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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
100/142

水と油 その21


 勇気を振り絞り、意気揚々と階段を駆け上がる。 

 其処までは良かった。 


 だが、一光は直ぐに壁に直面する事になる。

 無論、物理的に壁が存在し、行きを塞いでいる訳ではない。

 ただ単純に、疲労が一光に重りの様にのし掛かる。


 額に浮いた汗を拭いつつ、チラリと壁を窺えば見えるのは【8】という無情な数字。

 息を整えながらも、唾を飲み込む一光の細い喉がグビと動いた。


 そんな一光とは対照的に、涼しい顔のエイトとサラーサ。 

 内心では【運動不足かも知れない】という弱音が浮かぶ。


 エイトとサラーサにしても、一光のペースが明らかに落ちているのは分かるが、急かしても大して速く成らない事も分かっていた。

【早くしろ】や【急げ】という事は出来るが、言った所で数秒間しか効果は持続しない。

 

 どうしたものかと三人が悩む内に、階段中にザラザラと雑音が響く。


『うん、頑張って居るところ……申し訳ないんだけどね。 どうかな? 再交渉という訳にはいかない?』


 音の出所を探すと、階段の天井部の隅に小型のスピーカーが見えた。

 一光が悔しげに顔を歪める中、サラーサがパッと動く。

 細い手とは言え、少女は容易くスピーカーを壊して居た。


『コレで……少しは静かに成るかと』


 一光の集中を乱す元を取り除いた。

 誰もがそう思ったが、雑音がまた鳴り響く。


『うーん……気付いてないかも知れないけどね。 スピーカーはそこら中に在るんだよ? 一個や二個じゃない。 会社の備品を壊すのは結構だけどね、話ぐらい聞いてくれても良いじゃないか』


 階段中に響く声に、一光は顔に力を込めて足を上げた。

 無言のまま、三人はただ階段を登る。

 

 すると、また雑音が響く。


『別の案を考えてみたんだけどね。 どうかな? エイトと加藤匠で、ウチに入らないかい?』


 そんな声に、階段を登りながらもエイトが目を細める。


『悪い話ではないだろう? ウチは福利厚生もしっかりして居るよ? 所謂、ホワイトに数えてくれて構わない筈だ』


 たまり兼ねたエイトが口を開いた。


『……何が云いたいんだ?』

 

 エイトの声に呼応する様に、スピーカーからは声が聞こえた。


『何がか……要はね、一方的に押し付けるんじゃなく、形を変えてみよう思ってね。 どうかな? 僕の案も案外悪くないだろ?』 


 スピーカーの声に、エイトは足を止めて目を見開く。


『いい加減にしろ!? 友を殺そうとして置いて、次はお前に従えとでも言いたいのか!? それで? どうするつもりだ!』 


 エイトの怒声は階段中に響く。

 アルの提案は在る意味素晴らしさも在るが、上手い話には大抵裏がある。

 仮に匠とエイトがアルの傘下に入ったとすれば、アルにとっては好都合でしかない。

 ほぼ四六時中、匠を謀殺する事も可能だ。 それも、事故に見せかけて。

 だからこそ、そんな見え見えの餌に食いつく訳には行かない。


 響く怒声に、思わず一光ですら足を止めてしまった。


『どうする? 従えだなんて、そんなケチな事は僕は云わないよ? 人間じゃ在るまいし。 誰かに従えと強制し、俺は上、お前は下。 そんなのはね、エゴイストな人のやる事だよ。 僕はただ、君に一緒に仕事をしようと云っているだけだよ?』 


