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第一話 俺は主人公だったのだ

 とある高校の体育館。

 百人ほどの生徒たちが、いくつかの列を作り並んでいる。

 その全員の首には銀色に輝く首輪がはめられていた。


 列の先では、椅子に座る生徒を白衣の人物たちが取り囲む。

 生徒の頭部と手足には、物々しい機械から伸びる電極が貼り付けられていた。


 怪しい実験のようにも見えるがそうではない。

 これは彼らにとって、ごく一般的な光景なのだ。

 健康診断のようなものと考えてもらえば間違いない。

 ただし、診断するのは「健康状態」ではないのだが。



 白衣の一人が生徒の首輪を外し、何事かを告げる。

 すると生徒は右手を突き出し、手のひらに小さな火の玉を出現させた。

 そして、とてもうれしそうな顔になる。


 その横の椅子では、別の生徒が体を宙に浮かべている。


 さらに隣の椅子の生徒は突風を巻き起こし、女子のスカートをめくった。

 そのあと袋叩きにされていた。



 そう、この場で診断されるのはいわゆる超能力。

 それは現代において百人に一人が持つ身体的特徴の一つとして広く認知され、「スキル」と呼ばれるようになっていた。


 スキルは本来生まれながらにして持つ力だが、高校生となるまで国によって使用を禁じられる。

 制御できない力で、自身や周囲の人々を傷つけないためだ。

 そのための物理的手段が、生徒たちの首にある銀色の首輪なのだ。

 本日、高校への入学を果たした彼らは、晴れてスキルを使えるようになるのである。



 そしてまた一人の生徒が椅子に座る。


 背は高いが体は細い。

 黒髪黒目の純日本人。

 これといった特徴もない、いわゆる醤油顔。


 しかし、おまえは明治の人かと言いたくなるような大きな丸メガネが人目を引く風貌を作り上げていた。


 その手には一冊の文庫本。

 電極を取り付けられながらもぺらぺらとページをめくり続ける。


 白衣たちが迷惑そうな顔をしているが気にも留めない。

 彼は常に何かを読んでいないと落ち着かないのだ。

 いわゆる本の虫と呼ばれる人種だった。


 白衣たちは顔をしかめながらも淡々と作業を続ける。


 そして、彼の首輪が外された。


 その瞬間、彼の体が雷に打たれたようにビクビクと痙攣する。

 それが治まると、ガクリと力なく頭を垂れた。

 こんなところまで持ち込んだ文庫本が手から滑り落ちる。


 彼は意識を失ったのだ。


 面倒そうな白衣たちに担架に乗せられ、体育館の外に運ばれていく。


 担架の上で「うぅ……」と情けないうめき声を上げるこのメガネ男。

 彼こそ、この物語の主人公だ。




--------------------------




 彼が目覚めると、そこは保健室だった。


 目を開けたまま、だが起き上がろうとはせず、じっと天井を見つめている。


(これは……夢か?)


 寝惚けている訳ではない。

 ただ戸惑っているのだ。


 彼は意識が覚醒した瞬間から、ある確信を抱いていた。

 周囲に空気が満ちているように、また自分の身体が自分の物である事のように、至極当然のものとして感じられるそれ。

 だが同時に今まで一度たりとも感じた事のない、矛盾したそれ。



 それは「自分が主人公である」という確信だった。



 腕を布団から出し、頬をつねる。


(痛い。夢ではないのか)


 そして、くくく、と笑った。

 あまり笑い慣れていないのか、引きつったような不気味な笑顔だ。


(俺の『スキル』なのだろうな。なんともおあつらえ向きだ)


 首輪を外した瞬間に意識を失い、気付けばこの状態だったのだ。

 他に考えようも無い。

 そして、彼はその『スキル』をとても好意的に受け入れていた。



 彼のこれまでの人生は読書と共にあったと言っていい。


 初めて本を読んだのは幼稚園の頃。

 亡き母の遺品であった冒険小説が最初の一冊だ。

 当然分からない文字ばかりだったが、祖父母に教わりながら最後まで読みきった。


 それからは周囲に目もくれず、様々な物語を読み漁る。

 時には魔法使い、またある時は屈強な戦士となり、見知らぬ場所で違う人生を体験する。

 そんな経験に病み付きになったのだ。


 そしてそれは高校生となった今も続いている。

 だから『自分が主人公』だと言うこの状況は、まさに夢のような事なのだった。



「さて……では行くか」


 そう呟くとベッドを抜け出す。

 向かう先は教室だ。


(俺が主役のこの物語は、はてさてどんなものか。青春物か、バトル物か………もしかするとラブコメかもしれないな。ふふ、楽しみで仕方がない)


 ニヤニヤしながら歩くその姿はとても気味が悪かった。




--------------------------




 教室に戻ると、どうやら休み時間だったらしく、クラスメイト達が雑談に興じていた。


 今日は入学初日。

 しかし、この時点で既にグループ分けが済んでしまっているようだった。


 乗り遅れた彼には今後一年間のぼっち生活が約束されたも同然だ。

 もっとも、保健室に運ばれずとも一人で本を読み耽り、誰とも会話をしなかったかもしれないが。


 だが彼はそんな事を微塵も気にせず、相変わらずニヤニヤとしていた。

 頭の中は、この後どんな事が起こるのかと言う事でいっぱいなのだ。


 談笑するクラスメイト達の横を通り、自分の机に向かう。

 途中、彼の顔を見た女子生徒が「ヒィッ」と悲鳴を上げたが、それも気にしない。



 何人かに怯えた顔をされながら机にたどり着く。


 と、そこには既に一人の男子生徒が座っていた。

 背もたれに両腕を乗せて後ろの席の生徒と会話をしている。

 

