第二十一章 ビデオテープその2
ここで映像は終わった。
父さんと赤ん坊の泣き声を最後に、砂嵐が世界を包んだ。
オレは、父さんの子じゃない。
別の男の子ども。
オレは、母さんが命と引き換えにしてでも産もうとしてくれた子ども。
オレは、幸成。幸せに成るって書いて、幸成。
幸せに成って欲しいから、そう、名付けられた。
他人の子どもを自分の子どもとして育てるなんて、どうかしてる。
命と引き換えに子どもを産もうなんてどうかしてる。
馬鹿じゃないの。
まともな神経なら出来るはずがない。
それでも産んでくれた。
それでも育ててくれた。
知らなかった。
知るはずもなかった。
知ってよかった。
知らないままでいなくてよかった。
「オレは望まれて産まれた子どもだった」
たくさん聞きたいことがある。
たくさん言いたいことがある。
「今でも愛されているのだろうか」
それはこのビデオからは把握できない。
結局、一番知りたいことはわからないままだ。
でも、それでもよかった。
「とりあえず、オレは愛されて産まれて来た」
その事実だけで十分だ。
他の物まで望むのは高望みという物だ。
すくなくとも、笑顔は取り戻せた気がする。
このビデオテープの内容に関しては黙っておこう。
誰にも、まして両親には黙っておこう。
今までどおり、振舞えばいい。
変に混乱させるのも間違ってるだろうし。
「でも・・・」
「やっぱり知りたかったなぁ、今愛されてるかどうか・・・」
聞けるはずもない。
聞いていいはずもない。
こんな風に、産んでくれた母親に。
そして、育ててくれた父親に。
聞いていいはずがない。
産んでくれただけで。
育ててくれただけで。
十分すぎる。
愛してくれなんて、わがままだ。
十分だ。
十分だ。
「っていうか、聞くきっかけもないし」
時計の長針は3に差しかかろうとしていた。
土曜日は母親の帰宅が早い。そろそろ帰ってくるころだろう。
「さて、ビデオ片付けなきゃ。こんなの母さんに見つかったらなんて言ったらいいか。っていうか非現実的にも程があるし」
ビデオの停止ボタンに指を伸ばそうとした、その時だった。五月蠅い砂嵐が止み、とある映像を映し出した。
見たことの無い場所だった。
しかし、見覚えがある気がする。
どこだろう。
知らない場所。
でも、どこか、何故かは分からないが、知っている場所。
何年も前に行ったような記憶がある場所。
「よいしょっ」
子どもの声がした。
「よいしょっ」
長く続く坂道を一生懸命歩いているのだろう。
「幸成、大丈夫?」
母の声。
その声と同時に斜め下を向く。
そこには小さな男の子。
「大丈夫」
額にはうっすら汗が滲んでいる。
「オレ・・・か?」
男の子は一心不乱に歩を進めている。
「おんぶしてやろうか?」
どこからか聞きなれた声が聞こえてきた。父さんだ。
「いい。大丈夫」
男の子は少し微笑みながら答えた。
どこだろう。見覚えがあるような、ないような。
男の子は見た感じニ、三歳ってところだろうか。
「ということは、十二、三年前か。覚えてるわけないわな」
やがて小高い丘に三人はつく。
そこには、数え切れないほどの墓が列を作っている。
「お墓ってどこか覚えてる?」
そう言いながら父さんは困った顔をした。
「忘れないように覚えておいてよね」
母さんは男の子の手を引きながら言った。
「三三七拍子」
「は?」
「ここから三つ目のお墓まで行って、そこをまた三つ目のお墓まで右に行くの。そしたら、次は七つ目のお墓まで上る」
「三三七拍子ってわけ?」
「覚えやすいでしょ?」
「まぁな。拍子の意味はわかんないけど」
「そのリズムで歩いていけばいいんじゃない?」
「てきとうだな」
三人は歩き出した。墓の数を数えながら。
「ひとつ、ふたつ、みっつ」
「ここを右に曲がる」
「ひとつ、ふたつ、みっつ」
「ここから上る」
「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ」
「ここよ」
そこには村上家之墓と彫られた墓があった。
「やっつ、ここのつ、じゅう」
まぁ、普通は『とお』って言うんだが、ガキのころのオレは馬鹿だったのか。
「良子、幸成が十まで数えれたぞ」
「本当?すごいじゃない、幸成。私に似て頭がいいのね」
「アイツに似てたら頭悪いだろうしな」
父さんは笑っている。
その横で自慢げな男の子が映っている。
周囲の掃除をすると、花を添え、線香に火をつけ手を合わせた。
良子のものと思われる両手が大きく映っている。
「母さん目線の映像だよなぁ。最初から最後まで・・・」
あることに気づく。とんでもない違和感。
「両手合わせてるのに、どうやってビデオ撮り続けてんの?」
最大の謎が残った。
映像は誰が撮っているものなのか。
現に母さんは両手を離した。
それでも映像はなんのブレも無く続いた。
「結論、カメラマンは母さんじゃない・・・。じゃぁ、なんなんだよ。誰が今まで撮ってたんだよ」
分かるはずもない問題に頭をひねるが、当然、答えは浮かばない。
結局、答えは出ないままだな。
「だれのお墓なの?」
男の子が無邪気に言った。
「大事な人よ」
母さんは優しい口調で返した。
「大切なひとだ」
父さんも優しい声だ。
「お父さんとお母さんの大事な人なら、僕にも大事な人」
そう言うと、男の子は手を合わせた。
その映像を最後に、こんどこそビデオは終わった。自動で巻き戻しを始めたからだ。
「・・・行ってみたいな」
きっかけは、それで十分だ。