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第五話 主人公は死なないのだ

「お、おい! 何だよあれ!!」

「……あれがゴブリンだよ」

「想像通りの見た目だな」



 三人が潜む岩陰の向こうには、小高い崖にぽっかりと口を開ける洞窟があり、その前に三つの小柄な人影があった。


 いや、人では無い。

 まず目を引くのは緑の体表。

 その下半身には粗末な毛皮が巻きつけられている。

 頭部に毛髪の類は一切なく、代わりに額に飛び出た二つの小さな突起。

 そして尖った耳のすぐ近くまで裂けた口に、鋭い乱杭歯が並ぶ。

 それらは木陰の中、赤く光る眼をギョロギョロとさせ、周囲に睨みを利かせていた。



 山本の生徒手帳を発見した三人は、傍に残されていた足跡を辿り、この洞窟の前に辿り着いたのだった。


 ここを発見できたのは、ミケの活躍によるところが大きい。

 メガネ達では見落としたであろう僅かな痕跡も、ミケは逃さなかった。


 そうしてここまで来た三人は、少し離れたところに見つけた岩の陰に座り様子を探っている。


 目の前には見張りらしきゴブリンが三匹。


「ゴ、ゴブリンって……あんなの、化けもんじゃねぇか」


 足跡を追う中で、ミケからゴブリンという危険な存在が居ると説明はあった。


 だが田中はそれを聞き「ゲームの敵キャラのような名前だ」と思いながらも、せいぜい野盗の類をそう呼んでいるだけであろうと高をくくっていた。

 まさか、”ゲームの敵キャラ”そのままの明らかな人外、彼の言う化け物が出てくるなどとは想像だにしていなかった。


 自らの常識を破壊するような存在を前に、彼は恐怖に竦み上がっている。

 「何だよあれ……」とうわ言のように繰り返す田中の隣では、ミケが厳しい顔で前方を見つめていた。


「どうする? 巣は見つけたけど……正直、ここから助け出すのは無理だよ」


 ミケはメガネに向けて、はっきり「無理」と口にした。

 それには理由がある。



 ゴブリンは群れを作る。

 そこには強さを基準とした階級制度があり、最も地位の低いものが巣の見張りに就く。

 そして、その数が群れの大きさに比例する、というのはこの世界の常識であった。



「見張りだけでも三匹。悪いけど、私じゃ手に負えにゃいよ」


 ミケも同時に二匹までなら相手にできる自信があった。


 ゴブリン単体の身体能力は一般的な成人男性に及ばない。

 それなりに戦闘経験のあるミケならば十分対処できる。


 だが今回は見張りだけでもそれ以上。

 メガネ達も、これまでに見た限り戦い馴れない様子であり、戦力には数えられないと考えていた。



 暗に諦めろと諭すミケに対して、しかし、メガネは平然と返す。


「そうか、ならばそこで見ていると良い」


 一瞬、茫然としたミケ。

 だが立ち上がろうと岩に手をかけるメガネを見て、その手を掴む。


「ちょっ!!! だから無理だよっ! 死ぬ気にゃの!?」


 掴まれた手に目を向けるメガネ。


「俺を心配しているのか。少しはヒロインとしての自覚が出てきたか」

「馬鹿にゃこと言ってる場合じゃにゃいのっ! ほんとに死んじゃうよ!?」


「……馬鹿な事を言っているのはお前だ」


 メガネ(装備品)を中指でクイッと上げ、ニヤリと顔を歪める。

 いつものドヤ顔だ。


 そしてミケを指差し言い放つ。



「教えてやる。『主人公は死なない』」



 正確には『こんな序盤で意味もなく死ぬことはあり得ない』であったが、メガネも格好よくキメたかったのだろう。

 そして、するりと手をほどくと岩陰から飛び出す。


 なおも小声で引き留めようとするミケを無視し、悠然とゴブリンたちに向けて歩を進めるのだった。




----------------------




 特に緊張も無く、普段と変わらぬ動きで歩くメガネ。

 両手をポケットに入れ、ゆっくりと進む姿からは、確かな余裕を感じる。


 洞窟まで百メートルと迫ったところで、六つの赤い瞳がぐるりと動く。

 気付かれた。


 中央の一匹が棍棒を振り下ろすと、残り二匹がメガネに向け駆け出す。


「ウキャアアアアッ!」


 と猿に近い、だが少し低音の叫び声を上げながら迫る二匹。

 どうやら二方向から同時に攻撃するつもりのようだ。


 メガネはその場で右足を引いて半身となり、軽く握った拳を、右手は顎のすぐ横に、左手は目の高さまで上げ、脇をしめる。

 若干膝を曲げて上体を落とし、顎を引き迫る敵を見据えた。


 メガネに駆け寄った二匹は、同時に棍棒を振り上げて飛び掛かる。

 頭を狙うつもりなのだろう。


 と同時にメガネの左拳が走った。


 スパン、と右方のゴブリンの顔面を打ち抜く。

 そして瞬時に引き戻し、そのまま流れるように反対のゴブリンへ、腰のひねりを加えた右拳を放つ。


 体重の乗った右がゴブリンの鼻をつぶし、顔をさらに醜く歪ませる。


 勢いのまま振り抜くと、青い鼻血を噴出させながら吹き飛び、木の幹に頭を打ち付けて止まった。

 もう意識は無いだろう。


 ボクシングの『教本通り』の綺麗なワンツーコンビネーションだった。


 ジャブを受けたゴブリンも、走る勢いのまま飛びかかったのが徒となり、ふらついている。


 するりと近づくと、今度は足を広げて深く腰を落とし、両手を腰の脇で構える。

 軽く息を吸い込み、胸の高さで揺れる頭部に向け「セイッ!!!」と、右拳を突き入れた。


 空手の正拳突きだ。これもまた教本通りの基本に則った一撃。


 めしゃり。拳が緑の顔面にめり込む。

 腕を引くのと、白目を向いたゴブリンが後ろに倒れるのは同時だった。


 この間、約五秒の出来事である。




----------------------




「……ふむ、知識は身を助ける、か。それにしても……」


 二匹を沈めたメガネは、赤くなった拳を見つめながらつぶやく。


 メガネにジムや道場に通った経験は無い。

 しかしその知識だけはあった。


 物語が好きなメガネではあるが、何もそればかり読んでいる訳ではない。

 専門書の類にも目を通しており、中には各種格闘技の教本も含まれていた。


 もちろん、本を読んだだけで技が身に付くほど甘くは無い。

 今回上手くいったのは、言ってしまえば偶然だ。

 だが……


「『主人公』とは気分が良いものだな」


 それを踏まえるならば必然であった。




----------------------




 ミケは大きく口を開けて立ち尽くしていた。


 ゴブリン達が走り出すのを見て、メガネを助けようと飛び出していたミケ。

 割とひどい事を言われ続けているにも拘らず、まったく人の良い猫である。


 しかし結局、助太刀をするまでもなくゴブリンは倒されてしまった。


 ミケとて同じように二匹なら倒せる。

 しかし秒殺となれば難しい。

 予想外のメガネの活躍に、しばし呆然としてしまったのだった。



「………はっ! ぼーっとしてる場合じゃにゃいっ!」


 我に返ったミケはメガネに走り寄る。


「あんた何者………じゃにゃくて、早く逃げ――――」


 そう言いかけた時だった。



「アキャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」



 耳を裂く絶叫が響き渡る。

 声の主は洞窟前に残った残りの一匹。


「ま、まずいよ……!」


 焦るミケの横で、メガネは洞窟の入り口を見ている。


 暗い穴の中からは無数の赤い光が湧き出していた。





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