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第十四話 俺が負けるはずがない

 宿屋前の路上でメガネと鎌瀬は少し離れて向き合う。

 夜闇の中、しかし青白い月光が二人の姿をしっかりと浮かび上がらせている。


 鎌瀬はポケットに両手を手を突っ込み、肩幅に足を開いて立つ。

 余裕を感じさせるその立ち姿とは裏腹に、ギラギラと獰猛な光を目に宿らせメガネを睨め付けている。


 対するメガネは腕を組んでの仁王立ち。

 普段と変わらぬ無表情だが、月明りの反射で眼鏡が光り、鎌瀬からその視線を確認する事は出来ない。


 遅れて出てきた大路や田中たちが見たのは、これから西部劇の早撃ち対決でも始めそうな、そんな二人だった。



「観客も揃ったみたいじゃん。そろそろ始めちゃうぜ?」


 先に動いたのは鎌瀬だ。


 ポケットから右手を抜き、開いた掌を前に伸ばす。

 するとそこに向かって地面から砂粒が吸い寄せられ、集まった砂が棒状に固まっていく。

 三秒程で右手の中に背丈ほどもある砂の大斧が握られていた。


「オレのスキルで砂を好きに操れるっつーワケよ。結構色々出来ちゃうんだけどさぁ……今はテメェの剣に合わせて武器作ってやったんだぜ? 感謝しろよぉ」


 そう言って軽々と大斧を一回転させトンと肩に乗せる。

 支柱がたわみ、揺れる先端部からサラサラと砂がこぼれおちた。


 大きさに比べかなり軽量のようだ。

 砂粒が寄り集まっているだけであり、岩石のように強固に結びついてはいないのだろう。

 さほど破壊力があるようには見えなかった。


 メガネから笑い声が漏れる。


「く、くはは……」

「………はっ! たかが砂だと思ってんの? 舐めてっとマジで死ぬぜ」


 だが鎌瀬は怒るでもなく余裕の表情で返す。

 自らのスキルに対して確かな自信を持っているのだろう。




 それを宿屋の前で見ていた山本が疑問を口にする。


「僕にもあんまり強そうには見えないけど……」


 大路が首を振って答える。


「見た目で侮ってはいけないよ、山本さん。ブラックジャックという武器を知っているかい?」


 ブラックジャックとは、革袋に砂などを詰めて作る鈍器の一種である。


 硬さが無いため肉を裂く事は出来ないが、逆にその柔軟さで殴打の衝撃を余すところなく体内に浸透させる厄介な武器だ。

 地味ではあるが人を殺めるのに十分な威力を持っている。


 そして当然ながら、その威力は質量と速度次第で跳ね上がるのだ。


「あの斧は言ってみれば非常に大きなそれだよ。いや、砂が剥き出しな分もっとひどいかもね。衝撃を与えつつ表皮も削り取るだろう」

「うわぁ」


 意外な危険性を知り思わず呻く山本に、伊音長も補足を加える。


「ドラゴンに私達のスキルがほとんど通用しなかったと言ったけれど、でもあいつの攻撃だけは少し効いているようだったわ。硬い鱗を無視して中に響くからでしょうね。あまり褒めたくは無いのだけど」

