悩む中、ガンガンと音がした。

 ハッとした小熊が其方を見れば、藤原が外から中を窺っている。


「おい! 加藤! 生きてるか!」


 そんな野太い声は、小熊にとってみれば天の声にも聞こえる。


『生きては居ます……たぶん! 早く! 出してあげてください!』


 本来なら自分の正体を隠すべきだが、この時ばかりはノインは叫ぶ。

 叫ぶ小熊という事に関しては、藤原は眉を寄せるが驚かない。

 以前にも、喋る犬を見ているからだ。


「犬の次は熊さんってか? 桃太郎に金太郎って……んな事言ってる場合じゃねぇな。 待ってろ! 今何とかしてやるから!」

 

 悲しいかな、そんな声は匠には聞こえていなかった。


   *


 遠くで匠が動けない中、その匠を助ける為にとエイトはサラーサを伴い奮闘中である。

 今までのどんな相手よりも、大型の機械昆虫はタチガ悪いと言えた。


 有線式の弱点は、その線その物であり、それさえ何とかすれば相手を鎮圧する事は出来る。

 しかしながら、縦横無尽に動き、人型では成し得ない動きを誇る機械昆虫は、厄介な敵と言えた。


 格闘に持ち込むのは愚の骨頂としか言えない。

 何故なら、人型である以上手足は合わせて四本しかないからだ。

 相手の片は様々だが、絶対的に脚が多い。

 そして、その脚の先には様々な工具が着けられている。 

 銃などよりも、遥かに危険なモノだろう。


 今のところ、何体かを潰し、何体もの線を引っこ抜いたエイトとサラーサ。

 だが、劣勢に変わりはなかった。

 機械の虫達は、見た目通りに何処からか湧いてくる。


 対して、エイトやサラーサの衣服は至る所が裂け、肌が見えている。

 傷の一部は深く斬り込まれ、僅かに内部が出てしまってすら居た。


『こんな無様……匠様には見せられませんね』

『此処に友が居なかった事は……在る意味幸いか』


 いがみ合い、反発し合っていた過去はともかくも、今のサラーサとエイトは背中を合わせて互いの死角を庇い合う。

 

 そんな二人の耳に、クスクスと笑い声が届いた。


「おーい! まだ待ってた方が良いかなぁ? そろそろ降参してくれても良いと思うんだよ!」

 

 そう言うのは、両手をメガホンの様に見立てる少年である。

 アルからすれば、如何にドロイドとは言え同族に危害を加えるのは本意ではない。

 そもそも、可能ならば対決自体避けたかった。

 なぜならアルは戦いが不毛だと分かっている。

 

 アルの価値観からすれば、加藤匠に其処まで価値など無いと断じていた。


 端から見れば、匠は一介の電気屋作業員に過ぎない。

 そんな何処にでも居る様な人物に、同族二人に加えて一光が固執する理由がわからなかった。


「ねぇ……どうしてそんなに意地を張るんだい? 加藤匠は一人しか居ないかも知れないけど、人間なんて他に何十億も居るんだよ?」


 そんな声を聞いて、エイトは笑う。


『まぁ、概ねは奴の言葉通りだろう。 しかしながら友は他には居ないんだ』

『……匠様は一人しか居りません。 それに、探すのはもう疲れました』

 

 あくまでも断固として譲る気はエイトとサラーサには無い。

 

 虫に囲まれる二人を見ていた一光も、キュッと唇を噛んでいた。

 何も出来ないのかと思っていたが、在ることに気付く。


 理由は分からないが、一光の側には虫は居ない。

 無視されているのか戦力として数えられて居ないのかともかくも、一光は虫に何ら危害はおろか接近すらされていなかった。

 

「……なんで?」


 唾を飲み込み、意を決した一光は足を踏み出す。

 本来なら、危険に自ら足を踏み入れるのと変わらない行為。

 

 だが、一光が見せた小さな勇気は、大きな発見を伴っていた。

 恐る恐る一光が虫に近付けば、近付かれた虫が離れたのだ。


「……え?」


 何かの間違いなのではないかと、今一度確かめる。 

 すると、やはり虫は一光からパッと距離を取った。


「やっぱり……」


 理由は分からないが、虫は一光を傷付ける事を避けていた。 

 小さな発見に、一光は、思い付くままに動く。


 エイトとサラーサが潰した虫の中には、殆どバラバラに成っている残骸も在った。

 ただ、残骸とは言え何もかもが部品一つ一つまでそうではない。

 其処で、一光は虫の脚を一本手に取る。

 歪な形はともかくも、棍棒に見立てるには十分と言えた。

 

 虫の脚を手に持った一光は、機械の森の奥に佇む少年を睨む。

 其処を目的地と決めて、駈け出していた。


 いきなり一光が走り出した事には、エイトとサラーサも驚きを隠せない。


『相楽一光!? 何をしている!?』

『危険です! 下がって!』


 エイトとサラーサは一光を大声で咎めるが、一光はそれを無視して二人の元へと走り込む。

 鼻息荒い一光だが、手に虫の脚を握り締めながら二人を庇う様に立っていた。


「なんか知らないけど……あの虫……私には手を出さないみたい」


 難しい理屈を抜きにして、自分の発見を告げる。

 一光の言葉通り、虫達の動きに変化が在った。


 先程迄はジリジリと距離を詰めていた筈なのだが、今ではそれを躊躇い、下がってすらいる。


『……コレは』『どういう……』

「良いから後ろに居て! 私が……私が盾に成るから!」


 一光の声に従い、エイトとサラーサはゆっくりとだが、移動を始めていた。

 

