1 修学旅行最終日
★高坂太一
「ねえ玲、それぜんぶ買うの? すごい量だね……」
「いいだろ、もう最後なんだし。だいたい仰木ほどじゃないって。アレどうすんだ? お客さんにでも配るのか?」
「そりゃあもちろん、自分で食べるんでしょう。あのお腹なら、いくらでも入るわ」
「ちょっ、これマジやばくね? 誰か買ってみてくんない? アリス、もう金あんま残ってないんだよね」
「アリーは無計画に買い物しすぎなの! ピアスだけでいくつ買ったのよ、もうちょっと計画的にお金を使いなさい!」
「出た! 咲良のおかん発言!」
きゃっきゃっと喋りながら、女子たちが土産物屋で買い物をしている。広い土産物屋には、お菓子やストラップから扇子、ご当地キャラのぬいぐるみ、古いドラマのDVD、木彫りの熊など、多彩な商品が並んでいた。
北海道への修学旅行も今日で終わり。バスでここ富良野を発てば、あとは新千歳空港から羽田空港へ飛び、埼玉に帰るだけだ。ここまで班別行動が多かったけど、三泊四日の最終日である今日は、朝からずっとクラスでの行動。あちこちで班とは関係なく、仲のいいメンバーが集まっている。なにせ一つの班は五人か六人だから、男女半々にして班を組むと、それぞれの班にだいたい男子は二人か三人、女子はおおむね三人。仲良しグループはバラバラになりがちだ。
「とうもろこしプリン? 味の想像がつかねえな……」
「いいだろ? あ、これも超美味そう! 猪戸、半分やるからまたワリカンしないか」
「今度は何だよ、ドーナツならもう飽きたぞ」
「大丈夫だって! 形はドーナツみたいだけど、これケーキだから!」
「似たようなもんだろ!」
ぽいぽいとカゴに食い物を放り込んでいく癒し系デブ、仰木悠晴。あの気楽なスタンスを少し見習いたい。こちとら、凶暴な姉上たちに満足していただけるお土産を選ぶのに必死だっていうのに。
「あ……」
土産物屋の隅っこに置かれた木刀に、金髪ヤンキーの櫟原翔真が目を奪われている。まさか買う気? 小学生じゃないんだから。
「大河。あれ欲しい」
「やめとけ。もう家にいっぱいあるだろ」
熱々のバカップル、幸村大河と間宮ルキが仲良く見つめているのは……やっぱり木刀だった。いっぱいあるのか。さすが女子のくせに「ゴリラ」の異名を取る武闘派の間宮さん。空手部でも活躍してるけど、それは彼女にとってはオマケ程度。小さい頃から総合格闘技のジムに通っていて、その筋では天才の名をほしいままにしているらしい。なにしろ、地域では一目おかれていたというヤンキーの櫟原くんまでが、間宮さんを「姐御」と呼んで慕ってるくらいだ。間宮さんと櫟原くんがアイコンタクトを交わし、同志の存在を喜んでいる。
「この辺で我慢しとけ」
幸村が木刀ストラップなる謎の物体を買ってやっている。間宮さんが嬉しそうに頬を染めた。あの筋肉ゴリラも、彼氏の前では乙女に見えるからすごいな。たぶん顔だけ見ればかわいい方なんだけど、首から下の筋肉っぷりと、かもし出す雰囲気が全然かわいくないんだ……。
「やべえ! 木刀じゃん! 買わなきゃ!」
野球部の砺波が空気を読まずにやってくる。幼なじみのよしみで、頭を引っぱたいて木刀ストラップを押し付けておいた。だから小学生か。あんなの持ったヤツと一緒に、同じマンションまで帰りたくないぞ。
「あ! 針島さん、どうっすかねこれ」
「勝手にしろ」
「針島! こういうの好きだろ? あとで半分やるからな!」
「一個でいい」
「なあなあ、これ買おうぜ! 柊哉とおそろい!」
「いらん!」
お名前プレートつきのストラップという、まさかの品で盛り上がっているむさ苦しい集団はバスケ部を中心とした面々だ。あの集団はなぜかムダに仲がよく、中でも針島柊哉はやたらと他の連中に慕われている。おそろいのストラップを欲しがる二ノ瀬はちょっと行きすぎだと思うけど、生真面目で神経質そうな逢沢、やたらと熟女にだけモテる穂積、大樹を思わせる長身で温厚な瓦塚、と雰囲気も性格もバラバラのメンツをまとめて心酔させてるのはすごい。さすがは国会議員の息子、謎のカリスマだ。女子や集団外の男子からは「宗教っぽくてキモい」とか「目を合わせると洗脳されそう」とか、さんざんな言われようなんだけど。現にいまも、針島と同じ班の野崎莉夜子が「またか……」って顔で針島たちを見ている。大人しい野崎さんがあんなに嫌そうな顔をするなんて、旅行中もよっぽどだったんだろうな……。
「だっ、誰か、あれ、取って!」
いっしょうけんめい背伸びした学級委員長の三橋唯が、壁にタペストリーのように並べられた絵はがきの、いちばん上の一枚に手を伸ばしてぴょんぴょん跳ねている。とても高校二年生には見えない、小柄で子供っぽい外見なので、小さい子がダダをこねているようで微笑ましい。横からひょいと手が伸びて、彼女の前にラベンダー畑の絵はがきを差し出した。
「ほら。あっちにも同じのあったわよ?」
「そうなの!? ありがと、四方季!」
三橋さんの二つに括った髪がぴょこぴょこ揺れる。どういたしまして、と応える幾田四方季は、この場面だけ見れば大人っぽくて面倒見のいいお姉さんだ。実際は、班行動の最中に「牛丼が食べたい」とか言ってフラッといなくなったり、動物園でフクロウの展示の前からテコでも動かなかったりする、地味な問題児なんだけど。僕たちの班、わりと無難なメンバーが揃ったと思ってたのに、けっこうな地雷が埋まってたんだよね……。三橋さんも友達なら、「四方季ならあっちに行ったよ!」とか言ってないで、いなくなる前に止めて欲しかった。
「せんせー! あのプリクラ、うちといっしょに撮ってください! めっちゃ可愛いですし! ここの限定フレームらしいんで!」
「え、また私と?」
関西訛りの口調で、担任の藍染紗良先生を誘っているのは英谷愛梨。一年生のときから、とにかく藍染先生が大好きな女子だ。四月の頭、担任が決まった瞬間に「うおっしゃぁぁ!」とものすごいテンションで盛り上がっていたのを覚えている。藍染先生は若い女の先生ってことで、男子が歓迎するのは分かるけど、英谷さんがどうしてあんなに先生に懐いているのかはよく分からない。まあ、担任としても英語教師としても、悪い先生じゃないのは分かるけど。
そんなこんなで、時間はあっという間に過ぎていく。
うちのクラス、埼玉県立菱山南高校の二年一組は男子十六人、女子十八人の三十四人。うち、女子がひとり欠席してるので、いまは三十三人。
それに藍染先生と運転手さんを足して、バスの一号車に乗り込んだのは三十五人。
後ろに二号車以降のバスを引き連れて、新千歳空港に向かったバスは――
――そのまま二度と、空港にたどり着くことはなかった。
ひとまず主要キャラの顔見せです。群像劇っぽくなる予定です。キャラ名はまだ覚えなくて大丈夫です。