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記憶屋  作者: 国見遥
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第六章   奇妙なメール

十二月十日。火曜日。時刻、十四時九分。


天気、曇り。


明日からテストが始まる。


授業はテスト前と言うこともあり復習に重点を置いている。周囲を見渡すと普段よりも真面目に授業を受けている生徒が多い。いまさら躍起になっても遅いのに。最後の悪あがきというやつ。一夜漬けをする奴も少なくはないだろう。それにしても、茂久は本当にカンニングをするつもりなのだろうか。あいつならやりかねない。前のテストは赤だらけだったが、かといって必死で勉強をしている感じでもない。本当にカンニングするのかも。今日も焦っている感じでもなかったし、むしろ余裕すら感じられた。ばれたら全教科0点。そんなリスク犯すくらいなら普段から勉強しとけばいいのに。


窓の外には、どんよりと曇った嫌な空が異様なほどの存在感を示している。


目を閉じると昨日の母の涙が鮮明に浮かぶ。それは俺を絶えず苦しめ続け、心を曇らせる。再確認させられる。俺は子どもだということを。


「速水、外ばっか見てないで少しは授業聞いたらどうだ」


英語の堀山が言った。


「聞いてますよ」


適当に答えると、


「授業なんて聞いてないっすよ幸成は。いっつも外ばっかり見て。授業放棄っすよ。全く駄目人間だな幸成は」


茂久がちゃちゃをいれてきた。


「まぁ速水は授業聞いてなくても問題はないな。毎回いい成績だしな」


「そうやって甘やかすから幸成は調子のるんすよ」


茂久、頼むからもう止めてくれ。マジでだるい。


「藤原はちゃんと授業聞けよ。前回みたいな成績じゃ卒業もできないぞ」


「マジっすか?」


「通知表が真っ赤なやつは卒業できるわけないだろう」


どっと沸く教室。結果、墓穴を掘ってる。俺は昨日のことを忘れて、笑った。



「お前のせいで最悪な授業だった」


授業が終わると、ぶつくさ言いながら茂久がやってきた。俺のせいじゃないだろ、どう考えても。


「自業自得だよ馬鹿」


大きな体で大きな声を発しながら波多野がからかった。


「うるさい。デブゴンは黙ってろ」


「おい、デブゴンはやめろって言ったろ」


「黙れデブゴン」


「だから燃えよドラゴンみたいに言うなっての」


「悪い、ブルースに失礼だよな」


「誰かわかんなぇよ。リーまでちゃんと言えよ」


こいつらって悩みとかあるのかな。


俺は、悩みしかないな。自分の置かれた状況に改めて情けなくなる。



人の心はあまりに脆く、際立つほどに危うい。生きるという行為は裸足で割れたガラスの上を歩くことに似ている。一歩、また一歩と歩くごとに傷が増え、涙が落ちる。ガラスのないところを歩くときはどんなに幸せなことか。ただし、その幸せに人は気がつかない。悲しみのないことがどれだけ幸せで、どれだけ大切なものか。そのときには気がつかない。気がつくのはいつだってガラスに血を流すときだけだ。五体満足で生まれたことを心から幸せと感じる人間がどれだけいるだろう。息を吸えることを幸せと思う人間がどれだけいるのだろう。そんな人間はいはしない。気がつくのは自分の脚で立つことが出来なくなってからだ。そのとき初めて人は自分の足で歩けることを幸せだと実感する。歩けるうちは歩けることを幸せなんて考えることもできない。


俺は親がいるというだけで本当は幸せを感じていなければならない人間。この世に星の数ほど存在する、親がいない人間に比べたら、俺はそれだけでどれだけ幸せを噛み締めなければならないか。それでも今はきっと感じることは出来ない。大切なものはいつだってなくしたときに分かるのだから。



一日の終わりを告げるチャイム。一斉に帰り支度をする人々。今日はさすがに部活もないので四人で帰宅することとなった。いつものように神崎の別れの挨拶を受けると、俺たちは学校を後にした。


俺たちはコンビニで飲み物を買うと近くの公園で話でもすることにした。


話題は当然明日のテストだ。


焦る様子の波多野。だったら帰って勉強しろって話だが、そんな甲斐性はこいつには無い。まぁ波多野は成績は普通だし特に問題も無いのだが、問題は茂久だ。この余裕、絶対おかしい。怪しすぎる。明日になれば分かることだが。


