ティー・ブレイクⅧ『未開大レディオ・第一回放送後記』
「――ねぇ、ちょっとポッケ」
収録が終わり、ヘッドホンを外しながらぴおながポッケに向かってそう切り出した。
「なに?」
「なんていうか、全体的にオリジナリティ足りなくない? この番組」
いきなりのダメだしに、ポッケはため息をついてぴおなの方を向く。
「あのな、まだ第一回じゃないかよ。そもそも学生のやるラジオなんだから、それほど高いハードルを要求されてるわけじゃない。十分に及第点だったと思うけど」
「私は納得いかない」
ぶーっとふて腐れ顔で、ぴおなはポッケに促されるようにしてブースを出た。
「こんなの、高校の頃のラジオとちっとも変わんないじゃない。歌謡曲を流して、私らの名前のインパクトだけで番組を引っ張ってさ」
「会長からは、むしろそれだけを要求されてるわけだけども、それは?」
「会長も会長なのよ。私らのトークスキルを舐めてる。絶対に、舐めてる」
「ぴおなは、番組の趣旨をちょっと誤解してないか?」
ポッケは手に持った台本をぽんぽんと手の中で叩きながらそう言った。
「高校の頃の学内放送と、今回の未開大レディオでは明確な差があるんだよ」
「明確な差って?」
「この番組は、僕たちの個性を打ち出すためにあるわけじゃない。学長が、この大学の魅力を広く、外部にPRするために用意された番組なの。てことは、僕らがやることは自分たちの良さを引き出すんじゃなくて、大学そのものの良さを引きだしていかなきゃ」
「大学そのものの良さ、ねぇ……」
ぴおなが三白眼気味にポッケを睨みながら、彼の言った言葉をやや否定的に復唱してみせる。
やがて――
「そんなもの、あるの?」
「おい!」
「だってこんなド田舎だよ? それも北海道の。伝える魅力のほとんどは、はっきりいって北海道の空知地方っていう土地の紹介だけになりそう。キャンパスとか学生生活の魅力なんて、他の大学――それこそこんな町よりもずっと都会の札幌辺りの方がいいものを打ち出せるに決まってる」
「そこをなんとかするのが、僕たちの使命でしょ」
「――その通りよ、ポッケ君」
ポッケとぴおなが言い合いをしている背後から、いきなりそんな言葉が飛んできた。
「あなた達なら出来るって思ってるから指名したの」
「「会長」」
ポッケとぴおなが同時に振り返って声をあげると、口元に笑みを浮かべながらゆっくりと二人の元へ向かってくる女性――学生会会長、薬袋福音の姿があった。
「確かにこの大学は何もない。でも、どうにかひねり出せる箇所はまだいくらも残っていると思うの。たとえば、なんだけど」
薬袋会長は手に持っているスマートフォンをタップして二人の前に突き出すと、画面の中が何やら慌ただしく動き始めた。
二人は目を凝らして画面を注視する。
「これは……ビデオ?」
ぴおなが目を細めてぽつりと呟く。
「正解よ、ぴおなちゃん。これは去年の学祭のビデオなんだけど、その時に行なわれた昇降口でのライブ映像なの」
「へー、なんかめっちゃ人が集まってますねぇ」
ポッケもビデオを見ながら簡単に感想を述べる。音の方は撮り方の問題なのか、はっきりいってノイズ以外の何者でもなかったが、盛り上がっていることだけはなんとなくわかる。
「何の曲なんですか?」
「さぁ? おそらくオリジナル曲じゃないかなと思ってるけど」
「オリジナル、ですかぁ?」
こんなド田舎で、そんな生産的なことをしている連中がいたのかと、思わずポッケは会長の言葉に耳を疑う。かといって別にポッケは田舎を軽視しているわけではなく、どちらかといえば大学の方に対してなのであるが。
未開大って自分を含め馬鹿ばかりだとこれまで入学当初から信じて疑わなかったのに、なかなか意外に面白いことをしている連中もいるもんだ、とポッケは思った。
「ちょっと前に小耳に挟んだのよ。実はこの大学で、ボーカロイドを使って動画サイトにアップロードをしている人達がいるって」
「ボーカロイドってアレですか? 最近、流行りの機械音声の。初音ミクとかいう」
