最終話 何と言う超展開
ドラゴンを呪い、否、封印したメガネ達。
村に戻った彼らは、今はミケ宅のリビングでゆったりと寛いでいた。
ミケと山本は、鳥籠に入れられた元ドラゴンを囲んでキャイキャイとお喋りをしている。
結局その処遇は「ペット兼、非常食兼、緊急時の換金物」という、本人以外にとっては良いとこ取りなものになった。
籠の中から聞こえるピヨ……と弱々しい鳴き声が哀愁を誘う。
田中は床で腕立てや腹筋をしている。
異世界に来てまで見上げた根性である。
ミケ母は台所で夕飯の準備中だ。
そしてメガネは、椅子に座って窓の外を眺めていた。
外からは、既に日が暮れ暗くなっているにも拘らず、大勢の歓声や歌声……楽しげな喧騒が聞こえてくる。
ドラゴンが封印された、と報され、村を挙げての宴が開かれているのだ。
「やっぱり残念かしら、本当ならあなた達が主役のはずだったのに」
そんなメガネに、食器を運んできたミケ母が問いかけた。
「いいえ、俺も騒がしいのは苦手ですから」
「だから何にゃのその話し方………」
キリッとした表情で答えたメガネを、ミケが顔だけ向けてジト目で見る。
外で行われている宴、その主役は彼ら………ではなく大路達だった。
あの後、まずは倒れていた大路達クラスメイトに、ミケ親子が回復魔法で応急処置を施した。
命に関わるような怪我を負った者が居なかったのは幸運だったと言える。
意識を取り戻した大路には事の顛末をそのまま話した。
最初は信じられないと言った表情をしていたが、喋る小鳥を見せ、小鳥自身からも自供させた事で、どうにか納得してくれた。
そして彼に、封印したのはお前達だと言う事にして欲しい、と頼んだ。
それはミケ母の提案によるものだった。
聖剣と女神の事は口外しない方が良いと言うのだ。
メガネは逆らえるはずもなかったし、大路にしても彼女は命の恩人らしく、微妙な顔をしながらも引き受けてくれた。
彼らの当初の予定通り、落とし穴の底で氷浸けにしている、と言う事にしてくれるそうだ。
そうして今、クラスメイト達は宴の中心でもみくちゃにされている事だろう。
皿を並べるミケ母に、今度はメガネから質問する。
「そう言えば、女神の事を隠さねばならないのは何故ですか」
それを受けてミケ母は少し困った顔になった。
「そうね……話すと少し長くなってしまうの。だからお夕飯を食べながらにしましょう」
なにか話しにくい事なのだろうか。
メガネは片眉を上げつつも、そう言って台所に戻る彼女を見送るのだった。
それから少ししてテーブルに食事が並んだ。
メインディッシュは野菜と鶏肉らしきものを煮込んだスープ。
テーブル脇に置かれた籠の中でぷるぷる震える小鳥さんを尻目に、五人は食事を楽しんでいた。
「それじゃあ、どこから話そうかしら」
そう切り出したミケ母の表情はどこか暗い。
「そうね、まずは私の母親、ミケちゃんのおばあちゃんの事から話しましょう」
「え、おばあちゃん?」
ミケが不思議そうな顔をする。
ミケ母はそれに曖昧な笑顔で応え、メガネに顔を向けて問いかけた。
「確認したいのだけど、メガネ君やドラゴンさんが言っていたのは森の女神様なのよね?」
「恐らくそうでしょう。森で会いましたから」
会った、と言うか話しただけのような気もするが、そこで「この森で世界を見守って云々」と聞いた。
籠の小鳥さんも「おのれ邪神め、いつかあの森を焼き払ってくれるぴよ……」などとぶつぶつ言っている。
まず間違いないだろう。
「うちのおばあちゃんね、森の女神様の、その………狂信者だったの」