「マジかよ。あれ、じゃあメガネ結構ヤバいのか?」


 不安げな視線をメガネに送る田中。

 山本も心配そうな顔だ。


 二人は正直に言ってメガネが負けるとは考えていなかった。

 特に田中は、ゴブリン二匹を素手で秒殺し、群れを丸ごと消し去ったメガネを直接見ていたのだから。


 しかし今の話を聞いて甘く見て良いスキルではないと考えを改めたのだろう。




 二人に見守られるメガネは、だが彼らと同じように砂の斧を侮っている訳ではなかった。


「勘違いするな。舐めているのではない」

「あ? じゃあ何で笑ってくれちゃってんの?」

「どうにもあからさま過ぎてな」

「はぁ?」


 真顔に戻るとメガネ(装飾品)をくいっと中指で上げ言い放つ。



「土属性に斧。噛ませ犬ここに極まれり、だ」


「……やっぱ舐めてんじゃねーかッ!!」



 訂正しよう。侮りまくっていた。

 スキルを、ではなく、鎌瀬その物をではあるが。


 土関係の属性を操る者や斧を武器とする者が序盤で主人公に負けるのは、昨今ではもはやお約束となっている。


 状況(やたらと喧嘩腰)、性格(チャラ男)、名前、そしてここに来て駄目押しの属性と武器。

 目の前の男が物語的に噛ませ犬の役を与えられている事は、もはや疑う余地がないとメガネは確信しているのだ。


 そしてそれはメガネ(主人公)の勝利を確約すると言っていい。



 もちろん鎌瀬にそんな考えが分かるはずもない。

 しかし相手が自分を舐め腐っている事は理解出来た。


 大斧をドンと振り下ろす。

 地面が抉られ巻き上がった砂塵が鎌瀬の周囲で舞い踊る。


「ほんっとムカつくなテメェ……骨一、二本で許してやろうって思ったたけどよぉ、二度と舐めた口きけねぇように徹底的にボコるわ」


 今にも飛び掛かりそうな前傾姿勢で唸るように言う。

 頭の血管が数本切れているのではないかと思えるほど凄まじい怒りの形相だ。


「早く始めようぜ。出せよ、ご自慢の剣をよぉ!」

「そうだな。さっさと終わらせよう」


 メガネはニヤリと笑い胸元のペンダントに手を伸ばす。

 だが………




「……ん?」


 何度か平手で胸の辺りを叩き、それから目線を下に向ける。

 そこにはシャツとネクタイしかなかった。


「しまった」


 ペンダントが無い。

 ミケの家で、女神の声を無視するために首から外して放り投げたのだった。

 そのままテーブルの上に置いてきたのだ。


 何だかんだで疲れで思考力が落ちているのだろう。

 メガネはその事をすっかり失念していた。


(剣の力でさっさと終わるものだと考えていたが……当てが外れたな)


 想定では体力を使わずに聖剣の不思議パワーだけでカタが付くはずだった。

 それに頼れないとなると一気に不利な状況になる。


(この身体でやれるだろうか)


 森歩きで使いきった体力はほとんど回復していない。

 剣が使えない以上は徒手空拳で戦う他無いが、今はゴブリンの時のように思い通りに身体が動いてはくれないのだ。


 メガネはその事実と、この想定とずれた展開に不安を感じていた。


(なら剣を取りに……は無理だな)


 戻れば今度こそアレ(・ ・)から逃げられないだろう。


 それに、そもそも鎌瀬が待ってくれるとも思えない。

 剣を見せろとは言っているが、結局のところメガネをぶちのめしたいだけなのだから。


(……いや、大丈夫なはずだ。どう見ても奴は噛ませ犬。俺が負けるとも思えない)



 結局、自分の読みを信じる事にしたメガネは、拳を握って構えをとった。

 二匹のゴブリンを倒したボクシングスタイルだ。


 それを見た鎌瀬はとうとう怒りの限界を突破したのか、犬歯を剥き出しにして笑い出す。


「……く、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! んだよそれぇ! オレなんか素手で十分って事っすか主人公さん!! パネェ!マジパネェすわ!! ひ、ひひひひひ………


 ―――殺す」


 一瞬で表情が消えると同時に、斧を引きずりながら走り出した。


 すぐにメガネとの距離を詰めると、勢いのまま斧を横に薙ぎ払おうとする。

 その軌道は低い。足を狙っているのだ。


 メガネは一旦構えを解き、前に一歩踏み出す。

 横薙ぎの攻撃を飛んで回避し、そこからドロップキックを決める算段だ。

 以前読んだプロレス技大図鑑で覚えた技だった。


 しかし飛び上がろうと左足を強く踏み込んだ瞬間、足裏がするりと横に滑る。

 バランスを崩した体が横に傾く。


(くっ、何だ!?)


