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8 現状確認

★猪戸伊織


「おい! なんで戦う許可なんか出したんだよ! あんなモンスターに殴られたら死ぬだろ!」

 マキナちゃんの乗るバイクの後ろに座ってタンデムしながら、俺はマキナちゃんを問い詰める。密着したマキナちゃんの背中は女の子っぽいやわらかさがあって、普通ならドキドキしてもいいような気がするんだが、案外そうでもなかった。バイクと言っても、時速は原付以下ではないだろうか。見た目は地球の大型バイクになんとなく似ているが、恐ろしいことにタイヤがない。リニアモーターカーか何かのように地面から数センチ浮き上がった乗り物で、でこぼこ道でも振動がないのはうれしいが、微妙な浮遊感が気持ち悪い。

「死なないわよ、警備もつけるし」

「いやいや! 俺、そのレッサードラゴンとかいうやつのシッポ一発でわりと死にかけたぞ!」

「でも死ななかったでしょ? 即死さえしなければ、天人の傷はすぐに治るわ」

 そういえば、あのときの傷が勝手に治った件については、まだマキナちゃんに聞いてなかったっけ。治るものなのか。

「あれ、けっこうな重傷だったはずだけど……たぶん骨とかも折れたし、肺なんかも」

「その程度で死ぬと思わないで。心臓えぐり出したり、首をはねたり、それくらいのことがなければすぐ全快よ。天人の体は、急激な変化が苦手なの。とくに予想外のものは、すぐ元通りになっちゃう」

 マキナちゃんがグロい説明をする。何の呪いだ、そりゃ。つーか、まさかそれ、地球人で実験したりしてないだろうな……。

「急激だったり、予想外だったりしなければいいのか?」

「でなきゃ成長も出産も、それどころか生きることも死ぬこともできなくなるじゃない」

 あ、それもそうか。腹減ったり疲れたりはするんだし、多少の変化は許されるってことだよな。

「なんでそんな体質に……?」

「さあね、『そういうものだ』としか言えないわ。あなた、空に月がある理由を説明できる?」

 そこでマキナちゃんはいったん言葉を切り、かなり前方を行く観光バスのほうに頭を向ける。俺たちはバイクであのバスを追っている。怖いなら来なくてもいいと言われたが、ひとりで残されるのも不安だ。友達のことだって心配だし。

「警備の話だったわね。あのね、そもそも、レッサードラゴンの尻尾が届く範囲に不用意に踏み込むなんてこと、そのへんの駆け出し冒険者だってやらないわよ。今回あなたのお仲間を守るのはプロの兵士だから、安心して任せてちょうだい。素人を守るのにだって慣れてるはずよ」

「その人たち、普段からあんなのと戦ってんのか?」

「あんなの、というのがレッサードラゴンとリザードマンだけを指すなら、あまり経験はないかもしれないわね。人里近くに出たモンスターを狩るのは、たいてい冒険者と言われる人たちの仕事だし」

 冒険者、か。ゲームやなにかを通じて俺が認識しているそれは、ダンジョンに潜ってモンスターを倒したりする人のことだ。マキナちゃんが口にしているその言葉も、だいたいそんな感じの意味なんだろう。

「でも心構えも知識もある人たちよ。とくに、ドラゴンやその眷属と戦うための訓練は、この時代に戦う力を持った人間なら誰だってしている。だから、たとえ五体や十体まとめて現れたって、そうそう遅れは取らないわ。あなたのお仲間の出撃を許したのは、たぶん、ああした眷属たちについて知ってほしいからでもあるわね」

「はあ……」

 そうなのか。やっぱり異世界のことはよく分からない。いや、異世界じゃなくても、よく知らない外国に行ったらこんなものかもしれないが。しかし、レッサードラゴンとかリザードマンってドラゴンの眷属、言ってみりゃ子分なんだな。まあ同じトカゲだし、違和感はないけど。

