第十一話 食文化はそれぞれだが
リビングには美味しそうな匂いが漂っている。
出来上がった料理がテーブルに並べられ、そのテーブルの片側にミケ親子、反対にメガネと山本が座っている。
中央にあるのは大きな土鍋。
それには長めの足が三本付いており、テーブルとの間に隙間を作っている。
その下に受け皿に乗った謎の燃える石あり、鍋を温めていた。
鍋の中身はぐつぐつと良く煮え、食欲を誘う匂いが湯気と共に立ち上っている。
それを前にして、メガネと山本は”戦慄”していた。
「あ、あの。これは……何という料理なんでしょうか」
顔を引きつらせて質問する山本。
ミケ母が優しい笑顔で答える。
「これは『スライム煮込み』よ。」
鍋の具は一口サイズに切り分けられた肉や野菜だ。
程よく煮えており、お肉は口に入れればほろほろとくずれそうであり、野菜もしんなりとしていて柔らかそうだ。
しかし、それらは全て、毒々しい真っ青な粘液の中に沈んでいた。
ぼこっぼこっと粘性の液面から気泡が沸き立つ様は、魔女の釜を思い起こさせる。
「時間が無いものだから簡単なお料理になっちゃったけど……新鮮なスライムを使っているから味は保障するわよ」
「おかあさんのスライム煮込みは絶品にゃんだからっ!」
満面の笑みでお勧めしてくる二人。
その表情から悪意は微塵も感じられない。
純粋にメガネ達をもてなすために用意した料理なのだろう。
だがそれ故に簡単には断れない。
「あ、あはは……」と乾いた笑い声で曖昧に応える事しかできない山本。
メガネは腕を組み鍋をじっと凝視しており、額には冷や汗が浮かんでいる。
中々食べようとしないメガネたちを見て、ミケがはっと気付いたように口を開ける。
「そっか、遠慮してるのかにゃ」
そう言うと、横に重ねられていた取り皿を一つ取り、逆の手に持ったオタマをヌプリと鍋に突き入れる。
オタマを引き上げると、掬い上げられた粘液がドロドロと長く糸を引いた。
たっぷり八回ほどオタマを上下させてそれを切ると、取り皿に移して山本の前に置く。
「はいどうぞ!」
「ぁ、ありがとぅ……」
礼を伝えるその声は震えていた。
ミケはにっこり笑うと、もう一皿取り、同じように粘液をよそう。
間違い無くメガネの分だろう。
「一応アンタには助けられたし……特別だよっ」
ほんのり桃色に頬を染めてミケが差し出した皿の中には、肉と野菜と粘液の他に、つるんとした”紫色の何か”が浮かんでいた。
メガネはそれに見覚えがある。
煮崩れて形は歪んでいるが間違いない。
スライムの核だ。
トン、とメガネの前に皿が置かれる。
その拍子に中の粘液がビクビクと震えた。
置かれた衝撃で表面が波立ったなどという普通の動きではない。
まるでまだ生きているかのようなその動き。
そう言えば先程ミケ母が「新鮮な」スライムを使ったと言っていた。
「ヒィッ……!」
横で見ていた山本が変な声を上げる。
メガネは白目を剥いて固まっていた。
「一番おいしいところにゃんだから! よく味わって食べてね」
「あら、ミケちゃんがそれを誰かにあげるなんて……うふふ。いったいどんな事があったのかしら」
「ちょ、ちょっとゴブリンから助けてもらっただけだよ」
「あらあら? 顔赤くしちゃって。ミケちゃんもしかして……」
「ち、ちがうよっ! そんにゃんじゃにゃいから!」
微笑ましい親子の会話が交わされているが、メガネ達はそれどころではない。
山本は、いかにして食べずにこの場を切り抜けるか。
どうすればこの危機を乗り越えられるのか。
必死にそれを考えている。
メガネの方は、実のところ料理を見た瞬間からこの展開が分かっていた。
もちろんこの先も予想がついている。
だが、それ故に追い詰められていた。
メガネの知るパターンでは、結局料理から逃げ切る事が出来ずにひどい目に会う場合がほとんどなのだ。
数少ない成功例も、何か事件が発生するなどの外的要因によるものばかり。
つまり、それを祈りながら待つしかないのだ。
「それより冷めにゃいうちに食べようよ」
「そうね。私の分もよそってくれる?」
考えている間にミケ親子も自分達の分を取り分け、食事を始める準備が整ってしまう。
「さぁ食べましょう。二人も遠慮せずどんどんおかわりしてちょうだいね」
メガネ達にとって死刑宣告にも等しい言葉が投げかけられた。
祈る時間すら残されていなかったようだ。
万事休すか。
「……あの、そっちのサラダも頂いていいですか」
「えぇ、どうぞ」
そこで山本が動く。
テーブルの上には鍋の他に、大皿に盛られたサラダがあったのだ。
「サラダも」などと言いつつそれだけ食べようという魂胆だろう。
しかしそんな甘えは許されない。
「あら? ごめんなさいね。ドレッシングを忘れていたわ」
ミケ母がそう言って台所に向かい、一本の瓶を手に戻ってくる。
それは透明な瓶であり、中には青い液体が揺れていた。
山本の目が見開かれる。
「あ、あの、それは」
「ドレッシングよ?」
「材料を聞いても……?」
でろでろと青い粘液をサラダにぶちまけながら「スライムよ」と笑顔で答えるミケ母。
青くなっていくサラダと同じく、血の気を失う山本の顔。
自分から欲しいと言ってしまった以上、もう手を付けざるを得ない。