 立て直す暇もなく、ふらつく足に斧が直撃する。

 横に倒れかけていたところに足を掬われる形となり、体が空中で半回転する。


 そしてゴスンと鈍い音を立てて頭から地面に落下した。



 横たわるメガネを見下ろし、斧を肩に担ぎ直す鎌瀬。

 してやったり、という顔だ。


「言っただろぉ、砂を操れるって。地面は砂だらけなんだから気をつけなきゃっしょー? ひゃは!」


 斧での攻撃に合わせ、メガネの足元の砂を動かしたのだろう。


 相手の体制を崩したところに強烈な一撃を加える。

 言動に似合わず堅実な戦い方をする男だ。

 最初に足を狙ったのも、機動力を削ぎこの後を有利に進めるためだろう。


「おら、いつまで寝てんの? さっさと立てよ。こんなもんじゃすまさねぇからよぉ!」


 しかしその鎌瀬の目論見は無駄になる。

 声をかけられてもメガネはピクリとも動かない。


 頭を打った衝撃で白目をむいて気絶していたのだ。


 それに気付きぽかんと大口を開ける鎌瀬。


「………はぁ~~~~~!?」



 宿屋の前で見ていた四人も似たような表情だ。

 あれだけ自信満々だったメガネがこんなにもあっさり負けるとは思っていなかったのだろう。

 何も言えずに立ち尽くしている。



 しばしの静寂のあと、鎌瀬がぼそりと呟いた。


「………ちっ、結局ただの法螺吹きじゃん。こんなんであのトカゲに勝てるかっつーの」


 右手の斧がぱらぱらと砂に還る。

 最後にぺっとメガネにつばを吐きかけると、もう興味を無くしたように一瞥もせず宿屋に戻って行った。




----------------------------




 鎌瀬が去った後すぐ、田中と山本はメガネに駆け寄った。


「お、おい! 大丈夫か」

「メガネくん!」


 体を揺すって起こそうとする田中を伊音長の声が止める。


「まちなさい、彼は頭を打っているわ。無暗に動かしてはだめよ」

「いや、だけどよ……」

「……少しどいてくれるかしら」


 田中が横にずれると、代わりにメガネの傍に座りその頭部に手をあてる。

 そのまま目を瞑りじっと動かない。


「何やってんの?」

「私のスキルよ。相手に触れると、どんな状態か何となく分かるの。………うん、問題なさそうだわ」


 そう言って立ち上がる。


 安堵のため息を漏らす田中達。


 そこに大路も近付いてきた。


「彼を安静に出来る場所へ運ぼう。ここが使えればいいんだけど、もうベッドに空きがなくてね……どこか当てはあるかい?」

「あぁ、それならミケさんって人の家に―――」

「ちょっとまって!」


 ミケの家に運ぼうと言いだした田中に、山本が焦ったように口を挟む。

 あそこはまずいのだ。


「そ、その……ほんとにどこも空いてないのかな?」

「残念だけど、三十人以上がここに居るからね。客室は全部女子に譲って、男子は馬小屋で寝る事になっているくらいさ。さすがに怪我人を馬小屋にと言う訳にもいかないだろう?」

「そっか……そうだよね。じゃあ僕だけでもここに泊まれないかな!? 馬小屋で良いから!」


 媚々の可愛いポーズでそうお願いする山本。

 この女装男、メガネを見捨てて自分だけ助かるつもりだ。

 しかしやんわりと断られてしまう。


「何を言っているんだい、山本さんが泊まるなら客室の方だよ。でも……やっぱり余裕がない状態なんだ。他に泊まれる場所があるならそっちをお勧めするよ」

「え、いやほんとに馬小屋でも……」

「さっきから何ごちゃごちゃ言ってんだよ。ほら、さっさと行くぞ!」


 いつの間にかメガネを右肩に担ぎ上げていた田中が、空いた左手で山本を引きずって歩きだす。


「ああぁぁぁぁ~~~……」


 変な声を上げる山本。

 不思議そうな顔の大路たちに見送られ、結局三人はミケの家へと戻るのだった。







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