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幕間 大路達の戦い

 メガネ達が走り出した頃、大路も同じように走っていた。


 彼の前には、何かから逃げるように必死に走る三人の幼女。


 だが勘違いをしないで欲しい。

 彼女らを追いまわしているのは大路では無い。

 むしろ大路も追われる側だ。


 彼の後方から、鋭い牙の並んだ大顎が迫る。

 

 あわや飲み込まれるかと言う寸前、すぐ後ろでその口は閉じられた。

 咬み合わされた牙がぶつかり、ガヂンと恐ろしい音が鳴る。


 閉じた顎の上には一対の金の眼。

 さらに上には歪んだ二本の赤い角。

 それはドラゴンの頭部だった。


 彼らは今、ドラゴンから逃げているのだ。


 ドスドスと地響きを鳴らして走るその巨体を背に、大路達は全力で走る。

 少しでも歩を緩めようものなら、たちどころに食い千切られるか、踏み殺されてしまうだろう。

 しかし体力も無限ではない。

 ただ闇雲に逃走するだけでは、いずれそうなるのは明白だ。



 と、先を走る幼女達が苦しそうな声を上げる。


「お、大路君~!」「まだなんですかー!?」「つ、疲れましたぁ!」


 彼女らの声は、外見よりも大人びて聞こえた。

 それもそのはず、これは本来の姿ではないのだから。


 長い金の髪と垂れた犬耳、そしてまだ十にも満たないであろう幼い体を包む青いエプロンドレス。

 三人とも寸分違わぬ、その可憐な容姿。

 それら全ては彼女らの中の一人が持つ、変身スキルによるものだ。


 しかし、なぜこんな姿になっているのか。


「すまないっ、囮なんて危険な役目を……っ」


 それは、より効果的な囮役となるためだった。

 彼女たちの姿は、以前ドラゴンに襲われていた村長の孫娘、アリスのものだ。

 ドラゴンは逃がした獲物に執着する。

 村長からそう聞いた大路達は、その習性を利用しているのだ。


「だけど頑張ってくれ! 後少しで、戦闘班のところなんだ!」


 そして、ドラゴンを戦闘班の待機する地点まで誘導する。

 これが大路達の目的。

 そこまで辿り着けば彼らは助かるのだ。


 叫んだ大路の後ろから、グルル、と恐ろしい呻き声が聞こえた。

 振り返れば、またも大口を開けたドラゴンが首を伸ばしてきていた。

 だが今度は彼の横を通り過ぎ、前を走る幼女の一人に向かう。


「きゃああああああああああ!?」


 とも、ぴゃあああああああとも付かぬ甲高い悲鳴を上げる幼女。


「大丈夫! そのまま走って!」


 大路の指示を受け、幼女は涙目でひた走る。

 彼女に迫るドラゴンの首。

 そのまま小さな体を飲み込むかと思いきや、何故か少し手前で顎は閉じられた。

 鋭い牙は幼女の体に触れることなく、なびく髪の一部を散らすに留まる。

 先程の大路の時と同じだ。


 実はこれまでにも数度、今と同様にドラゴンの牙から逃れていた。


「僕のスキルで守っているから、とにかく走ってくれ!」


 そう、これは大路のスキルの効果。

 彼のスキルは『光の屈折率を変化させる空間を作り出す』と言うもの。

 例えるなら、完全に透明で触れる事も出来ない鏡やレンズを作り出す、そんなスキルだ。


 それにより、ドラゴンからは彼らの位置がズレて見えていた。

 実際よりも数歩分だけ後ろに。


 加えて三人の幼女達のスキルもある。

 一人は変身であったが、残りの二人はそれぞれ、身体能力強化と、スキル効果の共有と言うものだ。

 強化した脚力を三人で共有しているため、あんな身形でも大路に負けない速度が出せている。

 同時に、そっくりな幼女が三人、と言う可笑しな事にもなってしまったが。


 彼らは全員のスキルを駆使して、ここまで逃げ遂せてきたのだ。


「そ、それでもやっぱり」「恐いですぅ~~!」「ふぇ~ん!」


 とは言うものの、相手を考えれば所詮は誤魔化しに過ぎない。

 涙目で走り続ける幼女達の恐れも尤もではあるのだ。


 一度噛みつかれれば終わり。

 身体強化はそれに耐えられるほど強力では無い。

 大路もズレ具合を微妙に変えていたが、もう長くはごまかせないだろう。

 実際、今も毛先程とは言え掠めていた。

 見破られ始めているのだ。


 大路の顔に焦りが浮かぶ。


 もしもの時は、僕が彼女達の身代わりに―――



 彼がそんな決意を固めていた時、前方に川が見えてきた。

 その手前にサッカーのハーフコート程の草地。

 左右には藪が生い茂り、中央で白い旗が風にたなびいていた。