「!?」「!?」「!?」「きょ、狂信者!?」
いきなり出た物騒な単語に、聞いていた四人は揃って目を丸くする。
家族であるはずのミケも初耳のようだった。
「ミケちゃんにも言ってなかったわね。昔は村の人はみんな森の女神様を信仰していたの。おばあちゃん、その中でも過激派として有名だったわ」
そう言って遠い目をする。
当時の事を思い返しているのだろう。
だが、眉が八の字になっているあたり、あまり良い思い出ではなさそうだ。
「おばあちゃんを中心に、同じ過激派の人達と、やれ森の木を切るなだの、森で狩りをするなだの、立て札を持って広場で騒いだり、森に入ろうとする人達を襲ったりもしていたわ。女神様への冒涜だとか言って。よく、今日は背教者共を何人ぶちのめしてやった、とか自慢していたわね。他にも穏健派だった村長さんの娘を誘拐して脅したり、報復だとか何とかで畑を荒らしたり………やりたい放題で村のみんなから恐れられていたわ」
「うわぁ」「お、おぅ」「おばあちゃん何してるの………」
まさにカルトな宗教の過激派構成員と言った感じだ。
ドン引きする山本と田中。
ミケも悲しいような驚いたような、微妙な表情をしている。
「それで過激派の人達、調子に乗っちゃったのね。その内、生贄を捧げようって言う話まで出てきたの。ドラゴンにも捧げてるんだからって」
「うわぁ」「やべぇな」「嘘!? 優しかったおばあちゃんがそんにゃ」
調子に乗るどころではない。
人身御供まで行うとは、それはもはや邪教の類だ。
(女神………お前、やはり邪神なのか)
≪ち、違います! 生贄を要求した事なんてありません!≫
(本当か? 俺達を呼び出したのもお前だし、どうも信用できん)
≪それは魔王を倒すために仕方なくで………と言いますか、私、こう見えて光の女神なのですが!?≫
一人、女神に対する警戒度を引き上げるメガネを他所に、ミケ母は話を続ける。
「でも、それは流石におばあちゃんも、やり過ぎだって反対していたわ」
「うわぁ」「えっ、既にやり過ぎじゃね」「おばあちゃん、信じてたよ!」
田中と山本は相変わらず引きつった顔だが、ミケは少し嬉しそうだ。
祖母に欠片でも理性が残っていた事を喜んでいるのかもしれない。
本当に欠片程度であったとしても。
「だけど、止められなかったの。勝手にどんどん盛り上がっていっちゃって、村全体を巻き込んで大騒動になりかけたわ………でも、結局はおばあちゃんが解決しちゃったんだけどね」
「えっ、どうやって?」
「拳よ」
「えっ」
「過激派の人達全員、一人で殴り倒したの」
「うわぁ」「うわぁ」「もぅおばあちゃんが分からにゃい」
残念ながら理性など残っていなかったようだ。
「それで過激派は解散。誰も生贄にはされなかったわ………けど、その一件で、女神信仰って実は恐ろしいものなんじゃないかって話が広まって、それから誰も女神様の事を口にしなくなったの」
哀れ女神、完全にとばっちりで評判を落としていた。
メガネの頭の中では≪何て事でしょう……≫という呟きが繰り返されている。
「そんな訳で、この村では女神様の事は隠していた方が良いのよ。危険人物だと思われてしまうわ」
「……なるほどな」
これで話は終わりのようだ。
気付けば全員、食事の手を止めて聞き入って、と言うか、呆気に取られていた。
メガネも、話しにくそうなミケ母の様子から何かあるのだろうとは察していたが、完全に予想の斜め上だった。
(この家はどうなっている。母と言い、祖母と言い、ふざけ過ぎだ。これではまるで―――)
