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11 運命の囚われ子

★榊アリス


「なんか……やれること、なんもないんだけど」

 バスの前方に、莉夜ちゃんが切り倒しまくった木でバリケードが築かれている。その前後に武装した人たちが陣取って、やって来る敵を数の暴力でボコり倒していた。

 みんな強いので、マジでやることがない。敵はみんな、アリスのトコまで来る前にやられてるし。玲もバスの窓から顔を出して「そうだなー」と同意してくれる。

 生徒十二人のうち、櫟原、莉夜ちゃん、となみん、仰木は森の中。逢沢と高坂、玲がバスのところ。幾田っちはひとりで戦ってる、っつーか、やられに行ってる、っつーか。英ちゃんは【シュレディンガーの手】で延々とリザードマンの死体を転送してて、それを何人かの大人が手伝っている。あんな重いモノを引っぱり出すのに、アリスたちが手を出したら逆に迷惑っぽい。

 残りは、アリスと咲良、あと唯ちゃんだけ。唯ちゃんは仲良しの幾田っちがあんなムチャな戦い方してるもんだから、ついて行くわけにもいかずに戸惑ってる。当たり前だ。アリスたち、戦えって言われてすぐ戦えるほどの戦闘民族じゃないし。平和を愛する平凡な日本人だし。

 さっきまでは、森にちょっとだけ入って行ってリザードマンにビーム撃ったりしてたけど、攻撃したら向こうも反撃してくるから、怖すぎてもうやりたくない。そんな様子が大人の人たちにも伝わったみたいで、ここはもういいですから、と言われている。いや、アリスたちを守るのがめんどかっただけかもだけど。

「アリスたち、もう帰ってもよくね?」

「もしはぐれてこっちに来るリザードマンがいたら、叫んで知らせようよ。それだけでも、ここにいる意味はあるはずだよ」

 咲良がいつもの調子で笑う。めっちゃ肝すわってんな。アリスわりとビビってんですけど。足とかガクガクしそうなんですけど。

 うつむいた拍子にピアスがちゃりっと揺れる。折り鶴をかたどったピアスを撫でる。ひんやりとした感触。よしよし、と咲良がアリスの頭を撫でてきた。

「いいじゃない。することがない、平和なのが一番だよ。だからアリー、無理しないで」

「べつに、無理とかしてないし」

「夜はちゃんと寝てる? 唯ちゃんも」

「あたしは平気だけど……」

 そこで、唯ちゃんがハッと目を見開く。

「咲良ちゃんこそ、大丈夫? 寝てる?」

「私は……あんまり、眠れてなくて」

 苦笑する咲良。言われてみれば、化粧がいつもより濃い気がする。目の下のクマをコンシーラーで隠してるのかも。持ってきてる化粧品は限られてるわけだから、薄くするならともかく、濃くするっておかしいし。

「咲良のほうが無理してんじゃん」

「私がどうでも、それでアリーや唯ちゃんが楽になるわけじゃないでしょ」

 そりゃ、そうかもしんないけどさ。

「べつに私、無理してるつもりはないんだよね。どうしていいのか分からなくて、何が何だか分からなくて、不安で眠れないだけ。それは私の問題だから、私がどうにかしないといけないことだと思う」

「そんなことないよ!」

 唯ちゃんがマジメな顔で叫ぶ。

「みんなきっと不安だよ。だから、みんなで話したら楽になるかもしれないよ」

「つーかさ、『分からない』のが怖いんなら、高坂に聞きゃいいんじゃね? あいつ、未来なら何でも分かるはずだよ」

 咲良は小さく首を振る。

「ドラゴンを倒せばいいって高坂くんは言ってる。でも私は、あのリザードマンでさえ倒せる気がしない。ドラゴンって、レッサードラゴンよりもずっと大きくて、羽も生えて、火も吹いて、とにかく強いって聞いた。そんなのが私たちに倒せるって、私には思えなくて。

 高坂くんは帰りたがってるから、帰るための方法を教えてくれてるんでしょ。でも、高坂くんは、私たちがドラゴンに勝てるとは言ってない。勝てると決まってるわけじゃない。もしかしたら負ける運命なのかも。高坂くんがそう言わないだけで。

