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10 ノームの洞穴

★高坂太一


「恐竜を倒して来た」

 そう言いながら戻って来た櫟原は右腕を中心にあちこち血まみれで、申し訳ないけどちょっと気持ち悪くなってきた。こういう感じ、なのか。占いだけじゃ分からないことはいくらでもある。


 分かっている範囲で、僕の占いには二つのモードがある。

 ひとつ目は、言ってみれば「直接」運命を見るもの。これから起ころうとしているさまざまな事柄についてのデータと、その流れや絡み方が、脳にそのまま流し込まれるような感覚。色々なことが分かるけど、終わったあとでしばらく目や耳に影響が出るし、MP――と言っていいと思うんだけど――もごっそり持って行かれるから、一度ハデに使ったらしばらく使えない。

 ふたつ目は、「間接的に」運命を見るもの。知りたいことを尋ねれば、タロットの表面に文字なり絵なりとして回答が浮かび上がる。分かることは限定的だけど、繰り返し使うこともできるし、感覚がおかしくなることもない。最初は単に、運命を読み取りやすくするだけのものかと思っていたけど、逢沢に「能力を使いすぎるな」と注意されてからよく考えてみたら、それだけじゃない気がしてきた。こっちのモードには、僕が能力を使いすぎないためのストッパーみたいな役割があるんじゃないかと思う。


「た、倒したんですか!? お一人で!?」

「ああ。死んでいるはずだ」

「マジか……」

 ヨワさんのみならず、クラスメイトのみんなも絶句している。そりゃそうだろう。さっきこっちに来た一体のレッサードラゴンは、熟練の魔術師の皆さんがタコ殴りにして殺したんだ。数の力でひねり潰したから危なげなく見えたけど、一人じゃとても手数が足りなくて、あっさりやられておしまいだろう。

「その調子で、あと何体かお願い」

「恐竜には剣か槍が欲しい。なにか頑丈なものが余っていないか」

「櫟原くんが使ったら、たぶんさっき渡したハンマー以外、なんでも壊れるよ?」

「使い捨てで構わん」

 予備くらいあるだろう、と櫟原くんが尋ねると、鎧を着た人たちが戸惑った様子で責任者らしき人を見る。

「もちろん予備はありますが、こちらも武器が尽きれば戦えないわけでして……」

「それ、もしかして量産品なの? ああ、でも、日本刀だってすぐに曲がるから沢山用意していくんだっけ?」

「皆、制式採用された矛を使っておりますが」

「ちゅーことは、どっかに倉庫があって、そこにいっぱい備蓄されとるんか?」

「ええ。一番近いのは、街の入口にある詰所でしょうか」

「あの白い建物かいな。ふーん……まあ、やってみよか。あとで謝っといたらええやろ」

 英谷さんがそう言って、バスの下部のトランク部分を叩く。

「行くで、【ディンガー】!」

 あ、結局その略称でいくんだ……。

 上にスライドするタイプの扉を開け、中から取り出したのは……武器だ。周りの兵士が持ってるのと同じ、薙刀みたいなもの。

「よっしゃ! イケるもんやな!」

 本来トランクに積まれていた荷物は、僕たちが自分のものを取り出すとき、ここにいない人の分まで一緒に下ろしてある。なのでトランクはカラだったはずだ。

 そのトランクから、英谷さんは数本の薙刀を下ろして地面に積み上げる。

「正確な場所が分からんもんでも、だいたいのイメージだけで持って来れるみたいやな。あ、そんなら……」

 一度トランクを閉めて、ぽんと叩き、再び開ける。

「ひゃあ!?」

 仰木が変な声を上げた。バスの中から見てると中身が見えないんだよな、と思っている間に、砺波が駆け寄ってきて中身を出す。ヨワさんも、その横で軽々と何かを引っ張り出した。

「あー……」

 リザードマンの死体だ、これ!