ポッケがそんな風に言うと、ぴおなも天井を見上げながら自身の記憶を探るようにうーんと唸り声を上げる。
「うー……確か私らの高校の時にも好きな人結構いたよね。ボーカロイド」
二人の話を聞きながら、薬袋会長がスマートフォンをしまいこむ。
「あれだけ学生がいるんだもの。面白い人が一人や二人いてもおかしくない。わたしが思うに、そういう活動に最も縁がありそうなのがこの軽音部じゃないかってね」
「軽音……あっ! ねぇねぇポッケ、この人たちにお願いしてみたら番組のインストとか作ってくれそうじゃない?」
会長の言葉でぴんと来たのか、突然ぴおながそのような仰天の提案を持ちかけた。
「えぇっ。……でも忙しいんじゃないかな」
「でもでもっ! ラジオって結局、耳で聴くモノじゃん? 大学のPRと考えてみても、学生有志のBGMとかはすっごく効果的だと思うんだけど――会長も、そう思いますよね? ね?」
「良いアイデアね」
ポッケがぴおなに向かって反論を口にしようとしたところで、薬袋会長が愉快そうに微笑みながら頷く。ポッケは思わず目を剥いて二人を凝視した。
まさか会長までぴおなの思いつきに乗ってしまうとは思っていなかったのである。
「ポッケ。別に私たちはそこまですごいシロモノを欲しがってるわけじゃないの。番組のジングルに使う程度の軽いもので構わないし、ダメ元でお願いしにいってみてもバチあたんないでしょきっと」
「まぁ……会長もぴおなの話に乗るっていうなら、僕もそれ以上反対する気持ちもないですけど……」
渋々ポッケも折れる形でそう口にすると、薬袋会長はまるで最初からそうなることをわかっていたかのように
「じゃあ君たちは彼らに一度、ラジオのジングルの件について相談をしに行くということでいいかしら? その際になんだけど、実はわたしからも一つ彼らに伝えておいて欲しいことがあるの」
と、突然よくわからない紙束を取り出す。
「なんですかこれは?」
ポッケとぴおながまじまじとその用紙を手にとって眺める。
「実は去年まで、学祭に使用するPA機器は軽音部のOB繋がりで手に入れてたの。ところが、今彼らの軽音部は廃部になってしまってる。OBとの繋がりも断絶状態よ」
「「えぇっ!?」」
なんだそりゃ、とポッケは唖然としながら再び用紙の詳細を確認した。
書かれているのは、どこぞのPA業者の借用リストであった。
「でもね、彼らは今年からまた新しく同好会を始めてるらしいのよ。それでね、今年の学祭でも彼らはライブをする予定で、その際にはPA機器の調達が必須になるでしょ?」
「つまり今年は……学生会が直接機材を負担すると?」
ポッケが紙から目を離すと、会長は満足気に頷いた。
「その通りよ、ポッケ君。だから取引ってことでお話をつけてきて頂戴。『PA機材を貸してあげる代わりに、我々のラジオ番組に使えそうなジングル曲を作ってください』ってね。そうすれば、彼らも首を横には振らないでしょ?」
なんて人だ。
ポッケもぴおなも会長の腹黒さに頭が下がる思いだった。
強制的に断ることの出来ない事情を持ちかけるばかりか、その役目すら会長自身が直接請け負うわけではなく、自分たちに行かせるところがなんとも強かすぎる。
「誤解しないでね」
そんなポッケの胸の内を見透かしたかのように、薬袋会長は用紙をポッケから受け取ってくすりと忍び笑いを漏らす。
「別に彼らが協力してくれなかったとしても、PA機材の方はもちろん貸してあげて構わないわ。『というのは冗談で』とでも言ってあげなさい。でも、もし協力を惜しまないでくれるならば、わたしはそれ以上の見返りを彼らに与えるつもりよ」
「それ以上の見返りってなんですか」
「それはまだ秘密」
そこまで言うと、会長は二人を置いてさっさと歩き出す。
「わたしもね、去年のライブ以来彼らのファンなのよ。それも彼らに伝えておいてくれると嬉しいわ。それじゃね」
一体、どこまでが本音なのかまるでわからない人だとポッケは思う。
会長がラジオ局を出て行く姿を見送ってから、二人は来週の番組の打ち合わせするために局の人が待っている会議室へと向かっていった。