「っ! あそこだ! みんな、逃げきろう!」

「「「は、はい~~っ!」」」


 ゴールだ。

 あの場所で戦闘班が待機している。


 大路の号令で、ラストスパートとばかりに速度を上げる幼女達。

 ドラゴンの牙をすれすれで回避しながら四人は目的地へと駆け込む。


 先を行く彼女らが、旗の立つ地点を越えた。


「よし!」


 後少し。


 そのまま走り抜ける幼女達の後を追い、大路も旗に辿り着く。



 だがその時、背後から聞こえる低い唸り声。


 大路はドラゴンの攻撃を予感して振り返った。

 彼に向けて伸ばされるドラゴンの首。

 そこに光る金色の双眸を見て――――――ぞくり、と彼は震えた。


 目が合った。

 そう感じた。


 ドラゴンは見ていたのだ。

 スキルによる幻影では無い、本物の大路を。

 タネに気付いたか、それともただの当てずっぽうかは分からない。

 だが確かに、竜の瞳は大路の位置を正しく捕捉していた。


 彼の目前で、人間など一飲みにしてしまえそうな大顎が開く。

 鋭い牙の並ぶ、ぬらぬらとした赤い口腔。

 その色は、今まで喰い殺されたであろう、犠牲者たちの鮮血を思わせた。

 ならば喉の奥に広がる暗い穴は、さながら地獄の入口であろうか。

 そこから吹く生温かい風を感じながら―――大路は、眼を閉じた。




 が、直後に横腹に衝撃を受け、地面を転がりながら目蓋を開ける。


「なっ………!?」


 旗のすぐ傍に居たはずの彼は、そこから十五メートル程離れた場所まで転がっていた。

 遠方の藪から鎌瀬がニヤついた顔を覗かせているのが見えた。

 服が砂にまみれているが、これは地面を転がった事だけが原因ではないのだろう。

 助けられたのだ。彼のスキルで。


 そして旗の立っていた場所では、ドラゴンが唸り声を上げながら周囲を見回している。


 それを確認した大路は、はっと目を見開いた。

 脇腹を押えながらも声の限り叫ぶ。


「今だッ!!!」


 声と同時に、ドラゴンの足元が崩れた。

 ただの草地に見えたそこに突如大穴が出現する。

 その底へと深紅の巨体が咆哮を上げながら飲み込まれていった。




------------------------------




 旗の立っていた地点を中心に、ぽっかりと口を開けた穴。

 その直径は三十メートル、深さはなんと百メートルにも達する。

 まさに大穴と呼ぶにふさわしいものであった。


 この落とし穴が、囮まで使ってドラゴンを誘い込んだ理由だった。


 三十人以上もいれば、掘削作業に適したスキルを持つ者だって当然いる。

 彼らの活躍で、なんと一日で掘り上げたのだ。

 出てきた土砂は、テレポート系のスキル持ち達が川の対岸に捨てた。

 おかげで川の向こうは岩と土に覆われた荒野になってしまったが。


 掘った穴には川の水を流し込み、それを温度を操るスキルの者達が凍らせる。

 その上から掘り出した土の一部を戻し、十メートルほどの厚さの蓋をした。

 しっかり踏み固めた後は、下の氷が溶けるのを待って完成だ。

 おまけに植物を操るスキル持ちが、草まで茂らせてくれていた。


 もちろん、ドラゴンほどの巨大生物が上に乗れば、すぐに崩落するだろう。

 だが、しっかり穴の中心まで誘い込みたかった大路達は、目印である旗の位置にドラゴンが来るまで、それを遅らせた。

 待機していた戦闘班の一人が持つ、触れた物質を硬化させるスキルによってだ。

 穴付近の地面の下は、そのスキルでコンクリート並の強度になっていた。


 それを大路の合図で元に戻した。


 結果、ドラゴンは遥か地の底で唸り声を上げている。

 彼らの作戦の第一段階は成功したのだ。


 そう、まだ第一段階だ。



「やれぇッ!」


 鎌瀬の号令が響き渡る。

 脇腹を押えて座り込む大路の見る前で、藪の中から戦闘班の生徒達が飛び出してきた。


 まずは一人の男子生徒が穴の傍まで進む。

 彼が手をかざすと、穴の底を踏みしめていたドラゴンの足が、さらに底へメリメリと沈みこんだ。

 彼のスキルは対象とした物に作用する引力を倍にする、と言うもの。

 つまり、ドラゴンは体重が倍になったのだ。

 それでも動きを鈍らせるくらいの効果しかないが、今は十分だった。


 ドラゴンには翼が生えているが、それを広げられるほど穴の直径は大きく無い。

 飛んで逃げる事は難しいと思えるが、壁をよじ登ってくる可能性はある。

 しかし体重が倍になっては、それも難しいだろう。

 狙いはそこだ。



「次ぃッ!」


 続いて三人の男女が上空に手をかざす。

 

