新たなる同居人?
思いもよらない事から、時に人生は変わる。
21世紀も程良く進み、文明は微妙に発達し、そろそろ機械に任せるべきか、自分で運転すべきか迷う時代
金曜日の夜、独りの青年は出掛けもせず、自宅でのベッドに横たわり、携帯端末の画面を指で弄っていた。
青年の家はさして広くないアパート。
未来と言う時代に些かそぐわぬが、それでも彼の稼ぎでは精一杯と言えた。
青年のズボラ差を現す様に、床には紙を用いたチラシや雑誌が転がり、片付けられもせずに在る。
そんな散らかった部屋の中で、青年は溜め息を漏らす。
「あーあ、新しいモノがポンポンと出たってよ、欲しくても金がねぇっての」
携帯端末の画面に目を通して居た青年だが、欲しいモノを買うには些か財布が薄い。
「それに……アレも、買っちまったしなぁ」
財布が薄い理由として、彼は近頃、在るモノを入手していた。
青年が手に入れたのは、手製のパソコン。
ハンドメイドと言えば聞こえは良いが、何処かの大企業が制作した正規の製品ではない。
青年の知人が少ない予算にも関わらず、何とか組み上げてくれた所謂お手製のデスクトップ型パソコンであった。
【なるべく低予算かつ、高性能でお願い】
という青年の無茶な要求に応えるべく、傍目に怪しい機械には出所不明の怪しい部品が満載されていた。
あの部品がどうだ、この装置がどうだという細かい事は青年には分からないが、多少奮発しただけありその働きは順調と言える。
中に何が入っているのかを無視すれば、友人手製のソレは第一級の物と比べても何ら遜色は無い。
だが、【好きに作ってくれて構わない】という条件の元に造られた怪しいパソコンは、箱型ではなく形が異様に丸かった。
具体的にボール型という訳ではない。
例えるならば、ダルマをのっぺりとした顔にして、全体を白に塗りたくり、それの頭にコードが何本も突き刺さっているという、実に摩訶不思議なデザインと言える。
【箱型だと部品が入らんからしょうがない。 我慢しろ】
製作者である友人からそうは言われたが、何せ形のせいで部屋のスペースを余計に喰うために、青年は実に微妙な気分であった。
現代芸術と言っても差し支えない奇妙なパソコン。
「……あーあ……壊れたらルーブルにでも飾って貰うか……」
そんな青年の呟きに混じって、天気の方も微妙に変化していた。
*
夜もとっくに更けて居たからか、空には太陽が無く、ついでに、雲が厚くて月すらも定かではない。
オマケに、其処にゴロゴロという如何にも空の機嫌が悪そうな音が混ざれば、大抵の人はこう思うだろう。
【あら? 雨かしら? 夕立じゃなく夜立ちだけど】
誰がそう言ったのかは定かではない。
しかしながら、実際に雲は遠くまで響く程にゴロゴロと機嫌が悪そうに唸った。
程なく、バラバラと雨が降り、ついでに雷鳴が轟く。
生憎、それは青年の自宅近くで鳴っていた。
雷が何かに当たる確率は、宝くじの一等が当たるのと同じ確立である。
約一千万分の一。
そんな天文学的な数字にも関わらず、機嫌の悪い空は、雷を青年の自宅近くへと落としてしまった。
*
けたたましい雷の音と共に、青年の部屋から灯りが消え失せる。
「うお!? 停電かよ!?」
真っ暗な部屋の中では、そんな焦った声が響く。
灯りの無い部屋では、何が起こっているのか、声を上げた本人ですら定かではない。
暗闇の中。 ハッと思い付いた青年は、文明の利器を使う事を思い付く。
覚束ない指先で、携帯端末を操作すると、幸いにもパッと明かりが灯った。
「あー、もう……くっそ……停電とか、今時ないわぁ」
文明の発達のお陰か、何とか視界を確保した青年は、急ぎ部屋を見渡すのだが、久し振りの停電という体験に、彼は少し慌てて周りが余り見えていない。
片付け忘れていたゴミに足を取られ、青年はすっ転んだ。
「あー! イッテーなぁ。 なんだよぉ、たくっ……ツイてねーよなぁ」
呻きつつ、立ち上がる青年だが、部屋の惨状を見て辟易する。
「あーあ……参ったねぇ、どーも」
ブレーカーは何処かと探す青年だが、それを嘲笑うかの様に、電力は独りでに復旧し、部屋には灯りがパッと戻る。
だが、ゴミは消えてはくれない。
「あぁ、やっぱり……掃除しないと駄目なのよね」
ホッとした青年は周りを見るが、見えた部屋の中は悲惨であった。
ゴミ袋はまるでイタチの最期っ屁の如く中身をぶちまけ、オマケに、さっきまで元気良く動いて居た筈のパソコンだが、その画面は真っ黒である。
「……おぃ……うっそ、だろう? 大枚叩いたんだぜぇ?」
