第八話 何と哀れな
ゴツゴツとした壁面を橙色の光が照らす。
ミケの手のひらに浮かぶ炎の色だ。
ゴブリンたちを殲滅した三人。
最初の目的であった山本を探すため、今はその巣へと足を踏み入れていた。
「つかよ、さっきの剣っつーか、光? あれ何なんだ? お前のスキルだったの?」
歩きながら、そう尋ねたのは田中だ。
ミケも気になっているようで、ちらちらとメガネを見ている。
「いや、スキルではない。あれは―――」
メガネは全て包み隠さず説明した。
女神から聖剣を授かり魔王討伐の使命を与えられた事。
あの光は女神と聖剣の力だろうという事。
そして自分達をここに連れてきたのはその女神である事。
「え、じゃあ、その女神様ってのに頼めばすぐ帰れるんじゃねぇの?」
「駄目だ!!」
「!?」
いきなり声を荒げたメガネに驚く田中。
「ここで終わるなど、まるで打ち切りエンドだ。恥ずかしい」
「何が!?」
「とにかく、まずはテンプレ通り魔王を倒して帰る。この流れで行くべきだ」
「テンプレってにゃに?」
「一般的な行動を取ると言う事だ」
「………一般的って何だったかにゃ?」
「魔王倒すのは普通じゃねぇよな……」
理解できない様子の田中たちを見て、やれやれと首を振りため息をついた。
「………どの道、女神から魔王を倒せば帰してやると言われている。従う他ないだろう」
「え、そうなのかよ」
「最初からそれだけ言えば良かったんじゃにゃいかにゃ」
ミケに呆れられるも、涼しい顔で反論する。
「プロットから話した方が分かりやすいと思ったのだが」
「いや、分かんにゃいから。今のセリフも半分以上分かんにゃいから」
「やべぇ、頭おかしくなりそうだ……」
そうして田中が頭を抱えていたその時、奥から誰かの悲鳴が聞こえてきた。
「たすけてえええええええええ!!」
顔を見合わせる三人。
そしてすぐに声のした方へと駆け出すのだった。
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少し走ると、大きく開けた場所に出た。
壁面を発光する苔のようなものが覆い、ミケの火が無くとも十分に視界が確保できた。
その中央でうごめく数体の小さな影。
ゴブリンだ。
まだ生き残りが居たのだ。
何かに群がり、もぞもぞと動いている。
こちらに背を向けており、気付かれた様子は無い。
その中からまた悲鳴が聞こえてくる。
「やめてええええええええええ!」
「……山本の声だ!」
田中がそう叫ぶと同時にメガネが飛び出す。
侵入者に気付き、ゴブリンたちも振り返った。
「アキャアアアアアアアアアアア!」
と、甲高い奇声が洞窟内に響き渡る。
その数は四。
一番近い位置に居た一体が、メガネを迎え撃とうと走り寄る。
粗末な棍棒を振り上げたところに逆袈裟の一閃が走る。
血を噴き出す間もなく光となって消えるゴブリン。
まずは一体。
しかし、剣を振り切ったところに木の槍が突き出された。
仲間の背に隠れ接近していたのだ。
普通ならそのまま串刺しだろう。
だがメガネが持つのは羽根のように軽い聖剣なのだ。
慣性が存在しないかの如く鋭角な軌道で切り返し、敵の槍を斬り落とす。
一瞬怯んだゴブリンに、お返しとばかりに剣を突き刺した。
切先がするりと胸板に潜り込み、その体を光に変える。
これで二体。
剣を引き戻し、残りはどこかと視線を動かす。
一体はミケが抑えていた。
危なげない動きで敵の棍棒を回避しつつ、腰に提げていた剣で斬りつけている。
相手のゴブリンは既に満身創痍だ。
任せておいても問題ないだろう。
そして最後の一体を視界の端に捉える。
そのゴブリンは最初の位置から動かず、弓を構えていた。
既にこちらに狙いを定めている。
走り出そうとするが、それよりも早く敵の矢が放たれた。
矢尻も付いていない粗末な木の矢ではあったが、その速度は動体視力の限界を超えている。
流石に斬り払うなどという芸当はできそうもない。
何とか回避しようと体をひねる。
が、矢は途中で急激に方向を変えて地面に突き刺さった。
「シャオラァ! 俺だってこんくらい出来んだぜ!」
田中がガッツポーズで吠えている。
何かは分からないが、恐らくスキルを使ったのだろう。
それにニヤリと笑って応えながら敵に駆け寄る。
相手は次の矢を取り出していたが、それを番える間を与えず胴を薙ぎ払った。
白い光が辺りに舞い散る。
後方でも、丁度ミケの剣がゴブリンの胸を貫いたところだった。
敵が全滅したのを確認し、ふぅ、と息を整えるメガネ。
「ふむ。今回は光らなかったな。条件があるのか………また一瞬でカタがついては面白くないと思っていたしな。丁度いいが」
右手の剣を見ながらそう独りごちるのであった。
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戦闘が終わるとすぐ、田中がこちらに走ってくる。
「山本! 大丈夫か!」
メガネのすぐ傍には山本が倒れていた。
しかしメガネは何も言わず……いや、言えずに立ち尽くしている。
「お、おい、どうした………」
近くまで来た田中。
そして目にした山本の痛ましい姿に、思わず声を詰まらせた。
彼は、全裸にされていた。
そして全身に白濁した謎の粘液。
そんな状態で涙を流しながら、打ち捨てられたように横たわっている。
少女と見紛うような可愛らしい山本の顔と相まって、どこか淫靡で背徳的な雰囲気を醸し出していた。
山本はまだ殺られていなかった。
だがすでに犯られていたのだ…
言葉が見つからず、黙って目をそらす二人。
ゴブリンにアッー!されただなどと級友に知られたら、自分ならもう生きてはいけない。
二人はそう思った。
「うぅぅ………」
黙り込む二人の前で山本が目を覚ます。
そして目の前に立つクラスメイトを見て顔を輝かせた。
「あ! ふ、二人とも助けに来てくれたんだ、ね………?」
だがメガネたちの何ともいえない表情に気付き、それから自分の体を見下ろす。
そして焦ったように顔を上げた。
「も、もしかして、何か勘違いしてない!?」
「大丈夫だ。分かってる。何も言わなくていいんだぜ」
「遅くなってすまない……」
何やら弁解しようとしている山本に、妙に優しい目をしながら肩を貸すメガネたち。
「こ、この白いのはドレッシング的なやつだから! さっき食べられそうになった時にかけられたの! ほ、ほら、そこの壺! あれに入って………」
言いながら指差す先には割れた壺があった。
しかし中身はすでに地面に染み込んでしまっているようで確認出来そうもない。
メガネと田中は、必死に言い訳(と思っている)をする山本を、可愛そうな物を見るような目で見ていた。
「ほ、ほんとに違うから! 君らが思ってるようなアレじゃないからああああああ!!」
尚も言いつのる山本に「もういい」「分かってる」などと繰り返しながら、二人で両肩を支え出口に向かうのだった。
ちなみに、ゴブリンたちは人間を食す際「ゴブリンのたれ」と呼ばれる液体調味料をその全身にかける事が知られている。
ミケも当然それを知っていたため、せっかく無事に救い出せたにも拘らず、おかしな雰囲気の二人に首をかしげながら後をついていくのだった。