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記憶屋  作者: 国見遥
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第十五章 邂逅その3

 それが幸成の感じていた違和感の正体だった。


 父親であるはずの男の指にはなく、見ず知らずの男の薬指で輝く見慣れた指輪。それは紛れも無く、普段から両親がはめている指輪だった。


 結婚指輪とばかり思っていた。二人が常にはめている指輪。それにこんな背景があったなんて考えもしなかった。あれは一体なんなんだ。今、目の前の映像に映る知らない男のはめている指輪は一体なんなのか。後日、全く同じものを両親が二人で買いに行ったなんて到底考えられない。頭をフル回転させて出た結論は、男のはめている指輪は、今現在、父親のはめている指輪と同一のもの。ただそれだけだった。一体なぜ、男のはめている指輪を今、父親がはめているのか。幸成に分かるはずもなかった。


「なんだよ、これ」


 自分は一体誰の子どもなのだろうか。亮?それとも裕樹?どちらにしても多大なショックを幸成に与えるには十分すぎる事実だった。


「裕樹だけじゃなく、もちろん私も大学辞める。子ども産むのに大学なんて通えないし。せっかくできた子どもを堕ろしたくなんてないから」


「二人で話し合ったんだ。二人とも考えは同じだった。子どもの命を奪うなんて間違ってる。二人で頑張って育てていこうって」


 二人の声から強い意志が感じられる。


「・・・」


 亮は黙ったまま空になったコーヒーカップを見つめている。


 長い静寂だった。三人とも口を開こうとせず、ただ空気だけが張り詰めている。


 その静寂を破ったのは、黙ったままだった亮の一言だった。亮は顔を上げずに、


「約束しろよ、良子も産まれてくる子どもも絶対守るって。約束しろよ、絶対幸せにするって。何が何でも守れ。何が何でも幸せにしろ」


 精一杯の思いを込めて言った。 


亮の強く強く握り締めた拳が小刻みに震えている。それが良子に対する友人以上の感情を表していた。


「約束する」


 裕樹はそう言って、視線を画面のほう、つまり良子に移して、こくりと頷いた。



 画面が一瞬真っ暗になり、すぐに映像が切り替わった。その間、幸成の頭の中は、ただ、真っ白だった。



 場所は変わらず裕樹の家なのだが、裕樹の姿はなく、映像には亮の姿だけが映っている。


「あいつ、いつも帰りってこんなに遅いのか?」


 亮は視線を良子に移さずに独り言のように呟いた。


「いつも大体十時くらいかな?帰ってくるの。毎日毎日産まれてくる子どものために遅くまで頑張って働いてもらってますよ」


 良子の声は幸せそうだ。会話から、先ほどの映像からしばらく日にちが経っていることが分かる。


「ふーん」


 そう言うと、亮は頭を掻きながらため息をついた。


「しばらく顔見せなかったね、亮。なにしてたの?」


 良子の問いに少しの間を置いて、亮が


「気持ちの整理」


 とだけ言った。


「気持ちの整理?」


 この質問にも先ほどと同様に間を置いて


「あぁ」


 とだけ答える。


「言いたいことあるならちゃんと言いなよ」


 少し苛立った声だ。


 視線を初めて良子に移すと、めんどくさそうに亮が話しを始めた。


「なんていうか、実感わかなくてさ。ついこの間まで三人でいつも一緒にいて、毎日遊んでたのに突然妊娠とか大学辞めるとか言われたからさ、頭こんがらがって、んで、実感湧かなくてさ。嫉妬もあったと思う。裕樹に良子を取られたってのと、そして良子に裕樹を取られたってのと。オレにとって二人とも大切な存在なんだ。それなのに二人に嫉妬してる自分が恥ずかしくてさ、顔出せなかった。連絡しなかったことは謝るよ。ゴメン。でもオレの気持ちも少しは理解してくれよ。ほんの少しだけでいいからさ。理解してくれよ」


 今にも泣き出しそうな声。それでも、先ほどの映像のときとは違い顔を上げて喋っている。以前よりは気持ちの整理がついているのは確かだった。


「亮はちゃんと卒業しなよ」


「当たり前だ。なんのために大学に通ってると思ってるんだよ。誰かさんたちみたいにセックスばっかりして子ども作るために大学に通ってるんじゃないんだよ、オレは」


 悪態をつきながらも、表情は暗く見える。それを察してか良子も、


「そうだね」


 と一言だけ返した。


 しばらく、二人ともあまり喋ろうとはしなかった。亮は喋る気分ではないのであろうし、良子はそれを察してだろう。下唇を噛み締めている若い父親の姿を、幸成は黙って見つめた。


「仕事ってなにしてんの?」


 硬い空気に気圧されてか、亮が口を開いた。


「知り合いのつてで車の整備工場で働いてる。毎日顔も手も真っ黒で帰ってくるんだから。この間なんかパンダみたいな顔で帰ってきたのよ。その顔で街を通ってきたと思うとおかしくておかしくて。私大爆笑しちゃった」


「そりゃ可哀想にな、あいつ」


 口元にはうっすら笑みが浮かんでいる。パンダみたいな顔の裕樹を思い浮かべているのだろうか。


 幸成の頭に、幸せそうに笑う良子の顔が浮かんだ。久しく見ていない顔。そのすぐあとに泣き顔が浮かんできて、数日前のことに思いを巡らせた。


「式って挙げるのか?」


「当分は無理じゃないかな。お金もないし。子どもが産まれて、しばらくしたら、考えるかもね」


 二人のやり取りも、今の幸成の頭には入っていかない。思いは完全に別のところに向いているからだ。数日前の母の泣き顔と、裕樹と言う男との間にできた子ども。その二つに思考は完全に奪われていた。


 幸成の感情とは関係なく、当然のように映像は続く。


「なるほどねぇ。女なら式は絶対あげたいよな」


「あたりまえじゃん。何回もお色直したい。着物もドレスも着たいし、ケーキ入刀もしたい。女の子の夢よ、夢」


「結構金かかりそうだな。裕樹、ご愁傷様。しっかり働いて、良子のお色直しに消える金を稼げよ」


 幸成は楽しそうな会話が、やけに耳障りに感じていた。


これからがやっと物語の盛り上がりどころに入ります。だらだらとしてきましたが、もりあげていく予定なので続きも読んでください。お願いします。よければお手数ですが感想等もよろしくお願いします。

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