第十八話 焦る事は無い
ドラゴンが来る。
その報せは周囲に居た数人のクラスメイト達にも聞こえたらしい。
食後の紅茶のようなものを一人楽しんでいた男子生徒が、びくりとしてコップを取り落としそうになる。
その奥で談笑していた二人の女子生徒達は、表情を硬くして顔を見合わせた。
そしてカウンターで酔いつぶれていた教師は「うるさい!頭に響くのよ!」と叫んだ。
ごく一部を除き、先程までの弛緩した空気が一瞬で張り詰めたものになる。
メガネ達がどうするかと悩んでいた所で、外や宿泊部屋から続々と他の生徒たちが集まってきた。
その中には大路や伊音長、鎌瀬の姿もある。
大路は酔いつぶれた教師の居るカウンターの側に立つと、酒場に集まった生徒たちを見回した。
途中でメガネとも目が合うが、何も言わず、すぐに視線を他へ向けた。
ずっとミケ宅に居たメガネ達は何も知らない部外者であったが、今は気にしている余裕も無いのだろう。
「何人かはまだみたいだけど、緊急事態だ。ここに居る皆で先に動こう」
今までに無いほど真剣な表情の大路。
その顔を見返す二十数名の顔も同じように硬い。
「ドラゴンが来た。僕たちはこれからそれと戦う」
黙って聞く生徒たちの間から、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
「まずは陽動、戦闘、後方支援の班に分かれてくれ」
その言葉に合わせ、ばらばらだった生徒達が三つに別れて集まる。
それぞれ、見覚えの無い女生徒三人、鎌瀬を含む七人、伊音長を中心とした他十数人でグループを作った。
「良かった、陽動班と戦闘班は揃っているね。僕の陽動班はこれから先行して村の外に出る」
そう言って女子三名のグループを見る大路。
彼女らが陽動班なのだろう。
それから鎌瀬の居る七名のグループに顔を向ける。
「鎌瀬たち戦闘班も、予定の場所へ急いでくれ」
「うぃーっす」
大路は軽い返事の鎌瀬に少しだけ困った表情になったが、すぐに気を取り直して最後の班を見る。
「後方班はよろしく頼むよ、伊音長さん」
「任せておいて。手はずは整っているわ」
落ち着いた声で答える伊音長。
大路もそれに頷き、改めて全員を見渡す。
「お世話になっている村のためだ、出来るだけやってみよう。でも絶対に無理はしないでくれ。自分の命を最優先に。………それじゃあ作戦開始だ!」
その言葉を合図に、みな一斉に外へと走り出した。
それを隅の方で見ていたメガネ達。
ミケがぼそりと呟く。
「ドラゴンと戦うとか、正気じゃにゃいよ………止めにゃくていいの?」
心配そうな顔をメガネに向けるミケ。
だがメガネは首を振った。
「無理だ。俺にそんな人望があると思うのか」
「あ、はい。………でも、あの人達死んじゃうよ」
「そこまで危険な相手なのか?」
「危険どころじゃにゃいよ。今まで偉い騎士様達が何度も挑んでるけど、一人も生きて帰ってこなかったって………」
そんな話しをしている所へ、陽動班を引き連れた大路が近付いてきた。
「君達、できれば伊音長さんを手伝ってくれないか。彼女の班は、これから村の人達を避難させるんだ」
「ふむ、考えておく」
「あはは……でも、せめてみんなと一緒に避難はしてほしい。場所はあの森だから」
転移させられ、最初に目覚めた森の事だろう。
大路はそう告げると、後ろの班員達と頷き合い、今度は返事をする間もなく出て行ってしまった。
彼らが去った後には、メガネ達と酔い潰れた教師以外、もう誰も残ってはいない。
「………えと、ど、どうするよ」
田中はおろおろと三人の顔を見ている。
「うーん、大路くんの言う通り避難を手伝えばいいんじゃないかな?」
「……私はおかあさんのとこに戻るね。早く知らせにゃきゃ」
ぽやーんと答えた山本とは対照的に、ミケは思い詰めた表情だ。
彼女はドラゴンの恐ろしさを良く分かっている。
それがいつ襲って来るとも知れないこの状況。
家に残してきた母を心配するのは当然と言えた。
そのまま一人で出ていこうとするミケ。
その腕をメガネが掴んだ。
「待て、俺も行こう」
「えっ」「えっ」「えっ」
驚いたような顔をする三人。
「なんだ」
「えっと、てっきりアンタは、倒しに行くぞ! とか言うと思ってたから」
「さっき、戦うなど正気ではない、と言っていなかったか」
「え、アンタは正気じゃないし……」