   *


 虫を寄せ付けぬ様、一光はエイトとサラーサの周りをグルグル歩き回る。

 まるで其処だけ殺虫剤が散布されている様に、虫達の攻めは制限されてしまう。


 その様を見ていた少年の鼻は唸り、口からは舌打ちが漏れていた。


 一光の発見は、アルにとっては誤算と言えた。


 本来、相手を故意に傷付ける事をアルは好まない。

 エイトとサラーサの身体に付いては、元よりアルの会社の製品であり、代わりは作り出せる。

 一光に対して虫を差し向けなかったのは、怪我をさせたくなかったからだ。

 匠に対して殺傷力の低い細菌兵器を用いたのも、可能な限り怪我を負わせる事を拒んだ結果である。

 

 そんな自分の自戒に、少年は顔を苦いモノへと変えた。


 一光を殺す事はそう難しい話ではない。

 アルがもしその気になれば、ものの数秒間で死ぬだろう。


 事実、何故アルが二体のドロイドを一気に潰さなかったかと言えば、楽しかったからだ。 

 一光から見ればエイトとサラーサは必死に戦っている様に見えても、アルから見れば、二人と格闘ゲームをして居るのと大差はなかった。

 殺し合いがしたかった訳ではない。

 だからこそ、一光には虫を差し向けてはいなかった。


   *


 アルの考えがどうであれ、一光は必死である。

 何せ如何に手を出して来ないとはいえ、自分達の周りには機械の虫が群れを成していた。

 ギチギチを威嚇する様な音は恐ろしく、時折動く工具の音は脅威以外何物でもない。

 それでも、一光達は確実にアルの側へと寄って行った。

 だが、問題が無い訳でもない。

 実際には何かをされた訳ではないが、一光の消耗は著しい。


 棍棒に見立てた虫の脚を力の限り握り締めながら、エイトとサラーサの周りを護る様に歩き回る。

 その一連の作業は、一光の集中力を削いでいく。

 

 ふと、虫の群れが途切れが見えた。


 ソレを見て、一光は内心【あぁ、少しは休める】と感じる。

 実際には、他の虫が邪魔に成らない様退いているだけであった。


 ほんの少しだけ一光が目を閉じ、息を吐いた時、天井からゆったりとワイヤーを用いた蜘蛛型の機械が下りてくる。


 異変にいち早く気付いたのは、サラーサであった。

 しまったという顔を浮かべて顔を歪める。


『上から来ます!』


 サラーサは慌てて蜘蛛の襲来を告げるが、一光が動くよりも早く、蜘蛛が動いていた。


 体を吊り下げていたワイヤーを自ら切り離し、自重に任せて落ちる。

 勿論、一光には狙いは定めて居ない。

 それでも、一光は慌ててサラーサを庇おうとしてしまった。

 どうせなら避けてくれた方がサラーサも跳び退ける。

 だが、今はそれも難しい。

 

『エイト! 一光様を!』


 片方しかない手で、サラーサはその場から飛び退きながらも一光をエイトへ押し退ける。

 余りに急な事に、エイトも一光を抑える事で精一杯であった。

 

「………駄目! サラーサ!?」


 一光の願いも虚しく、大型の蜘蛛は重さもそのままにサラーサの上に落ちた。

 グシャンと嫌な音と共に、異様な光景が広がる。


 線を自ら切ってしまった以上、蜘蛛は動けないが、目的は果たしていた。

 小柄な少女、サラーサは、飛び退いて居た為に全身が潰れる事は避けられたが、胸から下を潰されてしまう。


「……嫌……嘘……やだ」


 いきなりの事に、一光は思わず手の中の虫の脚を落とし掛けるが、何とかそれを握り締める。

 一光はサラーサが死んだと錯覚していたが、実際にはまだサラーサは動いている。

 もぞもぞと、残った腕で必死に身体を反転させて。


『私の……事……は……どうぞ……お気になさらず……それより早く……治療薬を……』


 そう言うと、サラーサだったドロイドはゴトンと頭を落としていた。

 生き生きしていた筈の目から、力は消えていく。

 

『構うな! 相楽一光! サラーサの事は後だ!』

「え………でも」

『でもではない! 今は集中してくれ!』

 

 エイトはそう言うと、一光の手を引く。

 一光は手を引かれるまま小走りに走るが、残された少女の残骸から目を離せなかった。  


 走る内に、一光の中に怒りが湧く。  

 知り合いに成って間もないが、サラーサを潰された事は許せない。

 虫の脚が少し重いが、それをギュッと握り締め直す。  


 突貫して来るエイトと一光には、アルも困っていた。

 相手が二人に成ってしまった事から、虫をけし掛けるのも難しい。

 然も、相手が移動して居るとなると、同じ手も使えない。


 猛然と走る一光とエイト。 

 怒りで頭が一杯の一光には恐怖は無い。


「この野郎!?」

 

 普段のおっとりとした性格は何処かへ吹き飛び、一光は虫の脚を振りかぶった。

 一光を護らんと、エイトは虫に目を配るが、アルの前に、虫が二体壁の様に立ち塞がった。

 虫を退かしている暇は無い。

 思い付いたエイトは虫に取り付き抑えながらも、身を屈める。 

   

『良し! 行け! 一光!!』

「分かってる!」


 エイトの声を受けて、一光はその背中を踏み台にバッと跳んだ。

 

 機械の森の奥。 少年は戸惑った。


 虫の操作を無視すればエイトに対抗出来ず、避けるのも難しい。

 アルは咄嗟に頭を腕で庇うが、それに構うことなく、エイトの声援を受けた一光は、虫の脚をバットに見立てて振り抜いた。


 この時ばかりは、アルの小柄なボディは仇と成ってしまう。

 全身全霊を込めた一光のフルスイングは、アルを叩き飛ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