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正直に言ってしまおう。
自分だって、子供のころは勇者に憧れていたんだ。
誰だってそうだと思う。
「…ただいま」
4人もの編入・転入生を迎えてなにかと騒がしかった学校も、
それほど大した問題もなく終わった。
気もそぞろな弟達の返事を聞いてから、廊下を渡り、階段を上って自室へ。
黒のブレザーを壁に掛け、面倒なのでネクタイとベルトだけ取っ払うと
そのままリビングへ。
居間のテレビを占領して、弟と妹が格闘ゲームに興じていた。
なかなかに珍しい光景である。
妹は普段ゲームはあまりしないが-
のんびりマイペースな性格だ。男兄弟とも、何だかんだでうまくやっていた。
煎餅をかじりながら、後ろで観戦する。
しかし、軽くひねられ二連敗した妹に泣きつかれて
「仕方ないなー」などと嘯きつつ選手交代。
テレビの横から、「格闘ゲームの筐体」を模した
パッド型コントローラーを引っ張り出しゲーム機に接続。
弟の選ぶ強キャラに対し、実は7:3もの優位性を持つ玄人向けキャラを選択。
それほど凝っていたわけではないのだが、
何かとゲームセンターに行きたがる友人、その他アーケードプレイヤー達に負け越すのは
面白くないため、ネットで知識を仕入れていたのだ。
全くもって大人気ないが、弟に惨敗したとあっては、兄の威厳も保てまい。
…最近の小学生はゲーム得意だしな、手を抜くと危ない。全力で叩くべきだ。
時刻は19:45分を回り、夕食の準備は完了していた。
全員が席に着く。
ちなみに、戦績は4勝1敗。まあこんなものである。
手を合わせ、礼の言葉を口にしたのち、皿によそい、調味料を探す。
誕生日だからだろう、自分の好物が揃えられていた。
ケーキは後だろう。高校生にもなって、と言われるかも知れないが、
イベント事は欠かさないのが、橘家の家風である。
弟達は、とっくに食事を終えて、二人でテレビの前に座していた。
自分はと言うと、チキンの付け合せの
フライドポテトの残りをつまんでいたのだが。
「イサミ、あなたは16歳になりました」
「ん?」
「…話さなければなりません。ええ、そうです。
あなたのこれからに関することを!」
妙にハイテンションな様子で、母が言った。特に気にすることでもない。
大袈裟で、ドラマチックなスタイルを好むのが、母、橘小夜だった。
「あなたは、今日限りで、家を出て行かなければなりません」
「…はい?」
「あなたは普通の、一学生として暮らしてきた―
いえ、それも続けなければなりませんけど。
それよりも、重大な使命が」
何を言っているのかさっぱり理解できないが、
そんなことなどお構いなしに、親愛なる母上は溜めに溜めて―
ちょっとこっち見るなよ。早く言えよ―
トンでもない事を言い放った。
「あなたは、勇者として旅立ち…魔王を倒すのです!」
察していただけるだろうか。空気とか。
…せいぜい性質の悪い冗談だと思ったが、いちおう付き合う。
「…え、いんの?魔王」
「何処にいるか、それはまだ分かりません。先日
(時は来た。世界を我が物にすべく、計画を始動する。どうぞよろしく)
という手紙が送られてきたのみです」
「…で、俺が倒すの?それを?」
「この日のために、あなたを十分に鍛えてきたつもりです」
「覚えが無いんだけど」
「色々と、習い事をさせたではないですか」
…それなら心当たりはあるが。
二週間だけかじった剣道のことだろうか。それとも、
まったく上達しなかった夏休み水泳教室のことか?
「もー、仕方ないじゃない!勉強と両立させるのも大変だったんだもん!」
あんたが言うのか、それ。
「この時代…まあ曾お爺ちゃんの頃…魔王が「純粋キチガイ型」だった最後の時だけど、
勇者稼業だけでやっても、後が大変なのよ―
まあ、私達は何とかなったんだけど…」
意味が分からん。あと、なんで魔王を分類してるんだ?
「だから、あなたは勇者の末裔として、魔王を倒す。これは決定事項」
同意した覚えのない話はともかく、勇者の、末裔?本当に?
マジで居たのかよ、リアル勇者…
「それは後で話すわ―
ともかく、あなたは勇者として戦うのと同時に、
学業にも励まなきゃダメ。ちゃんと就職しないと」
…勇者って、そんなに世知辛いものだっけ?
それに、家から離れなければならない訳を聞いていなんだが。
「これは難しい話になるけど。あなたが、勇者として認められる
16の歳になるまで、私達氏族があなたとこの家に守りをかけていたの。
でも、その守りは消えた。
相手がどう動くかは分からないけど―」
…本気の顔だ。
俺が勇者だとかはどうでもいいとして。
何処の誰とも知らない奴が、なんの変哲もないただの学生を、
自分を殺そうと狙っている。あまつさえ、
家族を巻き込むかもしれないと…?
「それはないわよ。歴代魔王のルールだし。」
ねーのかよ!
「ただ、万が一のこともあるし。親とは一定期間以上同居してはならない、
ってのも勇者のルールだし」
誰だよ、そんなルール定めたヤツ…まさか、神か?
「…今までの話、全部マジ…?」
「ええ」
…頭が爆発しそうだ。
なんとか、前向きに対応するとして、気になることを聞く。
「…俺、何の能力もないよ?」
「最初は誰でもそうです。曾お爺ちゃんも、役立たずの上、村いちばんの嫌われ者で」
分かりました。その話はもういいです。
「あと、急に出て行けって言われても。行く場所なんてないし、金だって」
「その事はもちろん…あら、来たみたい」
玄関のほうから物音と気配がした。父が帰ってきたのだろうか。
ただ、複数の声が聞こえているような…?
「橘家父、ただ今凱旋したぞー!」
うるせえ。
「やあ、イサミくん。ハッピーバースデー!」
親戚のオッサンだ。…何故ここに?
「なんだ。ヒーローなんて言うからどんなヤツかと期待してたら、尻の青いガキじゃねえか」
「HAHAHA!まあそう言うな!」
顔が傷だらけで、長身の気難しそうな黒人と、
がっしりした体型の、金髪のオッサンの二人。誰だよ。
「どうも」
最後尾は…クラスメイトの一人だった。
今日、出会ったばっかりの。
「あの。ケーキ、食べます?」