2 竜と天人
★ヨワ・カツタバ
目を閉じれば、子供の頃に見たあの絵本が、まぶたの裏によみがえる。
何度も何度も読んで、すっかり暗記してしまった、あの本たちが。
――みなさんは、竜を見たことがありますか?
うつくしい鱗に身を包み、翼を広げて空を飛ぶ、鳥よりもずっと、ずうっと大きないきものです。
見たことがあるというのなら、それはとても幸運なことです。
見たことがないというのなら、それもまた、とても幸運なことです。
竜の吐く火は、町も、山も、なにもかもを焼いてしまいます。
ですから、竜を見て生き残ることができた人は、とても運が良いのです。
では、竜は悪いものなのでしょうか?
そんなことはありません。
竜とは、とおい昔、神によってつくられたものだと言われています。
神は大地をつくり、海をつくり、空をつくり、そして竜をつくりました。
そこに、草花や木々があらわれ、獣があらわれ、やがて人があらわれたのです。
大地がただの土ではなく、この世界を支える土台であるように。
海がただの水ではなく、命をはぐくむ揺りかごであるように。
空がただの風ではなく、人々を生かす活力を与えてくれるように。
竜もただの炎ではなく、あらゆる魔力のみなもとになるのです。
魔力がなければ、人は生きることができません。
草花や木々も、鉄や宝石も、獣も、魔物さえも、魔力なしには存在できないのです。
竜が飛んだあとには、たくさんの魔力が満ち、豊かな土地があらわれます。
あらゆるものはよりいっそう輝き、強い力を手に入れるのです。
ですから、わたしたちは、竜を憎んではいけません。
不作の年には大地が、洪水の日には海が、大雪の日には空が、《竜の季節》には竜が、憎らしいこともあるでしょう。
けれど神のつくったすべては、わたしたちに、奪う以上の恵みを与えてくれているのです。
竜をおそれてはいけません。
竜をうやまい、祈りましょう。
かれらはけっして、わたしたちの敵ではないのです。
――『よみきかせ りゅうのえほん 第一巻』より
――みなさんは、天人を知っていますか?
ある日とつぜん天からあらわれる、ふしぎな力を使う人々のことです。
ある天人は、とても戦いが強く、たくさんの敵をひとりで追い返してしまいました。
ある天人は、とても長生きで、世界のあらゆることを知っていました。
ある天人は、草花や獣たちの声を聞き、話をすることができました。
ある天人は、どんな病気やケガも、たちどころに治してしまうことができました。
もっとも、天人はだれでも、自分のケガならあっという間に治してしまう力を持つのですけどね。
でも、天人とは、いったいなんなのでしょう?
こんなお話があります。
とおい昔、あるかしこい若者が、仲間とともに、ひとつの竜の巣へと向かいました。
竜の巣がなくなれば、もう竜に苦しめられることはない。そう考えたのです。
若者たちが竜の巣を壊すと、あたりはまぶしい光に包まれました。
光が消えたあとには、竜の巣も、そして若者たちも、あとかたもなく消えてしまっていたのです。
天人たちは、その若者たちの子孫だと言われています。
神がつくった理をおびやかす者は、もうこの世界にはいられないのです。
若者たちは神が守るこの世界をおわれ、べつの世界へと旅立ちました。
その世界に竜はいません。だから、魔力もありません。もちろん、魔術もありません。
いったいどんな世界なのか、わたしたちには想像することしかできません。
そして、そんな世界からこちらへ迷い込んできてしまったのが、天人というものなのです。
けわしくおそろしい世界で生きてきたからこそ、天人たちはみな、とても強いのでしょう。
天人からは、きっと多くのことを学べるでしょう。
ですが、気をつけて!
かれらはとおい昔、神に逆らってこの世界を追われたものたちです。
天人のちからは、ときに竜を殺せるほど強いものですが、竜もまた、天人を憎んでいるといわれています。
ならば、天人には天へ帰っていただくべきなのでしょうか。
それとも、竜と戦っていただくべきなのでしょうか。
もしもあなたの前に天人が現れたら……どうすればいいか、みんなで考えてみましょう。
――『よみきかせ りゅうのえほん 第二巻』より
さあ。
考えてみようじゃないか。
ぼくたちの前に現れた、天人について。
……三十五人も来ちゃうなんて、さすがに想定外だったけどさ!