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第九話 スキルと魔法は違うのだな

 無事(?)山本を助け出した一行は、池まで戻り、しばしの休息を取っていた。

 ゴブリン達との立て続けの戦闘で、心身ともに疲労が蓄積していたのだ。


 四人は池のほとりでミケの起こした火を囲んでいる。


「しっかしよく無事だったよなぁ、俺ら」

「ほんとだよ。死んじゃうかと思った。あんにゃのもうこりごりだよ」

「そうか? まだ序の口だろう」

「えっ」「えっ」


「……みんな、ありがとう。僕のために」


 そうお礼を言った山本は、洞窟前に落ちていたぼろ切れを腰と胸に巻いている。

 体中に張り付いていた謎の白い粘液も、池の水で洗い流したのだろう。すっかり綺麗になっていた。


 そして何故か女の子座りをしている。

 見様によってはミニスカートにも見える腰布から伸びる、つるんとした太股が妙に艶めかしい。


 それをチラチラと見る田中。


「……あのよ。何でそんな座り方なんだ?」

「え? だって体育座りとかしたら見えちゃうでしょ」


 言いながら田中の視線に気付くと、悪戯っぽい笑みを浮かべる山本。

 腰布の端をちらりと摘み上げて見せる。


 慌てて顔を逸らす田中。


「お、おお、おま、やめろよ」

「えー? 何のこと?」

「ふざけんなよ! そんなだからゴブリン共に………あ、いや。なんでもねぇ」

「それ誤解だって言ったよね!?」


 アーッ!疑惑はまだ晴れていなかった。


 じゃれ合う二人を見ていたミケがメガネに尋ねる。


「ヤマモトって、男の子………にゃんだよね?」

「そのはずだ。付いていたしな」


 「つ、付いてたって……」と顔を赤くするミケ。

 洞窟から出た後も、山本がぼろ切れで身を隠すまで、彼女はずっと目を背けていた。

 まだまだ初心な娘なのだろう。



 それを放置して、メガネは田中に話しかけた。


「ところで田中。洞窟でスキルを使っていただろう。あれは『念動力』か?」


 念動力とは、対象とした物に触れずに力を加えることのできる能力だ。

 スキルの中でも一般的なもので、全体の3割はこのスキル、もしくはその派生で占められている。


「おう、そうだぜ!……つっても、まだあんな軽いもんしか動かせねぇんだけどな」


 田中は恥ずかしそうに頭を掻いた。


 メガネ達の持つ特殊な能力『スキル』は、それに合わせ精神構造を最適化する事で成長する。

 その最適化は、スキルを使い込む事によって進むのが一般的だ。

 故に、本日初めて使えるようになったばかりの田中はまだ弱い力しか出せないのだ。

 もっとも、最適化を進める手段はそれだけではないのだが……


 その会話を聞いていたミケが身を乗り出す。


「ねぇねぇ、そのスキルって何にゃの?」


 興味津津と言った様子だ。


「あぁ。俺たちが生まれた時から一つだけ持っている特殊能力だ」

「一人一つって事?」

「そうだ。それぞれが異なる能力を持っている。後から覚えたり誰かに教えることは出来ないがな」

「にゃーんだ、じゃあ私は使えにゃいんだね」


 残念そうに肩を落とすミケ。

 それを見た田中が不思議そうに首をひねる。


「あれ、ミケさん火の玉出してなかったか? スキルじゃねぇの?」


 『フレイム』の事を言っているのだろう。

 だがあれはスキルではない。


「あれは『魔法』だよ」

「ま、魔法? って、あの魔法か?」

「ミケ。俺も聞いておきたい。魔法とは何だ」

「え、知らにゃいの?」


 馬鹿にしているのではなく、純粋に驚いている顔だ。


「魔法は……うーん、魔力をこう、ぶわーって出すって言うか………」


 ミケは説明下手だった。


 だがメガネはそれである程度把握したようだ。


「魔力か。つまりそれを消費して行使するもの、と言う事だな」

「そうそう!」

「そして、恐らく誰かから教わるなどして覚えられるのだな?」

「うん、私もおかあさんから教えてもらったよ」

「またありきたりだな」

「え?うん、常識だもん」

「まぁそうとも言えるな」


 メガネがありきたりと言ったのは魔法の『設定』についてだ。

 二人の会話は今ひとつ噛み合っていなかった。

 が、それを聞いて田中達も『魔法』という概念が存在すると理解したようだ。


「魔法ねぇ……ま、あんな化け物見た後じゃ、信じるしかねぇよな」

「僕も覚えられるかな? 魔法少女とか可愛いよね」

「お、おう」


 何と答えていいかわからず微妙な表情の田中。

 その反応を見て楽しそうに笑う山本。


 メガネとミケは、呆れた顔で二人を眺めるのだった。




-----------------------




 それから少しして、焚火も消えかけてきた頃。

 ミケから一つの提案があった。


「そろそろ行こっか。近くに私の村があるんだ。よかったら案内するけど、どう?」


 メガネ達にとっては、まさに渡りに船と言える提案だった。

 こんな森の中で野宿が出来るとも思えない。

 一も二も無く頷く。


「ここからだと、ゆっくり歩いて三、四時間くらいかにゃ。暗くにゃるまでには着くと思うよ」


 そう言って立ち上がったミケに続き、一行は村を目指して進み始めた。




-----------------------