 そういうこと考え始めたら、私、何も信じられなくなって、どうしたらいいのか分からなくて……」

 よしよし、とお返しに咲良の頭を撫でる。


 アリスはモンスターにはビビってるけど、未来は別に怖いと思ってない。

 それは単に、アリスがみんなの知らないことを知ってるからだ。

 ――元の世界に帰る方法は、ちゃんとある。

 そしてそれは、今すぐにだって実行できる。それが正しい手段だって信じることさえできれば。

 さっき逢沢がケガしたときのことを思い出す。

「そのまま死ねば良かったのに」

 アリスの言葉は本心だ。マジで死ねば良かったのに。そしたら確認できたかもしれないのに。


 『死ねば元の世界に帰れる』、って話が、本当なのかどうか。



★ヨワ・カツタバ


 ぼくとマキナはアカデミーの学生だ。それはつまり、魔術師団としての戦闘訓練を受けていないということでもある。戦時にほかの団員と並んで戦う力はない。となれば必然的に、前線からは離れた場所に位置取ることになる。盾を持った歩兵は防護魔術を駆使して魔術師を守り、魔術師はその隙に強力な攻撃を仕掛ける。この連携は素人にできるものではない。そして集団戦闘に限れば、ぼくは天人同様にまったくの素人なのだ。

 そんなわけで、ぼくは前線から少し距離を置き、バスの近くに陣取って、サカキ・アリスたちの話に聞き耳を立てながら周囲を警戒している。不安を訴える彼女たちの会話。まだマキナと変わらない年の、何不自由なく育ったと思われる女の子たちにしては、これでも冷静なほうではないかと思う。ちりちりと疼く罪悪感を心の隅に押しやりながら、周囲にまんべんなく気を配っていた――そのとき。

「ヨワ先輩っ、後ろ!」

 マキナの鋭い声。馬鹿な、さすがにリザードマンだって回り込まれれば気付くはず――と思いながら振り返る。次の瞬間、魔力を向けられる予感を覚えて、反射的に盾の魔術を張った。ぐおっ、と目の前で風が舞う。

「おいおい……今のを避けるかよ」

 顔を隠した男の声。手には銃。あの銃口形状は、隣国でよく流通しているタイプだ。鎧は歩兵と同じものだが、状況からして歩兵ではあるまい。まあ目的なんて天人に決まっているんだろうが、目標は殺害か誘拐か。

「褒めても何も出ないぞ」

 腰の銃を牽制として抜き撃つ。何者だ? 隣国ベルセゲータか、天人排斥派の蒼天会か、あるいは金目当ての冒険者崩れか。何だか知らないが、ぼくに銃を向けたこと、後悔させてやらないと。

 向こうも盾の魔術くらいは持っているだろうが、普通の人間が張ればそこから動けなくなるし、盾を消して発砲するまでにタイムラグもできる。ぼくにはその隙があれば充分だ。

「車の中へ!」

 マキナが腕輪に手を添えながら天人たちに告げる。腕輪に刻んだ魔術は攻撃か防御か。どちらにせよ魔術を使おうとする彼女めがけて覆面男が銃撃。マキナは数歩後ずさる。マキナの目の前で、放たれた魔力線がねじ曲げられて落ち、地面に小さな穴を穿った。ヨヨギ・アキラの能力か。

「待って!」

 コーサカ・タイチの声がする。

「あの人を、ヨワさんを守って! 誰か!」

 え? ぼく?

 そちらに気が逸れた瞬間、途方もなく嫌な予感が全身を包む。大きな魔術の気配。馬鹿な、いつの間にこんな――

「発動!」

 直後、眩しい光が目の前で弾けて、視界が真っ白に染まった。


 ◇


「……あれ?」

 気がつくと、ぼくはバスのすぐ横で尻餅をついていた。現状を認識してすぐ跳ね起きる。光の中で、誰かに突き飛ばされたような気がしたけど……何があった?

「大丈夫だ。どんな爆発が来ようが、あたしには関係ない」

 ヨヨギ・アキラが肩で息をしながら、バスの中から告げてくる。爆発……そうか。ぼくたちが眷属たちとの戦いに気を取られている隙に、何らかの方法で大規模魔術の罠を仕掛けておいたのか。むしろさっきの銃を持った男は、魔術を気取られないための囮だったのかもしれないとさえ思う。

 となると、連中の目的は天人の殺害かな。そう簡単に殺せるものじゃないはずだけど、ぼくたちを排除したあとなら、不可能ではないかも。あるいはこの防衛戦自体の邪魔? 可能性は低いな。こんな規模の眷属の襲撃、部外者に発生を予想できるものじゃない。身内の犯行、という線は、今のところ捨てておこう。

