診断メーカー①
病院にとって夜は重い。
暗さが患者たちの傷や、訪れる死に染み渡っていく。
それを管理するのが医師であり、見続ける役目なのは、看護師である。
看護師の私は、ずっと夢だった職に慣れてうれしい反面、自身の重労働に耐えかねてきたところだった。
そんな彼女を攻めるように入った今日の夜勤。
ため息が自然と漏れる。
今夜は自分にとって珍しい夜勤だったのですこしだけ緊張した。
廊下に響く足音や空気の冷たさが慣れない。
自分が担当している小児病棟を回っていると、誰かの泣き声が耳をかすった。
しくしく、しくしく
声の源を探すと、そこはつい最近入院したまだ幼い男の子の部屋だった。
彼女は不審に思う。
あれ、この子は泣くような子だったかな?
そうなのだ。彼は気が強く看護師や医師にも反抗的なのが特徴だ。
一人の夜が悲しくなったのか、可愛いところもあるじゃないか。
と、思った彼女はこっそり病室のスライド式ドアを開け、
仕切られたカーテンをつまんで
こっそり彼の顔をのぞくと、彼は泣いてなどいなかった。
彼女の眉間に皺が入った。
しかし泣き声は確かに彼から聞こえる。
声は止まらない。
ぞわりと胸が騒いだ。
今日はこんなに寒かったか。
あぁあん、しくしく、しくしく
よくよく耳を澄ましてようやく気付いたのは彼の首筋。
そこに人間の目玉のような、はたまた昆虫のような虫がこびりついていた。
見つかったことに気づいたらしい目玉の虫は彼女の方をぎょろ、と見つめた。
そして視線を向こうに投げて、また泣き続けた。いや、鳴き続けた。
しくしく、しくしく、あぁーん
ヒュッと彼女の喉から空気が抜けた。
あわててドアを飛び出しナースルームにかけこんだ。
目が、目が、目が、私を見た!
心臓は鳴り止まない。
パニックになった彼女は、そのまま見回りをやめてしまい、
仮眠していたほかの看護師を揺さぶり起こし替わってもらい、
朝が来るのをじっと待った。
こんな非現実なことをほかの人に言えなかった。
早朝、ナースコールがあの少年の部屋から届いた。
彼女は仮眠をしており駆けつけることはなかった。
その朝、彼は死んでいた。後から聞いた話だった。
すっと胸が冷たくなる感覚を、彼女は忘れられそうにない。