弱気な言葉漏らしつつ、部屋の惨状は後回しで慌ててパソコンへと青年は駆け寄る。
胸の内では【電源が落ちただけさ!】と唱えつつ、再起動の為に電源ボタンを押してみたが、反応が無い。
「頼む頼む頼むって! 死ぬな! おーい! マジでルーブルなんて送らねーから! 機嫌直せって! な!?」
まるで、今にも死にそうな怪我人を元気付けるかの様な青年の声。
天に祈る気持ちで念じると、青年の祈りが届いたのか、結果は直ぐに現れた。
なんと、真っ暗だった筈の画面に光が戻り、文言が映ったのだ。
【前回、正しく電源が落ちませんでした。 現在復旧中です! お待ちください!】
電気製品に疎い青年には細かい事は分からないが、なんとか電源が戻ったことは、彼にとっては救いと言える。
気が緩んだのか、ドスンと床に腰を落とし、長く息を吐き出していた。
「……はぁぁぁぁ、マジか。 良かったぁ……あぁ、やべ、片付けないと」
青年は辺りを見渡し、部屋の惨状を思い出す。
只でさえ余り綺麗とは言い難い部屋が、益々酷い事に成ってしまっていた事から、青年は立ち上がり、渋々ながらも片付けを始めていた。
暫く後。 片付けを何とか終えた青年は、ふぅと息を吐く。
「あー……パソコン使えねぇし……スマホ充電してるし……寝るか」
そう言うと、青年はその足でベッドへと向かい、疲れきった様にベッドへと寝そべる。
チラリと画面を窺えば、【復旧中です!】と見える。
「頑張れよー……ルーブルなんて行きたくねえだろ?」
命が無い筈の機械に、何となく応援の言葉を掛ける。
欠伸を一つ。 青年は、ゆったりと目蓋を閉じていた。
*
部屋の灯りを点けっ放しで眠る青年。
グースカと煩い青年のいびきはともかくも、朝日も登ろうかという時、パソコンの画面に変化が起こっていた。
映されていた【復旧中です!】という文言は消え、やたらとアルファベットや数字が忙しそうに乱雑に現れては直ぐに消える。
そして直ぐ後。 画面上には歪な顔にも似た丸が映った。
歪んだ丸は左右で黒白に分かれ、その黒白の中には、それぞれ小さな円が逆の白黒で目の様にポコッと浮かぶ。
その目は、画面の中で仕切りに忙しそうに動き出す。
すると、それに合わせてビデオ電話用に使うカメラが勝手に動いていた。
本来、そのカメラは画面越しに誰かと顔を合わせて通信する為のモノなのだが、ソレは部屋の中を勝手に探り、その情報を何処かへと伝えた。
また画面に変化が起こる。
画面に映る歪な顔に、口らしきモノが芽生え、それはモゴモゴと蠢く。
その動きに合わせて、本体に繋げられているスピーカーにまで独りでに電源が入った。
『───あー───あー、あ、マイクテスマイクテス…………』
スピーカーから漏れ出る音は、ヤケに野太く、嗄れた声にも似ている。
そして、音が止まると同時に、画面上に映る顔は、ジロリと青年が寝ている方へと向いた。
『……おーい』
低い呼び声が響く。
だが、青年は僅かに鼻を鳴らすだけで、図太いのか起きない。
僅かな間の後。 スピーカーからは溜め息にも似た音だけが響いた。
『……おーい!!』
先ほどよりも少し大きい音が響き、流石に青年も目を覚まし、ノソノソと身を起こす。
「……ぁぃ……いまいきやーふ……」
呼び声を聞いた青年は、声の主が宅急便か何かと思ったらしく、ベッドを降りると、そのままアパートの玄関へ向かおうとしてしまう。
それに気付いたのか、画面上の顔が少し不機嫌そうに歪んだ。
『おい! おーい! 其処の間抜け! 其処で止まれ!』
些か荒い声に、正気を取り戻した青年はビクッと身を震わせ、部屋を慌てて見渡す。
「な、なんだ!? 泥棒か? ちきしょう! 家にゃあ金なんてねーぞ!?」
そう言いながら、青年は慌てて床に転がる空のペットボトルを棍棒に見立てて拾い上げた。
空のペットボトルが武器に成るかはともかくも、画面に映る顔の目はスッと窄まり、青年も、ようやく異変に気付いた。
『やっと気付いたらしいな? 反応までに二十八秒も無駄にしたぞ?』
画面に映る顔は、笑う様に歪み、嗄れ声の様な音はスピーカーから聞こえる。
そんな異変に、青年は目を剥いしまった。
「おいおい……うっそ…だろう? パソコンが口利いてやがるぜ」
『生憎と喋っている訳じゃない、音声に似せた音を出してるだけさ』
急には理解する事苦しむであろう出来事。
青年の声に、命も意志も無い筈の機械は、律儀に返事を返してくれた。
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