他の二人も同意見のようで、だよなー、だよねー、などと言い合っている。
どうやらメガネは完全にバトルジャンキーだと思われているようだ。
これまでの行動を思えば反論の余地もない。
しかし。
「……ここで別行動は嫌な展開しか思い浮かばないからな。例えばお前がドラゴンに攫われるとかだ」
「え、ちょ、怖い事言わにゃいでよ」
縁起でもない事を言われ嫌そうな顔をするミケ。
「大丈夫だ、一緒に居れば………………ん? いやまずいか」
始めは余裕ぶっていたメガネの声が、途中から真剣なものに変わる。
何か気付いたようだ。
「今、フラグを立ててしまったかもしれない。覚悟しておいた方がいい」
「やめてよホント怖いんですけど!?」
思わずツッコミがちに叫びつつも、ミケの顔からは恐怖がにじみ出ていた。
ガチで怖がっている。
しかし無理もない。
ドラゴンに攫われる、そんな事になったらもう生きては帰れないのだ。普通は。
メガネは青ざめた顔の彼女の手を、両手で包み込むように握り直す。
「安心しろ、必ず俺が救い出す。お前は俺のヒロインなのだから」
「さ、攫われる前提で言われても………」
などと言いつつ、真剣な表情で見つめられたミケは頬を赤く染める。
自分で怖がらせておいて安心しろとは酷いマッチポンプであったが、この猫娘はちょろいので問題無かった。
メガネは満足げな表情で頷くと「ねぇ、僕が攫われたら助けに来てるれる?」と、またからかわれている田中を気にも留めずに歩き出す。
「さぁ行くぞ」
そうして四人はメガネを先頭に、俄かに騒がしくなってきた外へと飛び出した。
(焦らずとも、いずれドラゴンとは戦えるはず。楽しみにしておこう)
などとひっそり考えながら。
やはりこの男、正気では無かった。
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メガネ達はミケ宅へ向けて走る。
先程から、鐘の音と共に「ドラゴンが来ています、急いで森へ避難して下さい!」と、拡声器でも使っているかのような大音量のアナウンスが村中に響いている。
恐らくこれも誰かのスキルだろう。
「すっごい大きにゃ声………みんにゃびっくりしてるよ」
ミケの言葉通り、道すがら目にする家々からは、住人達が何事かと顔を覗かせていた。
その住人達に、後方班の生徒が避難を指示して回っている。
それに従い、メガネ達とは反対の方向へと走って行く住人達。
大路の言っていた森へ逃げ込むのだろう。
「急いだ方が良さそうだな」
そう言って少し速度を上げるメガネ。
森は村の西側に広がっている。
ミケ宅があるのは村の東端にほど近い場所だ。
急がねば避難が間に合わないかもしれない。
そんな懸念を抱きつつ、五分ほど走った所でミケの家が見えてきた。
「私、先に行くね!」
ミケがさらに速度を上げ、メガネ達を置いて家の中に駆け込んでいく。
ここまでの全力疾走で体力を使い果たしたメガネと山本は、それを見送りながら玄関前で足を止めた。
二人とも息を荒げて膝に手をつく。
「ゼェ………ハァ………」
「はぁっ……もう、むり………」
「お前らほんと体力ねーな……」
そう言う田中はまだまだ余裕がありそうだった。
そんな彼に、二人は恨めしそうな視線を向ける。
「うるさい……この、体力馬鹿め」
「おうよ! 鍛えてっからな!」
二カッと笑って返した田中。
メガネの罵声などどこ吹く風だ。
「田中くん………ちょっと、うざい」
「ぐふっ………!?」
だが山本の言葉にはダメージを受けたようだ。
順調に籠絡されてきている。
彼の行く末がとても不安だ。
そうこうしていると、ミケが家から出てきた。
しかし、どうも様子がおかしい。
暗い表情で俯いているのだ。
それにミケ母の姿も見えない。
「ありゃ、おばさんは?」
田中の問いかけに答えず、ミケは下を向いたままだ。
彼女の手には紙切れが握られていた。
それをくしゃりと潰しながら、ミケは泣きそうな顔で言う。
「どうしよう………おかあさんが死んじゃうよぉ………」
彼女の眼には涙が浮かんでいた。
今にもそれがこぼれおちそうな所で、どうにか息を整えたメガネが尋ねる。
「その紙に何か書いてあったのか」
「うん……」
ミケが紙を開いて見せる。
何の変哲もない、ただのメモ書きだ。
そこにはこう書かれていた。
ミケちゃんへ。
ちょっとドラゴンさんを狩ってきます。
今日のお夕飯はドラゴンステーキよ!