「た、助かったわ」

 マキナがうめくように言った。彼女もアキラの結界の中に逃げ込んだのだろう。それにしてもアキラの結界はすごい。今の爆発を完封するとは。

 地面に残った焼け焦げを見る限り、アキラの結界はアキラの立った場所を中心に、バスの大半を円形、いや球形に覆っていた。バスの後端は結界の外にあったため、塗装が剥がれ、窓が割れて車体もへこんでいたが、これは見る間に元に戻っていく。あの中年男性、バスの御者であるトドロキ・リョーゴの能力だろう。


「無事ですか!」

 タイチの焦った声がする。

「ぼくは大丈夫だけど……」

 前方、木で簡易バリケードを作っていたあたりは大混乱になっている。直撃こそしていなくても、爆風でバリケードは崩れ落ち、もはや用をなしていない。戦っているレッサードラゴンを後目に、リザードマンがこっちに向かってくる。追ってきたキダ・ヨモギがリザードマンに銃を向けたが、誤射の危険を考えてかすぐに銃口を逸らした。ヨモギの新たなターゲットは覆面男だ。危ないから逃げて、と言いたいが、ぼくも目の前の危機に対処しないと。

 リザードマンの頭に魔力線をぶち当てる。マキナがぼくの意図を汲んで心臓を撃つ。異変を感じたリザードマンが俊敏な動きで暴れ、致命傷を与えるのに手間取る。本来あれは長刀で喉を突くのが一番――と思っていたそのとき、兵士のひとりが鮮やかな動きで、リザードマンの背中を長刀で突き刺した。

 相手がモンスター一頭なら、こんな遅れは取らないのに。敵が多すぎて集中できない。そもそもぼくの装備は防御と作業に特化していて、攻撃手段は銃か、さもなくば強化した素手で殴るくらいしかない。天人ならともかく、ぼくが素人体術でモンスターを殴っても、ボロボロにされておしまいだろうから、銃が当てられなきゃ終わりだ。

「そっちは何者!?」

 ヨモギの誰何の声に、覆面男は戸惑ったような素振りを見せる。……もしかして、翻訳の指輪を持っていないのか?

「お前は誰だ、と聞いている」

 ぼくが通訳すると、覆面男は「答える必要はない」と言った。手袋で手元は見えないが、やはりそうか。これは重要な情報だ。

 じりじりと後ずさった覆面男は、途中でぱっと身を翻す。ヨモギは銃口を斜め上に向け、明らかに威嚇射撃と分かる仰角で撃った。目の前に木の葉が落ちても、男は足を止めない。

「こら、逃げるなーっ!」

「追え!」

 ミツハシ・ユイの叫びに、簡潔な指示の声が重なる。ヨモギが覆面男の足を撃った。火力を保ったままの、薙ぎ払うような射撃。さすが天人、総魔力量のケタが違う。まるで違う銃を撃っているみたいだ。

 転倒した覆面男に、先ほどの汚名返上、という勢いでクウェルが飛びかかる。腰のホルダーからカードを抜いて、発動したのは拘束系の魔術のようだ。さすがの手際。

「押さえておけ、新入り!」

「はい!」

 倒れた男を強化した片手で押さえつけると、クウェルはぼくに拘束魔術のカードを渡した。人間には有効だが眷属にはあまり効かない、お手軽タイプの魔術だ。とはいえぼくにも他に持ち合わせがないから、ありがたく受け取って発動を引き継ぐ。クウェルはすぐさま眷属たちとの戦いに戻っていった。

 覆面男の手から銃をもぎ取る。やっぱり隣国ベルセゲータでよく流通しているタイプ。この王国内で流通している銃はヴェージェ商会のものが大半で、そうだとすればぼくが見間違えることはない。やっぱりベルセゲータからの刺客か? それとも、そう見せかけたい別の団体? 翻訳の指輪を持たなかったのは、会話するつもりがないから? それとも準備が不十分なままの襲撃?