≪何て事でしょう何て事でしょう何て事でしょう何て事でしょう何て事でしょう………≫
(うるさいぞ)
などとメガネが考え事をしている間も、誰一人口を開いていない。
田中達も、家族であるミケでさえも、何と言っていいか分からないのだろう。
微妙な空気を感じてか、ミケ母は苦笑いする。
「ごめんなさいね、変な話しちゃって」
申し訳なさそうな様子に、田中達は少し焦ったように否定した。
「あ、いえいえ!」
「大丈夫っす。でも凄いお婆さんなんすね!」
二人の返しは適当なものだったが、他人の家族にとやかく口出す事も出来ない。仕方ないだろう。
だが、それに乗じてミケが新たな事実を口にした。
「私もびっくりだよ。帰ってきたらどんにゃ顔して会えばいいんだろ」
「なんだ、まだ生きているのか」
つい失礼な事を口走ったメガネ。
メガネ達はもう数日、この家でやっかいになっていたが、母と娘以外には会っていない。
だからてっきり、その過激なお婆様はお亡くなりになっていると思って話を聞いていたのだ。
しかし、どこかに行っているだけで、まだ御存命らしい。
「うん。去年、旅に出たの。何の旅かは知らにゃいけど」
「どうせ碌でもない理由なのだろうな」
「ちょ、流石にひどくにゃい!? もう年だし、きっと温泉巡りとか……」
ミケはそう言うが、メガネには到底まともな目的の旅だとは思えなかった。
これまでの話を聞く限りはそう考えて当然だろう。
そして、実際その通りだった。
「あら、おばあちゃんなら魔王を倒しに行ったのよ」
「にゃんで!? 年齢考えようよ!」
「それがね、どこかから、それが女神様の願いだって聞いたらしくて。やっぱり根が狂信者なのね~」
がっくりと肩を落とすミケ。
優しい祖母の幻想は完全に打ち砕かれただろう。
それに構わずメガネが尋ねた。
なぜかとても深刻な表情で。
「………そのお婆様は、やはりお強いのですか」
「ええ。私も敵わないくらいよ」
「やはりか………」
メガネは頭を抱えた。
ドラゴンは危うく先にミケ母に倒される所だった。
そして今度は、その生みの親が魔王討伐に向かっていると言う。
「もうちょっとしたら魔王の首を持って帰ってくるんじゃないかしら」
軽い調子のミケ母の言葉に、メガネは顔を青くする。
(まずい、急がねば今度こそ先を越されてしまうッ)
≪ただの老婆に倒せるとは思えませんが……でも、誰が倒してもあなた達は帰しますよ?≫
(そう言う問題では無い!)
魔王を倒すのはファンタジーで一番盛り上がる場面。
そこを誰かに譲るなど考えられないのだ。
(女神………魔王はどこに居る)
≪大陸の西にある魔王城です≫
(よし、西だな)
徐に立ち上がるメガネ。
何事かと皆の視線が集まる中、彼は叫んだ。
「すぐに出発するぞ!!」
そのまま家を飛び出そうとして、だが扉の前で振り返る。
「何をしている、急げ!」
「えっ」
「お、俺もかよ」
「て言うか、どこいくの?」
山本の問い掛けに、眼鏡をクイッと中指で押し上げて答えた。
「魔王を倒しにだ!!」
顔を見合わせる田中と山本。
「ど、どうするよ……俺、このままここに残っても」
「面白そうだし僕は行こうかな」
「えっ、じゃ、じゃあ俺も行くか」
「いっつも付いて来てくれるね。田中君の優しいところ、好きだよ」
「ちょ、おま、やめろよ」
顔の赤い田中と小悪魔スマイルの山本は、二人揃って席を立つ。
田中はもう駄目だ。
山本は鳥籠も忘れずに持ってくる。
中の小鳥さんがピヨピヨ喚いているがお構いなしだ。
だがミケは、座ったまま出口に向かう彼らを見送った。
