第四話 やはりお前もか
魅力的な笑顔で『ミケ』と名乗った猫耳少女。
まだ完全に心を許した訳ではなかろうが、これまでのような恐れや怒りはもう無いように見えた。
ちょろい。
メガネは満足気に頷き、それに応える。
「合格だ。よろしく頼む、ミケ。俺の名は―――」
「ってちょっとまって!!」
だがミケの叫びが名乗りを遮る。
悲しそうな顔のメガネを無視するように、その背後の森を見つめるミケ。
真剣な表情で、耳をぴんと立て前方に向けている。
優れた聴力を持つ猫の耳が怪しい物音を捉えたのだ。
「何か近づいてきてる。注意して!」
言うと、腰から剣を抜き放ち構えた。
メガネには何も聞こえなかったが、真剣な物言いに嘘ではないと感じたのだろう。
ミケの横に並び、今まで背を向けていた方向に目を向ける。
だがふと、気にかかる事があったようでミケに尋ねる。
「ミケ。俺の足音には気付かなかったのか?」
「うん、全然気付かにゃかったよ。アンタ足音消したり出来るんじゃにゃいの?」
「無理だ。………ふむ、俺に覗かせるために状況が作られた、か? 例えば偶然、俺の足音に合わせ水音が立つ、強風が吹く、もしくは鳥が鳴く。色々考えられるが………いや、深く考えるのも馬鹿らしいな」
独り言を言うメガネに「また変な事を言い出したか」と呆れた目を向けるミケ。
「にゃにぶつぶつ言ってるの?」
「いや、何でもない。お前との出会いは運命だったと言うだけだ」
「にゃ!? いきにゃり恥ずかしい事言わないでよ……」
顔を赤くして、ぷいっと目を逸らした。
ちょろすぎる。
そんな事をしている間に、物音はメガネにもはっきり聞き取れるほど近付いてきた。
何か大きなものが草木をかき分け進む音だ。
ミケは表情を引き締め、森の奥をじっと見つめる。
だがメガネはあまり警戒はしていなかった。
(この流れ、恐らく……)
そして、二人の視線の先、立ち並ぶ木々の間から、ぬっと物音の主が姿を見せる。
それは―――
「………あれ? メガネじゃねーか!!」
クラスメイトの田中。
メガネが予想した中の一人だった。
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「お前も居たのかよ! 無事だったか!」
そう言いながら走り寄ってくる田中。
木の枝にでも引っ掛けたのか、制服のあちこちが破れている。
今まで森の中を歩き回っていたのだろう。
だが幸いにもこれと言った怪我は無いようだ。
「あれ、知り合いにゃの?」
剣を収めながらミケが尋ねた。
それにメガネが答えるよりも早く、近くまで来た田中が口を開く。
「お、そっちの子だれ? ……って、何それコスプレ? てか外人さん?」
ミケを見て不思議そうな顔をする田中。
自分達とは明らかに人種の異なる顔立ち、そしてあまりに古臭い服装。
おまけに猫耳なんて物が頭についているのだ。
そう思うのも無理は無い。
その質問にメガネが答える。
「この娘は俺の『ヒロイン』だ」
田中の疑問は何一つ解消されなかった。
「……なんだって?」
「俺の『ヒロイン』だ」
大事な事なので二回言った。
しばし唖然とする田中だったが、少しして何か思いついたように手のひらに拳を乗せる。
「………あぁ彼女ってことか! お前、中々やるじゃねぇか」
「いや、まだそう言った関係ではないな。……時間の問題ではあるが」
「ちょっ、勝手に変にゃこと言わにゃいで!」
澄まし顔で言ったメガネをミケはジト目で睨む。
しかしその頬はほんのりと桃色に染まっていた。
あまりにちょろくて心配になる。
田中はその様子を見て首をひねった。
そして、これ以上メガネに聞いても無駄と悟ったのか、ミケに尋ねる。
「あー、よく分かんねぇけど、ナンパされたみたいな? そゆこと?」
「にゃんて言ったらいいか………でもいろいろ思い返すと、そんにゃ気も?」
「違うが」
「えっ違うの!? じゃあやっぱりただの変人にゃの?」
「変人でもないが」
「いや、メガネは変人だろ……」
「だよねー……」
眉を寄せて不満そうな顔をするメガネ。
本当の変人とは自覚の無いものなのだ。
それを見るミケと田中の目には憐れみが浮かんでいた。
その視線をヤレヤレと言った顔で受け流し、メガネは話題を変える。
「それより、お前もあの印を辿ってきたのか?」
樹木に刻まれたバツ印の事だ。
田中はメガネが来たのと同じ方向から現れた。
故に、そう推察するのは自然な流れだ。
「え?そうだけど」
「お前はあの印が何か分かるか? 恐らく次のイベントの鍵だと思うのだが」
印を追った結果、水浴び中のミケに出くわした。
だが誰が何のために残したのか?