「それは何?」

 気がつくとキダ・ヨモギがぼくの手元をのぞき込んでいる。見つめているのはカードか。改めて説明しろと言われると難しい。

「これには魔術紋様が刻んであるんです。魔術師……に限りませんが、使いたい魔術を刻んだカードを持っておいて、必要なときに選んで使います。このカードは、この糸を出すためのものですね」

 覆面男の両手を後ろ手に拘束する糸を指さす。へえ、とヨモギは興味深そうに糸を突っついた。戦いの最中とは思えない余裕だ。

「この指輪もそうだけど、魔術っていうのは、みんなこうやって紋様を使って発動するものなの? 呪文を唱えたりは?」

「呪文も使いますけど、大抵の魔術なら、唱えなくても問題ありません」

 あくまで呪文は、対象や射程、威力などの設定や、発動タイミングが難しい魔術の発動指示に使う程度のもの。銃は最初から射程も向きも決まっているから魔術を発動さえさせれば撃てる。翻訳の指輪も、最初から対象となる範囲が指輪自体の紋様で規定されているから、わざわざ設定をする必要はない。

「紋様は必須?」

「なければ、ほとんど何もできませんよ」

 生命を維持するのが魔力の本来の仕事。その恩恵を、少しだけ別の形にするのが魔術。紋様がなくてもできるのは、生きること、食べ物や呼吸を通じて魔力を取り込むこと、くらいだと思う。便利ではあるが万能ではない、制限の多い技術だ。

 だから、さまざまな手続きや制限を全部スッ飛ばして不思議な奇跡を起こす天人の力は、ぼくの感覚では魔術よりも手品に近い、まさに魔法と言うべき神秘なのだ。

「ありがとう。後でもっと詳しく教えて……っ!?」

 ヨモギが身を固くする。銃口を向けられた気配がした気がして、ぼくは彼女を押し倒す。昔の商売柄、銃が放つ魔力には身体が勝手に反応する。腰の銃を抜く。

 森の中から別の覆面が飛び出してくる。しまった。ヨモギを守るために覆面男から手を離してしまっている。奪還に来たのか。だからあんなバレバレの殺気を放って。くそっ、自分ひとりを守るのには慣れてても、こんな混沌とした戦場はやっぱり苦手だ。

 優先順位がつけられなくて混乱する。天人の保護は個人的には最優先課題だけど、冷静に考えたら致命傷さえ負わなければ天人は死なないわけで。それならこの覆面男の捕縛? 先輩からの指示だから優先順位は高いけど、その重要度はどれくらい?

 ぐるぐると使えない新入社員みたいなことを考えてしまった、次の瞬間。

「あ」

 あさっての方向から飛んできた何かが、ぼくの背中で弾けた。



★三橋唯


 ぐらっ、とヨワさんの身体が倒れていく。

 その背中が血まみれになっている。待って。どういうこと。何があったの。

 四方季がビックリした顔で起き上がり、膝を突くヨワさんの身体を支えた。ぐっと体重がかかってるのが分かる。背の高い男の人だから、倒れると重そうだ。

「ふざけんな!」

 高坂が見たこともないような形相で怒鳴った。彼があんな風に怒るのは、本当に、初めて見たかもしれない。だからこそ怖い。やめて。落ち着いて。

「先輩!」

 マキナさんが血相を変えて飛び出す。え、ダメ、そんなことしたら、マキナさんまで。なにかが襲ってきてるのに。でもマキナさんは止まらない。まるで自分がやられることなんて気にもしてないみたい。

「くそっ、止めろ、あの二人は、死なせちゃダメなんだ!」

 頭を掴むように押さえながら高坂が叫んだ。苦しそうな顔。

 四方季が銃から出るレーザービームで辺りを薙ぎ払う。どきっとする。林の中には、ほかにも人がいるんじゃ。さっきと違ってビームは胸の高さ。当たったら死んじゃう。四方季にためらいはない。どうして。なんで、こんな。

 四方季の横で縛られていた、覆面の人がもぞもぞと動く。駆け寄ってヨワさんの傷を見ているマキナさんは動かない。気付いてない。

「やめて! 何する気!」

 思わず叫ぶ。

 助けは来そうにない。みんなモンスターと戦うので精一杯だからだ。むしろあっちも危ない。

 あたしの声にビックリしたからか、不意打ちに失敗したからか、覆面の人の動きが止まる。

「ヨワさんも! 死んでる場合じゃないでしょ!」

 弱々しく彼の手が挙がる。あ、死んでなかった。ごめん。良かった。

 それにしても、いったい何がどうなってるの? ぜんぜん頭が追いついてない。敵はどことどこにいるの? あたしはどうすればいいの?

「彼をお願い。これの使い方は分かった」

 ヨモギがヨワさんの手からカードを取り上げ、覆面の人の背中、いや背中に回した手を踏みつける。ひどいけどカッコいい。

 マキナさんが頷いて、ヨワさんに肩を貸す。立てるの? すごい血は出てるけど、思ったほどの深手じゃない、のかな?