「そういえばさぁ」


波多野が突然話題を変えた。


「俺昨日さぁ、変なメールきたんだけど」


「あなたはデブゴン過ぎます。少しはダイエットしなさい、ってか?」


「うるさいよ。そんなんじゃなくて、なんか、記憶屋ってのからメールきたんだけど」


紀伊国屋なら知ってるぞ。


「それなら俺もきた」


「俺も」


どうやら三人共に同じメールがきたらしい。


「幸成は?」


「んなメールきたっけな」


そう言いながら携帯を開くと昨夜から未読のままのメールが一通あった。メールを開くと、


『タイトル 記憶屋からのお知らせ 本分 あなたの見たい記憶を差し上げます。値段は記憶を見たご本人がお決め下さい。』


と表示された。


「俺も来てるわ。なにこれ?」


悪戯にしては複数にメールが来ているのが変だ。チェーンメールというわけでもなさそうで、発信元は同一のものだった。


「これなによ?」


「しらね。新手の出会い系じゃね?」


本分にはURLもついている。


「デブゴン、このURL開いてみろよ」


「やだよ。金とか要求されたらどうすんだ」


当然だな。誰がこんなわけのわからないURLを開くんだ。


「無視が一番じゃね?」


そういいながら、俺は何故だかそのメールが気になっていた。何故かはわからない。


それから話はテストの後のカラオケの話になり、奇妙なメールにはその後一切誰も触れなかった。誰一人気にも留めていない。唯一人、俺を除いて。


「あれ、なんて歌だっけ?あの車のCMの曲」


優一が言っているのは最近流行っているらしい、インディーズバンドの曲だ。インディーズながら着メロダウンロードランキングで一位の曲。切ない恋愛を歌った曲で若い世代に爆発的な人気を博している。


「なんて曲だっけ?あれいい曲だよな。でもキーが高いし、難しいぞ」


「幸成なら歌えるんじゃね?お前歌うまいしさ。結構高い音も出せるだろ」


話半分にしか聞いていない自分がいた。本気で思い出そうとすればたぶん思い出せる。しかし、今は奇妙なメールが、俺の頭の大多数をしめている。何故か俺は、あの下らない悪戯メールに心惹かれていた。


それからの会話もあまり耳には入らず、ある言葉が俺を覆っていた。


『あなたの見たい記憶を差し上げます。値段は記憶を見たご本人がお決め下さい。』



日が完全に落ちると、俺たちは解散することにした。あたりは深い闇に覆われ、その深さに不安すら感じる程だった。


公園からしばらく歩き、自宅につき、家に入り、リビングには入らずに自室に戻る。鞄を床に放り投げベッドに横たわる。しばらく横になっていると、着メロの音と共にメールがきた。


波多野からだ。


『なにかあったのか?なんか元気ないみたいだったけど』


波多野は人の感情を察知するのに長けている。嫌なことがあり、気持ちが落ちている日はこうしてメールが来る。どんなときも、いたって普通のふりをしている俺にとって、最初のうちは驚かされたものだ。どうしてこいつは必ずと言っていいほどに分かるんだろう。


『なにが?』


それだけ返す。悟られないように。


暫くすると返信がきた。


『なんにもないんならいいけど。なんかあったら俺らに相談しろよ。いつでもデブゴンと愉快な仲間たちはお前の味方だ』


少しだけ口元が緩む。気にいってんのか、デブゴン。


『ありがとよ』


それだけ返すと波多野から返信はなくなり、メールを終えた。


「言えるわけねぇじゃん。なんて言うんだよ。親に愛されてないんですが、愛されるにはどうしたらいいのでしょう、とでも言うのか?無理だよ、柄じゃない」


視界には真っ白な天井だけが映っていた。


「・・・」


何気なく、先ほどの奇妙なメールを開く。


『あなたの見たい記憶を差し上げます。値段は記憶を見たご本人がお決め下さい。』


本分にはそう書かれている。


「俺、なんの記憶が見たいかな」


妙に気になる。理由を聞かれても答えられない。心理状態がそうさせているのかもしれない。理由は、わからない。


何気なくURLをクリックする。URLを開きますかという問いが現れ、俺は何の考えもなしに、はい、と答えた。


すると、とあるページにジャンプした。記憶屋。真っ白な背景に真っ黒な字でそう書いてある。その下には注意書きのようなものが長々と続いている。


『我々はあなたの見たい記憶を提供いたします。記憶の提供をご希望される方はお名前、ご住所、見たい記憶(他人の記憶を見たい方は、その方の詳細情報が必要)、その理由をご明記下さい。受付を確認すると後日記入されたご住所に記憶を発送致します。料金は記憶と一緒に同封された紙がございますので、そちらに書かれた口座に記憶を購入されたご本人が、その記憶に値するであろう金額をご自由に決め、お振込み下さい。送料はこちらが負担となっております。記憶を見て、気に入らない場合は口座への振込みはなさらなくても結構です。振込みがなくても後日、当方から料金の催促等は一切致しません。他人の記憶をお求めの場合、それが悪用するためとこちらが判断した場合は、記憶の提供が出来ない場合がございます。ご了承下さい。』


なんだこれは。意味がわからない。記憶の提供?他人の記憶?仮にこれが冗談や悪戯ではないとして、どうやって記憶を提供するというのだろう。この内容がすべて事実だとしても、料金はこちらが決めてもいいのだから金なんか払う馬鹿はいない。


「意味わかんねぇ」


そう呟きながら、携帯を閉じる。


もし、もし本当に他人の記憶を見ることが出来るなら、両親の記憶が見たい。俺をどう思っているのか。ただの邪魔な存在と思っているのか。真実が知りたい。面と向かって聞けない。愛してくれているのか、なんて。聞けないからこそ、聞かなくても分かるなら記憶を見てみたい。それで俺の悩みや苦しみが少しでも軽くなるなら、見てみたい。


「なに考えてんだ、俺」


下らない悪戯メールについて真剣に考えるなんてどうかしてる。よほど昨夜のことがショックのようだ。いまだに動揺しているとでも言うのだろうか。


「馬鹿みたい」


そう自分を卑下すると、瞳を閉じる。


まぶたの裏には鮮明に、母の泣き顔が映っていた。



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