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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
102/142

水と油 その23


 昆虫と人間では戦いに成らない。

 その理由としては、昆虫の知能が低いという事ではなく、ただ体の大きさが違い過ぎるからだ。


 世界最大の昆虫でも、一匹で人間と戦うのは難しいだろう。

 しかしながら、逆を言えば大きさが同じならば、人は虫には勝てない。

 ただの人間など、余程呑気な虫でない限り餌にしか成らない。


 だが、エイトとサラーサの二人は傍目には女性だが、生身と言うわけではない。

 最新鋭の技術が惜しみなく注ぎ込まれた結晶と言える。

 無論、対峙する虫達もそうだった。


『ふん……やはり有線式か何処かで見た気がするな』


 自分を品定めする様に窺う金属の虫から伸びる線を見て、エイトは呟く。 

 ソレを受けて、隣です立つサラーサは顔をしかめた。


『ハイハイすみませんでしたぁ……でも、どうします?』


 サラーサの声に、エイトは構える。

 その構えは、以前サラーサとしていたゲームのキャラクターのそれに酷似していた。


『知れたことだ。 前と同じ様に……ぶちのめす』


 まるで勝ちを確信した様なエイトの声に、サラーサも構えた。

 サラーサの構えも、やはりゲームで操っていたキャラクターのソレである。


『釈然とはしません。 ですが、納得は出来ます』


 二人が構えた途端、機械の森にガサガサと音が響く。

 虫の足音に似ているが、遥かにそれは大きい。


 一光は、見ている事しか出来ない自分を恥じていた。


 獰猛な機械の化け物に立ち向かうエイトとサラーサ。

 二人が人間ではないことは分かっている。 

 それでも、必死に頭を巡らせる。 何か出来ないのかと。

 

   *


 同じ頃、別の場所では一光と同じ様に悩む者も居る。 

 匠は、意識朦朧としながらも、どうしたものかと悩んでいた。

 

 拉致された事はこの際どうこう言っても始まらない。

 自分何故拉致されているのかも、この際どうでも良い。


 聞いて見ても構わないが、【殺して埋める為】と言われても困る。

 その代わりと言っては何だが、匠は自分と熊を連れ出した者達の会話に耳を傾けていた。


「しっかしよぉ! こんな糞みたいな不景気な時代に、豪儀な話しも在るもんだぜ!」

「ああ、これで金がたんまり入るってんだからなぁ。 何しようかねぇ……キャバクラ、風俗、何でもござれだぜ」


 誰かは分からない者達は、どうやら自分達の勝利を確信して居るのは分かる。

 何せフラフラとした匠に何か出来るとも見えず、その腕に抱かれている小熊が何かするとも思わない。


 だが、実際には小熊は必死に動いていた。 速くではなく、ゆったりと。

 ナメクジ以下の遅さで、ノインは必死に動く。

 少しずつだが、確実に小熊は匠を木のように登っていた。

 

 余りに遅い為に、匠を拉致した者達も小熊の機微には気付いていない。

 どれだけ時間を掛けたのかはともかく、ノインは、ようやく匠の顔の近くまで辿り着く。


『……ぉぃ、聞こえます?』


 囁く小熊の声に、匠の目もゆったりと動く。

 急な動作が出来ないのもあるが、小熊が自分を登っていたのは分かっていた。


 声を出せない代わりに、匠の頭は縦に揺れる。

 匠の頷きを見て、ノインはまた囁いた。


『このままではいけません。 ですので、僕らでなんとかしなければ』


 なんとかしろと小熊に言われた匠だが、良い案が出て来ない。

 殴り合いに持ち込む事は出来なくはないが、今の匠では直ぐに鎮圧されてしまうだろう。


 小熊の声に悩む匠に、ノインが囁く。


『あの時の……事覚えてますか?』


 何とも思わせ振りな声に、匠の目は窄まる。

 ノインを抱っこした事は在るが、別に下心からした事ではない。

 それ以外にも色々思い返す匠だが、ナナと対決した時以外、熊と何かをした覚えは無かった。


 なかなかウンと頷かない匠に、ノインは注意深く囁く。


『僕が操っていたバス……止めましたよね?』


 そんな声に、ようやく匠は過去を思い出していた。

 それは、まだノインがノインではない頃の話である。

 

 人を死なせた事が、記憶の蓋としてそれを出させなかった。

 それが、ノインの言葉によってまざまざと思い起こされる。

 匠の頭が、ゆったりと縦に揺れた。


『あの時とは状況は違いますけど、僕らでも出来る筈です』


 そう言われても、匠は目を泳がせる。

 かつてノインが操るバスを止めた際は、匠はタクシーを運転していた。

 その時の止め方にしても、誉められるモノではない。

 

 拡声器などを用いて止まれと叫んだ訳でもなく、無理やりタクシーをバスに突っ込ませたのだ。 

 では、今それが出来るのかと言えば難しい。

 

