表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/23

第十七話 やはり噛ませ犬か

「おう、やったな!」


 後ろから聞こえた声に振り向くメガネ。


 ニカリと良い笑顔の田中、ほっとした表情のミケ、そして何やら笑いを堪える山本。

 三者三様の面持ちでメガネを見ていた。


「良かったよ、怪我とかしにゃくて………? って、どうしたの!?」


 だが、その前でメガネはいきなり膝を付いた。

 良く見ると、額に脂汗が浮かんでいる。


「ちょ、ちょっと!」

「大丈夫かよ!?」


 走り寄るミケと田中。

 苦しげなメガネを見て………田中が何かに気付いたようだ。


「お、お前、それ」


 田中はメガネの『股間』を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。

 もちろん田中に男色の気があるのではない。(山本は例外である)


 メガネの股間には、べったりと泥が付着していた。

 その意味するところは。


「一発、貰ってたのかよ」


 鎌瀬の放った三つの砂球。

 メガネはそれを濡れたブレザーで振り払った。


 ………かに見えたが、実は一つだけ直撃していたのだ。


 よりにもよって、男の急所を狙った一つが。


「………ぷふっ!」


 山本がついに堪え切れず笑い出した。

 この男の娘は気付いていたのだろう。


「お前、すげぇな……」


 田中は尊敬の眼差しを向けている。

 男ならば分かるあの地獄の苦しみ。

 それを今までやせ我慢していたのだ。

 凄まじい精神力である。


 しかし、目的を果たした事でそれも限界を迎えたようだった。

 メガネはふらりと力無く床に倒れる。


「おい!? ミ、ミケさん、回復魔法とかねぇの!?」

「簡単にゃのだったら……でもどこに」

「あそこだよ! あの………アソコだよ!」

「………! ぽっ」

「照れてる場合じゃねぇええええええ! マジやべぇんだって!」

「くふふふふ」


 と、騒がしい周囲の声を聞きながら、メガネは意識を手放した。




---------------------------




 次に目覚めたのは柔らかなベッドの上だった。

 ミケの家よりも幾分豪華なそこは、宿屋の一室のようだ。

 窓から見える外は、既に雨があがり暖かな日差しが降り注いでいる。

 

 その雨で濡れていた制服は脱がされ、代わりに宿の備品であろう、薄手のガウンのような物を着せられていた。

 ついでに他に身に着けていた物も全て取り外されていた。

 眼鏡も、ペンダントになっている聖剣も、そして何故か下着まで。


 起き上ったメガネはぼやけた視界で、まずは眼鏡を探そうと手を動かす。

 そこに背後から舌打ちが聞こえた。


「チッ、コイツと同じ部屋とか何考えてんだよ」


 少し離れた所にもう一台のベッドがあった。

 その上で不機嫌そうに頭を掻く鎌瀬がメガネを見ている。


 メガネも口には出さないものの、鎌瀬と同じ感想を抱いた。

 喧嘩したばかりの二人を同じ部屋に寝かせるとは、気が利かないにも程がある。


 鎌瀬はもう一度舌打ちをして、その後は黙ってそっぽを向いていた。


 メガネも何か言うでもなく、黙々と眼鏡を探す。

 やがて枕元にあったそれを発見し、一緒に置かれていた聖剣と共に身につけた。


 そうした所で鎌瀬がぼそりと口を開く。


「……テメェ、どこまで考えてやがった」


 確認するまでもなく先程の喧嘩の事だろう。


「全てだが」

「オレが泥で足滑らせる事もかよ」

「そうだ」


 あれは全て計画的なものだと言うメガネ。

 それを聞いて、鎌瀬は胡散臭そうに鼻を鳴らす。


「信じらんねぇなぁ。オレの行動、全部予想してたってのかよ」

「それは無理だな」

「はぁ!?」

「泥と言う名の伏線を撒けば、お前は踏まざるを得ない。それだけだ」

「ふ、ふくせん?」


 理解できないと言った様子の鎌瀬。


 メガネ本人も言う通り、あそこで鎌瀬がどう対応してくるか、そこまでは読めなかった。

 だが、読むまでも無かった。

 なぜなら、床に泥を撒き散らした時点でそれを無視できなくなるからだ。この物語が(・・・・・)