 いくら人の形とは少し違うとはいえ、頭をかち割られたり喉を裂かれたりした死体は、なかなかにグロい。

「でっかい怪獣は入らんか。しゃあないな」

 どうやらトランクにぎっしり、三体のリザードマンの死体が詰まっていたみたいだ。周りをみんなが囲んでるけど、なんで平気で見ていられるんだよ、女性陣……。いや、男子でも嫌そうな顔をしてるのは仰木だけか。逢沢は屋根の上にいるからどんな様子かわからないけど、櫟原くんは平然としていて、砺波はワクワクした表情だ。女性陣は「きゃー」だの「わー」だの言いながらも興味津々。おっとりした雰囲気の仲山さんでさえ、近くでまじまじと死体を観察している。あ、野崎さんが遠くに隠れて、近寄るまいとしてるな。

 むかし、生物の授業でやったカエルの解剖を思い出す。きゃーきゃー言いながらも、わりと楽しそうに内臓とか切り刻むんだよなあ、女子って……。

「生きてるヤツは持って来れんみたいやなぁ、これ」

 トランクを開け閉めしながら英谷さんが言う。どうでもいいけど、そのトランクにはもう物を入れたくないなぁ……。

「ううっ……」

 あ、藍染先生を忘れてた。バスの一番前の席で、必死に吐き気をこらえているようだ。運転手さんは、あまり顔に出ないタイプっぽくて、内心でどんなことを考えているのかはよく分からない。


「敵はあとどれくらいいるんですか?」

 ヨワさんに声をかけられ、逢沢が「大きいのが、たぶんあと七体」と答える。

「野崎さん」

 僕はタロットに浮かんだ指示を、そのまま伝える。これ、誰が考えたアドバイスなんだろうな……まあいいや。

「砺波と仰木を連れて奥に行って。二番目に近づいてるレッサードラゴンを一体足止め、できれば倒して。場所は逢沢に聞けば分かる。あと、これ使って!」

 さっき英谷さんが【ディンガー】で引き寄せた、魔法使いっぽい上着をバスの窓から放る。砺波が受け取った。

「警護の者をつけて構いませんね?」

「ええ、一緒に行ってください!」

 どうせ言わなくたってついて来るだろう。櫟原くんは速すぎて追えないみたいだけど。

「仰木は、レッサードラゴンを食材にできるか試してみて。危なそうなら死体になってからでいいし、何に変えてもいい」

「分かった。やるだけやってみる」

「櫟原くんは三番目に近いのを。っていうか、余力があったらもう手当り次第に殺しといて」

 我ながら物騒な発言だけど、討ち漏らすと後で街が襲われそうだし。

「任せろ。次はもっと上手くやる」

 頼もしい限りだ。

「二番目ならそっち、一時方向。三番目は十時方向、うしろにもう一つ追ってきてる。正面から一頭来てるから、遭遇するなよ」

 ほぼ正面に見える山を基準に、逢沢が指示を出す。適当な指示でいいのは、相手が僕たちを狙いすましたように襲ってくるからだろう。僕たちの左右を抜けて街に行くレッサードラゴンがいないのは、偶然とは思えない。

「うちらは?」

「さっきと同じでいいよ」

 魔術銃をちくちく撃って地道にダメージを与える戦法だ。どうも異世界人、いや天人って言うんだっけ、は魔法の力みたいなものが強いらしく、適当にビームを撃ってもプロ並みの威力が出るらしい。なんかもうチートもいいところだ。ついでに言うと、そのプロ並みの威力を素人並みの腕で振り回すと普通に危ないので、レッサードラゴンとの戦いからは遠ざけられている。相手はもっぱら、レッサードラゴンの腰巾着みたいについてきているリザードマンだ。

 ちなみに砺波は「死なないなら大丈夫だ!」とか言いながら敵を殴って、ついでに自分も殴られまくっていた。まあ本人がいいなら問題ない。治るとはいえ、リザードマンの爪でやられてだいぶグロ画像になってたし、僕なら絶対に耐えられないけど……。野球以外でも活躍できるんだな、アイツ。

 ついでに天人の力は服まで治したり治さなかったりすることに気づいた幾田さんが、変な好奇心に負けて、ちょいちょいリザードマンに殴られに行っている。いろいろ実験してるみたいだけど、ほんと、よくやるよ……。周りの人がヒヤヒヤしてるし。いや、幾田さんは全くそういうの気にしない人だって知ってるけどさあ……。