 そんなことを考えていたとき、いきなり、頭の上でゴゴゴという音がした。影が落ちてくる。え? 今度は何?

 続けて、ばふこん、と歯切れの悪い爆発音。

 反射的に上を見る。

「……へ?」

 そこでは。

 おっきいロボットの腕が、何かを握り潰していた。



★逢沢斎


 ロボだ。

 これがロボ以外の何だと言うのか。

 バスの中程から、屋根と窓の間を押し広げるように太い腕が生えていた。むかし東京の台場で見た、等身大の巨大ロボ模型を思わせるサイズ。どう見てもバスに対してバランスが悪く、重量だけでバスがひっくり返りそうな気もするが、そんな気配はない。そもそもこの腕の正体が全く分からない。だがカラーリングは観光バスの意匠を引き継いでいて、それがバスの一部であることもまた明らかだった。

「これ以上――」

 バスの外側にあるマイクを通じて、運転手の声がする。


「――私の大切な乗客に、手を出すな!」


 握りつぶしたばかりの、爆弾のようなものであったと思われる欠片をぽいっと投げ捨てる。腕が反対側からもう一本生えて、今度は逆方向、モンスターとの戦いが続いているほうへと向けられた。クレーン車を思わせる動きで腕が伸び、リザードマンを掴んで、強く握り、これまたゴミでも扱うように投げ捨てる。

 カツタバ氏とマキナ嬢のほうに伸ばされた腕は、二人を優しくすくい上げ、代々木が張るバリアの内側へと導いた。謎の男と共に取り残された幾田が、唖然とした顔でバスを見ている。まあ、そうなるだろう。

 二人を下ろした腕は、今度は捕縛された男を掴み上げる。幾田が「後はよろしく!」と叫んで前線へと走っていった。腕がバスの屋上、俺のそばに男を下ろすと、そこに音もなく座席がひとつ現れる。シートベルトで幾重にも拘束された覆面の男は、現実逃避でもするような様子で空を眺めていた。

「ロボ……!?」

「ロボだな!」

 仲山と代々木の声がする。

 不意に大きくバスが揺れ始めて、俺はその場に這いつくばる。目の前に白い板が迫り、身体が引き上げられ、思わず目をつぶっていた。

 やがて振動がおさまり、目を開けてみると。

「……あの、これは」

 コックピット状の計器類。というかこれはバスの運転席か。

 目の前のフロントガラスごしに見える景色は視点が高い。周りの樹よりも高いところにいる。

 俺はそのコックピットの端で、旅行中に座り慣れた座席に腰を下ろしており。


「――ロボです」

 隣には、もの凄いドヤ顔をした運転手が座っていた。



★マキナ・ヴォートグォーラン


 ヨワ先輩が食らったのは、おそらく非魔術性の投擲兵器だ。銃に比べて魔術盾で散らしにくいことから、魔術師を殺すときによく使うもの。私たちが扱うことは少ない、かつて天界からもたらされたというエネルギー、火薬の力。

 謎の機械の手――正直そっちもものすごく気になるけど、今はそれどころじゃない――でバスのそばへと運ばれた先輩は、そのまま立てずにうずくまる。それから、ごほ、と鮮やかな色の血を吐いた。まずい。肺をやられたか。

「見せて!」

 背中の傷を見る。うっ、と天人の女の子たちが引いた。たぶん、割れやすくした容器に爆発物を詰めたタイプのもので、破片が身体に刺さっている。彼が歩いて来れたのは、体力と気力の問題と、たぶん、先輩が痛みに慣れているからだ。

「マキナ……リョーゴは、今、なんて?」

「『私の大切な乗客に手を出すな』と」

 拡声器越しでは翻訳の魔術が効かない。普段ならともかく、今の先輩に日本語の聞き取りは難しいだろう。

「そう、か。ぼくも、乗客に数えてもらえたのかな」

「そうよ」

 破片をむしるように引き抜いて止血しながら、私は懇願する。

「だから、こんなところで死なないで……!」

 先輩が「ははっ」と小さく笑う。私が同じ立場だったら、同じように笑っていたかもしれない。ここを生き延びたって、彼はどうせ、高確率で《竜の季節》を生き延びられない。だったらここで、天人の恩恵に抱かれたという栄誉を胸に死ぬのも、同じことじゃないか、なんて。