 伏線と見做されたそれは、不可避の強制力を持って敵の足を絡め取る。

 つまり、百パーセント確実に発動するトラップだったという事だ。


「それだけでは無い。あの場での俺の行動は全て勝利に繋がるようになっていた。なにせ結果は決まっていたのだから」

「余計分かんねぇよ」


 そう、始めから勝利は約束されていた。

 リベンジに赴いた主人公が負けるなどあろうはずも無い。

 たとえ雨の日でなくとも。逆にメガネが転んでも。もしかしたら、棒立ちしていただけでも。何故か勝ってしまっただろう。


 ならば何故わざわざこの日を待ち、色々仕掛けたのか。


「おかげで完璧にやり返す事が出来たが」

「………分かんねぇけど、テメェが相当根に持ってたのは分かったわ」


 ただ仕返しするのではない。

 虚仮にされた分、きっちりやり返さねば気が済まない。

 すました顔で「負けイベントだから仕方がない」などと言いつつも、実は相当気にしていたのだ。

 故に、理想的な勝ち方となるよう、自ら場を整えたのだった。


 それ以上何も言おうとしないメガネに、鎌瀬は肩をすくめる。

 鎌瀬の方にも話す事はもう無いのだろう。

 黙ってベッドから降り、立ち上がりかけて―――


「ん?」


 何かが気になったようで、メガネの方に顔を向けた。


「つか、なんでテメェまで寝てんだ?」


「………」


 口を噤んだまま、さりげなく目を逸らすメガネ。


 言えるわけが無い。

 全て読んでいました的な事を偉そうに語っておいて、実はお前の球が俺の玉にクリティカルヒットしていたのだ、などと。


 二人の間にしばし沈黙の時が流れる。


 鎌瀬はメガネをじっと見ていたが、やがて諦めたように鼻を鳴らした。


「ふん。ま、どーでもいっか」


 もともと、さほど興味も無かったのだろう。

 それ以上の追求はせず、部屋の出口まで歩く鎌瀬。


 が、扉に手をかけた所で動きを止める。


 少しして、背を向けたままぶっきらぼうに言った。


「………今回は負けを認めてやんよ。次は勝つけどな」


 そうして、今度こそ部屋を出て行った。



 それを黙って見送ったメガネ。

 彼の言葉を聞いて、男らしく負けを認めた事に敬意を感じたのと同時に、同じ部屋に寝かされていた理由に気が付いた。


(なるほど、この台詞のためか)


 敗れた敵が主人公を認める言葉を残して去っていく。

 この展開で彼の役目が改めて明確になった。


(奴はそっちのタイプの噛ませ犬だったか。今後に期待だな)


