表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶屋  作者: 国見遥
17/23

第十六章 邂逅その4

 相変わらず、幸成のいる部屋には若かりし頃の両親の楽しげな声が響く。


 改めて、幸成は考えを巡らせた。この映像は何なのか。本当に過去にあった事実なのか。事実だと仮定しても何故、母親である良子がこんな映像を撮り続けているのか。謎は深まるばかりで、この映像の信憑性はその謎のせいで無きに等しい。しかし、作り物だとしてもあまりにもリアル。どこをどう見ても十数年前の若い両親。幸成にできることは、謎から目をそむけ事実だと無理やりにでも受け止めることしかなかった。


「最近なんだか体がだるくてさぁ。子どものこともあるし、今度病院行って来ようかなって思ってるんだけど。暇だったら亮、一緒に来てくれないかな?」


「なんでオレが行かなきゃいけないんだよ」


「裕樹は遅くまで仕事だし。どうせ暇でしょ?」


「暇で悪かったな」


 自分に似ている。幸成はそんな風に思った。そっけない態度や口調。亮に似ている所は自分に多々ある。それでも、実の子ではない可能性。どう受け止めたらいいのか分からなかった。その困惑とは別に、二人のやり取りが微笑ましかった。


「だめ?」


「どうせ暇だしいいよ。いつ行く?」


 亮の仏頂面を最後に、また画面が真っ暗になった。 


 

 次に映像がブラウン管に現れたとき、少しだけ微笑んでいた幸成の表情は完全に固まることになる。

 

 ベッド。その上に白い布を顔にかけられた人が仰向けに寝ている。誰かは確認できない。ただ、そこに寝ている人間が既に死んでいることだけはわかる。


「・・・」


 急展開すぎて、幸成は言葉が出なかった。先ほどまでの和気藹々とした雰囲気から突然、静まり返った病院。おまけに目の前には死者が横たわっている。言葉が出ないのも当然であった。


「良子」


 病院の一室と思われる部屋に亮があわてた様子で駆け込んできた。走ってきたのだろう、額には汗がにじんでいる。


「亮」


 良子の声が震えている。小さな声で、あまりにも弱弱しい。


「裕樹が、死んじゃった。車に、轢かれて」


 友人の死を知った亮は、呆然と冷たくなった裕樹を見つめている。額に滲んだ汗の一粒が頬を伝って、悲しみから溢れ出した涙のように床に落ちた。


 あらゆる生あるものの目指すところは死である−フロイト−。死とは生の一部分であり、悲しむべきものではないのかもしれない。人は生まれた瞬間から死ぬために歩き続ける。生そのものをマラソンに例えるなら、誕生はスタートラインであり、ゴールは紛れも無く死である。ならば悲しむ必要は無い。最終目的がそれなのだから。だが、人はそう割り切れない。仮に生の真理が死という結果であったとしても、それを受け入れるにはあまりにも過酷で残酷で無情だ。生の対極は死ではない。生そのものが死であるからだ。それでも、人は死を畏怖する。それは当然だ。死が何をもたらすのかを誰も知らないのだから。人が死を悲しむのは、仕方の無いことなのだ。


 突然、思い出したように亮にしがみつく。


「おい、起きろ」


 そう言いながら動かなくなった裕樹を揺する。


「起きろよ。さっさと」


「起きろよ」


「おい」


「起きろよ」


「起きろ」


「起きろって言ってんだよ」


「裕樹」


「起きろよ」


 答えが返ってくるはずも無い言葉を投げかける。何度も。何度も。


 人間は常に試され続けている。運命という名の虚構に。それが虚構であると知りながらも、自らに降りかかる出来事に運命と名付け、それを受け入れようとする。全ての事柄を運命というたかだか漢字二文字に託してもいいのだろうか。生や死を運命という言葉に置き換えることは正しいことなのだろうか。正しいはずが無い。この世界に足を踏み入れた瞬間から未来が決められているのなら、生きるということ自体があまりにも下らない、馬鹿げたものになってしまう。人は運命を受け入れてはならない。それは愚行であるからだ。それを分かっているからこそ、亮はこうして、叫び続けているのかもしれない。


「幸せにするって言ったじゃないか。大切にするって言ったじゃないか。守るって言ったじゃないか。約束したじゃないか。何してんだよ。起きろよ裕樹。起きて二人を守れよ。裕樹。裕樹。さっさと起きろよ」


 死者は、何も語らない。何も残さない。形あるものは何も。それでも思いは消えない。死者に対する思い。それは消えることは無い。


「なんだよ、車に轢かれてって。簡単に死んでんじゃねぇよ。さっさと起きろ」


「亮、どうしよう。どうしよう。私、どうしたらいいの?ねぇ亮。ねぇ」


「わかんないよ。何が何だかオレにもわかんないよ」


 二人の困惑が伝わってくる。こんなに取り乱した父親の姿を幸成は初めて見た。


 突然、映像が床に近づく。同時に、


「ぅっ」


 良子の呻き声が響く。


「どうした?」


 亮の問いに対する返事は無い。


「おい、良子」


 亮の問いに呻き声しか出ない。


「良子。良子。大丈夫か」


「っぅ」


「誰か。誰か。良子が。良子が」


 病室には亮の叫び声がこだました。

話が急展開すぎると思われるかもしれませんが、一応理由がきちんとあります。それをご理解した上で読んでください。お願いします。改善につなげていけたらと思いますので感想、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