 放っておいても大ごとにはならない、はずだ。占いはそう言っている。

 言ってる、んだけど、なんでこんなに心配になるんだろう……。



★砺波海翔


 ふんっ、と剣を素振りする。貸してもらった剣はだいたいバットと同じくらいの重さだ。もっと重いと思ってたのになぁ。

 敵が出てきたら、待ち構えて、ぶん殴る。うまく当たったら敵がビビる。当たらなかったら敵がマジギレする。蹴っ飛ばされたり引っかかれたり。すげー痛いけど、なんかすぐ治るし、あんま気にしなくていいだろ。

 野崎も仰木も息を切らしてついてくる。とくに仰木はヤバい。運動不足じゃね? その後ろから来てるこの国の人たちを見習ったほうがいいんじゃね?

「なんで、おれが、こんな奥まで……べつに、あっちで待ってたって、良かったんじゃ」

「太一が言ってんだから、なんか意味があるんだろ」

「ここに出てくるヤツが、特別大きい、とか、美味そうだ、とか?」

「デケェのはダルいな」

 トカゲ野郎は、剣で上手く殴れば斬れる。斬れるように刃を向けて振るのは難しくない。木製のバットは振る向きを間違えたらバットが痛む。剣だって同じようなもんだ。でも、デケェのは剣で殴っても効かなそうな気がする。トカゲ野郎だって上手く当てられなきゃ全然効かねぇし。誰かアドバイスでもくれねえかな、と思ったけど、「そんな剣の使い方する人間が他にいるわけないだろ、バーカ」と太一に言われただけだった。なんでだよ。バットと同じように振りゃいいだろ。他にどうやって使うんだ。

「ちょっと、待って……」

 野崎に言われて立ち止まる。バテたのか、と思ったら、野崎は遠くのほうを指さして、

「いま、何か動いた」

 と言った。

「私も見ました」

 ついてきていた人のひとりが頷いたので、本当になんかいるんだろう。

「トカゲかな。こっち来るなら、このへんで待ち構えるか?」

 うなずいた野崎に上着を渡す。ずっと着せときゃいいじゃん、と思ったけど、演技モードは体力を使うからイヤ、だそうだ。

 上着を羽織った途端に、野崎がニヤリと笑う。まるで中の人が変わったみたいだ。

「よぉーし! 来れるものなら来てみなさい。残さず埋めてやるわ!」

 野崎は、ちょいちょい、とついて来てる兵士集団を手招きしておいてから、

「足元と頭に気をつけなさい!」

 高笑いと共に前方の地面を指差す。ばばばばば、と音がして、目の前に横一直線の深い穴ができた。巻き込まれた木があっちこっちに倒れる。

 そのまま野崎は工事を続け、オレたちの周りにコの字型の深い穴を掘った。

「残念だけど、あなたの出番はなさそうね」

 いや……そんなはずはない。

 太一がオレをここに回した意味が、必ずあるはずだ。

 未来を知るアイツは今、勝つための行動だけを指示できる、誰よりも優秀な監督であるはずなんだから。


 ◇


 生えてる木をかきわけるようにして、デカブツがこっちに向かってくる。あ、確かにこれ、さっきのよりデカい気がする。食いでがありそうだ。

 いや、その前にこれ、ヤバくね? 踏まれたら死ぬんじゃね? 太一はたしか、オレたちだって死ぬときは死ぬって言ってたよな?

 マジやっべえ、って気分になったところで、ようやくさっきから考えてた問題の答えが出た。

 たぶん太一がオレをよこした理由はこれだ。オレの勘がそう言っている!

「野崎」

 デカブツの足元に落とし穴を掘る野崎だが、それをヒラヒラとデカブツが避けていってる。兵士の人たちが撃ってるビームも避けられまくりだ。ダメだろこれ。ぜんぜん意味ねーわ。アイツもしかして、他のよりデカいだけじゃなくて頭もいいんじゃね? つーか、野崎が掘ったコの字の堀も、アイツなら余裕で飛び越えてくるんじゃね? そしたら、オレらはともかく、後ろにいる兵士の人たちは死ぬんじゃね? え? 死ぬの? いやいやいや。そりゃマズい。

「オレのスキルを教えてやる」

「え? いま?」

「いいから聞け。オレのスキルは――」

 伝えると、野崎は納得した顔でうなずいた。おい、なんで一発で分かるんだよ。オレが逢沢に何回説明させたと思ってるんだ。

「なるほど。仰木くんが来た理由も分かったわ」

 え? それオレにも教えてくんねえ?

