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勇者の末裔がどうとかいう話は、実は初めて聞いたわけじゃなくて。
「僕はどこから来たの?」という問いに対する
「橋の下から拾ってきたのよ」という答えと同じレベルの、
ホラ話の一種かと思っていたのである。
弟妹にもウザいくらい帰宅をアピールする父を居間にうっちゃったまま、
客人を迎えて、話はつづく。
親戚のオッサンは母の隣のイスに。
二人の外人は席につかず、壁際にもたれ掛かっている。
…ていうかその長いジュラルミンケースは何?銃器?
そして、少女が自分の隣のイスに座った。
懐からmyフォーク(たぶん)を取り出し、
先ほどの「持参したケーキ」を食べている。
…何しに来たんだよお前は。
「で、家を出て行く話、だっけ?
叔父さんと、この人たちが援助してくれることになったの」
母にとっての叔父…自分にとっては何て言うんだっけ?
とにかくオッサンが、人懐っこい笑顔を見せた。
せいぜい年に1、2度会う程度の間柄だったが、
何かと気にかけてもらったり、
何より、小学生のころはやたらと多額のお年玉をくれていたので、
「正月にお年玉たくさんくれるおじさん」で記憶されていた。
「わたしの家系は、勇者の為に資金や物資を調達するのが隠れた仕事でね。
なにを隠そう、王族の直系なんだよ」
この日本に、いつ王政国家があったんだろう?
しかし、妙に納得してしまった。
一見、ただの中年だが、その雰囲気や、老けても整った顔立ちはなるほど、王様っぽい。
「でも、王族の子孫がなぜ勇者一家と親戚に」
自分で言ってて頭が痛い。マジで勇者一家なんだもんなぁ、うち…。
「昔の勇者様は、王家の娘さんと結婚することも多かったらしいからねぇ」
ああ、そうか。
魔王倒した後、王城に迎えられて姫様と結婚、みたいな展開多いもんな。
…ゲームでは、な。
「そういうわけで、近くのマンションに運よく空き部屋ができたから
用意させてもらったよ。そんなに広くないけどね、自由に使ってくれ」
それはありがたいんだが、そんなに近かったら家を出て行く意味が…
面倒くさいルール定めやがって。
「ともかく、わたしたちは君への協力を惜しまない。
頑張ってくれ、勇未君」
素敵な笑顔。対応に困る。
つーか、頑張れって言われても…
魔王を倒すって、具体的にはどうすればいいんだ?
大方の話、というか説明を聞かされたあとで、
納得したようなしてないような感じのまま、荷物をまとめさせられて
そのまま放り出される流れとなった。夜中に。
さすがに躊躇ったのだが、
「イヤな流れ」というのは簡単に止まらないものである。
何だかもう、抗議にも力が入らなかった。
玄関にて、両親は心底納得したように「うんうん」と深く頷き、
愛しの妹達は「がんばれー!」などと能天気なことを言っていた。嗚呼。
「…改めて自己紹介を。
唯名、です」
王家のオッサンに案内してもらってマンションに到着。
荷物をおろし、オッサンと外人に(一応)礼を言って
お帰り頂いた。
で、荷物を広げようとしたところで。
まだ一人、ろくに話もしていない人物がいたのに気付いた。
相変わらず、存在感があるのかないのか…
「私が同居させて頂きます…言いませんでしたか?」
「…聞いてないんですが。」
すごく重大な話だと思うんですけど。そんなこと言い忘れんなよ…
「あの…なにか、ご不満ですか?」
「いや、まあ別にいいけど」
勢いで言ってしまったが…
否。家を放り出されるままにまかせたのも、勢いである。
そうするよりほか無かったのであるし、今この状況だって…
小さいころは、
はるか山頂から見る景色を想像し、夢見て、目指していたのだが。
山に登ることそのものが、まるで意味のない馬鹿げた行為であったのだ。
16年間、いつの間にやら積み上げられた山のうえで。
もう逃げる場所などあるまい。
自分の足で登ることにはならなかったが、結果はたぶん同じだろう。
後はもう、転がり落ちるだけだ。
もういい。どうにでもなりやがれ。
自分の反応を、どう受けとったのかは分からないが。
彼女、唯名は、相変わらずの不健康な顔に
静かな微笑を浮かべた。
「よろしく、お願いします」
これから来るであろう戦いと、
女の子と二人きりで生活を送る様に思いを馳せ―
「…あれ?これなんてエロゲ?」
ひとり、呟いた。