 黙々と森を進む一行。

 あれからかなりの時間が経過していた。


 馴れない森歩きに、ミケを除く三人は疲れ切っている。


 衣服を奪われ素足の山本は、途中から田中に背負われていた。

 それもあり、体力のありそうな田中も大粒の汗を額に浮かべている。


 そしてメガネは、聖剣を杖代わりにしながら、老人のようにヨロヨロと歩いていた。

 純白だった切先はすっかり土で汚れてしまっている。


「……ねぇ、それ聖剣だって言ってにゃかった? いいの? そんな扱いで」


 心配そうなミケ(聖剣が)。

 言われたメガネは息も絶え絶えとしている。


「ゼェ………問題、なかろう……。ハァ………土が、付こうが……馬の、糞が……付こうが、性能に問題は……」

「え、そんなんでいいのかにゃ―――≪駄目です!!≫」


 その時、ミケの言葉に重なるように、メガネの頭の中に直接声が響いた。

 足を止めるメガネ。


 ミケも立ち止まったが、メガネに「どうしたの?」という顔を向けているだけだ。

 驚いたりはしていない。

 他の二人にも反応は無いようだ。


 どうやらメガネにだけ聞こえたらしい。

 そして、それはつい数時間ほど前に聞いた覚えのある声だった。


「……お前は女神か」


≪はい。その通りです。あまり驚かないのですね?≫

「え!? いきにゃり何を……やっぱりアンタ私の事……」


 何故かミケが顔を赤くしているが、構わず会話を続ける。


「あぁ当然だ」


≪そ、そうですか……ではなくて! 聖剣をそんな風に扱ってはなりません!≫

「と、当然!? でも、まだ今日会ったばかりにゃのに……」


 ミケが赤い顔のまま視線を逸らし、ぶつぶつ言っているが、やはり構わず女神に答える。


「何か問題があるのか」


≪大ありです! それは女神である私に選ばれし者の証なのです! それを……≫

「も、問題とか……そういうのはにゃいけど、私にも心の準備とか……」


 なにやらもじもじし始めたチョロインのミケ。無視する。


「もう俺のものだ。お前がどう思おうと関係ない」


≪……よく分かりました。ならばこうです!≫

「え! そ、そんにゃ、強引過ぎるよ………」


 ミケが瞳をうるうるとさせていたが、それどころではない。

 女神の言葉に合わせ、メガネの手の中から聖剣が姿を消す。


「!?」


 いきなり杖(聖剣)を失ったメガネは、目の前でくねくねしているミケに向かって倒れ込む。


「きゃっ! いきにゃり……」


 と言いつつ、まんざらでもなさそうなミケの腰に、何かに掴まろうと伸ばした両腕が巻きつく。



 ―――そして頭部が鳩尾を抉る。



 その様は、さながらレスリングのタックルのようであった。

 ミケは「ごふっ……」と女の子らしからぬ声を出し、二人で地面に転がった。


 腹を押さえて痙攣するミケ。

 潰れた蛙のように腹這いになるメガネ。

 ひどい有様である。


 メガネは起き上がろうと体を動かし、ふと、右手に何かを握っているのに気付いた。

 指を開くと、そこには一対の銀の翼を象ったネックレス。


≪聖剣に封印を施しました。私の許しがなければ剣には戻りません。ふふ。これでもう杖代わりにはできませんね≫


 勝ち誇った女神の声が聞こえた。


「クソ女神め……」


 と呟きながら、今度こそ立ち上がろうとするメガネの前で、ゆらりと立ち上がる影。


 ミケだ。その顔は般若と化している。


「この………クソメガネーーーーー!」


 全力ネコパンチがボディーに決まり、メガネはごろごろと地面を転がる。


 あの細腕から繰り出されたとは思えない、恐るべき威力だった。

 メガネはあまりミケを怒らせないようにしようと心に誓った。



 数メートルほど転がったメガネは、痛みに顔をしかめながら目を開ける。


 と、何やら周囲が明るい事に気付いた。


 顔を上げると、すぐ先の木々の間から、橙色の光が差し込んでいる。

 つまり、その先は頭上が開けているのだ。


 メガネ達はようやく森の出口に辿り着いたのだった。




---------------------------




 すぐに追いついてきた三人と共に、森を抜けるメガネ。


 すると、一気に視界が開ける。


 まず目に入ってきたのは、夕暮れ時を教える茜色の空と赤い太陽。

 その太陽の下半分を隠すように、大きな山々が彼方に連なる。

 そして、目前に広がる広大な草原の先、ぽつぽつと小さな家々が立ち並ぶのが見えた。


 夕日に照らされ赤く染まったその光景は、メガネ達の暮らしていた街では見ることのできない、幻想的とも言える風景だった。


「すげぇ綺麗だな……」

「あぁ」

「僕よりも?」

「うるせぇ!」


 ミケは、はしゃぐ三人をよそに、前方の集落らしきものを指差す。


「あそこが村だよ!」


 そう言って先を行くミケの後に続いて歩き出すメガネたち。

 疲れから足取りは重かったが、それでもそうかからずに村に到着した。


 そして木製の門を抜けた先に見えたのは―――



「お、おい、あの制服!」


 思わず叫ぶ田中。

 村の広場に見える、メガネたちと同じ制服を着た人影。


 クラスメイトたちがそこに居たのだった。








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