「そしてできれば、あなたにもあれらとの戦いについて理解してほしい。あなたは一度、戦いの様子を見ていたんだったかしら?」

「暗くてよく分かんなかったけどな。レッサードラゴンが出てきたときは、みんなずいぶん騒いでたみたいだったけど?」

「そうね。強敵だもの、警戒をうながすのは当然よ」

 別にテンパってたわけじゃないのか。まあ、俺はすぐに殴られて動けなくなったし、言葉も理解できてなかったから、様子が分からなかったのは仕方ない。

 バスの周りを固める人間は、布で覆った軽量金属と思われる材質の鎧を装備して、頑丈そうな短槍、いや刃があるから薙刀か? そんな武器を持った兵士が二十人くらい。年齢層は四十代くらいが多そうで、ベテランの趣がある。藍色の服を着た、マキナちゃんいわく魔術師の人たちが、それよりやや少ない十数人。こちらも四十代が中心だろうか。頑張れば全員バスに詰め込めそうな人数だ。一体や二体なら囲んでボコれそうだけど、マキナちゃんが言うように五体とか十体とかまとめて現れたら、この人数でどうするつもりなんだろうか。


「さて、もうすぐ着くわよ」

 マキナちゃんに言われて、俺は森の奥へと目をこらす。……特に何もない。

「あの大きな車が通れる道を整備してあるのは、最初にあれが現れた場所から町までの道だけ。そこから先は、道を作るか、車を降りるか、動かずその場で待ち受けるか。彼らはあの車を安全な要塞として使うつもりだそうだから、基本的にはここで待ち受けるんでしょうね」

「そういや、バスってこんな何もないところに、どんな風に現れたんだ? 空から降ってきたとか?」

「ええ。空に穴が開いて、そこから光が落ちてきたのよ。記録にあるから知ってはいたけど、私も初めて見たわ。空中で砕けて、森のあちこちへ。見つけたときには車はそこにあって、その場にあった木々はなぎ倒されていたわ。……本来なら、すべてが儀式場に出現するはずだったんだけどね。呼び込んだものが大きすぎたせいか、計算が狂ったみたい」

 おう、すげえ、空に穴が開くとか、なんかファンタジーだ。俺も見てみたかったな。落ちてきたときのことは、正直よく覚えてないんだ。

「バスを狙って呼び込んだのか?」

「まさか。私が呼ぼうとしたのは一人だけよ。でも、歴史上は、豪邸や船がまるごと転移してきた例もあるからね。充分に起こりうる話ではあるわ」

 前を行く人々にならい、林道の脇にマキナちゃんがバイクを停める。台数が多いから、ちょっとした駐輪場みたいな状態だ。バイクが道幅を狭めてるから、全部どかさないとバスも動けないぞ。バスの周りにいくらか広いスペースがあるとはいえ、方向転換もギリギリじゃねえのか、これ。

「私から離れないで。でも他の人に触れないよう注意してね」

「ああ」

 それからマキナちゃんは、バスを囲むようにずらっと並んだ藍色の服の人たちのほうへ向かい、その後ろに立った。隣には四角い機械を持った赤毛の……ヨワだっけか。その人がマキナちゃんを見つけるなり寄ってきて、バスの中の様子を報告している。盗聴してるのか。

「――そう。私たちの同乗を拒んだことに、深い意味はなさそうね」

「単に警戒されているだけだろうね。ぼくたちが敵か味方か、まだ判断しかねてるのかな。思ってたよりは好意的だけど」

 ああ、敵対することも予想されてるのか。理性があるようでなによりだ。何しろ、どんなに丁寧にもてなしてもらったとしても、俺たちはこの国の連中に誘拐されたようなもんだしな。キレずにいるってだけでも褒めてもらいたいくらいだ。つーか、考えてみりゃ、なんで誰もキレてないんだ? 俺自身、どうして自分がこんなに冷静に現状を受け入れてるのかよく分からない。

 ……あれ、マジで違和感あるな、なんか。いや、気にするほどのことじゃないかな……?

 針島がいたら、おそらくみんなの行動も変わっただろうな。国として、個人としての利害をたちまち把握して、上手に交渉なり脅迫なりしてくれただろう。まあ、その結果、粛々とこの国を滅ぼしたりするかもしれないが。

「何にせよ、彼らには早くこの国を好きになってほしいんだけどね……」

「女の子がたくさんいるんだし、色仕掛けでもしてみれば?」

「やりたいのはやまやまだけど、やったら味方に刺されちゃうよ」

 肩をすくめるヨワ。やりたいんだ……。「アリスは優しくて魅力的な女性だよね」とか何とか言ってるが、榊アリスには別のクラスにラブラブの彼氏がいる。カップルまとめてこちらに来たであろう幸村大河と間宮ルキなんかと違って、榊さんは早く元の世界に帰りたいだろうな。

 俺は彼女とかいなくて良かった……って、ま、負け惜しみなんかじゃないからな!