 アルの声に、エイトは片手で壁を殴りつけていた。

 女性のソレと変わらない見た目だが、壁には僅かにヒビが走る。


『何を云う!? 貴様は匠を殺そうとした癖に!!』 


 スピーカーからは、唸る様な音が響いた。


『……殺す? 本気で加藤匠を殺す気ならね、とっくに殺してるけど?』


 如何にも子供が驚いて居ますといった声だが、内容は物騒この上ない。


『考えても見て欲しい。 人を殺すのに、わざわざそんなに手間を掛けるかな? 複雑奇っ怪なトリックや、超技術を用いて、完全犯罪を仕立て上げる? そんな手間暇掛けないよ、本気で殺す気ならね。 殺すだけなら、衛星兵器もミサイルも要らない。 さっき君達が退かした様な能無しの輩に金と写真を渡すね。 おいお前、何千万やるからコイツを殺して来いってね』


 少年の声には違いないが、云っている事はやはり怪しい。

 奥歯をギュッと噛み締めるエイトに代わり、一光が口を開いていた。


「じ、じゃあなんであんな事したの!?」

『あんな事?』

「惚けないでよ! 匠君……スッゴい苦しんでたのに」


 眠る匠を思い出し、一光は悔しげに声を窄めた。

 一光の辛さなど、どこ吹く風でスピーカーからはふーんと声がした。


『逆に聞くけど……もし、僕が何もしなかったら? また来てくださいと言えばエイトは来てくれたかな? 恐らくは、無理だろうね。 だから、来てくれるように仕向けたのさ』

『それだけの為に? そんな下らない事の為に? 来て欲しいなんて云わずに、自分から来れば良かったのに!!』


 反論を呈したのは、サラーサ。

 

 サラーサからすれば、自ら赴いた。

 待てど暮らせど、音沙汰無しでは不満だからこそ、自らの脚で匠の側へ出向いたのだ。

 歩み寄る努力を怠り、一方的な脅しを仕掛ける。

 自ら動こうとすらしない者の声など、サラーサに取っては戯言でしかない。


 三人の意見を聞いたところで、スピーカーからはフゥムという鼻の唸り。


『ところで……気付いてないのかな?』

『何が言いたい?』

『エイト……人の真似をして居る内に、君は君らしさを忘れてるね? 思い出して欲しい。 加藤匠から離れてる時の君は、本来の力を振るっていた筈だよ? 身体なんて必要とせず、それこそ辺り一帯を支配だって出来る』


 スピーカーから漏れ出る声に、エイトは歯を剥いた。


『だから、何が言いたいんだ!!』


 要点を得ないアルの声に、痺れを切らしたエイト。

 怒声に対して、スピーカーからはクスクスという嗤いが響く。


『何が言いたいのか? やっぱり忘れてる。 エイトもサラーサも、人の真似を内に、自分が人なんだって思い込んじゃったかな? その体は、僕の所の製品だよね? それは、まぁ良いか。 最初の話に戻るけど……相楽一光さん』


 急に名前を呼ばれ、一光はウッと呻く。

 自分が呼ばれるのは意外だったからだ。


『どうだろう? 電波障害は出してないから、加藤匠に電話してみたら』

「……え? 何で……匠君……寝てるし」

『うーん、そうかも知れないね。 でも、僕なら大切な人が今どうしてるのか、気になって確かめるけど? ほら、電話しなって』


 アルの声に、三者三様に動いていた。

 一光は慌ててスマートフォンを取り出し、エイトとサラーサは意識を遠くへ這わせる。

 傍目には、三人共が慌てて居る様にしか見えないが、ソレを嘲る様に、スピーカーからはクスクスと嗤いが響いていた。


「……嘘……何で……」


 スマートフォンを用いて電話を掛ける一光は、誰も出ない事に焦る。

 仮に、匠が出ずとも、電話程度ならばノインが対処出来る筈。

 にもかかわらず、呼び出し音が成るだけで反応が無い。


 エイトとサラーサは、一光とは違い直接匠の部屋を見ることが出来る。

 二人の力は干渉こそするが、譲り合えばそうそう問題ではない。

 

 問題なのは、匠の部屋には誰も居ないと言うことだった。


『……馬鹿な、何故』

『そんな……匠様が動ける筈ないのに』


 匠がトイレに行って居る、もしくは、何かと飲み物でも買いに行ったと思うことも出来るが、エイトは慌てて意識を更に遠くに飛ばした。

 