 とか言ってる間に、デカめのレッサードラゴンはオレたちを食おうと頭を下げた。

「だったら――遠慮なく行くわよ」


 ◇


 それから色々あって。

 デカいレッサードラゴンが米俵の山に変わるまで、たぶん三分もかからなかっただろう。


「……助かったわ」

 上着を脱いだ野崎が、ぼそぼそとオレに言う。

「砺波くんがいなかったら、後ろの人たち、みんな死んでた」

「ん? おう。そりゃ良かった」

 ぽん、とオレの肩を叩き、仰木が疲れた顔で言う。

「さっさとおれにもスキル使ってくれ。カッコ悪いとは思うけど、おれには……」

「あんま深く考えんなって」

 むにむにと仰木の腹肉を揉む。腹も胸も揉みがいあるよな……女子のおっぱいってこんな感じなのかな……。

 ついでにスキルを使っておく。

「もっとテキトーにやれよ。気にしたってどうにもなんねぇんだ」

 太一が聞いたら「お前がテキトーすぎるんだよ!」って怒るだろうな。

 いや、でも、太一だっていろいろ気にしすぎなんだ。

 オレがちゃんと、支えてやらないと。

 あれでも、大事な友達だしな。



★マキナ・ヴォートグォーラン


 レッサードラゴンって何だっけ……。

 と、思わず頭を抱えた私を許してほしい。たぶん周りもそう思っている。

 相手が一頭でも、一人で出くわせば死ぬ可能性が高い。素人じゃ逃げる間もなく食い散らかされるけど、プロが五人もいれば死者は出ない。攻撃魔術を上手く急所に当てられるかどうかが鍵ではあるものの、頭は案外動きが速く、目も口の中も狙いづらい。ほかに大きな弱点はないけれど、こつこつ攻撃を続ければダメージは与えられるから、足なり首なりを地道に狙うのも一手。

 でも、複数のレッサードラゴンがいっぺんに来たら、もうどうしようもない。何しろ一番難しいのは実を言うと足止めだ。盾も持たない魔術師だけでレッサードラゴンに遭遇したら、多少の魔術じゃ足止めすらできない。そうなれば街なんて蹂躙されて好き放題に壊されてしまう。ケガ人も死者もたくさん出るはずだ……はず、だった。

 そもそも、こんなに大量に眷属が出るなんて、きっと天人をこんなに喚んでしまった報いだ。アーレセンの街に天罰が下ったのだ。だってこんな数、見たことがない。聞いたことは、ないわけじゃないけど、どれも遠い過去の話だったり、遠い異国の話だったり。どこか他人ごとだと思っていたのは間違いない。

 やはり多すぎる天人は歪みをもたらすのだ。ただでさえ国と国とのパワーバランスはもうめちゃくちゃになっている。ダシエ島の中だけで終わる話なのかどうかも分からない。南の弧状列島だって大陸の帝国ルベル・エッレだって天人を狙ってくるはずだ。

 そしてまた《竜の季節》にも、きっと天人たちは戦って、ことによると竜を倒してしまうかもしれない。そうすればツァスタズナーヤ王国は、大きな被害を受けないまま、竜の恩恵だけを受け取れることになる。もちろんそれは私たちの心からの望みだったはずだけど、それでも、あまりに圧倒的な勝利は、きっと周囲の国々の警戒を生む。戦乱は終わらない。結局どうしたって、みんな不幸になるしかない。


 ぐるぐると回る思考を無理やり止めて、目の前の現実を認識する。落ち着いて。べつに悪い話じゃない。ただ、あまりにも圧倒的な力で、天人たちが次々にレッサードラゴンを屠っているというだけのこと。

 イチハラ・ショーマは一人でレッサードラゴンを倒せる。ノザキ・リヨコとトナミ・カイト、オオギ・ユーセイの三人組も、報告によれば「何が起きたのかよく分からない」ままにレッサードラゴンを倒して、その死体を食料品に変えたという。