★高坂太一


「あのさ、そもそも僕たち、何のためにここに来たか分かってる?」

「モンスター倒すためだろ?」

 代々木さんが不思議そうに言う。脳ミソまで筋肉が詰まってるのは、砺波ひとりで充分なんだけどなあ……。

 ついでに、うずうずしながらナイフをもてあそんでいる櫟原くんも脳筋っぽい。とりあえず殴ればなんでも解決すると思ってるんじゃないかな、あの金髪ヤンキーは。

「違うのか?」

「それもそうなんだけど、そもそも、ここに来たのは実験のためだからね! みんなの能力、ちゃんと把握しとかないと」

 幾田さんが「そう」とうなずく。

「この世界について、知らなきゃいけないことは多い。わたしたちは何も知らないけど、何より、わたしたち自身のことを知らない」

「何も知らない、って言っても、分かってることだって多いだろ」

 こちらの世界の揚げ菓子を食べていた仰木が、油のついた太い指を舐める。

「魚は新鮮で美味い。刺身もあったな。これまで食卓に出た肉は牛と羊と鶏かな、他にもなんだか分からん肉があった。主食はパン。おれの能力の証明のために、いらない食材をくれって言ったら、くれたのはジャガイモっぽいイモと葉野菜。ってことは、漁業と農業と畜産、チーズやヨーグルトもあったから酪農もかな、その辺は行われていて、小麦も栽培されている、あるいは潤沢に輸入できている。おれたちには高級なものを食わせてくれている可能性もあるが、それでもイモと野菜は余るほどある。あと最初の日にワインを飲むか聞かれたし、デザートに頻繁に葡萄が使われてるから、きっと葡萄は近くで栽培できてるんだろうな。甘味も多いし、白砂糖が多く使われてる感じがする。

 つまりここは、おそらくかなり豊かな国だ。食料生産が充分ならそこからいくらでも発展はできる。泊まってる建物が半地下なのは冬に備えるためだと思う。地中は気温の変化を受けにくいし。で、そんな建築ができる技術がちゃんと育っている。

 その上で、この国はおれたちを喚んだ。それがどれほどのコストか分からないけど、おれたちの扱いから見て、何度もできるほど簡単なことではないんじゃないかと思う。おれたちはヤケクソで喚ばれたわけじゃない。そうするだけの理由があって喚ばれたんだ。ドラゴンってのは相当な脅威で、おれたちにはそれを倒す力があると信じられてる、ってことだな」

 語るだけ語ると、ふたたび仰木は「うめえ」と言いながらドーナツのような揚げ菓子を食べ始める。

「あ、じゃあ僕も、分かってることを」

 なんとなく対抗意識が湧いてきて、僕は片手を挙げた。

「ここは地球の北海道で間違いないと思う。他の星や宇宙でも、未来とか過去でもなく、間違いなく現在の、二十一世紀の北海道だよ。

 僕の時計で、日の出が五時半くらい、日の入りが十七時過ぎ。最初の日没から次の日没までだいたい二十四時間。ってことは、元いた世界と比べて、時間にズレはない。で、夜中に見た限り、星座は地球のものと同一。出てくる時間とか見える高さを考えても、ここは十月頭の北海道と考えるべきだ。星の動きを見ても、北極星は僕たちの世界のものと同じ、こぐま座の尻尾の端っこ。北極星は二万五千年周期でどんどん変わっていくものだから――」

「え、マジで? なんで?」

「砺波、今その話必要か? とにかく、数百年もずれてれば北極星は変わるから、ここが遠い未来とか過去とかってことはない。一周前とか一周後ってこともあり得ないよ。二万五千年経てば、北斗七星は形がちょっと崩れてるはずなんだ。それが同じってことは、現代で間違いない。……というわけで、ここはたしかに異世界みたいだけど、僕たちの世界とは、なんていうか、かなり近いところにあるんじゃないかな。場所も時間も繋がってる。人種も似てるよね。でも、言葉も文化もまるで違うし、なにより魔術とか超能力とかの不思議な力がある、まったく別の世界だ」