 すると、彼らの背後を流れる川から水柱が立ち昇った。

 水柱はアーチを描き、落とし穴の中へと流れ込む。

 見る間に穴を満たしていく大量の水。

 彼らは穴の蓋を作る際にも活躍していた、水流を操るスキルの持ち主だ。


 水かさが増していき、ドラゴンの全身を沈めてなお注がれ続ける。

 体重が倍になったドラゴンは浮かび上がる事も出来ず、水底で沈黙している。

 その生態は判然としないが、流石に呼吸が出来なければ………そう考えての水責めであった。


 しかし、これでもまだ終わらない。



「いいぜ~ラストォッ!」


 穴の淵まで満たされた水に、女子生徒がしゃがんで手を触れる。

 するとそこから水が凍り始めた。

 氷はパキリパキリと音を立てながら、ゆっくりと広がっていく。

 数分でドラゴンの沈む穴の底まで凍りつくだろう。


 爬虫類は体温が下がれば活動が鈍り、やがて死ぬ。

 ドラゴンが爬虫類かどうかは不明だが、もし違っていても、息もできない状態で氷漬けにすれば流石に殺せるはず。

 横から逃げられないよう、硬化スキルで穴の壁面を補強もしていた。


 彼らの考えていた作戦はこれが全てだ。

 そして全てが上手く行った。

 あとはドラゴンが死ぬまで、スキルを維持しながら様子を見守るだけだ。


「いちょあがりーっとぉ」


 そう言って鎌瀬が手を叩き、目的の達成を告げたのだった。




------------------------------




 戦闘班の働きを見届けた大路は、力が抜けたようにその場に座り込んだ。


「ふぅ………痛っ」


 その拍子に痛んだのか、また脇腹を押える。

 肋骨にヒビでも入っているのかもしれない。


「あわわ」「大路くん!」「大丈夫ですかっ!?」


 三人の女子生徒が慌てて駆け寄ってくる。

 先程まで幼女の姿をしていた陽動班の三人だろう。

 今は制服姿に戻っている。


 彼女達を見て、大路はほっと表情を緩める。


「良かった、君達に怪我はないみたいだね」

「はい!」「もちろん!」「元気ですっ!」


 一歩間違えれば殺されていたかもしれない危険な相手だった。

 実際、大路は一度死にかけた。

 それでも、彼自身はともかく、他には誰も怪我すらせずに倒す事が出来た。

 完全勝利と言って差し支えないだろう。


 大路は達成感を噛みしめるように目を閉じて呟く。


「そっか………ありがとう、君達のおかげで上手く誘い出せたよ」

「いえいえっ」「そんな~」「大路君のためなら当然ですっ」

「あはは……あっちもそろそろ終わるみたいだ。帰ったら皆でお祝いでもしようか」

「「「はいっ!」」」



 落とし穴の周りでは、戦闘班のメンバー達が様子を窺っている。

 穴の中は既に氷で埋め尽くされており、底に居るドラゴンの姿は目視できない。

 だが、もう何の音も聞こえてこない。

 氷や地面が揺れる事もない。


 黙って氷の奥を見ていた鎌瀬が、二、三度それを蹴りつけた。

 そして気の抜けた声を上げる。


「はい、しゅーりょーって事でいんじゃね? これ」


 他のメンバー達も肩から力を抜いて表情を緩める。

 そして口々に良かった、怖かった、などと、どうでもよい感想を述べ始めた。


 そんな彼らを残して、鎌瀬が大路の所まで歩いてくる。

 大路は笑顔でそれを迎えた。 


「おつかれさま。それとさっきは助かったよ」

「いーっていーって。リア充野郎を一回ぶっ飛ばしてぇって思ってたから丁度いいし」

