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第十五話 まだその時ではない

 かすかに聞こえる小鳥達のさえずり。

 そして目蓋の裏に射す陽光を感じ、メガネは目を覚ました。


「ん……」


 目に入ってきたのは、蛍光灯も、電球すらも無い、木の天井。


 顔を横に向けると、同じく剥き出しの木材で覆われた壁。

 その中央に設けられた四角い窓は、ガラスなど無いただの穴だ。


 そこから、緑あふれる明るい外の景色がぼんやりと確認できた。



(あぁ、そうだったな。俺は異世界に来たのだ)


 覚醒していく意識に合わせ、上体を起こす。

 布団がめくれ、タンクトップを着た青白い上半身が露になる。


 メガネはすぐ側に置いてあった丸眼鏡をかけると、硬いベッドに腰掛けたまま、改めて周囲を見渡した。


(……どこだ、ここは)



 と、正面のドアがゆっくり開いた。


 隙間からひょっこり顔を見せたのは、金髪の猫耳少女。


「あ、起きたんだね」

「………ミケか」

「うん、おはよう。よく眠れたみたいだね」


 優しく微笑んで朝の挨拶をしたミケ。


 改めてみると、やはり可愛らしい顔をしている。

 それを寝ぼけ眼でぼーっと見つめるメガネ。


(………ん、ミケ?)


 ふと、何か引っかかりを感じた。

 それはとても恐ろしいものだったような………


 そして、徐々に顔が険しくなっていく。


「………ひとつ、確認したい」

「にゃに?」


 その声は震えていた。


「ここは、もしや………お前の家か?」

「うん。そうだよ? ご飯できてるからおいでよ」


 それを聞いたメガネは、白目を剥いてベッドに倒れ込んだ。




---------------------




 あのあと、すぐミケに叩き起こされたメガネ。

 『アレ』と再び合間見える覚悟を決め、リビングに足を運んだ。


 しかし意外にも、食卓には平凡なスープとパンが並んでいた。


 それを囲んで、ミケ母と田中と山本の三人が談笑している。

 メガネはほっと胸を撫で下ろし、朝の挨拶をしながら空いた椅子に座った。

 その隣にミケもちょこんと腰掛ける。


「みんな揃ったわね。じゃあ朝ごはんにしましょう」


 ミケ母の一言で朝食の時間が始まった。


 各々がパンやスープを口に運ぶ。

 田中はパンにそのまま齧り付き、横の山本にスープに漬すのだと教えられていた。


 メガネは朝食に手を伸ばす前に、ミケ母に向き直る。


「すまない、昨晩は世話になったようだ」

「あらあら、いいのよ。ミケちゃんもお世話になったみたいだし」


 そう微笑んだミケ母は、ふと何かに気付いたような顔をすると、エプロンから小さな物を取り出す。


「そう言えばこれ、あなたの物でしょう? テーブルの上にあったのよ」


 それは一対の翼を象った銀のネックレス。

 ここに置き忘れていた聖剣だった。


「あぁそうだ。すまない」


 そう言って受け取った瞬間。



 もしゃり、と耳の傍で音がした。



 ミケ母が驚いた顔でメガネを見ている。

 他の三人も同様だ。


「お、おま、耳……」


 田中の呟きに、耳に手をやるメガネ。

 掌にモコモコした感触が伝わってくる。


 耳は、黒くて短い、だがとても柔らかな毛に覆われていた。


 メガネの耳は、一瞬にしてクマさんのようなモコモコ耳に変化していたのだ。


≪ふふふ≫


 と女神の嬉しそうな声が聞こえた気がした。


(………そうだった。呪うだ何だと言っていたな)


 最後に女神と会話した時、確かにそんな事を言っていた。

 あの時点で本気だったのか、それとも放置したことで怒りを買ったのか。


(ふむ。どうでもいいな)