「歴史上のどこかで分岐した、並行世界パラレルワールドってところかな……」

 幾田さんが興味深そうな顔で手を顎に当てる。こうしていると才女っぽい。頭の中では「パラレルとパラソルって似てるな」みたいな、適当なこと考えててもおかしくないけど。

「だから畳の和室があったんだな。過去にも北海道から日本人が召喚されていたんだろう。探せばアイヌ文化の痕跡もあるのかもしれない」

「あの拳銃の形が伝わっとるんやし、ずいぶん最近喚ばれたんと違う?」

「拳銃って坂本龍馬も使ってなかったかな? 百年以上むかしの人でも知ってるんじゃない?」

 仲山さんがおっとりと首を傾げる。そういえば確かに。拳銃っていつから存在してるんだろう、猪戸か神宮寺さんあたりに聞いたら詳しく教えてくれないかなあ。うーん、スマホで検索がしたい。

「……言葉の語順は、日本語とほぼ同じ。それが日本語の影響かどうかは分からない。おそらく無関係だと思う。発音は顕著に違う。まったく聞いたことのない言語なのは確か。それくらいしか言えることなんてない。先生、役立たずでごめんなさい……」

 ぼそぼそと呟きはじめた藍染先生に、英谷さんが飛びかかりそうな勢いで「そんなことないです! 先生は色々してくれてますやん! 大人同士の話とかめっちゃ大変やのに、任せっきりでホンマ申し訳ないです!」とかなんとか言っている。

 藍染先生はたぶん、僕たちの中でいちばん精神的に参ってしまっている人だ。野崎さんも普通の状態だとちょっと厳しいけど、藍染先生はもっとマズい。もとは元気な先生なんだけど、前から無茶振りとかハプニングの苦手な人なんだなあとは思っていた。誰かがからかっても基本的にはスルー。それは単に、そうすると決めてるんだろうな、って感じ。予想外の事態が起きるとあわあわして動きが止まる。英谷さんは藍染先生のそういうところが「かわいい」のだと公言していたし、僕もそんなに嫌いではない。なんとなく憎めないのを含めて先生のキャラだったし。

 そして今、先生は引率教師としての仕事をほぼ投げてしまっている。これはさすがに仕方がないと僕も思うし、英谷さんが言うように大人同士の付き合いも先生は色々しているようだから、べつに責めるつもりはないし、そんな権利もないだろう。

「ま、まあ、そういうんも大事やけど、やっぱ今は目の前の戦いやな! 先生はここで見ててもらって、なんか気がついたことあったら教えてください!」

 英谷さんが無理やりに話題を逸らして、「な!」とみんなに賛同を求める。

「実験だとするなら、まずは仮説が必要か」

 逢沢がつぶやき、いつの間にかもらっていたらしい大判の紙にメモを始める。


「この場にいるのは十四人。高坂と幾田と仲山の能力は、ひとまず確認の必要はないか。代々木、英谷、仰木、櫟原、野崎、俺、運転手さんは、いくつか試してみたいことがあるな。榊、砺波、三橋、それから先生は、何か自分の能力らしきものに気付いたら言ってくれ。……そういえば高坂、まだ能力が分からない人たちについて、何か占えないのか?」

「うーん……僕の能力は運命の流れを見るものであって、ステータスを見るものじゃないからね」

 手の中でタロットを撫でながら答える。

 ……いや、不可能じゃないんだけど、やらない方がいい、って未来が見えてるんだよ。詳しいことまではわからないし、そこまで調べたら相当なMPを食いそうだから見ないけど。

「まずは代々木。バリアの効果範囲と形状、発動条件、何を弾けるのか、強度と耐久性も知りたい」

「悪いけど、あたしにも分かるように、日本語で喋ってくれ」

「横から殴ってもセーフか? 頭の上からだとどうだ? バスまるごとは守れないとして、運転席の横に立ったら、何列目の座席まで守れる? 剣でも魔法でも銃でも弾けるのか? 何発殴ったらそのバリア破れるんだ? そういうのを確かめたいから、とりあえずバスの中からバリア張ってみてくれ」

