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記憶屋  作者: 国見遥
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第九章   僕の見たい記憶

十二月十四日。土曜日。時刻、十九時四十分ちょうど。


変わらず、雨。


皆が帰ってから十分程度経った。嵐の後の静けさとでも言うのだろうか、一人の部屋はただ、静まり返っている。


誰かと一緒にいるのは、嫌いじゃない。だが、別れた後のなんとも言えない寂しさは、好きじゃない。ほんの少し前まで確かにそこにあった温もりや息遣いが、今はない。それは耐え難いほどに寂しい。皆が去った後に呆ける自分の姿も、好きじゃない。


色々な話をした。笑って、怒って。青春というやつだ。二人っきりで何をしていたかという話題が出たときは周囲は大盛り上がりだった。別に何もしていないのだが。


人間と言うものは想像の生き物で、考える葦であるとはよく言ったものだ。想像が全てを征服していく。一度生まれた想像は容易には消えず、それがマイナスのものならば絶えず苦しめられ続ける。想像はまるで生命を持っているかのようにときに本人の意識とは関係なしに増幅し、形を変え、謀反を幾度と無く繰り返す。ありもしない空想に悩まされる。それはこの上の無いほどに滑稽で、人間の愚かさを象徴している。だが、その滑稽さも愚かさも嫌いじゃない。人間らしさという点で言えば、その二つほどそれに当たるものはないからだ。人間は滑稽で愚かで、あまりにも弱い。自分自身も、間違いなく、弱い。矛盾しているのだが、自分の弱さは、好きじゃない。


もう二人は帰っているころだろう。また、最低の食卓につく時間がくる。俺は、弱い。


ベッドに寝転がって、ふと天井を見つめていると、小さな染みが目に付いた。小さな小さな染み。こすれば簡単に取れてしまいそうな染み。その弱弱しさが何故か自分のようだと感じ、思わず自分を嘲笑した。


そろそろメールが来るころだ。ご飯。それだけ書かれた短いメール。思いの浅さが垣間見えるメール。


携帯がなる。


ほら来た。ちょうど二十時。いつも通りだ。内容は見る必要もない。


リビングでは相変わらず既に食事を二人は始めている。


「いただきます」


椅子につきながら呟く。


変わらぬ食卓、雰囲気。嫌気がさす。


「今日誰かきていたの?」


こちらに目線をむけずに母が言った。


「あぁ。学校の友達」


「テスト中によく遊べるのね。昼間勉強しなかった分、夜にちゃんとしなさいよ」


「あぁ」


相変わらず勉強にしか感心がない。友人のこととかもっと聞くことあるだろうに。俺自身には本当に興味が無い。


うちでは食事のときはテレビをつけない。そのせいで黙々と食事をするしかなく、余計に重苦しいものになる。食事中もほとんど誰も言葉を発しようとしない。それは、家族全体の関係があまり上手くいっていないことを表していた。家族団欒。無縁の言葉だ。


無言の食事を終えると席をたち二回の自室に向かう。そのとき、


「幸成、ちょっとまちなさい」


父の声。久しぶりに聞いた気がする。


「なに?」


「なにか言うことは無いか」


意味が分からない。なんだと言うんだ。


「別にないけど」


「ごちそうさまぐらい言いなさい。母さんが用意してくれた食事なんだからそれぐらい言うのが礼儀だろう」


作ったものなんて何一つない。全て買ってきた惣菜。偉そうに。


「・・・」


なにも言えなかった。なにも言わなかった。母親なら料理ぐらい作ったらどうだ。そんな気持ちから、言葉を出さなかった。


「黙っているんじゃない。ごちそうさまくらい言え」


「うるせぇんだよ」


母親の手料理と言うものを長らく食べていない。そのくせ偉そうな両親。それが腹が立ち、思わず反感の感情が言葉になり噴出す。


「なんだと」


「いつもいつも惣菜ばっかりでよ、料理もまともに作らない。そのくせ偉そうにしてんじゃねぇよ。買ってきたものをそのまま出してるだけじゃねぇか。なにがごちそうさまだ。ふざけんなよ」