その謎はまだ解明されていない。
メガネはそれが次の展開に繋がるヒントだと考えているのだ。
横で話を聞くミケは、先程から頭に疑問符を浮かべている。
そもそも印が何の事か分かっていないようだ。
彼女は関係が無いのだろう。
そして田中は………
「は? イベント………? つか、あれ俺が付けたんだけど」
「」
一瞬固まるメガネ。
何の事は無い。それだけだった。
田中は道に迷わぬよう、通った後にあのバツ印を残していたのだそうだ。
父親から聞いた、森で迷った時の心得の一つらしい。
そして歩き疲れたところで、途中で見つけていた水場に戻ってきた……と言う事だった。
(深読みしすぎたか……おのれ、紛らわしい。今後の伏線はさっさと回収する事にしよう。おのれ……)
そう逆恨みがちに決意するメガネであった。
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何故か不機嫌なメガネをよそに、今度は田中が質問する。
「つかよ、俺も聞きてぇんだけど、山本見なかったか?」
「……あぁ、後ろの席にいた男か。見かけていない」
「ヤマモト? どんにゃひと?」
聞いた事の無い名前に、頬に指をあて首をかしげるミケ。
仕草があざとい。
田中は彼の特徴をミケに伝える。
「あー、茶色っぽい癖っ毛で、女みてぇな顔の奴なんだ。俺たちと同じ服着てるんだけどよ」
「うーん、会ってにゃいよ」
「そっかぁー………」
二人の答えを聞き、がっくりと肩を落とす田中。
そこにメガネが気の抜けた声をかける。
「どうせ森を歩いている途中で逸れたとかそんな所だろう」
「おう。そうなんだよ………そうだ! 探すの手伝って貰えねぇか!」
そう言って顔を上げ、メガネの手を掴んだ。
その表情はとても真剣だった。
本気で彼の身を案じているのだろう。
「頼む! あいつ森とか全然歩き馴れてねぇんだ! ほっといたらどうなるか……」
「分かった分かった。さっさと探そう。逸れたあたりに案内しろ」
「お、おう、助かる。………けど何でそんな投げやりなんだ?」
軽い調子で引き受けたメガネに、田中は礼を言いつつも不思議そうな顔をした。
メガネは無視して案内を催促する。
「いいから早く連れていけ。………何をしている、行くぞミケ」
「私も!?」
驚くミケを放置して、田中と共にさっさと森へ入るメガネ。
「いや、確かに私も心配だけど………って待ってよぉ!」
ぶつくさ言いながらもミケは結局二人を追う。
何だかんだで人の良い猫なのであった。
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「この辺りだと思うんだけどよ」
案内されたのは木々の立ち並ぶ森の一角だった。
特に変わった所など無い。
メガネには他の場所との見分けがつかなかった。
「大丈夫か? 何故ここだと分かる」
「おう、大丈夫だぜ。印の数カウントしてたからな」
意外とマメな男である。
それを聞いてメガネも納得したようだ。
「そうか。ならさっそく探そう。手分けして辺りを調べるか」
「だな。じゃあ俺こっち見てくるわ」
「いいけど、あんまり遠くに行っちゃだめだよ。特にアンタ!」
メガネを指差すミケ。
「あぁ、分かっている」
「あれ………にゃんか拍子抜け。ちょっと変……あれ? これが普通?」
「いいから探すぞ」
それだけ言って、メガネは行ってしまう。
田中も既に別の方向へ進んでいた。
ミケは首をひねりながら、また別の方向へと歩いて行くのだった。
メガネは木の枝や地面を確認しながら歩いていた。
人間が隠れられそうもない場所まで含めじっくりと。
それもそのはず、彼が探しているのは山本本人ではない。
残されているであろう「何かの痕跡」であった。
(この流れだ。十中八九、トラブルに巻き込まれているだろう)
この近くに山本はいない。
メガネの中でそれは確定情報だった。
(そしてその痕跡は必ず見つかる。俺でなくともミケ辺りが発見するはずだ)
故に彼は全く焦っていなかった。
ならば何故わざわざ自分も探しているのか。
(それは今度こそ次のイベントの鍵であるはずだ。さて、面白い展開だといいが……)
そう思えばこそだった。
そうして各々が探索を進めること十五分ほど。
メガネの考えを裏付けるように、ミケが大声で二人を呼んだ。
「ねぇちょっと来て!」
集まった二人に、ミケは樹脂製のカバーで覆われた薄い小冊子を見せた。
「これってその、ヤマモトって人のもの?」
カバーには、星の中心に『特』の文字が入ったマーク、そして『国立特異技能高等学校』の文字が箔押しされていた。
その裏面を見て田中が声を上げる。
「それ、あいつの生徒手帳だわ!」
裏面には山本の顔写真と名前。
間違い無い。彼の手懸りだ。
しかし、それを聞いたミケは背後の森を振り返り、硬い表情を作る。
「……そのひと、ちょっとまずいかも」
メガネもミケの視線を追う。
そこには何か大きな物を引きずったかのように抉れた地面と倒れた草。
そして傍にはいくつもの小さな足跡が残されていた。
「これ、ゴブリンの仕業だよ」
不安そうなミケの声を聞いて、だがメガネは嬉しそうにニヤリと笑う。
(面白くなってきたな)
不謹慎にも程があった。