想い出の色彩
8歳のころ
ランドセルを背負っての 学校からの帰り道は
いつも ピンクのやつが 邪魔をしました
形のはっきりしない それ
他の人には見えない それは もしょもしょと 僕の行く手に立ちふさがり
そろりと 脇をすり抜けようとすれば
からかうように ピンクの腕らしきものを伸ばし ぼくを とおせんぼ
画用紙をまるめた伝説の剣で 勇敢にも それと 毎日のように戦うぼく
おかげでいつも 回り道
14歳のころ
世界は 黒か白 でした
正しいか 間違っているか
美しいか 醜いか
上か 下か
右か 左か
世界は そんなふうにできていて それがすべてだと おもっていました
20歳の頃
ありとあらゆる 華やかな色が 僕を 取り巻いていました
色とりどりの 魅惑的な ものたち
僕はそのなかでくるくると 踊り歌い 楽しい時を過ごしました
30歳の頃
世界はただ 灰色でした
まるで全てが プラスチックでできているかのように
安っぽい光沢を放ち つまらなさそうに ただそこに ありました
美しい色彩なんて はじめから この世のものではないかのように
世界はただひたすら 灰色なのだと 思っていました
そして今
ぼくの周りには 目を射るような 色もなく
かといって つまらない モノトーンでもなく
柔らかなセピア色の世界は まるで 心和ませる 風景写真のようです
目に優しく ぼくはそれなりに 満足しているのですが
時々 街で かつてのぼくとすれ違う時
見えないピンクのやつと 戯れている ぼく
するどい目つきで この世の全てに 黒か白かの判断を下そうとしている ぼく
鮮やかな色彩に取り囲まれて 蝶のようにひらひら舞う ぼく
灰色の目に 何も映していない ぼく
彼らとすれ違うとき ふと振り向いて
彼らの目に映る色を もういちど ぼくも
もういちどだけ 一瞬でもよいので
のぞいてみたいな などとも 思うのです
しかしそれは叶わぬことですし ぼくは 新しい色のことを 考えましょう
これからさき ぼくの瞳には どんな色が映るのでしょうか
50歳のぼく 70歳のぼく もしかしたら 100歳のぼく 120歳のぼく
願わくば それは まだ見たことのない 美しい色彩であってほしいものです
ぼくは それが 楽しみでもあるのです