「すまないが、そこは俺の机だ」


 そう声をかけると、男子生徒は振り向いて謝罪を口にする。


「あ、スマン!ちょっと借りてたわ」


 と言って席を立とうとするが、途中で動きを止め、何かに気付いたような表情になった。


「あれ、お前メガネじゃね? 俺、中三のとき同じクラスだった田中だよ! 覚えてねぇか?」


 どうやら昔の級友のようだ。

 スポーツ刈りに日焼けした肌、体つきもガッシリとしている。

 何か運動系の部活に所属していたのだろう。


 その田中からメガネと呼ばれた彼の反応は、何ともあんまりなものだった。


「覚えていないな」


 きっぱりと言い切るメガネ。

 本当に覚えていないとしても、普通は気を使い誤魔化したりするものだろう。

 しかし、それを聞いた田中も特に気分を害した様子はないようだ。


「だと思ったわ! お前去年もずっと本読んでて話しかけても反応なかったしな!」


 そう笑って話す。

 なかなかに大らかな人物のようだ。


 そうしていると、田中の後ろから「くふふ…」と小さな笑い声が聞こえてきた。

 見ると、小柄な男子生徒が口を押さえて笑っている。

 先ほど田中が会話をしていた相手だ。


「お? いま何か面白いとこあったか?」

「くふふ、ごめん、ちょっと、メガネってあだ名が似合い過ぎで面白くって」


 そう言って笑う顔はとても可愛らしかった。

 少し茶色がかった柔らかそうな癖毛も相まって、顔だけ見れば女の子のようだ。

 その見た目と雰囲気で、多少失礼な発言も許してしまいそうだ。


「僕は山本って言うんだ。よろしくねメガネくん」


 可憐な笑顔でそう挨拶した。

 しかしメガネは不満そうな顔で口を開く。


「メガネではない。俺の名前は―――」


 と、そこで扉が開き、担任の女教師が教室に入ってきた。


「はいはいみんな席についてねー」


 言いながら教壇に立つ。

 生徒たちも大人しく従ってそれぞれの席に座った。


 ただ一人、メガネを除いて。


 それに気付き教師が注意する。


「君も早く自分の席に―――」


 しかしそれにメガネが口を挟む。



「主人公の名乗りを邪魔しないでくれ」



 その言葉にざわつく教室。

 コイツなにを言っているんだ……そんな視線がメガネに集まる。

 そして言われた教師は目を点にしていた。


「恐らく主要な登場人物の紹介シーンだったのだ」

「は、え?」

「そして主人公が満を持して名乗りを上げようとしていた」

「な、何の話?」

「そこで止められたのだ。どうする。俺を何と呼べばいいか分からなくなっただろう」


 余計な心配をするメガネ。


「ふぅ。……だが、必要ならまたその場面は来るか。すまない、邪魔したな」


 そうして好き放題話すと、一人勝手に納得してさっさと座ってしまった。


 いきなり意味不明な事を言われた上に、一方的に会話を打ち切られた教師。


 彼女はしばし唖然とする他なかった。

 それは見ていたクラスメイトたちも同様である。

 そしてこの時、クラスに一つの共通認識ができたのだった。


 すなわち「このメガネ頭おかしい」と。


 教師が我に返りホームルームが開始されたのは、それからたっぷり5分ほど経った後であった。




--------------------------




 その後は何事も無くホームルームが終わろうとしていた。


(おかしい。そろそろ何か起きてもいいと思うが)


 メガネの考えをよそに、最後の挨拶を残すだけとなる。


「―――はい。ということで、明日もまた元気に登校してきてね。号令お願い」


「起立!礼!」


 どこか納得いかない顔をしながら、メガネも大人しく礼をする。


「ではみなさん、また明日!」




 そうして教師が立ち去ろうとしたその時だった。


 急なめまいがメガネに襲いかかる。

 貧血でも起こしたかのように視界が揺れ、気付くと床に倒れ伏していた。


(………来たか!)


 潰れた蛙のような状態でニヤリと笑う。


 何が起きているかは分からない。

 だが、これが彼の物語の始まりなのだと感じているのだ。


 その目の前で、次々とひとりでに倒れていくクラスメイトたち。

 原因となりそうな物も、人も、周囲には確認出来ない。


(テロリストの襲撃………ではなさそうだな、とすると)


 考えを巡らすメガネ下から、突如光があふれる。

 全身をすっぽりと囲むように、床が円形に光を放っているのだ。

 見ると、他の者達も同じように光に包まれていた。


(この光、つまり、あれなのか?)


 そして、まばゆい光に視界が白く染められ―――



 メガネの意識は消失した。




---------------------




 強い日差しを感じ、意識が徐々に覚醒する。


(……そうだ、教室で気絶したのだったな)


 どうやらうつ伏せに倒れたままのようだ。

 しかし頬に感じるのは、教室の床のようなつるりとした感触ではない。

 その違和感にゆっくりと目を開ける。


 見えてきたのは当然、教室ではなかった。


 木の根と雑草に覆われた地面。

 周囲には背の高い樹木が生い茂り、遠くを見ても緑が続くばかり。

 なにやら深い森の中のようだ。


 そしてすぐ目の前に、正体不明のゼリー状の生物がプルプルしながら鎮座していた。


 それらを見ながらメガネは考える。


(あの怪しい光……恐らくあれは『転移』。そして今、目の前には『スライム』。やはりそうなのか)


 そこから導き出された結論、それは。





(―――この話は異世界転移ものだったのだな)





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