「お前のために毎日毎日仕事をしているんだろう。帰ってきてから作る時間もないから仕方なく買ってきているんだろうが。それをお前は、なんだその言い方は」


「偉そうにするな。親なら親らしく・・・」


母の涙が頭をよぎる。それが言葉の続きを遮る。


それ以上何も言わずに自室へと向かう。後ろのほうから父親の怒号が聞こえるが無視。これ以上話していると、あの日の再現になってしまう。振り向かずに自室への階段を駆け上った。


俺の態度は全て単なる天邪鬼で、理想の家族の形を追い求めれば追い求めるほど別の形を形成させていく。違う、こんなんじゃない。そう思う一方で、結果はこんなにも異なったものへと進む。愛されたい。それは願いであり、哀願であり、傷であり、足枷であり、自分という存在の存在意義であり、全てだった。


日に日に高まる不安。形を成した不安はやがて確信へと変わる。自分は、愛されていない。それは俺を覆い、孤独へと追いやる。何もかも、どうでもいい。そんな感情すら生まれてくる。もう愛されたいなんて思わない。考えない。なにが親だ。親なんて、いらない。


涙が頬を伝う。生きる意味が無くなったことはこんなにも不幸で惨めで残酷で。まるで、どうしていいか分からなかった。


ふと数日前のメールが気になった。記憶。記憶が見たい。二人の記憶が。自分は愛されて生まれてきたのか。望まれて誕生したのか。今、本当に愛されていないのか。確かめたい。手段があるなら。


数日前のメールを開く。添付されたURLをクリックし、サイトへ移動する。すると一度見たことのある画面が現れた。


『我々はあなたの見たい記憶を提供いたします。記憶の提供をご希望される方はお名前、ご住所、見たい記憶(他人の記憶を見たい方は、その方の詳細情報が必要)、その理由をご明記下さい。受付を確認すると後日記入されたご住所に記憶を発送致します。料金は記憶と一緒に同封された紙がございますので、そちらに書かれた口座に記憶を購入されたご本人が、その記憶に値するであろう金額をご自由に決め、お振込み下さい。送料はこちらが負担となっております。記憶を見て、気に入らない場合は口座への振込みはなさらなくても結構です。振込みがなくても後日、当方から料金の催促等は一切致しません。他人の記憶をお求めの場合、それが悪用するためとこちらが判断した場合は、記憶の提供が出来ない場合がございます。ご了承下さい。』


その下には、『記憶を注文する』と書かれている。クリックすると画面が変わり『記憶の注文フォーム』と書かれたページが現れた。


「胡散臭いなぁ」


お名前、生年月日、年齢、性別、住所。ありきたりな事項が並ぶ。それに一つ一つ記入していくと、見たい記憶という欄が現れた。横には注意事項。『複数の方の記憶は受け付けられません。ご了承下さい』。


「・・・」


無言のまま、そこに、『母の記憶』と記入する。父でも母でもどっちでもいいのだが、何気なく母と記入した。


次の記入欄は『見たい記憶のキーワード』だ。見たい記憶のキーワード。キーワードである単語を一つだけ入力できるようだ。


「・・・」


しばらく考えた後『子ども』とそこに記入した。これで本当に記憶なんて見れるのだろうか。信憑性はまるでない。


その下に、こう書かれている。


一、記憶は映像が劣化するため一度しか見ることが出来ません。ご注意下さい。


ニ、お一人様で一度だけの注文になります。


三、お求めの記憶と内容が異なっていてもクレーム等は一切受け付けません。


四、記憶をご覧になった際に生じる利害に関して、当社は一切の責任を負いません。


五、他者(ご覧になられた記憶の関係者を除く)への記憶の内容、及びそれによって生じた感情、及び当サイトに関する情報を伝えることを禁じます。これを破られた場合、当社が責任をもって記憶を消去致します。


六、記憶はお一人でご覧になって下さい。


七、記憶の発想には数日かかります。ご了承下さい。


以上の事項をご了承になられた上で記憶を注文いたしますか?


はい いいえ


内容に目を通すと、はいをクリックする。


するとページがまた変わる。


『記憶のご注文を承りました』と大きく書かれたページが現れた。これで注文が終わったようだ。


本当に記憶なんて見ることが出来るのだろうか。しばらくしたら答えはでる。どうせ下らない結果になるのだろうが。期待なんてしていない。そう思いながら、少し、いや、かなり期待している自分がいた。


外では、雨音が激しくなっていた。

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