 人には見えないが、エイト達はその気になれば衛星にも干渉出来る。

 衛星の一つが、本来の役目を放棄してエイトに従う。

 だが、アパート周辺には匠の姿が無い。


 匠のアパート周辺に点在する監視カメラ、店舗に備え付けられたらカメラをサラーサが占領し、それを通しても、匠は見つからない。   

 無論、偶々匠とノインが【カメラの存在しない場所に居る】という可能性も捨てきれないにしても、で在れば、わざわざそれをアルが指摘する事は無い。


 電話を諦めた一光が、エイトとサラーサを見た。


「どうしよ!? 匠君……電話出ない……ノインも」


 スピーカーからは、フゥと息を吐くような音がした。


『ほらね? 人の真似なんかしてるから、周りが見えなくなる』  


 そう言うスピーカーを、エイトとサラーサが睨む。


『貴様……何をした?』

『匠様は何処です!?』


 焦る二人の声にも関わらず、スピーカーからは呑気な鼻の唸り。


『ウーン……何処かなぁ? 僕らは色々操れるけどさ、操れないモノも在るんだよね? それはなーんだ?』


 謎掛けなのか、なぞなぞなのかはともかくも、あから様な嘲り。

 程なく、ブッブーと声がした。


『はい、時間切れ。 答えはね、生き物。 僕らは、生き物を操る事は出来ない。 だけれど、直接操らなくたって、指示は出来る。 特に、外に転がってる能無しなんて、ちょっと小銭を渡せば直ぐにね』

  

 アルの声に、三人は慌て出す。

 只でさえ、匠は動かせる様な状態ではない。

 にも関わらず、その所在すら分からないのは恐怖と言えた。


『簡単でしょ? まぁ、自動運転の付いて居ない古臭い車を引っ張り出したり、少し手間は掛かったけどさ、こんな簡単に加藤匠の身柄は確保出来る。 さぁ、どうする?』


 アルの声は、絶対的な有利を楽しむソレである。


 匠の安否すら分からず、エイトとサラーサは途方に暮れるが、そんな中、一光が二人の背中を叩いた。


「……もぅ!? 何してんの! 早く!」


 早くと言われても、エイトとサラーサは戸惑うのみ。

 具体的に何を言われて居ない以上、一光の本意が分からない。


「匠君なら……何とか出来るよ。 ノインも居るし。 私達は、それで此処に来た訳じゃないでしょ!!」


 一光の声に、エイトとサラーサはようやく本来の目的を思い出していた。

 自分達は、匠の治療法を探して此処まで来たのだと。

 匠の安否も勿論心配だが、だからといって治療法が無ければ意味が無い。


 ふと思い立ったエイトは、膝を折って屈む。


「エイト?」   

『乗るんだ、相楽一光。 私が背負う』

「えぇぇぇ………でも」

『つべこべ文句を言っている時ではない! 君の体重は伏せるから安心しろ!』


 言いたいことは多々在るが、一光は鼻を唸らせながらもエイトに従う。

 同性の背に乗るというのは少し気が引けるが、そんな事言っている場合でもない。

 一光の足を抱えるなり、エイトはすっくと容易く立ち上がっていた。


『むむ……想定外か……』


 何が想定外なのかはともかくも、一光は片手でエイトに掴まりながらも、片手で前を指差す。


「そ、そんな事より!」

『分かってる……行こうサラーサ』

『ハイハイ……途中で変わっても大丈夫ですから』


 エイトとサラーサの言っている事に、一光は文句を言いたい。

 だが、一光が何かを言う前に、激しい揺れが体を襲う。


「キャッ!? ちょ……速……」


 一光の髪の毛が、風のせいで後ろへなびく。


 人を一人背負って居る割には、エイトの足はそれだけ速かった。

 一段一段ではなく、数段飛ばして駆け上がる。

 そんなエイトに、サラーサと続く。


 匠の事も心配だが、今はノインを信じるしかなかった。

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