「あ、あはは……」


 三人の女子生徒に囲まれながら、大路は困り顔で笑った。


「つーか、もうこれ帰っていんじゃね?」

「悪いけど、あと一時間くらいは様子を見よう。まだ何があるか―――」


 分からない。

 そう言いかけた時だった。



 氷で埋め尽くされていたはずの大穴から、突如、爆音と共に巨大な火柱が立ち昇った。


 まだ近くに居た戦闘班の数名が、その余波で吹き飛ばされる。


「なッ………!?」


 驚愕に目を見開く大路の目前で、炎が周囲の草地に燃え移り、火の海と化す。

 その中を吹き飛ばされた生徒達がごろごろと転がる。

 彼らの衣服にも火が燃え移り、悲鳴を上げていた。


「クソが!」


 鎌瀬がドッジボール大の砂球を飛ばし、炎に巻かれた生徒達を、次々と川辺まで弾き飛ばす。

 大路を助けたのも恐らくこれだったのだろう。


 川辺には、幸いにも先に離れていたのであろう、水使いの一人が無傷で立っていた。


「………っ、み、水を!」


 大路はその男子生徒に指示を飛ばす。

 ぼーっと火柱を見上げる男子生徒は、しかし呆けたまま何の反応も見せない。


「火を消せッ!! 死んでしまうぞッ!!!」


 その必死の叫びで、ようやく近くで転げ回る仲間達に気付いたらしい男子生徒。

 奇妙な擦れ声を上げながらも川の水で仲間の消火を始める。


 他に無事だった数名も、刻々と広がる炎に追われ逃げ惑っていた。

 まるで一瞬で地獄に突き落とされたかのような光景だった。


 大路は自らも川辺に向かおうと立ち上がる。



 そこに、天を引き裂くような咆哮が響き渡った。


 大地すら揺るがし、本能的な恐怖を呼び起こすその号哭に、大路は震えた。

 硬直する彼の視線の先、もうもうと水蒸気を噴き上げる大穴の中から、赤い鱗と金色の瞳が現れる。

 這い上がってきているのだ。恐らく壁に爪をかけて。


 徐々に姿を現すその巨体を、彼はじっと見つめる事しかできない。

 体が思うように動かせないのだ。


 何故生きているのか。

 呼吸など必要ないのか、やはり爬虫類では無かったか。

 いや、それ以前に、あれだけの水が氷結すれば、底にかかる圧力は途方もない。

 いかに強靭な生物とて圧壊は免れないはずだ。


 そう、生物ならば。


「ばけ、もの………!」


 大路達は前提からして間違っていた。

 ドラゴンと言う存在を見誤った。

 知らず自身の常識に縛られ、生物と言う括りで考えてしまった。


 違うのだ、あれは。

 ドラゴンとは生命の系統樹から離れた超常の存在。

 神代から在り続ける神話の具現。

 人の理で計れぬ規格外なのだ。


 ドラゴンが皮翼を広げる。

 飛び立つつもりだろう。


 呆然と立ち尽くす大路。

 いや、彼だけでは無い。

 鎌瀬、三人娘、どうにか仲間の火を消し終えた水使い、そして逃げ伸びた他の生徒達。

 意識のある者は皆、恐怖に凍った目で深紅の化け物に見入っていた。



 翼の起こす風圧で炎を巻きあげながら、ドラゴンは上空へと昇って行く。

 二、三百メートルほどの高度に到達した所で滞空し、大路達を見下ろす。

 まるで彼らを虫けらとでも言うかのように。

 そして、牙の間から炎をほとばしらせた。



 地上からそれを見上げていた大路。

 彼はドラゴンの口からちらりと噴き出た炎を見て、顔を青ざめさせる。


「ま、ずい………!」


 瞬間的に彼のスキルを一帯の上空に展開する。