 匠とノインが乗せられている車は、どう見ても骨董品の類である。

 自動運転など付いておらず、殆どの操作を人間が行う。

 事実、運転手は面倒くさげにハンドルを握っていた。


 どうしたら良いかを迷う匠。

 そんな匠に、ノインは意を決する。


『……十秒……いえ、五秒で良いです。 何をしても構いません。 時間を稼いでください』


 小熊の声に、匠は、動かない頭を働かせる。


 何をすれば人が困り、慌てるのかを考えた。

 暴れるのは無理がある。 

 それでは時間は稼げない上に、下手に相手を逆上させるだけで意味が無い。

 其処で、匠は妙案を見出していた。


「……うぅ!? ぐぅぅぅぅぅ……」


 匠は急に腹を抑え、呻いた。

 そんな急な事に、拉致犯達も何事かと匠を見る。


「んぁ? おい? なんだ?」


 別に何か暴言を吐いた訳でもないからか、男は匠を窺う。

 相手の気が引けた事から、匠は演技を始めた。


「……は、腹が……いでぇ……うぐぁぅぅ……こ、このままじゃあ……」


 如何にも腹を下したかの如く、匠は身を屈めて呻く。

 その声は、まるでこの世が終わるかの様な様相を呈していた。


 そんな匠に、男達は異変に戸惑っていた。 


「はぁ!? おぃおぃ……ちょ、ちょ待てよ……我慢してたってか!?」


 もし、男達が何処かの国の本物の諜報員や特殊部隊ならば、仮に人質に多少の変化が在った所で動じないだろう。

 仮に漏らそうがぶちまけ様が、車内がとんでもなく臭っても耐え抜く筈だ。

 しかしながら、男達はその手のプロフェッショナルという訳でもない。

 

 アルが語った通り、喰い詰めて金に転んだだけであった。


 運転手である男も、匠の呻きは聞こえている。


「お、おい! 何とかしろ! 急に言われたってどっかに止めらんねえよ!」


 匠とノインを乗せた車は、奇しくも高速道路を走っていた。

 その車の目的地が何処で在れ、急に止まる訳にも行かない。

 何せ、男達は匠を拉致している明らかな犯罪者であり、何処かのサービスエリアに止まるのも難しい。 

 だが、このまま無理に走行を続けて車内で漏らされても困る。


 発生してしまった緊急事態。


 で在れば、何処か適当な出口から高速道路を降りる他はない。

 その為に急いでいた運転手は速度を上げてしまった。 


「うぅぅあ……み、道端でも良いからぁ……」

「う、煩ぇ! 少しは我慢してろ!」


 男達の意識は、苦しむ匠に向いている。

 ノインは、その隙を逃さない。 全身を躍動させ、小熊は動く。


 後部座席から跳び出し、小熊はハンドルに取り付いていた。


「うわ!? なんだこの熊!?」


 ぬいぐるみだと勝手に判断し、油断していた運転手に取っては勝手に暴れる小熊は在る意味恐怖の存在である。

 腹が痛いフリをしていた匠も、残りの力を振り絞り背後から運転手を抑えた。


「今だ! 熊! 何とかしてくれ!」

 

 元々弱り切り、力もろくに出ない匠。

 それでも、運転手を慌てさせる事ぐらいは出来る。

 

「くっそが!? テメェ!?」「おい! さっさと止めろ!!」


 男達は、今や大慌てであった。

 運転手は匠に捕まれ動けず、その仲間も何とか匠を抑えようとする。


 その隙に、ノインは全身全霊でハンドルを捻っていた。


 高速走行中、急にハンドルを切られた場合、車は素直には曲がれない。


 もし、男達が自動運転の車を用いていた場合、そもそもハンドル操作は意味を為さない。

 ましてや、アルは同族の対策の為にと敢えて昔の車を持ち出した訳だが、この時、それは匠とノインに取って好都合と言えた。 


 高性能なバランスを保つ為の機器は付いて居らず、また勝手に軌道の修正もしてはくれない。


 こうなると、急にハンドルを操作された車のタイヤは横を向くが、速過ぎる速度の為に曲がると事は出来ず、それどころかブレーキの役割を果たしてしまう。


 匠とノイン、そして男達を乗せた車は、片輪がグワっと勢い良く浮き出していた。


「うわぁ!?」「何してんだ!? 戻せよ馬鹿!!」


 男達が急激な揺れに慌てるが、何も出来はしない。

 乗っている者達全員が、激しい振動と揺れに翻弄される。 


『あーもぅ! やっぱり僕は乗り物と相性が悪いんですかぁ!?』

 

