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勇者、未だ立たず?  作者: ああああ
冒険の書1/旅立・・・ち?
7/7

6

AM10:24。

国道に添う形で、約1.5キロメートル続く歩行者専用道路は、

首都圏に近い在富町(ありとみちょう)のなかでも最大級の商店街である。

公立校の生徒たちが通学路として使用し、また下校時に立ち寄ることも多く。

古い店が多いながら、いつの時間帯もそれなりの賑わいがあった。


最近は、近隣のショッピングモールに客を取られていること、

その歴史の古さを揶揄し「アレフガルド」呼ばわりされていることもある。

荒廃した大地と比べるのは言い過ぎな気もするが。


勇未もよく知っている商店街であり、本屋やファーストフードの店はよく利用するが、

その裏の道にひっそりとあるらしい店は、聞いたことも見たことも無かった。


唯名に連れられ(半ば引き摺られ)て、ひとつの喫茶店の前へ。

「ここです」


木の家(ログハウス)を思わせる落ち着いた外観、

入り口の前には手描きと思しきメニューボード。チョークの可愛らしい字で、

「今日の日替わり」だとか、おすすめのメニューが書き綴ってある。


看板には丸っこい字で「brave」と…

まあそういう事なんだろうな、などと考えながら

彼女のあとを追って、店の中へと入っていった。


「いらっしゃいませ、お席を案内いたし…って、唯名ちゃん?」

出迎えたのは、自分達とさほど年の違わないように見える女の子だった。

丸眼鏡、透明な二本のヘアピン。

紺のロングスカートに白いエプロン。メイド服…というより、

かなり昔のウェイトレス(女給)の制服に見える。

急ぎ足でやってきたのだが、唯名を見た途端動きが止まった。


「いやー、来るなら連絡くれればよかったのに。

そっちの子が?問題の?」

自分の事である。話しぶりからしてこの人も“関係者”らしいが、

そんなことよりまず座らせてくれないだろうか。


「タチバナの正統な血を継ぐ、現世代の勇者様です」

「ははぁ…」

唯名の、簡潔に過ぎる紹介をうけて品定めするようにこちらを見つめる。訝しげな顔だ。


「えーっと…あの。なんていうか…不本意なんですけど…」

何かこう、勇者になっちゃったぜ、という事態に対し前向きに善処したい、

という意思表明のようなものをしようとしたのだが。


「完全に蚊帳の外だけど、まあ自分も出来るだけ頑張ろうかな…みたいな…」

なんだそれは、と自分でもツッコみたいぐらい上手くいかなかった。


駄目だ。これじゃ完全にコミュ障じゃないかッ…!


いや、そもそも勇者になる、と敢然たる意志をもって決断したわけではなく、

たぶん、「じゃあ勇者やるよ」と言わないと、今後普通に生活できるかも

分からないような「非日常」が突如やってきたからこうなったわけである。

16年はおろか、それよりはるか昔から定められていたルール。

そんなものを定めた、自分の使命を勝手に決めたダレかを、

この手で殴りたい衝動に駆られた。


…いや、待てよ?

もし彼らの言う通り「あなたの日常の隣に潜んでるかもしれない系モンスター」が

実在するとして、そいつらは如何するのだろうか?

魔王とやらに従って破壊活動をするのか…

ともすれば、勇者を狙うのではないか?