≪!?≫


 メガネはひとしきりモコモコを楽しむと、何でもない事のように言う。


「気にするな、ただの女神の呪いだ」

「気ににゃるよ!?」


 しかし、それ以上取り合おうとしないメガネ。

 ミケは呆れてため息を吐く。


「女神様から貰った、とか言ってたもんね。そんにゃ大事にゃもの忘れてくから……」

「くふふっ、か、かわいい……」


 山本は熊耳を見ながらくすくすと笑う。

 仏頂面のメガネにクマさんイヤーはミスマッチにも程があった。


 その横で、田中が得心いったと言う顔で手を打ち鳴らす。


「………あ、そういうことかよ!」


 そして、メガネの手中にあるペンダントを指差した。


「その剣、使わなかったんじゃなくて、持ってなかったのか。それで負けちまったんだな」


 田中が言っているのは昨夜の事だ。


 メガネはクラスメイトの鎌瀬と決闘した。

 そしてスキルを使う相手に素手で挑み、敗北したのだった。


 メガネは表情を変えず淡々と答える。


「これがあろうと同じ事だ。負けイベントだったのだからな」

「なんだそりゃ、どうやっても勝てなかったって事か?」

「そうだ」

「えっ、アンタ素手でも結構強かったのに」


 ミケが驚きの声を上げた。


「強さなど関係無い。負けイベントだと言っているだろう」

「はい出た謎発言!……でも、その割に普通にゃんだね?」

「仕方のない事だからな」

「ふーん、でも



―――悔しくにゃいの?」



 その何気ない言葉に、動きを止めるメガネ。


 じっと虚空を見つめ続ける。

 無表情な顔から、その胸の裡を窺い知ることは出来ない。


 だがすぐに頭を振ると、話は終わりとばかりに、黙って朝食に手を伸ばした。



「そう言えば……」


 パンを口に運びながら、メガネは別の話題を切り出した。


「結局、アレはどうなったのだ。………食べたのか」


 山本に目を向け尋ねる。

 それは目覚めてからずっと気になっていた事だった。


 質問を受けた山本達はびくりと肩を震わせる。


 そして、目から光が消えていく。


「……アレ?」「……何のことかな?」

「決まっているだろう。スラ―――」


 その単語を聞いた途端、二人が一斉に口を開いた。


「「プルプル、オイシイ!プルプル、オイシイ!プルプル、オイシイ!プルプル、オイシイ!プルプル、オイシイ!プルプル、オイシイ!プルプル、オイシイ!プルプル、オイシイ!プルプル、オイシイ!プルプル、オイシイ!プルプル、オイシイ!プルプル、オイシイ!………」」