 そして彼らにそれを指示した占い師のコーサカ・タイチと、索敵担当のアイザワ・イツキ。《鳥》を飛ばせば私たちにだって上空からの索敵はできるけど、アイザワはその戦闘状況を一目見ただけで判断できるようだから、ひとつ格が違う。

 女性陣はそこまで派手な能力を持たないけれど、ヒデタニ・アイリが車の中からリザードマンの死体やら長刀やらを取り出したときには驚いた。あれは上手く使えば、「鏡の中にモノを出し入れする」ナカヤマ・サクラの上位互換だ。ノザキ・リヨコもおそらく、レッサードラゴンをしっかり足止めしたのだろう。彼らの車のもとまで敵がたどり着けないので、ヨヨギ・アキラの張るバリアはまだ性質が分からない。

「よう」

「きゃっ!」

 不意に声をかけられて驚く。振り返れば、顔色の悪いシシドの姿があった。

「俺、ああいうグロいのダメだ……内臓とか脳みそとか……」

「天人の戦闘を見たのね? どうだった?」

「イチハラのは気がついたら敵が死んでる。ハンマーで殴ったりナイフでえぐったりで大体グロい。トナミはカウンター狙いで攻撃するから、けっこう頻繁に腕ちぎれたりしててグロい。あれ絶対死ぬほど痛えだろ……頭おかしいぜ。それに比べりゃ、最初の日の……」

 あ、と目を見開くシシド。

「そうだ、この辺に川があっただろ。その川沿いで人が死んでるんだ。余力があったら、遺体を回収してもらえないかな」

「場所が分かるなら。捜査に必要だものね」

「え? いや普通に弔ってくれよ。あれレッサードラゴンに出くわした人っぽいし。ほら、ヒデタニを探してる時に出てたアレ」

「弔う……? あのレッサードラゴンに殺されたなら、その人はたぶん、あなたたちを殺すか攫うかするために来た人よ?」

 ん? とシシドが首を傾げる。

「あなたは知らないわよね。たとえばあの車が現れてすぐ、車に近づいた人間が爆死したわ。死角から強力な銃で頭を撃ったんだと思う。そういう凶暴な連中が、何度も彼らを襲おうとしていた。あなたたちの仲間も、おそらくはもう……」

「え……?」

 アイザワが「来るぞ!」と叫ぶ。私も森のほうへと視線を向けた。

「ごめんなさい、話の続きはあとよ。怖ければどこへなりと隠れていなさい」

「……そうする」

 シシドの気配が消えた。周りに会話を気づかれていないだろうか。

 こんなところで、疑われてる場合じゃないんだけど。



★猪戸伊織


 手近な倒木に腰を下ろし、俺は深いため息をついた。

「あー……」

 危ない。もう少しで、砺波の超能力についてマキナちゃんに話すところだった。

 あの子は俺たちの味方ってわけじゃないんだ。俺はともかく、他人の秘密を教えるのは、良いことではないだろう。油断できるほど、ここは平和な世界じゃなさそうだ。

 つーか、さっきなんか不穏なこと言ってたけど、ここにいないみんな、死んでないだろうな……?


 ◇


「オレのスキルは、他人の記憶を消す」

 砺波の言葉を思い出す。本来きっと、俺が覚えていてはいけない情報だ。

「だから、隠したいスキルがあっても気にするな。後でみんなには全部忘れさせてやる。オレも忘れる」

 一晩寝たらイヤなことは全部忘れてそうな砺波には、案外ふさわしい能力なのかもしれない。

「このスキルが他人に知られれば、効果が失せるって逢沢に言われた。だから、オレのスキルのことも、あとでぜんぶ忘れてもらう」

「分かったわ」

 それから野崎は、迫ってきたレッサードラゴンに指鉄砲を向けて、

「ぱぁん」

 と一言。

 それと同時に、レッサードラゴンの頭が爆ぜた。

 ……たぶん、本当は、野崎の能力に制限なんてない。地面だろうが石壁だろうが生き物だろうが関係なく、任意の場所を瞬時に爆破するだけの超能力だ。土精霊ノームがどうこう、って呼んでたスキル名は、ただのミスディレクションに過ぎない。