前門の鍋、後門のサラダ。
もはや逃げ場は無い。
しかし彼は諦めなかった。
サラダを少しだけ自分の取り皿に移すと、徐に口を開く。
「………そういえば、ここにはお二人で住んでいるんですか?」
「えぇ今はね」
「この時期はおとうさんが街に出稼ぎに行ってるから」
「そうなんだ。男手が無いと色々大変じゃない?」
「そうなのよ~」「ね~」
「じゃあ僕手伝います! 何か出来る事ないですか」
「あら? あなた男の子だったの?」
「はいそうです!」
「あらまぁ、そうだったの。可愛いお洋服が好きなのかしら?」
「実は……いろいろ事情があるんです」
そのまま自分語りに突入し、好き放題しゃべりだす。
雑談で時間を稼ぐつもりなのだ。
確かに会話をしていれば、あまり食べていなくとも目立たない。
しかしこれでは問題が先送りになるだけだ。
遠くないうちに限界がやってくる。
だが………もう他に道はないのだ。
普段必要な事以外は話をしないメガネも、この機を逃すまいと会話に加わる。
「そ、その、服はどこで買ったのだ?」
「これ? 広場の前の服屋さんだよ」
「そうか……」
終わってしまった。
普段から話題を振らない人間が、いきなりそんな事をしても無理なのだ。
悔しそうな顔のメガネを見て、首をかしげながらミケが口を開く。
「どうしたの? それより早く食べ―――」
「ふッ! ふく……そう、森で着ていた服はどこで買ったのだ」
冷や汗浮かべながらほぼ同じ質問を繰り返す。
無駄なあがきだ。
メガネもそれは自覚していた。だが今動かねば地獄が待っている。
「にゃに? いきなり服の事なんて気にして」
「あ、いや」
「ふーん?……そうだ、森って言えば、アンタ最初スライムに襲われて死にそうににゃってたよね」
「そ、そう。そうだったな。懐かしいな」
「懐かしいって、今日のお昼くらいだよ」
しかし幸いにもミケが話を広げてくれた。
気遣いの出来る猫である。
メガネは(もう少しこいつに優しくしてやろう)と、そう思った。
「あの時の顔、おもしろかったにゃー」
「ほう、そうか」
「にゃんであの時じっと座ってたの? もう少しで食べられるところだったよ?」
「分かっていたからな」
「また良く分かんにゃいこと言って……でもよかったね。食べられなくて」
「あぁ」
「でも、いまは逆に食べる方になってるって考えたら、ちょっとおもしろいよね」
「あぁ………ん?」
「早く食べにゃよ。おいしいよ?」
「!?」
謀られた。そんな顔のメガネ。
もちろんミケにそんなつもりはない。100%善意である。
にこりと微笑んでメガネを見ている。
そしてついに横で自分語りをしていた山本もネタが尽きたようだ。
会話が止み、食卓に静寂が訪れる。
笑顔のミケ親子。顔面スライム色のメガネたち。
ミケ母が口を開こうとしている。
そこから発せられる言葉はきっと予想通りの物だろう。
今度こそ終わりだ。覚悟を決めるしかない。
―――そこに救世主が現れた。
「すんませーん! ここにメガネがいるって聞いたんスけどー!」
それは広場に置き去りにした田中の声だった。
「あら、どなたかしら」と玄関に向かうミケ母。
これ幸いとメガネと山本もついていく。
二人は心の中で田中を褒め称えた。
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ミケ母が玄関の扉を開けると、すっかり暗くなった外に、予想通り田中が立っていた。
「すんません、こんな遅くに………あ! メガネ!」
ミケ母の後ろに立つメガネに気付き、声をかけてくる。
「お知り合いなのね」
「はい。そうなんです」
ミケ母と話す山本の横を通り、メガネは外に出た。
「何の用だ」
「あぁ、わりぃんだけど、ちょっと一緒に来てくんねぇかな」
「すぐに行こう」
即答であった。
これには田中も少し驚いたようだ。
「おう、助かるけど、どうした? もっと嫌がると思ってたぜ」
「どうもしない。普段通りだ」
そんな訳は無い。
どうしてもアレから逃げたいのである。
「あ、僕も行くよ!」
二人の会話を聞いていた山本も外に出てきた。
自分だけ置いて行かれてはたまらない。そう思っているに違いない。
それを玄関から見ていたミケ母が残念そうに言う。
「あら……お食事中だったのに残念ね」
「せっかく用意してくれたのにごめんなさい。でも僕たちの事は気にせず食べちゃっていいですから!」
「是非そうしてくれ」
答える二人の顔はとても晴れ晴れとしていた。
心の中では小躍りしている事だろう。
「ありゃ? なんか食べてたのか?なら……」
「ふざけるな!」
「そうだよ! 早く行かなきゃ!」
「お、おう」
なにやら危険な台詞を口走りかけた田中の腕を両側からがっちりと掴み、ミケの家から離れようとするメガネ達。
二人はこれで何とかなったと安堵の表情を浮かべていた。
だが後ろから聞こえてきた台詞に思わず振り返る。
「帰ってきたら温め直してあげるから安心してねー!」
ミケ母が笑顔で手を振っていた。
二人は軽く頭を下げて挨拶をしながら決意する。
あの家に居る限り、アレからは逃げられ無い。
何としても別の宿を探そうと。
そして硬い表情のまま、今度こそミケの家を後にするのだった。