「!?」


 壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返す二人。


「あらあら、そんなに美味しかったのね」

「よかったね、おかあさん!」


 それを見て、嬉しそうに微笑むミケ親子。


 空恐ろしい光景だった。


 きっと、逃げられなかったのだ。彼らは。

 メガネは戦慄を覚えながら、アレだけ何としても避けよう、そう決意を新たにするのだった。




---------------------




 朝食を終えた後、メガネ達は宿のお礼にと力仕事を手伝っていた。

 父親が出稼ぎに行っているらしく、男手が不足していたのだ。


 裏庭で元気よく薪割りする田中と、割れた薪を集める山本。


 田中はとても活き活きとしている。

 体を動かすのが好きなのだろう。


 山本も鼻歌交じりで薪をまとめている。

 比較的楽な作業を目ざとく見つける辺り、本当にちゃっかりした奴である。


 それを見ながら、水汲み担当のメガネは玄関を目指してヨロヨロ歩いていた。

 肩には両端に水桶を引っかけた棒を担いでいる。

 水で満たされた桶はかなりの重量があり、思いのほか重労働だった。


 そんなメガネに、後ろから声がかけられた。


「やぁ、メガネ君。あのあと、大丈夫だったかい?」


 心配そうな声音の主。

 それは大路だった。


 メガネは桶を肩から降ろし、そちらに向き直る。


「問題ない」

「良かったよ、心配して………あれ、その耳は?」

「気にするな」


 そう言われても気になるのか、チラチラと熊耳を見ながら話を続ける大路。


「あ、あぁ………今日は、今後の事を君達にも伝えなきゃと思って来たんだ」

「ふむ」

「ドラゴン討伐は引き受けることにしたよ」



 決闘の後も話し合いを続けた大路達だったが、結局、鎌瀬は考えを変えなかった。

 メガネに勝ち、力を見せつけた事で勢いを付けたのもあるのだろう。

 妥協案として、戦う意思のある者の中から、特に実戦的なスキルを持つ精鋭だけを選りすぐり、討伐を試みる事となったそうだ。



「勝算はあるのか」

「あぁ、対策は考えてある。村長さんからドラゴンの事を色々聞けたからね」

「……そうか。いつ出発する」

「いや、迎え撃つ事にしたよ。ドラゴンの住処まで大人数で行くのは難しいし、入れ違いに村が襲われるかもしれない」


 もっともな考えだ。

 だがメガネは一つ気に掛かった。


「なるほどな。だが、この辺りで戦うと言う事か? 村の人間はどうする」

「心配無い、避難してもらうさ。周辺探査が得意な奴が居てね。ドラゴンが来たらすぐに知らせる事になってる」


 納得した顔のメガネに、大路はさらに言葉を続ける。


「大きな鐘の音を鳴らす予定だから、そうしたら森の中まで避難してもらう。もちろん君たちも(・・・・)ね」

「………」


 それは事実上の戦力外通告だった。

 ドラゴンと戦えるだけの力は無い、そう判断されているのだ。

 鎌瀬にあっさりと負けてしまった以上、仕方のない事でもあった。


 もちろん、大路も悪意を持って言っているのではない。

 純粋にメガネ達の身を案じての事だろう。


 メガネはそれを黙って聞く。


「伝えたかったのはそれだけなんだ。………君達はこの家でお世話になっているんだね。出来ればここの人達を守ってあげて欲しい。それも大事な事だと思うから」


 最後にそう言い残して大路は去って行った。



 メガネは最後まで無表情だった。

 だが、その拳は硬く握りしめられていた。


「いいのか、舐められたままでよ」


 振り向くと、心配そうな顔の田中と山本。

 途中から話を聞いていたのだろう。


 しかしメガネは首を振ると


「………まだその時ではない」


 それだけ言って、桶を担いで家に入って行った。




---------------------




 それから二日間、メガネは何事も無かったかのように雑務を手伝いながら過ごした。


 いや、何事も無くと言うには語弊があった。

 ミケの着替えに鉢合わせたり、また水浴びを覗いてしまったり、トイレを借りたらミケが使用中だった事もあった。

 それらが全て、ミケ母の手引きによる物である事を暴いたりしていたが………これはまた別の話だ。



 そして迎えた三日目の朝。

 外はしとしと雨が降り、厚い雲に覆われた空はどんよりと薄暗い。


 そんな中、リビングに顔を見せたメガネは開口一番言い放った。



「時は来た!!」

「!?」「!?」「!?」「あらあら」



 唖然とする三人を置いて、さっさと玄関に向かうメガネ。


「ちょ、また変にゃ事言って! どこいくの?」


 ミケの問いかけに振り返らず答える。


「決まっている。ヤツに身の程を教えに、だ」

「……やっとやる気になったのかよ。そうやって自信満々な方がお前らしいぜ」

「うん、最初に会った頃のメガネくんだね」


 二人の言葉にニヤリと笑って返す。


「ま、剣さえありゃ余裕なんだろ? さくっと終わらせて来いよ」

「いや、使わないが」

「は!?いや、この前それで負けたじゃねーか。大丈夫なのかよ」

「問題無い。奴のスキルは読み切った。それに砂対策など昔からたった一つだろう」


 それだけ言って、ドアから出て行ってしまう。


「いや、どういう……って、ちょっとまてよ!」

「面白そうだし僕も行こっと」

「え、ちょ、わ………私も行ってくる!」


「あらあら、気を付けてね~」



 笑顔のミケ母に見送られ、こうして四人は鎌瀬の待つ宿屋へと向かうのだった。







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