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橘 勇未は、激しく動揺した。
日付は6月の中旬。学生たちが楽しみに待つ土曜日。
自分も、誕生日の余韻を楽しみつつ、友人達と遊びにでも出掛けていたに違いない。
しかし、起床して真っ先に思い出したのは、昨夜のうちに起きていた
「重大な筈なんだけど、なんだかその場のノリで進んでしまった」
ような、一連の出来事だった。
激しい後悔にかられて、横になった体勢のまま
しばらく頭を抱える。知恵熱が出ているような気がする。
時刻はAM6:49。
二度寝してもよかったのだが、昨日のことを思い出すと眠気が吹っ飛んでしまった。
休日にしては、いつもより早起きである。
しかたなく体を起こし、まだ暗い部屋を眺めた。
親戚(王家のオッサン)がわざわざ用意したマンションの一室は、
ただの高校生が生活するには十分な広さであった。
今しがた寝ていたベッドをはじめ、
他の家具等も、あらかじめ用意されていたものである。
それと、もう一つ付いてきた“付属品”は、
まるで目覚める様子もなく、部屋のスミで静かに寝息を立てている。
長い黒髪。病人のような白い肌、低い背丈。
一見すると妹か、でなければ同棲中の恋人にでも見えただろうが、
残念ながら彼女は、そのような在り来たりな存在では無かった。
その告白を思い出して、思わずため息をつく。
(ご心配なく)
(私、魔法使いですから)
(世界魔術師協会、東アジア支部から派遣された、
麻寺 唯名です)
「…それで」
とりあえずパンにかぶりついた。現在の時刻、AM7:43。
「…それで、魔法使いさんは何をしにここへ?」
冷蔵庫の中にあったもので、とりあえずは朝食の体裁を整えた。
「私の仕事は、勇者様に
「魔王を倒すためのアレコレ」について指南させて頂くことです。
我々魔術継承者は代々…」
「オーケー」
なんだか長くなりそうなので、話を切らせてもらった。
雑なのか丁寧なのかわからん説明である。アレコレとは一体。
「昨日聞けなかったところなんだけど。
結局俺は何をすればいいんだ?これから、具体的に」
勇者になるためには如何すればいいのか。
基礎体力トレーニングでも始めさせられるのか、
それとも怪しい魔術の訓練でもさせられるのだろうか?
正直どちらもやりたくないが。
「これは、あくまで分かり易さを重視した喩えになりますが、
つまるところ 経験値向上 です」
糞真面目な顔で、唯名が告げた。
他者の表現の受け売りである、という注釈が入る。
彼女のお仲間には、ゲーマーでもいるのか?
「それはどういう…」
「曰く“ちからは不要 すばやさだけあればおk”
…実際のところ、魔物を倒し、
身体能力や運動神経とは異なる“レベル”を上げなければ、
魔王や、強力な魔物を倒すことは不可能です。
そのために、まずは低級な魔物を探し、追って倒すことが」
肝要です、と結論付けて、唯名は砂糖が十個ほど入ったコーヒーに口をつけた。
この文明社会の片隅に、魔物が潜んでいるという話は昨日聞きはしたが…
漫画なんかでもよく聞く物語ではあるが、いざ自分の身の回りに、
当たり前に存在しているのだと言われてもまるで実感がない。
「でも…どうやって探すんだ?」
「簡単です。専門家に任せましょう」
味が不服だったのか、砂糖のキューブをもう二個ほど落とすと、
彼女は「出掛ける必要がある」とだけ言った。
結局、大した説明もされていない、それも貴重な休日のうちから
モンスターを探して倒すべく、行動を開始することになってしまった、のである。