 以前の経験も含めて、凄まじい衝撃の中でノインは嘆く。 

 そんな小熊を、匠は運良く掴まえ胸に抱く。


 何が出来る訳もないが、一光の事を想うと、小熊を守ってやりたかった。



  *


 高速道路では、一台の車が派手に横転し事故を起こしていた。

 自動運転の車達は、誰かに誘導される訳でもなく片側に寄り事故車を避ける。

 

 何人かの人達は、久し振りに見る派手な事故に目を奪われるが、遠くから聞こえるサイレンの音にも気付いていた。


 本来ならば、高速道路の事故の処理には専門家が当たるべきだろう。

 だが、サイレンを鳴らす車は、緊急車両ではない。

 スポーツセダンを改造した、覆面パトカーであった。


 それを運転するのは、匠の知り合いの刑事、藤原である。

 そして助手席では眼鏡を掛けた妙齢の相棒、長谷川。


「あ! 彼処です!」

「お? ホントに事故ってんのか?」

「彼処ですよ! 藤原さん! 急いで………安全にですよ?」

「任せろよ! 急行するぜ! ってもよ、長谷川……よくあんな事件分かってなのな?」 


 藤原の追求に、長谷川は目を泳がせる。


「あ、ぜ、善意の第三者が通報してくれまして……そんなそんな事より!」

「あいあいさー、ひっさしぶりの全開走行ってな!」


 通報者が誰なのか、藤原に取ってはどうでも良かった。

 今はただ、全開に出来る事が素直に嬉しい。

 藤原は深くペダルを踏み込む。

 スピードメーターは既に【160】と法定速度の倍を呈して居たが、メーターの針が更に下へ下へと向かう。


「ち、ちょっとぉ! 出し過ぎ! 出し過ぎですよ?」

 

 焦る長谷川に、藤原はガハハと豪快に笑った。


「何言ってんだよ! 緊急事態、緊急車両だぜ!」


 在る意味職権乱用だが、藤原と長谷川を乗せた改造覆面パトカーは凄まじい速度で現場へと辿り着いていた。


「よっしゃ長谷川! 三角板と発煙筒な!」


 シートベルトを乱暴に外しながら、急ぐ藤原に、長谷川も同じ様に急ぐ。


「分かってます! 藤原さんも、犯人確保と被害者の保護、ちゃんとしてくださいよ!」


 長谷川の声を背に受けながら、藤原は懐から拳銃を引き抜いていた。

 何せ、長谷川の受けた通報は拉致である。

 となると、相手が武装している可能性も多々あった。

 

 恐る恐る、慎重に、だが、確実に距離を稼ぐ。

 そんな時、車から這い出て来る男達を藤原は見つけていた。


「よぉーし、動くな! 警察だ! 両手を挙げろ!」


 内心、一遍で良いから言ってみたかった台詞を藤原は吐く。

 銃を突きつけられ、男達は呆気なく両手をノロノロと上げていた。

 意外な程に呆気なく犯人確保は終わったが、まだ終わりではない。


 車内をチラリと窺うと、誰かが居る。


 出来れば出してやりたい、だが、犯人をそのままには出来ない。

 そんな藤原の元へ、長谷川が駆けてくる。


「おー長谷川! 中の奴頼むぜ?」

「分かってます!」


 両手を上げたまま動かない犯人の横を抜け、長谷川は車内に目を向ける。

 横倒しの車の中では、匠が何かを抱えて倒れていた。


「加藤さん!? 加藤さん!!」


 長谷川の声に、藤原は片目を窄めた。

 まさか、拉致されたのが知り合いだとは思いも寄らない。

 藤原の隙を突き、一人は逃げようと試みるが、藤原の太い脚が蹴り飛ばす。


「動くなっつってんだろが! ボケがぁ! 脚ぶち抜くぞ!」


 本来、犯人への脅しや暴行は許されるモノではないが、そんな事は見ていないと長谷川は車に注視する。

 焦る長谷川だが、匠の腕の中から何かがもぞもぞと出て来るのは分かる。

 ソレは、小熊であった。


『……はぁ、死ぬかと思った……て、違う違う。 き、救急車、救急車を!』


 必死な小熊の声に、長谷川はジャケットのポケットからスマートフォンを取り出していた。

 位置的に、藤原にスマートフォンは見えない。


「……ナナ」


 長谷川の声に呼応して、スマートフォンの画面は灯った。

 其処には、ノインからの連絡を受けた赤い髪の少女ナナ。

 以前には連続殺人鬼であったナナ。 

 未だに、藤原には打ち明けられない長谷川の秘密の相棒である。


『はいはい、もう連絡してあるから、その内来るって。 落ち着きなよ』


 ナナの声に、長谷川は匠へ目を向ける。


「そうだけど……加藤さん!」


 知り合いが其処で倒れていたという事態に、早々長谷川は落ち着けない。

 だが、呼ばれた匠は小熊に揺さぶられるだけで、動いてはいなかった。

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