「そっか、急だけどもう行くんだね。三人とも元気でねっ!」
ひらひらと手を振る猫耳娘であったが、その肩に手が置かれる。
「何を言っているのミケちゃん、あなたも行ってらっしゃい」
「ぅえぇ!? おかあさん話聞いてた? 魔王とか私死んじゃうよ?」
「大丈夫、私もあなたくらいの時に闇の帝王を倒しに旅立ったわ」
「誰それ!?」
「それに、うちの家系は勇者様の血をひいているの。だから何とかなるわ」
「初耳にゃんですけどー!?」
「いいからいいから。メガネ君っ! 娘を頼むわね!」
言いながらミケ母は、ミケの襟首を掴んで放り投げる。
メガネの前に尻もちを突くミケ。
彼女の手をしっかり掴んでメガネは言う。
「お前はヒロインだと言っただろう。もう、離さないぞ」
「えっ、は、恥ずかしいよ………って、言うとおもった!? 離してよー!」
「タマさん! 娘さんはお任せ下さい!」
「おねがいね。いってらっしゃ~い」
そして彼らは家を飛び出すと、そのまま村の出口まで走る。
にゃーにゃーピヨピヨと可愛い声を引きずりながら。
途中、広場で村人達と一緒に騒ぐ、大路、鎌瀬、伊音長、そして他のみんなの姿が見えた。
あの様子なら、彼らはきっと上手く村に馴染んでいけるだろう。
それをちらりとだけ見て、メガネ達は走り抜けた。
そして門をくぐった所で立ち止まる。
ふぅ、と一息つくとメガネは言った。
「さて、旅立ちだ」
とは言うものの、魔王城は徒歩で行ける距離とも思えない。
おまけに何の準備もしていない。
「ねぇねぇ、魔王の所までどうやって行くの?」
「車とかはねぇだろうし、歩くのか」
「そんにゃの無理だよぉ、やめようよぉ」
そんな三人に向けてメガネはニヤリと笑う。
「心配無い。おいドラゴン、姿を戻してやるから魔王城まで運べ」
「き、貴様、この我を何だと思っているぴよ」
「死ぬまでその姿のままでいたいのか」
「ぐぬぬ、一度だけぴよ………」
怒りにプルプル震える小鳥に、メガネの胸元から白い光の玉がふわりと飛んだ。
それに触れると、小鳥は瞬く間に巨大な竜の姿へと戻る。
「さぁ乗れ」
「まじかよ」
「いいのかにゃ……」
「いいね! 楽しそう」
伏したドラゴンの背に山本が飛び乗る。
田中とミケも、恐る恐るそれに続く。
最後にメガネが首に跨ると、ドラゴンは『おのれおのれ』とぶつぶつ言いながら飛び立った。
高度が上がっていくにつれ、村がどんどん小さくなっていく。
ミケ宅の前では、ミケ母が手を振っているのが見えた。
「おかあさん………帰ったらボコボコにするからね……っ」
ミケが物騒な事を口走る。
戦闘狂、狂信者、そして勇者。そんな血が覚醒しつつあるのかもしれない。
ついでに広場の人々が硬直しているのも見えた。
「あ、やばくね。封印したとかいう話だったろ」
「いいんじゃないかな、きっと大路君が何とかするよ」
心配そうな田中。やはり基本的に良い奴だ。
それに適当な事を返す山本も、やはり腹黒い奴だ。
そしてメガネは西の方角を見つめながら思う。
(しかし今度は婆さんと競争か。何と言う超展開。本当にこれはまるで―――)
コメディではないか、と。
大正解である。
この物語はファンタジーなどでは無い。コメディなのだ。
真実に気付きつつあるメガネと愉快な仲間たちを乗せて、ドラゴンは西へと飛ぶ。
きっとこの先にも彼らの予想を裏切る超展開が待っているだろう。
それを乗り越え、無事、魔王を倒し元の世界に戻れるのか。
彼らの旅は、まだ始まったばかりだ。
~ 第一章 終 ~