 逢沢が律義に、少しやさしい日本語に訳した。

「はーい!」

「英谷は、その能力でモンスターの心臓なり眼球なりを持って来れるか試してみてくれ。生きてるのと、死んでるのでも試してみたい」

「ええよ。ついでに持ってこれる距離と、あとは大きいもんも動かせるんかを試してみたいなぁ」

 英谷さんがぐるんと腕を回す。

「仰木は……その能力、対象に触らないとダメか?」

「たぶんな」

「じゃあ、瀕死のモンスターがいたら、可能な範囲でいいから能力を使ってみてくれ。近づくのが危険そうなら無理はするな」

「ああ」

 やっぱりやるんだ、モンスターを食べ物に変える実験……。

「櫟原は、まあ好きに暴れてくれ。野崎は、できるだけ遠くに、あるいはできるだけ大きい穴を頼む。運転手さんは、バスが壊れたら修復できるか試してみてください。俺は、何がどんな風に見えるのか確認する」

 ガリガリとメモを取りながら言う逢沢。すごい、リーダーっぽい。あとは発言の合間に「針島さんならきっとこうする……」とか唱えるのをやめてくれれば完璧だ。


「……ところでこの各自の超能力、名前はつけないのか?」

 ペンを止め、逢沢が何か言い始めた。え……いや、まあ、つけてもいいけど、センスに自信ないなあ……。

「名前ぇ? テキトーでよくね?」

「必殺技の名前は男の浪漫だ」

 トゲのある口調で言う榊さんに、逢沢が感情的に言い返す。へえ、なんか意外だ。そういう浪漫とか気にするんだ、こいつも。

「命名は重要だと、針島さんも常々言っている!」

 あ、ごめん、いつもの逢沢だったよ……。本当に、こいつの針島への狂信っぷりは何なんだろう。バスケ部の連中って、だいたいみんな宗教じみた勢いで針島を崇めてるから、逢沢が悪いんじゃなくて針島がおかしいんだとは思うけど。

「あ! ええこと思いついてもうた!」

 英谷さんがきょろきょろと辺りを見回し、誰かの薄いブランケットを見つける。それでばさりとそばの座席を覆い、その中に手を突っ込んだ。

「じゃーん!」

 取り出されたのは、さっきヨワさんが着ていたのに似た上着。色は深い藍色で、金属の飾りが格好いい。……誰のか知らないけど、一瞬前には絶対にそこになかったものだ。超能力を使ったのは間違いないとして、一体これを、どこから持ってきたんだろう。町から持ってきたとしたら、けっこう距離が離れていてもいいことになる。「誰の目にも触れてないものを瞬間移動させる」――自分ではショボい力だと言っていたけど、これ、地味にすごいのかも。

「ほな、カッコええ名前をよろしゅう頼むわ」

 藍色の上着を、野崎さんの肩にかける。あ、変なスイッチが入るぞ……。

 不安げにうつむいていた野崎さんが、スッと背筋を伸ばして顔を上げ、傲然と告げる。

「ならば英谷愛梨、あなたの能力を【シュレディンガーの手】と名付けましょう」

「し、しゅれ……?」

「対象の有りや無しやは何者にも知られず、ただその手が触れる瞬間に実存が確定する。重ね合わせの世界に干渉する意思」

「……まあ何でもええわ。ディンガーな、ディンガー」

 さっそく略称が決定してしまった。英谷さん、「シュレディンガーの猫」なんて明らかに知らなさそうだ。猫が二分の一の確率で死ぬ装置を用意して、猫と装置を箱の中に入れたとき、箱を開けるまで猫の生死は確定しない、とかいう動物虐待っぽい思考実験。