楽しみにしていてね。
母より
「「「………!?」」」
全員の目が点になった。
予想外の内容に、メガネすらも驚きを隠せずメモ書きを二度見した。
理解が追い付かず、しばし無言になる三人。
ややあって、メガネが眉間を押さえながら口を開く。
「……確認させてくれ。お前の母はドラゴンに勝てるほど強いのか」
「そんにゃの無理にきまってるよ!」
「本当か? 実は隠居した元騎士団長だったり、過去に魔王討伐パーティーのメンバーだったり、もしくは一度世界を救っていたりしないのか」
「えらく具体的にゃ……でも、そんにゃ話し聞いた事………」
否定しかけるも、途中で何か思い出したかのように人差し指を立てた。
「あ、そう言えば、おかあさんの部屋にすっごく大きにゃ剣が飾ってあったの」
「詳しく」
「これ何にゃの、って聞いても教えてくれにゃかったけど………さっき見たら無くにゃってたかも」
話を聞く内に、メガネの顔がみるみる焦りの色に染まって行く。
(まずい、まずいぞ。これは間違い無く、隠れた強者という設定だ。大路達のピンチに駆けつけるつもりだったが………ぼやぼやしていたら、先に狩られるッ!)
大路達はまず勝てない。
脇役がボスを勝手に倒してしまうなど、ありえないのだから。
故に、焦らずともドラゴンとは戦える、そう考えていた。
だがここに来てとんでもないイレギュラーが現れた。
まれに居るのだ。
それまでの流れも、お約束も、すべてぶち壊して好き勝手に暴れるキャラクターが。
「このキャラだから」で全てが許される、ある意味主人公以上に不条理な存在。
メガネはミケ母から、その臭いを感じとっていた。
もはや宿を出た時の余裕は微塵も残っていない。
と、その時、東の方角から空を裂くような咆哮が聞こえてきた。
それは本能的な恐怖を呼び起こす、絶対的な捕食者の雄叫び。
ドラゴンだ。
ミケ達がびくりと身体を震わせる中、メガネは一人走り出す。
「ちょ、どこ行くの!?」
「ドラゴンを倒しに行く!」
振り返らずに叫んだメガネ。
ミケはその言葉を聞いて、何故か、決意を瞳に宿らせた。
「そっか、おかあさんを助けに………にゃら、私も行くっ!」
メガネの目的は、ミケ母よりも先にドラゴンを倒す事。
助けるどころか、ある意味敵対的ですらあったが、勘違いしたミケはやる気を漲らせて後を追う。
「な、なんだこれ………良く分かんねぇけど、俺達も行った方が良いのか?」
「面白そうだし、見に行こうよ!」
「お、おう、そうだな」
田中と山本も、物見遊山で付いていく。
そして結局、いつもの四人でドラゴンを倒しに向かうのだった。