 光を歪ませ、実体とは異なる位置へ虚像を映し出すそれを。


 間もなく、ドラゴンの口から巨大な火球が吐き出された。

 火球は燃え盛る隕石の如く、川辺に向けて落下する。

 そのまま、立ち尽くす水使いの―――すぐ横に着弾した。

 大路のスキルにより、直撃だけは免れたのだ。


 しかし火球の威力はすさまじく、衝突地点を中心に土砂と炎が撒き散らされる。

 それを受けて、至近に居た水使いと倒れていた生徒達が枯葉のように宙を舞った。


 ドラゴンは立て続けに火球を放ち、それが他の無事だった生徒達も襲い掛かる。

 やはり直撃はしないものの、着弾の爆風で吹き飛ばされ倒れていく。


 大路には、彼らを救う手段が無い。

 火球を逸らすのがスキルの限界なのだ。


「やめろ………やめてくれ………っ」


 奥歯を噛み締め呻く彼の横で、鎌瀬が吼えた。


「っざけやがって、このクソトカゲ野郎がーーーッ!」


 鎌瀬は宙に浮かぶドラゴン目掛け、幾つもの砂球を放つ。

 だが当たりはするものの、反応すらされない。


 そうする間にも火球は降り注ぎ続ける。

 やがて、大路達の他に立っている者は誰一人居なくなっていた。


 ドラゴンの首がついに彼らへと向けられる。


「っ!」


 すぐに火球が飛んでくるだろう。

 大路は背後で声も出せずに震える三人娘を、覆い被さるように抱きしめる。

 その前に鎌瀬が飛び出し、砂の壁を作り出した。


 直後、吹き荒れる轟音と炎、そして衝撃波。

 その凄まじい威力に、砂の壁は一瞬で撒き散らされ、砂粒となって大路達もろとも宙に舞う。


 一瞬の滞空の後、地面に叩きつけられた大路は、血を吐き出しながら小さく呻いた。

 周囲で同じく倒れ伏す鎌瀬や三人娘はぴくりとも動かない。

 意識を失ったのか、あるいは最悪の場合………

 首だけを動かしそれを確認した大路は、朦朧とした視線を上空のドラゴンに向ける。

 その先で、再び紅蓮の炎が吐き出されようとしていた。


 彼はもうスキルを維持できていない。

 次に放たれる火球は彼に直撃し、その身を砕き、焼き尽くすだろう。

 頬に、一筋の涙が伝う。

 掠れた声で彼は呟いた。


「み、んな……ごめん………」


 そして、火球が放たれる。

 真直ぐに大路へ向けて迫るそれは、彼からはまるで太陽が落ちて来るかのように見えていた。





 と、彼の視界を、白いフリルが遮った。


「あらあら~活きの良いドラゴンさんね~」


 そんな暢気な声が頭上から聞こえる。

 かと思うと、次の瞬間、ガギィーン、と大きな鈍い金属音が響いた。


 彼は恐る恐る、目を頭上へと向ける。

 そこには、ありえないほど巨大な剣を肩に担ぐ、女性らしき細い背中があった。

 そして、飛んできていたはずの火球は影も形もなくなっていた。


「まぁ、ひどい怪我ね~。お医者さんに連れて行ってあげますから、今は寝ていなさい」


 そう言いながら振り向いた女性は、白いエプロンを身に付け、頭に猫耳が生えていた。

 そして、とても優しそうな笑顔を大路に向けている。



 何者かは分からない。

 何が起こったかも分からない。

 だが、助けが来たのだろうと言う事だけは、辛うじて理解出来た。


 深い母性を感じさせるその笑顔を脳裏に焼き付けながら、大路の意識は薄れていくのだった。







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