 今後メガネが新たな強敵を前にした時、きっと彼は前座として華々しく敗れるのだろう。

 チョイ役の噛ませ犬ではなく、もっと長期的な役目をもったライバル枠の噛ませ犬だったのだ。


 仮にも自分を認めてくれた相手に対して、それは何ともあんまりな評価ではあるが、メガネ的には高評価でもあった。



 ちなみに、実の所この部屋に二人を寝かせたのは大路の指示だった。

 遺恨を残さぬよう、少しでも落ち着いて会話を………という気遣いだ。

 それはある意味上手くいったと言える。いささかズレてはいたが。




---------------------------




 鎌瀬が出て行った後、すぐ傍に畳んで置かれていた制服に着替え、メガネは部屋を出た。

 同じ扉が並ぶ廊下を少し歩くと、そこは先程まで居た酒場に繋がっていた。


 食事時は過ぎているのか、もうあまり人は居ない。


 見知った顔はないかと視線を彷徨わせると、奥の席に猫耳の生えた後頭部が見えた。

 対面には田中と山本の顔もある。

 三人は遅めの朝食を取っているようだった。


 そちらに近付くと会話が漏れ聞こえてくる。


「ミケさん、さっきはすまねぇ。緊急事態だったけどよ、よく考えりゃ女の子にさせることじゃなかったわ」

「ほんとだよ! あ、あんにゃとこに回復魔法かけたの初めてだよ………」

「うーん、と言うか、別にパンツまで脱がさなくてもよかったんじゃ」


 どうやら、気絶している間に下半身を裸にされ、丸出しの局部に回復魔法を使用されていたらしい。ミケに。


 この反応から考えてミケは、恐らく顔を真っ赤にして目を逸らしながら、しかし全く見ない訳にもいかずチラチラと患部を確認しつつ、だがその度にさらに顔を赤くして………茹蛸のようになりながら、そのたおやかな手を恐る恐るメガネのそこに近付けて治療してくれたに違いない。

 自分の意識が無い所で、そんな変態的な行為が行われていようとは。


「すばらしい!」


 思わずそう叫んだメガネ。

 何度かミケの裸を見ているがあまり興奮した様子の無かった彼が、鼻息を荒くしている。

 彼は枯れていたのではない。

 ただの裸程度では反応しない上級者だったのだ。


 急に後ろから聞こえた声に、ミケの耳がびくんと反応する。


「わ、びっくりした! ………って、起きたんだね」


 そう言って振り返るも、すぐに顔を逸らしてしまう。

 心なしか顔が赤くなっているように見えた。


 そんなミケの奥から田中も声をかけてくる。


「もう大丈夫なのかよ? 調子悪かったらもう少し寝てても……テニスボールみたくなってたんだぜ」

「くふふ」


 本気で心配そうな田中の横で、山本は思い出し笑いでもしているようだ。

 田中が呆れ顔で山本に言う。


「お前も一応男だろ。アレ潰されそうになった痛さは分かるだろうが」

「アレってなぁに?」

「は? あれってそりゃ………」


 ○玉だろ、と言いかけるも、小悪魔スマイルの山本を前にして言い淀む。

 コイツは見た目だけは完全に美少女なのだ。

 異性(?)に向けて平然と淫語を口にできるほど田中はスレていなかった。

 そこに付け込むように質問を重ねる山本。


「教えてよ。あれってなぁに?」

「いや、あ、あれだよあれ」

「あれじゃ分かんないよ~。ねぇ、ちゃんと教えて?」

「くっ………!」


 そんないつもの田中いじりをミケと共に呆れた目で見るメガネ。


 しかし、テニスボールサイズまで腫れ上がるとは、メガネのアレはかなり危険な状態だったようだ。

 下手をすれば男ではなくなっていたかもしれない。

 今は普通の大きさに戻っているが、これはミケの回復魔法のおかげなのだろう。


 まだ山本の言葉攻めは続いていたが、無視してミケに話しかける。


「ミケ、治療してくれて助かった。心から礼を言う」


 ミケはまたチラリとメガネを見るも、すぐにそっぽを向く。

 やはり顔が赤い。


「……ううん。こっちこそ、ご、ごめんね。その、見ちゃったけど」


 羞恥に染まった顔で、もじもじしながら小さく呟いた。

 この猫もまた初心な娘なのだった。


 メガネはその姿に満足気に頷く。


「ふむ。なかなかそそる反応だ。いいヒロインっぷりだぞ」

「オッサンか! ってゆーかヒロインそれでいいの!?」



 そうして四人が他愛も無い会話を繰り広げていた時だ。


≪みんな、すぐに集まって下さい!≫


 かすかに聞き覚えのある女性の声が、メガネの頭の中に直接響いた。

 他の三人にも聞こえたようで、全員目を丸くして驚いている。


 女神の声ではない。

 もっと普通の、人間的な声。

 この声を聞いたのはどこだったか。


(そうだ、確か、帰りのホームルームで挨拶をしていた)


 つまり、クラスメイトの一人だ。

 と言う事は、これは何らかのスキル。

 離れた場所の相手と交信できる、テレパスの類だろう。


 などと悠長に分析するメガネであったが、続けて響いた声に現実に引き戻される。



≪急いで! ―――ドラゴンが来ます!!≫






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