 念入りに敵を爆破してから、野崎は当然のように命令する。

「仰木くん。証拠隠滅を」

「は、はいっ」

 仰木がビビりまくりで気の毒だったが仕方ない。グロ画像と化したレッサードラゴンを、仰木は必死の形相で米俵の山に変え、その場で吐いた。

「……生命への冒涜だ、こんなの」

 もしも俺たちの仲間がわけのわからない攻撃で死んで、死体を米俵なんかにされていたら。

 想像すると、気分のいいものではない。

 それに野崎の能力だって。あんなの、なんかもう、メチャクチャだ。

「でも、なんでこんなスキルを隠すんだ?」

「野崎莉夜子は」

 胸に手を当て、他人事のように野崎が言う。

「……人間を、殺したくないから」


 ◇


「みんな何も見なかった。いいな」

 砺波が兵士たちに言う。それだけだ。触れたり指差したりしたわけでもないから、砺波がかけようと思った相手にかけられるんだろう。俺は彼の能力の対象外か。ってことは、俺のほうに魔法無効化みたいな能力があるか、砺波が認識してない盗み聞きには効果がないかってことだろう。後者ならけっこう危うい話だ。

「助かったわ」

 砺波がいなきゃみんな死んでた、と述べる野崎。

 それってもしかして、口封じに死んでもらう必要があった、ってことだったりして……い、いや、それは考えすぎですよね?


 ◇


 押し寄せるモンスターは異世界人に惹き寄せられ、次々と撃破されていく。生態系を破壊してごめんなさい。

 まだしばらくかかりそうなので、俺はモンスターが来るのと反対側、マキナちゃんのバイクが停めてあるあたりに向かう。こっちなら敵も襲って来ないだろう。だいぶ歩いたり走ったりしたので、ちょっと休憩だ。

「ん?」

 誰もいないだろうと高をくくっていたら、人の姿があった。三人組の男性。バスの近くにいた歩兵と同じような鎧だが、盾と槍はない。しかもなんか、コソコソと何か杭のようなものを木のかげに打っている。何だあれ?

 声を出さずにハンドサインでのやりとり。意味は分からないが怪しい。

 試しに、木の枝に向けて数発ビームを撃ち、枝を落としてみる。

「!?」

 きょろきょろと辺りを警戒する男たち。やっぱ怪しいな……でも味方だったら悪いし……。

「どこからだ?」

「気配はなかったぞ」

 うん、まあ、ないだろうね。こういう扱いは慣れてるよ……それこそ日本にいた時からさあ……。

「だが、これは」

 枝の断面を見て、男たちは警戒を強めたようだった。

「まさか、天人の?」

「可能性はある」

「何が起きても不思議はない」

 うーん、この反応は、城にいた人じゃないっぽい感じだなあ。

「だが、これ以上の好機はない。一人でもいい、数を減らさねば」

 うわ。これはもう、敵認定してもいいかな?

 手の中の銃を握り直す。……撃つか。足を狙えば、そいつとそれに手を貸すやつ、二人を戦線離脱させられるはず。反撃される可能性は低い。面攻撃で制圧されたりすると当たるかもしれないが、多少やられたって傷は治る。相手はたぶん敵だし……いや、でも、敵じゃなかったら……っていうか、敵なら撃てるのか? モンスターじゃなくて人間を? 足だって、太腿の動脈にでも当たれば死ぬかもしれないのに?

 野崎はこれを恐れたんだろうか。あんな能力があれば、攻められたときには戦うしかない。たぶん、相手を殺すことを期待される。俺だって、もし人間と戦うことになれば、敵のところに忍び込んで暗殺するくらいの役目を任じられてもおかしくはない。向こうがこちらを害そうとするなら、こっちだって抵抗しなきゃならないんだから。

砺波海翔→野球部男子。高坂とは同じマンションに住む腐れ縁。男子ウケはいいが女子にはモテない。

轟良悟→バスの運転手。寡黙な中年男性。トラック→路線バス→観光バスと転職しながら、二十年以上運転手ひとすじ。



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