「逢沢斎、あなたはそうね、【秩序の魔眼】とでもしましょうか。綻びを許さない断罪の瞳」

 くすくすと笑う野崎さんは、やっぱりいつもとは完全に別人だ。その野崎さんは藍色の上着を翻すと、オペラじみた動きで僕のほうへと片手を差し伸べる。

「高坂太一。星を見る者。空の星、運命の星。あなたはさしずめ、【星読み】というところかしら」

 あ、なんか、わりとマトモなのが来た。変にカッコいいのとか来たらどうしようかと思ったよ。

「私はいいよ。適当に【アイテムボックス】とでも呼んで」

 野崎さんと目が合いそうになったところで、仲山さんがのんびりと告げる。

「じゃあ、わたしは【アナライザー】」

 そう言う幾田さんは、たぶん、もう自分で名前を考えてたんじゃないかな? 野崎さんだったらどんな名前をつけたんだろう。

「仰木悠晴」

 野崎さんに名前を呼ばれた仰木は、やや腰が退けた態度で「お任せします」と答える。

「あなたは【飽食の王】。かのミダス王が持つ黄金の手のごとく、触れるすべてを望む食べ物に変える、神の恩寵にして呪いの手を持つ者」

「いや、おれ、別に何でもかんでも変化させるわけじゃないからね? 気合入れなかったら特に何も起きないからね?」

 翻訳の指輪の副作用じゃないかと思うんだけど、野崎さんの言葉を聞いただけで、小難しい言葉の意味や変換すべき漢字が正確に伝わってきてしまう。普通にすごく便利だ。

「莉夜子、あなたの能力は?」

 幾田さんの問いに、野崎さんは少し考えて、

「【ノームの洞穴】」

 と答える。

「土の精霊の力を借り、その住み処をまばたきする間に作り出す。精霊のために、土は自らその居場所を明け渡すのよ」

 ファンタジーで可愛らしい感じだ。どちらかと言えば、スイッチ入っちゃったほうではなく、普段の野崎さんに似合いそうな名前。まあ、自分でつけてるんだから、ぴったり合ってる気がするのは当たり前か。

「櫟原翔真、代々木玲。あなたたちの能力は、この目で見てから名付けるとしましょう。さあ、これで満足かしら?」

 運転手さんに変な能力名をつけなかったのは、野崎さんなりの理性だろうか。運転手さんはわりとポーカーフェイスだから、ホッとしているのか残念がっているのか分からないけど。

「せやな。逢沢もこれでええやろ?」

 言いながら、英谷さんが野崎さんの上着を奪う。野崎さんのスイッチが切れて、「ご、ごめんなさい……」と小声でつぶやき始めた。我に返ったら恥ずかしくなったんだろうか。幾田さんが「よしよし」と彼女を慰めている。

「ああ。助かった」

 能力名を紙に書き入れ、逢沢は「あ」とつぶやく。

「どうせなら今回の作戦名も……」

「もうええわ!」



「ところで、この戦いは『どのみち起きる』と言っていたな」

「あ、うん。僕たちが申し出なくても、ちょうどレッサードラゴンとかが攻めてくるから、助けてって頼まれるみたいだったよ。減らせば減らすほどいいはずだから、遠慮なくやっちゃって。それと、水色の服のふたり、マキナさんとヨワさんは絶対に守ってほしい。あの二人は、僕たちにとって必要だから」

 特にマキナさん。運命の流れを見るかぎり、とにかく重要人物だ。たぶん、僕たちの仲間の誰かを助けてくれたり、ここにいない誰かと引き合わせてくれたりするんじゃないかな。

「だったら、バスに乗ってもらう?」

「それでもいいんだけど、二人とも強いみたいだから、戦力として数えたいなあ……結構いっぱい出てくるし」

「いっぱいって、どれくらい?」

「えっと……レッサードラゴンとリザードマン、あわせて……百くらいかな?」

 僕が答えた瞬間、窓の外が騒がしくなった。

 ……あれ。僕、なんか変なこと言ったかな?



★マキナ・ヴォートグォーラン


「……どういうこと」

「すごいよマキナ! 天人がいっぱい来ると竜の眷属が襲ってくるって話、本当だったんだ! それに聞いた!? 天人がぼくたちを必要としてくれてるって!」

 キラキラした目で語るヨワ先輩。違う。そんなことはどうでもいい。

「落ち着いて、先輩。いま、百体って言ったわね?」

「ああ。タイチは確かにそう言った」

 いやいやいや。ちょっと待ちなさいよ。

 そんな数の眷属が襲ってきたら、私たち、余裕で全滅しちゃうわよ?

「逢沢斎、あなたの能力はそうね、【直死の――」

「それ以上いけない」


野崎莉夜子→演劇部女子。《七つの顔を持つ女》。普段は大人しいが、それっぽい衣装を着せると役になりきって暴走する。

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