背筋を、冷たい汗が伝う。ずいぶん今更な考えだが。


額に汗を浮かべて、変な弁解をしながら、必死に頭をめぐらせる憐れな勇者を、

女の子はずっと睨みつけていたが。


しかし、急に破顔したかと思うと、愉快そうに笑いだした。

「いや、ゴメンね?そうだよね、急に勇者がどうとか言われてもね。

そりゃ困るよ」


思わず、彼女を見つめた。たぶん相当間抜けな顔してたと思う。

「まー、世界はゆるゆると危機に瀕し始めてるわけなんだけど…

でもダイジョーブ。プロの(・・・)私達がなんとかするし。

マスター呼んでくるから、ちょっと待ってて。その辺の話は、その時にね」


それだけ言うと、手を振りながらカウンターのほうに行ってしまった。

仕方ないので、適当な席に座らせてもらうことにする。


「なんか、思ってたのと違うんだな。エージェントみたいなおっさんとか、

諜報員みたいなのがいっぱいいる所に連れて行かれるのかと…」


「全員があんな調子だと思われては困ります。

…彼女の意識が足りていないだけです。

仮にも、我々は世界を救う…」

相変わらずの真面目な調子で、唯名が力説を始めようとしたが、

もっと意識が足りていなさそうな(・・・・・・・・・)ヒトが飛び込んできた。


「いらっしゃいませー、こちらメニューになりまァす☆」

黒いスカート、フリルのついたエプロン。こんどこそメイド服のヒトである。


ただし、どう見ても男だった。


童顔な顔だけ見れば、それなりに決まっている気がしないでもないが、

「男の娘(昔流行った)」というには背は高いし、

声には明らかに無理がある。あと紫色のカツラってのも無理があると思います。


必要以上に媚びた態度もやめて下さい。なんかムカつくので。


「ああ、唯名ちゃんじゃないですかァー!ってことはー、こっちの

男のヒトがー?」

「どうも、橘です。ハハハ…」

引きつった顔で自己紹介。


「やっぱりっ!ついにこの時が来たんですねー…

みんな、あなたのことをずゥっと待ってたんですよ!」

アニメに出てくるような萌えキャラを、

動きだけ(・・)完璧にトレースしたような仕草ではしゃぐ女の(ひと)

揺さぶらないで下さい。あと抱きつかないで下さい。


「ところで、マスカレイド」

メニューを眺めながら、唯名が不意に言った。


「もしもし、唯名さん」

意図していなかったが、同じタイミングで言葉が出た。

こっちは未だにメイドさんに捲きつかれていた。


「なんでィすか、唯名ちゃん?」

件のメイドが、首根っこを捕らえたまま答えた。

…マスカレイド?そういう名前なのか?

外国人には見えないのだが。


「今集まっているのは、何人ですか?」

デザートのページを見ながら、何のことかはよく解らないが

唯名が続けて聞く。それより。


「俺を助けてはくれないんですか」


「ワタシと色葉ちゃん、あとはマスターだけだよぅ。

巴ちゃんは買出しに行ってるし」


「あとは全員、調査ですか?」


「そーいうことでス」

仕方ないので自力で引っぺがした。

届かなかったSOSはともかく、あいも変わらずの置いてけぼりであった。


そんな所に、先ほどの女の子が帰ってくる。

話からすると、この子が“色葉(イロハ)ちゃん”だろうか。

良かった、ようやく話が進む。


「ゴメンね、勇者君。マスターが今、手ぇ離せないみたいで…」

「え?」

「もうちょっと待っててもらえるかな?何か注文してもらってもいいから」

ちょっと待ってくれ。それよりも、今後の話を…


「あ、そだ。自己紹介してなかったね。

私は色葉。フォースユー(そうりょ)ザーやってます」

「あ、ご丁寧にどうも。

自分はたちばッ」


メイドが、再度後ろから絡みついてきた。

凄まじい勢いに、顔から思いっきりテーブルに突っ込む。


「ワタシはマスカレイ(おどりこ)ドの春間(ハルマ)

よろしくお願いしますね勇者様ァ!」


やっぱり、早くマスターさんとやらを呼んで頂くわけにはいかないんでしょうか。

ていうか助けてくれ!


「あの」

唯名が口を開いた。色葉さんと、春間を順に見て、一言。


「ケーキセットと紅茶で」

暢気に注文なんかしてる場合か…


世界を救うものの意識はどうしたんだ、などと言える筈も無く、

勇者はただ、世界の危機がどれほどのものであるのかを考えながら

ガタガタと揺さぶられるより他なかった。

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