 手を止めそうになった私の横から、やわらかい女の子の手が伸びる。「ねえ」と焦った声を出す女の子が、出血が続く傷口を手で塞ぐ。

「やっぱりすごい血! どうしよう!? 何とかできない!? あなた魔法使いなんだよね!?」

 私は魔術師だ。なんでもできる魔法使いじゃない。

 でも、ミツハシ・ユイの言葉が、少しだけ私の背中を押す。

 この人を死なせちゃいけない。さっきコーサカ・タイチはそう言った。ちょっとばかり「ズル」をしている私と違って、ヨワ先輩は本物の天才だ。だから本当に、彼が死んではいけないんだと思う。きっと先輩は何か、これから大きなことをする。コーサカ・タイチはそれを知っている。

 念のために持ってきていたペンを腰のポーチから取り出す。魔術は準備が重要な技術だ。紋様なしに発動できる魔術なんてほとんどない。おまけにケガの治療は難解で、治癒術師と呼ばれるような人間は、鎮痛に切開に止血に賦活にとあらゆる場面を想定したカードを持ち歩き、針と糸による物理的な縫合や圧迫手技を併用する。つまり、私がしようとしているのは、常識で考えればただの魔法、手品みたいなもの。

 拙い知識を総動員して怪我の状態を見極め、先輩の制服をキャンパスに見立てて魔術紋様を描く。まずは止血。片肺が潰れても呼吸はできる? 無理やりに一部を「死なせて」もいい? ギリギリの判断を繰り返す。間違っているかもしれない。死なせてしまうかもしれない。でも、何かできるんじゃないかという、根拠のない自信が湧き出してくる。自分でもどうしてこんなことをしているのか分からない。

「苦しそう、ねえ、誰か、助けて!」

 ごぼっ、と先輩が苦しげに咳き込む。背中の傷を治療しているから表情は見えない。どうしよう。ダメなのかな。私はただ、努力したという実績を残したかっただけなのかな。そうかもしれない。何もしなかったという過去を残したくなかっただけなのかもしれない。

「あのさ」

 降ってきた声に顔を上げると、明るい茶髪の天人の少女――サカキ・アリスが立っていた。

「ダメだったら、マジごめん」

 そう言って、彼女はヨワ先輩の背中の傷に手をかざす。

 ぽわっ、と白くて暖かい光が手元に点った。見つめていても眩しくない。それどころか、ずっと眺めていたくなるような優しい光。

 その光が傷口を包んで、数秒で消える。

 ――からんからん、と何かが落ちる音がした。

 見ればそこには、血まみれの硬い破片がいくつか落ちている。

「おしまい。たぶん、もう平気じゃね? ケガ、治ったっしょ?」

 片手で大ぶりのピアスをいじりながら、サカキ・アリスはさらりと告げる。

「そう……みたいね」

 頑丈なつくりの制服がずたずたに破れているが、その下にはきれいな肌が見える。いかにも北方、パレイヤ系の人種らしい白い肌。

 はははっ、と乾いた笑いが私の唇から漏れた。

 次にやって来たのは、「かわいそうに」という感情。


 ああ、本当に、かわいそうに。


 サカキ・アリス、彼女もまたきっと、【運命の囚われ子】だ。

 きっと彼女は王の病も癒すのだろう。だからこそコーサカ・タイチは、王の代替わりをはるか先だと予知したのだ。その能力はたくさんの人間の運命を変えるだろう。そして私たち、この世界に住む人間は、決して彼女を自由にはしておかないだろう。彼女の意思に関係なく。歴史をひもとけば、そんな事例はいくらでもある。

 サカキ・アリスだけじゃない。強い能力を持つ者が、なぜ強いのか、私は歴史から知っている。

 強者の特徴は、ほとんどの場合、二つのうちのどちらか。

 もとよりずっと、力を渇望してきた者か。

 ――心の底から、元の世界に帰りたいと思っている者、だ。


 この世界の神様は、きっと嫉妬心が強い。

 自分より別の世界の神様を選ぶ人間を、神様は許さない。

 運命の鎖で縛り付けて、その能力に溺れさせ、自分このせかいを愛してもらえるまで待ち続けるのだ。

三橋唯→吹奏楽部女子で学級委員長。ちっちゃい。見た目も言動も何かと小学生っぽい。四方季とは幼なじみ。


レッサードラゴン→竜の眷属。ティラノサウルス系の恐竜型モンスター。尻尾パンチと噛みつきが主な武器。空は飛ばない。

リザードマン→竜の眷属。二足歩行するトカゲ人間。他のリザードマンを指揮したり武器を使ったりするものもいる模様。

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